「MARLBORO」




		 HONKY TONKへ向かう道すがら、ふと目に付いた煙草の自販機。

		 街中、かなりの頻度で見かけるそれに、今日に限って目がいった
		のはなぜだろう。

		 首を傾げながらも目を離せなくなってしまったそれに、ゆっくり
		と近づく。

		 ガラス越し、色とりどりの煙草の箱が並んでいる。

		 その中に、見知った銘柄が一つ。

		 蛮の愛飲している『Marlboro』。

		 その赤と白のパッケージから目が離せなくて、僕はじっとそれを
		見つめた。

		 蛮はこれを毎日、しかもかなりの本数吸っている。気がつけば煙
		草を口にしているから、蛮=煙草と言う図式が僕の中で出来上がっ
		てしまっているほどだ。

		 こんなに体に悪いもの、なんであんなに吸うんだろう?

		 煙草を吸わない僕にしてみればそれは至極当然な疑問で、蛮の健
		康のためにも絶対止めさせたほうがいい!とまで考えるのも、ごく
		ごく自然な反応だ。

		 けれど。

		 ……美味しいのかな?

		 頭の中、不意にぽつんと浮かんだ考えに、気がつけば購入ボタン
		を押していた。

		 ガコンと言う鈍い音を立てて出て来たそれを、僕は呆然と見つめ
		た。

		 買うつもり、なかったんだけど……。

		 自分の行動に暫し呆然とし、それでもそこへ置いて行くわけにも
		いかず、取り出し口から取り出す。

		 まぁ買ってしまったものは仕方ないか。蛮にあげればいいんだよ
		ね。

		 ついさっき止めさせようとまで考えたにもかかわらず、僕はそう
		結論付けると、手にしたそれを見つめた。

		 例えば、煙草が20世紀に発見されたものだったとしたら、間違
		いなく禁じられていただろう、合法ドラッグの中では極めて性質が
		悪くて危険な代物。

		 それがこの煙草。

		 「百害あって一利なし」の諺どおり、煙草には有害な面しかない。
		ストレスを忘れさせるというニコチンの働きが「利」だと言うなら
		そうかもしれないが、これでなければ効かないという性質のもので
		はないことからも、それが「利」だとは思えないし、だからやっぱ
		り「一利なし」なんだと思う。

		 なんで蛮はこんなもの、あんなに美味しそうに吸ってるんだろう?

		 煙草を吸わない僕の、素朴な疑問。

		 ストレスが溜まってるとか?……確かにあの相棒では溜まるかも
		しれない。けど、それくらいでストレス溜めるほど、蛮だっておと
		なしくないと思うんだけど。

		 そんなことを考えていて、ふと気がつけば、手には1本の煙草。

		 いつの間にか箱から取り出していたらしい。

		 ……なんだかなぁ。

		 ふうと溜め息をついて、手にしたそれを見つめる。

		 蛮がいつも吸っているこれ。

		 どんな味がするんだろう、と興味はあったが、如何せん、火がな
		い。

		 煙草を吸う習慣のない僕がライターだのマッチだのを持っている
		はずもなく、もう一度溜め息をついて、手にしていたそれを箱にし
		まった。

		 とりあえずHONKY TONKに行こう。それから、蛮に火を借りれば
		いい。どんな味がするのか試してみるために。

		 煙草の箱をポケットにしまった僕は、足早にHONKY TONKへと向
		かった。



		 ベルの音と共に扉を潜れば、マスターが「いらっしゃい。」と声
		をかけてくれた。

		 それに軽くあいさつしてカウンターに視線を向ける。と、いつも
		のように煙草を咥えて頬杖をついた蛮の姿が目に入った。

		「蛮、こんにちはv」

		「よう。」

		 声をかければ、小さく笑みを浮かべて応えてくれた。

		「あれ?雷帝は?」

		 空いていた蛮の隣に座って辺りを見れば、さも当然とばかりに蛮
		に引っ付いているお邪魔虫がいない。

		 いないのかな?だとしたら珍しいこともあるもんだ。いつだって
		蛮の隣に居て、僕の邪魔をしてくれるってのに。

		「ああ、銀次?便所。」

		「なんだ。」

		 ちょっと席を外しているだけだと知って、僕はあからさまに大き
		な溜め息をついた。

		 居なくていいのに。邪魔だから。

		 とは、心で思っても口には決して出さない。

		 なぜって、あんな奴でも、蛮は少なからず気に入ってるようだか
		ら。蛮の機嫌を損ねるようなこと、わざわざ言うことないもんね。

		「ま、いーや。ね、蛮。火、貸してくれる?」

		 それでも今は蛮と二人きりなんだからと気を取り直して、僕はさっ
		き買った煙草をポケットから取り出した。

		「あ?なんで……って、オメー、それ?」

		「買ってみたんだ。蛮、いつもこれ美味しそうに吸ってるでしょ?
		だからどんな味なのかなって思って。」

		「オメー未成年じゃねぇか。そんなもん吸ってんなよ。」

		 取り出したそれを見て、蛮が眉を顰める。

		「蛮だって未成年なのに吸ってるじゃない。一本だけだよ。いいで
		しょ?」

		「ダメだ。今からそんなん吸ってっと、背伸びなくなるぞ。」

		 そう言って、蛮は僕の手から煙草を取り上げてしまった。

		「じゃ、一口だけ。」

		「ダメ。20になったらな。」

		 意地悪く笑った蛮は、そのままそれを自分のポケットにしまい込
		んでしまった。

		「ケチ。」

		「うるせー。だいたい、オメーが煙草吸おうなんざ10年早ぇんだ
		よ。」

		「なんで10年なのさ。あと5年で20になるのに。」

		「早いって言ったら早ぇんだよ!大人になるまで待ちな。」

		「そー言うおまえも子供だろうが。」

		「俺はいーんだよ!大体俺は子供じゃねぇ!」

		 溜め息混じりのマスターの突っ込みも、蛮は一言の下突っぱねた。

		 何がいいんだろうか?蛮だって立派な(?)未成年で子供なのに。

		「でもさ、蛮。そう言う蛮だって、やっぱ止めたほうがいいと思う
		よ?煙草。」

		「あ?なんだよ?俺はいーって言ってんだろ?」

		「だって、煙草吸ってると苦いって言うし。」

		「……あ?」

		 僕の言葉に、蛮はきょとんとした顔をした。

		 いつか聞いた豆(?)知識。一体どうやって調べたのか疑問の残
		るところだけど、けど、それが本当なら、きっと蛮のは苦いんだろ
		う。うん。

		「な!?オメー何言って!?」

		 きょとんとしたのも一瞬で、次の瞬間、蛮は顔を真っ赤にしてそ
		う叫んだ。

		 あ、蛮、分かったんだ。へぇ、ホントに物知りだな。こんなこと
		まで知ってるなんて。

		 思わず感心してしまう。

		「何って、僕、変なこと言った?」

		 笑ってそう聞き返せば、蛮は僕を睨んで黙ってしまった。

		 目元が赤くなっていて、ひどく扇情的。つい、苛めたくなってし
		まう。なんて、蛮に言ったらどんな顔するかな?

		「僕は『苦い』って言っただけなんだけど?蛮は何を想像したの?」

		「……なんでもねぇ!」

		 さらに問い掛ければ、そっぽを向かれてしまった。

		 なんか、可愛いv

		 いつもは大人ぶってて、でもこんなとこはてんで子供で、こんな
		風に時折見せてくれる子供っぽさが、僕はとても好きだったりする。
		蛮には内緒だけどね。

		「でも僕、実際はどうなのか知らないんだよね。ね、蛮。試してい
		い?」

		「バ……っ!?」

		 僕の言葉に弾かれたように振り返った蛮の、その唇に自分の唇を
		重ねる。

		 視線の先、驚きに見開かれた紫紺の瞳が印象的だった。

		 やっぱ蛮の瞳って綺麗だな……。

		 唇を重ねたまま陶然と見入っていたら、衝撃から立ち直った蛮に
		引き剥がされた。

		「な、何しやがる!?」

		「う〜ん、思ったより苦くない……かな?」

		「………っ!?★」

		 にっこり笑って感想を言えば、蛮は呆れたのか口を開けたまま、
		目をぱちくりさせている。

		「こ…この……っっ!」

		「蛮ちゃんお待たせ〜。って、あれ?どしたの?」

		 蛮が何か言おうとしたそのタイミングを見計らったように、トイ
		レに籠もっていた雷帝が姿を見せた。

		 雷帝はにっこり笑った僕の存在に一瞬物凄く嫌そうな顔をして、
		それから蛮を見て首を傾げた。

		 雷帝の視線の先に、口元に手を当て、顔を赤らめている蛮の姿。

		 原因はきっと僕だと、不審さを露に視線を向けてくる。

		 蛮のことになると鋭いんだよな、こいつ。いつもはバカなのに。

		「どしたの?蛮ちゃん。何かあったの?」

		 そ知らぬ顔して笑いかければ、雷帝は僕を無視して蛮に問い掛け
		る。

		 途端、蛮の拳が雷帝の頬にクリーンヒットした。

		「いってーっっっ!!!なんで殴んの!?」

		「うっせー!!テメーが悪い!!」

		「えええ〜〜〜っ!?俺、なんかしたぁ!?」

		 訳が分からないと、雷帝は殴られた頬を摩っている。目には涙ま
		で溜めて。

		 僕にだって分からない。なんで雷帝なんだろう?なんで僕じゃな
		いんだろう?この場合、殴られて然るべきは僕なのに。

		 蛮にとって、僕はその程度?

		 蛮にとっての特別は、雷帝だけ?

		 そう考えたら、蛮とキスした余韻も全て吹き飛んでしまった。

		「僕、帰るね。」

		 そう短く告げて、立ち上がる。

		 それに、蛮と雷帝の視線が向けられた。

		「蛮。やっぱ煙草はほどほどにしないと。だって僕、苦いの苦手だ
		しね。」

		 にっこり笑ってさきの話をぶり返せば、蛮の頬に朱が散る。

		 それに目敏く気付いた雷帝が「え?なに?どしたの?」と蛮の顔
		を覗き込んで、再び拳骨を食らっていた。

		「ホントかどうかはまた今度ね♪じゃ、蛮。ご馳走様v」

		 笑いながら手を振って、HONKY TONKを後にする。

		 絶対蛮を振り向かせてみせるぞ!と固く決意して。

		「こ…の、マセガキ!!」

		 去り際、蛮の叫び声が聞こえた。




		THE END







		えー、これは、「紫煙」を書いている途中で思いついた話です。なぜだか
		無性に書きたくなって、その勢いに任せて書きました。
		しかし。
		おかしいな?どこを間違えたんだろう?
		「蛮とお揃いvお守り代わり(?)にしよv」とか言ってたカケルくんは
		一体どこへ……?確かに当初からキスまではさせるつもりだったけど、な
		んか気がつけば凶悪。しかもカヅっちゃん入ってる?なんで?どこをどう
		間違えたんだ?
		・・・謎。(おい)
		こんなものでよろしければ、このSSはmacraさまに捧げます。
		……すみません!!(泣)返品可です!(><;;)
		ちなみに、「アレ」とはアレのことです(ニヤリ)大人な読者の皆様はも
		うお分かりですよね?(笑)
		しかし、本当にどうやって調べたんでしょうかね?謎だ(笑)