約束 「来て、くれたんだ。」 そこに彼の姿を見つけて、思わず微笑が浮かぶ。 それは約束ではなかったから。 ただ「待ってる。」と、そう一方的に押し付けただけの言葉。 それでも彼は来てくれた。この場所へ。 「「来い。」って言ったのはオメーだろ?」 「「待ってる。」って言っただけよ。」 微苦笑している彼に笑いながら言い返したら、「おんなじことじゃねぇか。」 と小さく洩らした。それに思わず笑みが深まる。 「何笑ってんだよ?」 「ううん、別に。ただ………。」 「ただ?」 「嬉しいなって、思っただけ。」 「……そうかよ。」 途端、照れたように煙草に手を伸ばす彼がなんだかとても可愛らしくて(そん なこと言ったら怒るだろうけど)、嬉しさも相俟って小さく声を立てて笑う。 「笑ってねぇで、案内しろよ。」 そう言って不貞腐れたように頭を小突いてくるのに目を細めて。 「ああ、ごめん。こっちよ。」 先に立って歩けば、途端表情を失くした彼が黙ってついてくる。それに、嬉し さと、そして言い知れぬ切なさが胸に去来する。 『まだ、いるんだね。そこに。私よりずっと、強く、強く、想ってるんだ。まだ。』 思わず洩れる微苦笑。 背中を向けていたため、それを彼に見られることはなかったけれど、言いよう のない想いは小さく、でも確かに肩を揺らすから、見咎めた彼が声をかけてくる。 「どうした?卑弥呼。」 「……なんでもない。あ、あれよ。蛮。」 目的の場所を視線に捉え、指で指し示す。 指の先に大きな樹。 樹齢百年は越そうかと言うそれは見事な大木に、蛮は眩しそうに目を細めた。 「ここに……?」 「うん。らしい、でしょ?」 「……ああ、そうだな。らしいよ。」 少しだけ苦しそうな笑みを浮かべた蛮が、無言でその木に手を伸ばす。それか ら頬を寄せて、それは愛しそうに幹を抱き締めた。 「お墓なんて柄じゃないから。だからね。」 「……そうだな。そんなの、柄じゃない。でも……。」 「でも?」 「ちっと爺むさい。」 苦笑して洩らした一言に思わず笑ってしまう。 「兄貴が聞いたら怒るわよ?」 「怒れるもんなら怒ってみろっての!俺は怖くねぇぜ?」 言外に幻でもいいから会いたいと滲ませて、それでもおどけたように笑う蛮に 笑みは苦笑に変わる。 あの日、兄の遺体をここへ埋めた。 「墓」を作るのはどうしても躊躇われて、さりとて何か彼を偲ぶ場所がなくて は挫けてしまいそうで、だからここへ遺体を埋めた。 大きくて頼り甲斐があって、何より自慢の大好きな兄。そんな彼に似たこの樹 の下に。 蛮は寄りかかるようにして樹を抱き締めている。目を閉じて。それはまるで、 兄貴と話をしているようにも見えた。 声をかけるのを躊躇われるようなそんな雰囲気に、ただ黙ってその光景を見て いた。羨望の眼差しで。 兄貴と蛮と、同時になくしたあの日。本当は何があったのか、私は未だに知ら ない。訊いても、蛮は教えてはくれない。 けれど、こんな蛮を見ていると、何か已むに已まれぬ事情があったのだと理解 できた。 だって手にかけた相手にこんな顔、蛮がするとは思えない。 まるで逢瀬のような雰囲気。 自分の存在がひどく場違いにも見える。 こんなにも想う相手を手にかける瞬間、蛮は一体何を思っていたんだろう? 何があったのか、私は知らない。けれど、ねぇ、少しは泣いた?哀しかった? 失って、そうせざるを得なかった現実を憎んだ? あの瞬間のあなたの気持ちを少しでも知りたいのに、けどきっと、教えてなん てくれないんだろうな。 いつか時が来たら、兄貴がなぜ死んだのか、死ななければならなかったのか、 蛮は教えてくれるだろう。でも今私が知りたいのはそれだけじゃない。 でもきっと、その答えは永遠に蛮の心の中。深く押し込めて、教えてはくれな いだろう。 それが切なかった。 なんて、蛮には口が裂けても教えてなんかやらないけど。 「……ねぇ蛮。」 「……ん?」 「兄貴のこと、今でも好き?」 「嫌いになったことなんてねぇよ。」 即答されて思わず苦笑してしまう。 「兄貴は幸せ者だね。」 「あ?」 「だって、死んでも蛮にこんなに想われてる。」 「バーカ。何言ってんだ。」 苦笑した蛮が、私の頭を軽く小突いた。 照れたみたいに頬を少しだけ赤くした蛮に笑ってしまう。 「ホントのことでしょう?だって、お邪魔虫みたいじゃない?私。」 「ああ?何言ってんだよ。」 「照れてる照れてる♪」 「な!?卑弥呼!テメーっ!」 途端真っ赤になるから、笑わずにはいられない。 兄貴が相手じゃ、勝ち目ないもんね。全く。それなのに死ぬなんて、卑怯よ? 兄貴! 笑いすぎたからか、それとも他の感情故か、少しだけ浮かんだ涙を指で拭って。 「ね、蛮。一つだけ、約束して?」 「あ?何だよ?」 「兄貴との約束、忘れないで。」 「……卑弥呼。」 「それだけ守ってくれればいいから。」 それで私は満足できるから。あの頃のようにいつも一緒に居たいと、そう思わ ないこともないけれど。 それでも、時は流れてしまったから ―――― 。 あの頃には戻れない。私も、蛮も。 だから、ね?兄貴の最後の約束だけ、守って。私のためじゃなく、兄貴のため に。それだけでいいから。 「俺が邪馬人との約束、破るわけねぇだろ?」 そう言って小さく笑った蛮に笑みを返して。 「ありがとう。蛮。」 視線の先、浮かべた微笑が僅かに涙で滲んだ。 THE END 突発に卑弥呼×蛮。(逆だろ?と言う突っ込みはこの際なしにv) 寝る直前だか起きた後だかにポコっと出来た話です。 無性に書きたくなって、書きかけのSSを放って書き上げてしま いました(苦笑)すみません(汗)でも書いてて楽しかったりv ちなみに、朝顔の花言葉は「約束」だったりします。 ・・・お約束ですね(苦笑)