KOI−GOKORO 祭壇に横たわった『地獄の門番』―――― 雨流の体。 蘇生を促すように触れた、美堂 蛮の血に濡れた紅い唇。 それが、目に焼きついて離れなかった。 『HONKY TONK』。 目の前にある看板を見つめ、僕は今日何度目かの溜め息をついた。 あの瞬間から、目に焼きついて離れない蛮の唇の赤。 再び学校に行き始めて、そうして勉強していても、クラスの人間と会話をして いても、決して離れることのない色。 血に濡れた、紅。それはそれは艶やかな ―――― 。 こんな状態で勉強など手につくはずもなく、けれどどうしても意識の奥に押し やれない不可解な感情に戸惑い、躊躇いながらも足を向けた彼の居るだろう場所。 けれどどうしてもドアへのあと一歩を踏み出せず、そうして僕は、ここにもう 10分は立ち尽くしている。その間、何度も溜め息をつきながら。 何をやってるんだろう、僕は。こんなところに立ち尽くして、もう10分も中に 入ることが出来ずにいるなんて。 はぁ〜………。 再び溜め息が洩れた。 「いー加減にしやがれ!」 不意に聞こえた怒声に、反射的に顔を上げた瞬間、目の前のドアが乱暴に開け 放たれた。 「……っっ!?」 咄嗟のことに何の反応も返せなかった僕と、まさかドアの前に呆然と立ってる 人間がいるとは思ってなかったのだろう蛮の肩が軽く触れた。 「あ!?」 「――――…っ!」 不機嫌そうな声。それとともに注がれた視線に、僕は心臓を鷲掴みにされたよ うな気に陥った。 お、驚いた。まさか蛮のほうから出てくるなんて、思っても見なかった。いや、 それより……。 無遠慮に僕を見下ろす紫紺の瞳。そしてあの時から頭を離れない紅い唇。 嫌でもそこに目がいってしまい、僕は慌てて視線を逸らせた。 「オメー、カケルじゃねぇか。なんでこんなとこにいんだ?」 「え?あ、えっと、その……。」 不思議そうな顔。 もう2度と会いたくないと僕が思ってる、とでも思ってたんだろうか?それと も、蛮のほうが僕に会いたくなかったとか……?前者はともかく、後者だったら ショックだなぁ。………って、なんでそんなことでショックを受けるんだろう? あ、でも、名前、覚えててくれたんだv 蛮の言動になぜか一喜一憂している自分が不思議でたまらない。なんだか、変 な感じだ。 「ああ、嬢ちゃんに用があんのか?だったら……。」 「違う!」 得心がいったとばかりに洩れた言葉を即座に否定して。 目の前にちょっと驚いた表情を浮かべている蛮の顔。けれどそれ以上に、言っ た僕自身が驚いていた。 そんなに速攻で否定しなくても………。 自分で言ったことなのに、思わずそう思ってしまう辺りが何だか……。 「ふーん?じゃ、何の用……。」 「ごめんってば、蛮ちゃ〜んっ。機嫌直してよぅっっ。」 言いかけた蛮の言葉を遮るように、いつの間にか彼に抱きついていた雷帝が情 けない声を出した。 後ろから彼に抱き付いている雷帝を見ているだけで、なんだか無性にムカムカ する。 「ああ!?うるせー!ひっつくな!!」 そう言って雷帝を振り払う蛮に、「そうだそうだ!」と賛同している自分に僅 かに首を傾げて。 「だからごめんってばぁ。もう言わないよ。だから、ね?機嫌直して。蛮ちゃんv」 「……そう言って、ホントはして欲しいんだろ?」 「決まってんじゃん!」 即答した雷帝に、蛮の右ストレートが容赦なく、そして綺麗に決まった。 「いてーっっっ!!!」 「頭冷やせ!バカ銀次!!」 殴られた箇所を押さえて蹲る雷帝に、蛮の非情な一言が降り注ぐ。 痛そうだな。 そう思ったけれど、どこか「いい気味。」と思っている自分がいる。 ……さっきから僕、変、だよね? 「ほら、行くぞ、カケル!」 「え!?」 首を傾げた僕を蛮が呼ぶ。 訳が分からず振り仰いだ僕の肩を抱いて、蛮はすたすたと歩き出した。 「待ってよ、蛮ちゃ〜〜んっ!」 「うっせー!ついてくんな!!!」 「え?え?」 肩を抱かれ、困惑している僕を他所に歩き続ける蛮。抗うことも出来ず、僕は 蛮に連れられるままその場を後にした。 「悪かったな。なんか、用があったんだろ?」 蛮の言葉に、僕は小さく首を振った。 僕が連れてこられたのは中央公園。 ベンチに二人腰掛けて、蛮の買ってくれた缶コーヒーを口にしている。 飲みながら、「やっぱまじいや。」と顔を顰めているのがなんだか可愛くて、 僕は笑みを浮かべた。 「ん?なんだよ?」 僕の視線に気付いた蛮が、首を傾げてこっちを見た。それに慌てて「なんでも ない。」と答えを返す。 少なからず挙動不審だろう今日の僕を、それでも蛮は「変な奴。」と洩らした だけで気にしてないみたいだ。視線を僕から外して、足元を見るともなしに見て いる。 それに安堵と落胆の溜め息が出た。 なんだろう。すごくドキドキする。それに……。 僕は隣に居る蛮の、その紅い唇をちらりと見た。 あの時の光景が蘇る。 蛮の唇に、血の紅がよく映えて綺麗だった。 雨流のそれに触れた蛮の唇は、ひどく柔らかそうで、きっと甘いんだろうな、 とそう思った。 なんでそう思ったのかは自分でも分からなくて。 相変わらず不可解な感情を持て余しながら、それでも視線は蛮の唇から離せな いでいる。と、不意にそれが近づいた。 「うわぁ!?」 「っ!?な、なんだよ!?」 思わず上がった悲鳴めいた声に、蛮が目を丸くした。 「さっきから呼んでんのに返事がないから何かと思や、いきなり叫ぶなよ!びっ くりすんだろうが。」 「え!?あ、ご、ごめんっ。」 お、驚いたーっ!キスされるのかと思った。なんて、あるわけないのにね。 ちくり。 ん?なんか、胸が痛い?……なんだろ? 「いや、いーけどよ。それより、戻んなくていいのか?」 「え?戻るって、どこへ?」 「HONKY TONK。用があったんだろ?あっこに。」 ああ、そうか。店の前にいたからそこに用があるんだと、蛮は勘違いしたまま なんだ。 「ううん。違うよ。……蛮に……会いに来たんだ。」 躊躇いがちにそう言えば、ちょっと目を見張った蛮が、次いでなんだか楽しそ うに目を細めた。 「へぇ〜……。」 「……何?そのへぇ〜って。」 「別に。俺に何の用かと思ってよ。」 「何のって……。」 くすりと笑った蛮の顔に見惚れながらも、僕は今日の自分の行動の理由を考え ていた。 何の用か、なんて、僕にだって分からない。なんだかよく分からない思いに押 されるように、気がつけば店の前に来てたんだから。 でも……。 蛮に会いに来たって言うのは嘘じゃない。会いたかったんだと、思う。僕は蛮 に。 蛮の質問に返す言葉を見つけることが出来ないまま、それでも僕は蛮をじっと 見つめた。 そうして向けた視線は、けれどどうしても唇にいってしまって。それに気付い た蛮が、眉を顰めた。 「俺の口になんかついてんのか?」 「え?べ、別に……。」 「そうかぁ?さっきから俺の口ばっかみてんじゃねぇか。」 うっっ!ばれてる。 思わず押し黙った僕に、蛮は眉を顰めたままちょっと考え込んだ。次いで洩れ た言葉に、僕は本気で心臓が止まるかと思った。 「もしかして、テメーもキスしたいとか言い出すんじゃないだろうな……?」 ★?△■☆!!?? 思わず真っ赤になってしまった僕に、蛮は不信感を募らせたみたいだ。 「マジかよ?……ったく、どいつもこいつもっ。」 はぁ〜〜〜っ。とこれ見よがしに吐かれた溜め息。 それよりも、僕の思考は蛮の一言に釘付けになっていた。 「どいつもこいつも」!??? ってことは、僕以外にもそんな奴がいるってことだよね!?……あ、いや、僕 は別に蛮とキスしたいわけじゃないんだけど、多分………。と、ともかく!いるっ てことだよ!そう言ってる奴が! ……誰だろう?やっぱ雷帝かな?他にもいそうだけど……。 そう考えて、ちょっと、いやかなり、僕は不快な気分になった。 ……って、だからなんで不快な気分になるんだろう?僕にそんなこと、関係な いはずなのに。 「言っとくが、俺にその気はないからな?大体、ありゃ儀式なんだよ!ったく、 勘違い野郎が多すぎんぜ!」 呆れたようにそう言った蛮に、それがどうやら雷帝だけじゃないことを知る。 雨流だろうな。……勘違いも甚だしい。 顔を思い出したら、無性に腹が立ってきた。 それらの感情に、なんでそう思うのか漸く僕は分かってきた。 恋、なんだと思う。 なんで?って言われても困るけど、でも、それ以外にこの感情に当てはまる言 葉を僕は見出せない。だから、多分これが正しい。 だから嫉妬してる。蛮の唇に触れた雨流に、いつも側にいる雷帝に。 気付いたら、訳が分からなくてもやもやしてた気持ちがいっきに軽くなった。 ……いや、重くなったのか?どっちだろ? なんで蛮に?と、思う。でも、蛮だから、とも思う。自分でもよく分からない けど。 「……ねぇ、それって、雨流のこと?それとも、雷帝?」 不意に投げかけた疑問に、蛮は視線を僕に戻した。 僕を蛮が見ている、そんな些細なことが嬉しい。なんて、もう、逃れようもな いのかも。 「……両方!」 僅かの間を置いて、蛮は吐き捨てるようにそう言った。 「でも、僕、分かる気がするな。」 「あ?」 ぽつりと洩らした僕の言葉に、蛮は方眉を上げた。 「だって、蛮の唇って柔らかそう。甘そうな気もするし。」 「はぁ〜?」 蛮は即座に、僕の意見には賛同しかねると言った顔をした。 ……結構分かってないんだ。蛮って。 そう、思った。 「何言ってんだ?んなわけねぇだろ?」 「でも、そう思うよ。」 眉を顰めたままの蛮を真っ直ぐに見つめてそう告げる。と、蛮はひどく嫌そう な顔をした。 「……嬉しくねぇ……。」 蛮の口からぽつりと洩れた。 それに思わず苦笑してしまう。 そりゃそうだろう。僕が蛮の立場だったら、やっぱり同じ反応をすると思う。 でも僕は蛮じゃないから、だからやっぱり蛮の唇は柔らかいんだろうと思うし、 その甘さを想像してしまう。 だから視線は、相変わらず唇に縫い止められたまま。 「……なんだよ?」 低く、蛮が不機嫌そうな声を洩らした。 「甘いのかな?って思って。」 「甘くねぇ!」 「……そうかな?してみないと分からないと思うけど……。」 「え……?」 小さく呟いた言葉は、蛮の耳には届かなかったようだ。 瞬間首を傾げた蛮のその唇を掠めるようにキスを奪って。 「……ホントだ。甘くない。」 「――――― っ!?」 ぽつりと洩らした感想に、見ると蛮の顔は真っ赤になっていた。 蛮ってキスくらいでこんな反応するんだ。へぇ。可愛いv 「………見かけによらず、照れ屋なんだね。」 「……っ!見かけによらずは余計だ!!」 途端怒鳴られる。 雷帝のように僕も殴られるかな、と思ったけれど、案に反し、蛮はそっぽを向 いただけだった。 それって殴る価値もないってこと? そう考えたら、途端に胸が苦しくなった。 「……ごめんなさい。」 嫌われたくなくて、気がつけば素直に謝罪の言葉を口にしていた。それに、蛮 はちらりと横目で僕を見た。 「……マセガキ。」 「って言うけど、3つしか違わないよ?僕と蛮は。」 「10代の3つは大きいんだよ!」 蛮の言葉は一理あるけど、でも認めたくないのもまた事実。だって、蛮にガキ 扱いされたくない。けど……。 「……怒って、ない?」 いつもの(と言っても、言うほど蛮のこと知ってるわけじゃないけど)口調と 変わらない蛮に、恐る恐る訊いてみる。 「ないわけじゃ、ない。」 少しの間を置いて、蛮はそう答えを零した。 「じゃ、怒ってる?」 「つうか、タダで、ってのが納得いかねぇ。」 「え?」 「俺様の唇は高いってことだよ。」 それって……。 「お金払え、ってこと?」 「とまでは言わねぇけどな。飯くらい奢ってもバチは当たんねぇと思わねぇか? ま、オメーもそんな金ねぇと思うから、モスバで手を打ってやんよ。」 そう言って蛮は悪戯っぽく笑った。 つられて僕も笑ってしまう。 「うん、いいよ。それくらいならお安い御用。」 「商談成立、だな。」 笑みを浮かべた蛮が立ち上がる。 僕も立ち上がって、そうして二人で並んで目的地へと歩き出した。 「何食うかなぁ〜♪」 嬉しそうな蛮の顔を見ていたら、僕も嬉しくなる。 結構僕も単純なんだな。 そう思ったら苦笑がもれた。 と、その時ふと疑問が過ぎる。僕はそれを蛮に投げかけた。 「じゃ、雨流からも取ったの?」 「あ?おう、1億ほどな。」 「1億!?」 返ってきた答えのその桁外れの金額に、けれどそれもそうかなと納得してしまっ た。 「……貰うかって、考え中。命の代価にゃ、安いもんだろ?」 「俺からのキス、なんつうオマケつきなんだからよ。」と続けた蛮が、悪戯っ ぽく笑う。 それに、開いた口が塞がらない。 びっくりした。貰ったのかと思った。でも、1億でもそうかなと納得しちゃう 辺り、僕も相当してやられてるらしいや。だから。 「もっと吹っ掛けてもいーんじゃない?」 そう提案すれば、「そうする。」と答えた蛮が、思わず見惚れるくらい綺麗な 顔で笑う。 この恋はきっと前途多難なんだろうな。 自然とそんな考えが浮かんで、けれど今は自分だけに向けられる視線に幸せを 噛み締めて、僕は自然と浮かぶ笑みを蛮に向けた。 THE END macraさんに捧げるサリ蛮ですv が、こんなへっぽこなものしか書けず、申し訳ありません!!(号泣) カケルくん、まだキャラ見えてません。ていうか、macraさんの 影響、多分に受けてます(笑)彼の一人称は「僕」だと信じて疑わな かったのに、実は「俺」だと言ったときのショック。思わずmacra さんのSSSを読み返してしまいました(^^;)ええ、もちろん 「僕」になっておりましたとも。その瞬間、「ああ、してやられてい る。」と痛感した次第であります(笑) ネタ的にはまだあるんですが、如何せん、このCPは形にするのが難 しいです。 macraさんvこのようなものでよろしければ、貰ってやってくだ さいvもちろん返品可!です(^^;)