HAPPY NEW YEAR 「蛮ちゃん、こっちこっち!」 はしゃいだ銀次が手招きで蛮を呼ぶ。それに苦笑しながらも、蛮は呼ばれる まま銀次の後を追った。 「おい、まだ食うのかよ?いー加減食い過ぎだって!」 「えー?そんなことないよ。まだたこ焼きとお好み焼きと、焼きそば、焼きイ カ、クレープ、大判焼き、それから……。」 頬を膨らませた銀次は、ここに来てから食べたものを順に並べ立てた。 それに、蛮は苦笑を禁じえない。 『それだけ食えばじゅーぶんだって。』 半ば以上呆れ顔で、それでも蛮は銀次の言葉を黙って聞いていた。 12月31日、大晦日。 今年も今日と言う日で終わりを告げる。 今年の元日は、二人で初日の出を見に行った。蛮の提案で。 なら、今度は初詣を先にしよう。新しい年の訪れを二人で神社で迎えて、そ れから日の出を見に行こう。 とは、銀次の提案。それに、蛮も二つ返事で同意して。 それで、毎度お馴染みHONKY TONKでのカウントダウンパーティー と称したどんちゃん騒ぎを途中で抜け出して、都内にあるこの神社にやって来 たのだ。 HONKY TONKでも、銀次はあれやこれやと口にしていた。それでも 足りないとでも言うのか、ここへ来てからも、居並ぶ屋台を制覇するのではな いかと思うような勢いでもって食べまくっている。 それでも蛮がそれを止めないのは、今日で今年が終って、そうしてもうすぐ 新年を迎えるから、それ故の幾許かの感慨があったから、かもしれない。単に 止めても無駄だと諦めているからかもしれないが。 「あ、今度はこれにしよvおじさ〜ん、これ1つちょうだいv」 そう言って満面の笑顔でたこ焼きを買う銀次。 『さっきも食ったじゃねぇか。』 思わず溜め息が出る。 呆れて、煙草でも吸おうかとポケットから取り出せば、口にする前に不躾な 手に取り上げられた。 「何すんだよ。」 「タバコなんかよりこれにしよvおいしいからさv」 にっこり笑った銀次が、そう言ってたこ焼きを差し出した。差し出しながら、 自分で食べるのも忘れていない。 「……いらねぇ。さっき散々食ってきたからな。」 「え〜?おいしいよ?ほらv」 好意で、だったのだろう。銀次は蛮の口にたこ焼きを放り込んだ。 「…………っっっ!?」 口に放り込まれたたこ焼きはあつあつだった。寒い今食べるには確かにいい かもしれない。けれどそれは、いっきに食べてちょうどいい熱さでは決してな かった。 突然襲ったたこ焼きの熱さに、蛮は口を押さえて目を白黒させた。剰え、熱 さに目に涙まで浮かんでしまう始末。それに、銀次が「あ…。」と声を洩らし、 しまったと言う顔をした。 「蛮ちゃん、大丈夫?」 恐る恐る尋ねた銀次を、蛮が鋭い目で睨みつめた。 「あ……えと、悪気があったわけじゃないんだよ?蛮ちゃんにも食べてもらお うと思っただけで……。」 「ごめんね……?」と苦笑した銀次の横っ面を、次の瞬間、蛮の右手が見事 に捕らえた。 「いたーっっ!!殴ることないじゃん!!!」 「うっせーっ!どんだけ熱かったかテメーも体感してみっか!?ああ!?」 「いやー、いやー!!」 蛮は銀次の手からたこ焼きを取り上げると、首根っこを押さえつけ、その残 りを全て口に流し込もうとした。タレて必死で抵抗する銀次。もう少しでたこ 焼きが口に入ろうかと言うその瞬間、一つ目の鐘が鳴った。 どこか厳かなその鐘の音に、蛮と銀次の手が止まる。 「鐘………。」 「……始まったな。」 蛮は銀次から手を離すと、たこ焼きを返してやった。 「……ねぇ、蛮ちゃん。鐘鳴り出したってことは、もう年明けちゃった?」 暫く無言で鐘の鳴るのを聞いていた銀次が、ふと気がついたようにそう問い かけてきた。 「あ?いや、除夜の鐘ってのは0時を境に撞くからな。明けるにゃ、まだもう 少し時間があんぜ。」 「ふーん。ねぇ、何回くらいつくの?」 たこ焼きをぱくつきながら、再度問いかけてくる。 小学生でも知っていそうなことを尋ねてくる銀次に、思わず呆れてしまう。 しかし、無限城育ちじゃ無理もないかと思い直した。 「108回。」 「そんなにつくの!?」 その答えに驚いた銀次が、勢いよく蛮を振り返った。 「ああ。」 「なんで?なんでそんなにつくの?なんか意味があるの???」 銀次の頭の上は「?」マークで一杯だ。それが容易に見て取れて、蛮は苦笑 を洩らした。 「なんでって、"煩悩解脱""罪業消滅"を祈って撞いてんだよ。聞いた話によりゃ、 人には108つもの煩悩があんだと。それで108回。」 返ってきた答えに、銀次は目を丸くしている。 「108つも…?へぇ〜、すごいねぇ。さすがに俺でもそんなにないのに。」 そうしきりに感心している銀次。 煙草に火を点けながら、蛮はその言葉に心の中で突っ込みを入れていた。 『オメーの場合、108つじゃ足んねぇの間違いじゃねぇのか?』 口に出して言わないのは、言っても無駄だと分かり切ってるから。それとも う一つ。下手をすると薮蛇になるからだ。 そうしてついた溜め息を、煙草の煙で誤魔化して。 静かになった銀次と共に、蛮も除夜の鐘に耳を傾けた。 一つ二つと鳴り響く鐘の音を、二人はただ黙って聞いていた。そうして幾つ 目かの鐘が鳴った時、ふと銀次は蛮を振り返った。 「ね、蛮ちゃん。あとどれくらいで明ける?」 「ん?ああ、あともう5分ほど、だな。」 「5分か。ね、蛮ちゃん。二人でカウントダウンしようよ♪」 にっこりと笑う銀次に、つられたのか蛮の顔にも笑みが浮かぶ。 「……そうだな。いいぜ?」 「じゃ、決まりね♪」 銀次は残っていたたこ焼きを平らげると、手近にあったゴミ入れに空になっ た容器を放り入れた。そうして後ろから抱きつくようにして、蛮の手にある懐 中時計を覗き込む。 「何分前?」 「3分前。」 「もう少しだね。」 「ああ。」 蛮に後ろから銀次が抱きつくような格好で、その手にある懐中時計を覗き込 む光景は、傍から見れば一種異様なものだった。知らず注目を集めていること に、だが当の二人は気付かない。時計の針が時を刻む毎に、「あと2分」等と 呟いている。 「あと1分……。ね、蛮ちゃん。10秒前になったら、カウントダウンしてく れる?」 蛮の背中から正面へと移動した銀次が、そう言ってにっこりと笑う。それに 一瞬きょとんとした蛮も、肯定の意を表すように頷いた。 「じゃ、よろしく〜v」 ひどく嬉しそうに笑った銀次に幾許かの疑問と不安を抱かなかったわけでは ないが、しかし、こんな人の多いところで何が出来るわけもないかと、蛮は自 分を納得させた。 時計の秒針が文字盤の"9"を過ぎ、"10"に差し掛かる。と同時に、蛮がカ ウントを数えだした。 「10、9、8……。」 1秒ごとに移動する秒針に合わせ、蛮の告げる数字が小さくなっていく。 もうすぐ、新しい年だ。 「蛮ちゃん。」 蛮が5秒前を告げた時、不意に銀次に名を呼ばれた。 カウントを続けながらも上げた蛮の目の前に、銀次の顔。それがゆっくりと 近づいて ――――― 。 「え……?」 その瞬間、時計の針が午前零時ジャストを告げた。 同時に、俄かに周りで湧き上がった黄色い声。それが自分たちに向けられて いることに、蛮は暫く気付けなかった。否、自分の身に一体何が起こったのか、 それすらも、理解するのに数十秒を要した。 「蛮ちゃんv明けましておめでとうv今年もよろしくねv」 眼前でにっこりと笑う銀次。それを暫くの間ぼんやりと見つめて。 そうして、自分の身の上に起こったことを漸く理解した蛮は、次の瞬間これ でもかと言うくらい顔を真っ赤に染めた。 「あははv蛮ちゃん照れてるv可愛いv」 嬉しそうに笑う銀次に、ギャラリー(当然ながら女性)の黄色い声が更に増 す。 「ぎ、銀次!!テメーっっ!!」 羞恥に、蛮は頬を染めたまま拳を振り上げた。 しかしそれが銀次を捉える前に、ひらりとかわされた。 「テメ!逃げんな!!」 「キスくらいでそんな怒んなくたっていいじゃん♪俺と蛮ちゃんの仲なんだか らv」 「だーっっ!!!余計なこと言うんじゃねぇ!!」 銀次の爆弾発言(少なくとも周りの人々にとっては)に、好奇の視線が二人 に集まる。楽しげに笑って走り出した銀次を、真っ赤になった蛮が追いかけた。 「銀次!この、待ちやがれっっ!!」 「ヘブンさんが言ってたけど、アメリカじゃ、年が明けると同時に好きな人と キスするんだって!だから、だよv俺、蛮ちゃんのこと大好きだもん!」 「余計なこと言うなって言ってんだろ!!!大体ここはアメリカじゃねぇ!」 「余計なことなんかじゃないよ!俺は胸張って言えるもんね!蛮ちゃんのこと、 ずっとずっと好きだよ!!大好き!!!」 「分かったからしゃべるなーっっっ!!!」 人込みの中、走りながら愛の告白(笑)をする銀次に、自然と道行く人の目 が二人に注がれる。それを痛いほどに感じながら、蛮はとにかく黙らせようと 銀次を追いかけ続けた。 人込みを器用に縫いながら逃げる銀次を蛮が捕まえたのは、人影も途絶えた 神社の裏手にある雑木林に入り込んでからだった。 「テメー!さっきはよくもっっ!!」 真っ赤になって胸倉を掴む蛮に、銀次が両手を挙げて降参を告げる。 「だってしたかったんだもんっ!ヘブンさんにあの話聞いてからずっと、その 時には蛮ちゃんとキスしようって、決めてたんだよ!」 両手を挙げたまま、銀次が言い訳を口にする。とは言え、そうは聞こえない 勢いではあったが。 その迫力に気圧されたのか、蛮は上げた拳をゆっくりと下ろした。そうして 呆れたように溜め息をつく。 「……だからってあんな公衆の面前で………。」 「人がいようが関係ないよ。俺は蛮ちゃんを好きだし、だからキスだってした いし、この気持ちに偽りなんかない。蛮ちゃんは……嫌だった?」 銀次の問いかけに、蛮は口篭った。 キスが嫌なわけではない。ただそれが公衆の面前だったから、それが恥ずか しかっただけで。 口篭り俯いてしまった蛮を、銀次が不安げな瞳で見つめてくる。 暫し逡巡して、それから蛮は徐に顔を上げた。 「人前は、な。」 頬を薄っすらと染めてそう言った蛮に、途端銀次の顔に笑みが浮かぶ。 嬉しそうな銀次の顔が気恥ずかしいのか、蛮はくるりと背を向けてしまった。 それに銀次が後ろから抱きつく。 「うん。ごめんね、蛮ちゃん。次から人前は避けるから。」 「そーしてくれ……。」 「そうだよね〜。人前じゃ、したくなってもさあしよう!って訳にもいかない もんね。うん、やっぱ人目は気にしなきゃだねv」 「…………っっ。」 銀次のその言葉に、蛮は思わず拳を握り締めた。 『そういう意味で言ってんじゃ、全然全くねぇ!!』 『やっぱ殴ったる!』と蛮が拳を振り上げかけた瞬間、銀次が耳元で名前を 呼んだ。 「……なんだよ?」 「去年はいろいろありがと。俺、足引っ張ってばっかだったけど、今年は頑張 るから。去年みたいに蛮ちゃんに迷惑、かけないようにするから。強くなるか ら。だから、今年も一年お願いします。」 「…………。」 回した腕に力がこもる。微かに震える腕に、蛮は小さく苦笑した。 「……改まってそんなこと言うなよ。照れんじゃねぇか。」 「蛮ちゃん。」 「こっちこそ、よろしくな、銀次。」 抱き締める腕から逃れた蛮が、銀次を真っ直ぐに見つめてはにかんだような 笑みを浮かべる。それにつられるかのように、銀次の顔にも笑みが浮かんだ。 「うん。」 そうしてくすりと笑んだ二人の顔が、どちらからともなく近づいた。 「今年もよろしくねv」 「よろしくな。」 THE END 新年一発目は、やはり王道銀蛮でvしかも甘々(笑) しかし公衆の面前で愛の告白・・・。おかしいな?最初はこんな話じゃ なかったはずなのに(苦笑)いや、キスまでは考えてましたが(笑) あんま変わらないか(爆) 出来るならばこの現場に居合わせたかったと、本気で考える中沢はバカ 以外の何者でもありませんな(苦笑) ちなみに、これは「TO BE WITH YOU」の翌年という設定になっています。 ついでに、短いものですがオマケを(笑)いえ、本当に短いので期待し ないでくださいね(汗)(こちらはフリー対象外です。と言うか、こん なん欲しがる人はまずいないと思うので(苦笑)) こちらからどうぞv→「オマケ」