「弦月」 シンっと静まりの返った公園の東屋。 時刻は、丑三つ時を迎えようとしていた。 「うらめしや〜とでも言って欲しそうな雰囲気だな」 蛮は、東屋の先客にニヤリと笑って、口にくわえていた だけのタバコに火をつけた。 「…美堂」 東屋の中央で座禅を組んでいた十兵衛は声のした方を振 り返ると、蛮の気配を確認しふぅと安堵のため息をついた。 「…1人か」 「そうだ、誰か一緒だと不都合でもあるのか?」 「そうだな…今は支障ない」 意地悪く言った蛮を受け流すように、再びほっと息を吐 きだすと、軽く口元に笑みを浮かべた。 「相棒は…?」 「相棒?ああ…花月のことか、アイツは今頃情報収集のた めに、どこかの屋敷に侵入しているところだ」 お前の依頼でなと続け、分かり切って事を何故聞く?と 訝しげに腰を上げた。 「座らないか?」 十兵衛は東屋の端に据えてある木のベンチを指すと、返 事を待つ事無く腰を下ろした。 「タバコ…体に良くないぞ」 「煩い、黙れよ…それより、なんでここに呼びだした?」 十兵衛の言葉を遮るように怒鳴った蛮は、自分にしか分 からない方法で接近してきた十兵衛に、興味と嫌悪感を隠 せずにいた。 「時間は、既に3時間も過ぎてると思うがな」 面白いことを言うと軽く頷き、蛮の方へと手を伸ばした。 「触んなっ」 十兵衛の手から逃れるように、ベンチに腰掛ける。 「ふむ、どうしたら…触れさせてくれる?」 「はぁ?!」 十兵衛の突拍子もない言葉に蛮は、完全に度肝を抜かれ、 無防備になってしまった。 それも、そのはずだった。 蛮と十兵衛に接点は全くといっていいほど無い。 どちらかといえば、嫌われ憎まれてもいいくらいの存在 なのだ。 どこをどうとったら、そんな気持ちになれるのか…理解 のしようがない。 「…俺は、お前に触れたいと思ったから、お前を呼んだ。 それにお前は答えた、それは俺に触れて欲しいと…」 「ちょっ待て、待て!待ってっての!」 覆いかぶさってきた十兵衛に蛮は慌てて加えていたタバ コを地面へと落とし、無意識のうちに自分の唇を守る体制 に入った。 「美堂…」 「待てと言ってんだろうが!」 人の制止も聞かずに手慣れた様子で、腰に手を回し顎を 固定して口付けようとする十兵衛に、形振り構わず慌てて 目の端に涙を浮かべた。 「…雰囲気も何もないな、次は止めるな」 「そうじゃねぇだろ!どこをどうとったら、俺とテメェが そういう関係になんだよ!」 「先程、説明したと思ったが…また雰囲気をぶち壊されて もかなわないからな、説明しておこうか…俺はお前に触れ たいと思ったから、お前を呼んだ…っ!」 再び、説明しようと蛮の頬に手をかけた十兵衛に容赦な く全力で頭突きをかました。 「…寝言は寝て言え、お前のその真っ直ぐすぎて、安直な 回路どうにかしたほうが良いぜ…それと、俺が来た理由だ がなお前に抱かれに来たわけでも、告白をしに来たわけで もねぇよ。ただ、なんでお前が俺に接触してきたのかその 理由が知りたかったからだ」 人をその辺の娼婦と間違えるなと言葉を続け、ベンチか ら腰を上げようと十兵衛から顔を背けた瞬間、蛮はベンチ へと押し倒され両手を押さえ込まれた状態で固定された。 「…テメェ、人の話を聞いてねぇのか?!」 「聞いている、ふむ…汗ばんでいるな、俺が怖いか…?」 冷や汗と抵抗で少し汗ばんでべた付く肌を感じ取られ、 蛮は頬をカッと赤らめた。 「さぞかし、可愛い顔してるんだろうな…」 睦言のように、蛮の耳元で小さく呟く。 「っくたばれ!」 再び、毒づいた蛮に困ったような笑みを浮かべ、解放し た。 「テメェ!二度と俺に触るな!いいな?!」 大慌てで身を起こすと、脱兎のごとく十兵衛のいる方と は反対の塀へと飛び退いた。 「…困ったな、そういう態度取られると…本気になりそう だ」 浮かべていた笑みを消し、十兵衛は口元に手をやるとぺ ろりと唇をなめた。 「…っ…」 普段では見せない十兵衛の本性を見たようで、蛮は背筋 に冷たいものが流れた。 「…お前、その性格花月達は知ってんのか…?」 「花月とは、同じ環境で育ったんだ。当然だろ?」 他の人間は知らないだろうが…そう言葉を続けた十兵衛 は、追い討ちをかけるよう蛮へ艶めかしい雰囲気で笑んだ。 そう言えば、花月に聞いた気がした。 本家の人間同様、後継者を必須とする人間は、睦言に長 けていると。 つまりは、どんな状況下においても性欲は衰えず、ター ゲットと見定めたものはどんなことをしても手中に収める。 「今は、引くとしよう…また」 ふわっと蛮の側に風のように寄ったかと思うと、素早く 蛮へキスを落としそのまま気配を断って闇へと姿を消した。 「なんだ、あれ…」 蛮は唐突に起こった出来事に対応できずに、その場でぼ う然と佇んだ。 こうして、十兵衛のストーカー行為は始まった。 桜月様のところでフリーになっていた十蛮ですv わが道を行く、強引な十兵衛がナイス!素敵なSSをありがとうございまし たv って、今頃過ぎ!(滝汗) いただいていたのは随分前だと言うのに、今頃UPというこの体たらく;; にもかかわらず、掲載への快諾、本当にありがとうございました! お約束どおり挿絵の十蛮は、謹んで捧げますvよろしければ貰ってやってく ださい(^^;)返品可です; (※配布期間は既に終了しています。)