仮初 触れてみて最初に感じたのは、『慣れている』だった。 旧家の子息だと言うことだから、考えてみればそういったことの経験が あっても可笑しくはないのだが、なぜか不似合いな気がした。 女との経験もなさそうなのに。 とは、いい年をした男相手に失礼な感想かもしれないが、それでも、そ の実直すぎる性格故にそう思うのかもしれない。 「………っ。」 まるで確かめるようになぞる指が、痛いところを掠めていく。その度に、 ついて出そうになる吐息を噛み殺した。 けれど、肌の震えは止めようもないから、こちらが反応していることは とっくに分かっているだろう。 まして相手は目が見えない。 故に、余計にこういったことには敏感なはずだ。 その証拠に、思わず反応を返してしまったところを、次は的確について くる。 まるで見えているかのように。 「……ホントに、見えてねぇのかよ…?」 思わず洩らした言葉に、奴は肌をなぞっていた指を止めた。 「なぜそう思う?」 「……別に。」 「見えているようにでも、見えるか?」 「さあ、な。」 「この目がおまえを映すことは、最早あるまい。至極、残念なことだがな。」 そう言って口元を僅かに歪め、苦笑とも自嘲ともとれる笑みを浮かべる。 その言葉が本心から出たものなのかは分からない。けれど、そんなこと はどうでもいいことのように思えた。 所詮この営みは、一時の気の迷いのようなものなのだから。 「こうしていても、おまえがどんな顔をしているのか、俺には知りようも ない。見たいものだが……残念だ。」 「ホントにそう思ってんのかよ?」 「勿論だ。」 薄く笑ったかと思えば、突然止めていた愛撫を再開させる。予期してい なかった行動に、思わず声が洩れた。 「ああ、そのような声を上げるのだな。」 「テメ……っ!」 「照れずともよい。」 僅かに笑みを含んだ声音に、頬に朱が散る。見えてはいない筈なのに、 さらりと言い当てられ、頬だけでなく耳まで赤くなってしまった。 「うるせー!」 「……言ってはなんだが、このような状況でそのような言葉は似つかわし くないぞ。」 洩れる声は、苦笑を含んでいた。 「んなこた、人の勝手………っ!」 思わずついて出た悪態を、奴の唇が塞いだ。 「……っっ!」 驚きに一瞬硬直した俺を他所に、奴はより深く口付けてきた。 慣れた、多分、上手いと表現していいのだろう口付けを、俺は暫くの間 呆然と受け止めていた。 暫くの後、状況を認識しきれぬまま呆然と目を開けていた俺と、そんな 俺を見下ろす奴と目が合った。(正確には、視線が合ったように感じたと 言うべきだろうか。) 「……口付けの時は、目を瞑ったらどうだ?」 笑いを含んだ声。 それに、先の行為が「口付け」なのだと、俺はようやく認識した。 「何言って……っ!」 認識した途端、頭に血が上ったのが分かった。多分、顔は真っ赤になっ ているだろう。 奴は、俺の反射的に振り上げた手を軽々と受け止めると(ホントに見え てねぇのかよ!?)、邪魔だとばかりに両の腕を一纏めにすると、抵抗で きないように頭上で押さえつけ、再び唇を重ねてきた。 「やめ…っんっっ!」 無遠慮に俺を弄る奴に、良いように翻弄される。 抵抗の封じられた状態で、それでも逃れるため顔を背けようとすれば、 顎を掴まれ固定される。そうして、より深く、口付けを受け止めさせられ た。 「……っは…ぁ……っっ。」 ようやく解放された頃には、すっかり俺の息は上がっていた。 「……な…んで……っ!」 思わず口をついて出た疑問。 それに対する答えを、奴は静かに口にした。 「おまえに口付けしたかったからだ。」 「だから、なんでだよ!?」 「口付けしたい、それだけでは答えにならぬか?」 思わず荒げた声に、それでも奴は静かに問い掛けてきた。 『口付けしたかったから。』だと?それが答えだって?なんでそんなこ と思うんだよ!?なんで、なんで……っ!? 頭の中で叫んだ言葉は、しかし声にならなかった。ただどうしようもな い感情に、唇が僅かに震えただけだった。 「……なるほど。おまえにとっては、体を繋ぐことよりも、唇を重ねるこ とのほうが重要と言うことか。」 ひどく淡々とした声で紡がれた言葉に、俺は首を傾げた。 奴が何を言わんとしているのか、俺には理解できなかった。 SEXよりキスのほうが重要とか、そんなことじゃないだろう? だって、キスってのは………。 「嫌なら、もうしない。……悪かった。」 ぽつりと、最後に零れた謝罪の言葉に、ひどく心を掻き乱される。 そうじゃない。キスが嫌だったとか、そんなことじゃない。ましてや、 謝罪の言葉を聞きたいわけじゃないんだ。だからと言って、この感情をな んと表現すればいいのか、自分にも分かってやしないのだが。 分かっているのは、キスが嫌だったわけでも、謝罪の言葉が欲しかった わけでもない、ただそれだけだった。 「謝んなよ!俺は……っっ!ひぁっ!?」 訳の分からない感情に突き動かされ声を上げた俺に構わず、奴は突然行 為を再開させた。 俺の脚を大きく開き、それを口に含んでしゃぶりだす。 さっきまでとは違った直接的な刺激に、思わず体が跳ねる。 「…っっ!ま、て……や……っっあぁっ!」 丹念な愛撫に、すぐにそこは水音を立て始める。 振り払おうと頭を振っても、否応もなく追い上げられる。 声を殺すことも出来ず良いように喘がされて、程なく、俺は思いを吐き 出した。 奴は、解放の余韻に力を失くした俺をうつ伏せにさせると、腰を掴んで 引き上げ、躊躇いもなく秘部へと唇を寄せた。 「んんっっ!」 刺激に、体が跳ねる。 唾液で滑らせたそこへ突きたてられた指が、痛いところを的確に突いて くる。 慣れた手つきでそこを解していく指に、どうしようもなく体は正直だっ た。体は堪えようもなく震え、声も、唇を噛み締めることさえ出来ない。 それどころか、快楽に呑まれそうになる自分を抑えるのに精一杯だった。 「も……だ……っ。」 限界を訴える声に、指が引き抜かれる。そうして次の瞬間、待ち望んで いたものが、俺の体に深々と突きたてられた。 「ぁ…あぁ……っっ!」 上がる歓喜の声。 身の内深く押し入ったそれはひどく熱く、それだけで眩暈がしそうだ。 最初はゆっくりと、それから徐々に激しくなる行為に抗う術もなく、俺 はただ快楽に翻弄されるだけだった。 「や……っあ…ぁ、ひぁ…っっ……ぁ……っ。」 シーツを掴み快楽に喘ぐ俺の体を、奴は後ろから抱き寄せるように引き 起こした。 「あぅっっ!」 自重に、より深く入り込んだそれに、体が跳ねる。それを、奴は強く抱 き締めた。 「…………美堂……っ。」 何かを含んだ声。 けれど、それが何かを理解できるはずもなく。ただ、その声に呼応する かのように、溢れた雫が頬を零れ落ちた。 それが過ぎた快楽のためか、それとも別の感情故か、流した俺にも分か りはしなかった。 THE END はい、これがその駄文でございます。 うちの十兵衛って・・・;; 実を言うと、ことの最後まで書く気はなかったんですね。 が、最初のほうを書いてから間を置いたら、こんなことに; おかしいな・・・? あ、でも、最後の雫が、伊藤さまのSSにかかってるかもv (←違う;) ちなみに、伊藤さまの書かれたSSは、裏物でもなんでも ないのですが、この駄文とリンクさせたかったため、蔵に 収納することになりました。 伊藤さま、申し訳ありません; 謹んで、お詫び申しあげます。