HARD PAIN





	 なぜそう思うのか分からない。

	 けれど自分に歯止めをかける暇もなく、気がつけばその細い体を押し倒して
	いた。

	 普段からはとても考えられないような行動に、驚いたように見開かれた瞳が
	強く印象に残っている。

	 驚きと焦燥と怯えの入り混じった色。

	 それを表情のない目で見つめ返し、噛み付くように口付けた。

	 唇が触れた瞬間、更に大きく開かれた瞳。

	 なぜこんなことをするのか分からない、そう雄弁に語るその目に苦笑を禁じ
	えない。

	 分からない?そうだね、きっと分からないと思うよ。だって、俺自身にさえ、
	分かってやしないんだから。

	 苦笑して唇を離し、けれどそのまま行為を推し進めていく。

	 突然のことに呆然としていたのか、抵抗はなかった。

	 あったところで止める気など毛頭なかったけれど、されるよりはされないほ
	うがこちらも事を進めやすい。破るようにシャツの前を開き、露になった胸に
	口付ける。小さく反応を返す体にようやく状況を理解したのか、腕が押し退け
	ようと抵抗を見せ始めた。

	「な、に考えて…っっ!?銀次っ!テメ、止めろ!!」

	 慌てて暴れるのをうつ伏せにして押さえつけ、その遅すぎた抵抗を封じ込め
	る。そのまま下半身を露にさせれば、白い肌が羞恥に淡く染まった。

	「おい、銀次!いい加減に……っんっ!」

	 抗議の声には耳も貸さず、固く閉ざされた蕾に口付ける。途端震える体に知
	らず笑みが洩れた。

	 小さく洩らした笑いが聞こえたのか、肌は更に赤みを帯びた。それは綺麗な
	桜色に。

	 綺麗に染まった肌に緩く指を滑らせ、そのまま蕾へと辿り着く。そこに触れ
	た瞬間強張る体に微笑し、まだ潤いをもたぬのを承知で突き入れた。

	「く…ぅ……っ!」

	 苦痛を訴える声が洩れる。が、意に介さずに奥へと押し進め、乱暴に中を掻
	き乱した。

	「う…ぁ…っやめ……っ!ぎん、じっ!」

	 快楽を生じる箇所を強く擦れば、意思とは無関係に体は反応を返す。

	 徐々に湧き上がる快感に、痛みはとっくに感じなくなっているだろう。そこ
	へ雄を受け入れることを覚えているのならばなおのこと。順応も早い。

	 馴らすためとは言い難い乱暴さに、けれど体は貪欲に快楽を見つけ出す。そ
	れこそ意思とは無関係に。

	 適当にそこを嬲ってから引き抜く。途端、強張っていた体から力が抜ける。
	それを見計らって、そこにいっきに熱棒を押し込んだ。

	「ヒッ…!アァ……ッ!」

	 激痛に、悲鳴が零れ落ちた。

	 しかし耳を貸さず、ただ自分の快楽を追うことだけに専念する。

	 潤いをもたぬそこは侵入を拒み容易に受け入れなかったが、それでも強引に、
	少しずつ奥へと突き刺した。

	 その合間にも洩れる苦痛の声に、だが心は一向に動かされない。むしろ負の
	感情が湧き上がる。

	 もっと痛みを感じればいい。陵辱の痕をその身に刻み付けて、壊してしまい
	たい。この手で。


	 
	 そう、いっそ壊してしまえたらいいのに。そうすればきっと ――――― 。



	 抜き差しを繰り返し、腰を揺さぶり思うまま蹂躙し、そうして欲望を叩き付
	けた。

	 解放の余韻に息をつく。それからしばらくしてからゆっくりと抜き取った。

	「は……っは…ぁ……っ。」

	 痛みに浅い呼吸を繰り返すのを、仰向けにさせて口付けで遮る。

	 呼吸を妨げられ苦しげにのたうつ体を押さえつけ、貪るような口付けを繰り
	返す。一頻り交わしてから解放してやれば、途端酸素を求めて大きく喘いだ。

	 飲み下しきれなかった唾液を手の甲で拭い、そうして力なく投げ出された足
	を肩に担ぎ上げる。

	 瞬間体が強張った。何をされるのか、理解しているからだろう。

	「ぎ…銀次……何で………?」

	 俺を見つめる怯えを含んだ目。

	 それに薄く笑いかけて、血で滑るそこへと再び自身を埋めた。

	「うあぁ―――――……っっ!!」

	 絶叫が迸る。

	 思わず逃げを打つ腰を押さえつけ、更に奥へと捩じ込む。血のせいか、先よ
	りは比較的スムーズに挿入できた。

	 完全に入れてから動きを止めた。

	 痛みに激しく上下する胸。白い滑らかなその肌に、酷く不釣合いな傷痕があ
	る。それも二つ。

	 一つは赤屍 蔵人、もう一つは弥勒 夏彦が刻んだものだ。

	 傷痕をそっと指で触れる。

	 直りかけの、まだ柔らかな皮膚の感触。それに、言い知れぬ感情が湧き上が
	る。

	 俺ではない男の刻んだ傷。

	 まるで所有を主張するかのように刻み込まれたそれは、同時に俺への呪詛の
	ようにも見えた。

	 見る度に思い知らされる不甲斐無さ。

	 そして感じる焦燥。

	 激しく痛む胸。

	 いっそ塗り替えてしまえたらいいのに。この傷を自分の手で。

	 そう、この傷を引き裂き、再び血を滴らせ、自分のつけた傷へと変貌させて
	しまえば、きっとこの胸の痛みも消えるだろう。

	 そうだ。自分の所有の証に変えてしまえばいい。そうすればこの胸の激しい
	痛みも感じなくなる。きっと。

	 傷に触れる指に、僅かに力を込める。

	 その感触に、固く閉ざされていた瞳が緩々と開かれた。

	「ぎん……じ………?」

	 少し掠れた声が名を呼んだ。そうして、そっと頬に触れる少し冷えた指の感
	触。

	 苦痛を感じているのだろう。僅かに眉を潜ませたまま、それでも柔らかく笑
	みを向けた彼に、唇が戦慄く。

	「バーカ……俺はちゃんとここに…いんだろ……?どこにも行かねぇよ……こ
	こが俺の場所…なんだからよ……そうだろ?銀次……?」

	 指が頬を優しくなぞり、次いで両腕が首に回された。

	「蛮……ちゃん…………。」

	「オメーは……?違うのか…?」

	 囁くように尋ねられ、慌てて首を振る。

	 違わない!俺の場所はここ。ここが俺の場所。蛮ちゃんの隣が俺の………。

	「だったらよ、安心しろ…。…な……?」

	 そう言って軽く頭を叩かれる。まるで聞き分けのない子供を叱るように。

	「うん……うん……っごめん…ごめん、蛮ちゃん……っ!」

	「いいって……。」

	 柔らかく微笑んだ蛮ちゃんが、頬に指を滑らせ、そうしてそっと口付けを落
	とした。

	 その行為に、俺は自分が涙を流していることにようやく気がついた。

	 蛮ちゃんの少し冷えた指が頬に触れ、零れ落ちる涙を優しく拭っていく。そ
	れはとても慈愛に満ちた行為で、でも、だからこそ、涙は止まらなかった。

	 優しい蛮ちゃん。こんな行為を強いた俺に、それでも痛みを分かってくれる。
	分かってて何も聞かず、抱き締めてくれる。

	 だから、ね、余計に、辛くなるんだよ?

	 求めていた言葉を貰ったのに、その言葉は本当だって、嘘じゃないって分かっ
	てるのに、どうしても拭えない不安が、しこりのように胸の奥にこびりついて
	離れない。

	 それはまるで抜けない棘のように、俺を苛み続ける。

	『ちゃんとここにいんだろ?』

	 ――――― うん、分かってる。

	『どこにも行かねぇよ。』

	 ――――― 分かってる。蛮ちゃん嘘、嫌いだもんね。亡くす痛み知ってるか
	ら、だから絶対、出来ない約束はしない。……それも分かってる。

	『ここが俺の場所なんだからよ。オメーは?違うのか?』

	  ――――― 違わない。俺にとっての場所は蛮ちゃん、蛮ちゃんの隣が俺の
	場所。だから絶対に離れない、離さない。

	 けど ――――― 。

	 胸が、痛いんだ。

	 蛮ちゃんを確かにこの手に抱いているのに、なぜか拭えない焦燥感が俺をど
	うしようもなく不安にさせる。棘が、俺を苛み続ける。

	 目を閉じたら失くしてしまいそうで、俺は瞬きすら忘れて目を開いたまま、
	蛮ちゃんを強く抱き締めた。

	「大好きだよ、蛮ちゃん……。」

	「ん……。」

	「大好き、大好き。」

	「ん、銀次……。」

	 蛮ちゃんを強く抱き締めて、「好き」と言う言葉を繰り返す。

	 首に回された腕が、俺の不安を感じ取ってか優しく頭を撫でる。俺の不安を
	拭うように、何度も、何度も。そうされる度に、けれど涙は止まらなくて、後
	から後から溢れ出す。

	「……蛮ちゃん……っ好きだよ、大好き…っ。」

	「ああ……。」

	「離れない、離さない、離したくない……っ!」

	「ああ…離さなくていい……。」

	 耳を擽る甘い承諾の声も、今は俺の不安を拭ってはくれなくて ――――― 。

	 俺はただ、泣きながら蛮ちゃんを抱き締めるしかできないでいた。





	 なぜ、そう思うのか分からない。

	 けれどまるで呪詛のように、俺を苛み続ける小さな棘。

	 その棘の正体が、蛮ちゃんの体に傷痕を残した、そして、蛮ちゃんに想いを
	寄せる男たちへの嫉妬だけだったならまだマシだっただろう。けれどそれだけ
	じゃないことを知っているから、何時までもこの痛みは消えることがない。

 


	 俺に、俺だけに聞こえる、不安と焦燥を駆り立てて止まぬ声。

	 そう、あれは一体、誰の声だった ――――― ?









		 「時は満ちる。

		 そう、もうほんの僅か。

		 分かっているか?時間はもう、さして残されてやしないと言うことを。

		 "  "を超えなければ、失うだけ。この時は終わりを告げるだろう。

		 それにおまえは、本当に気がついているのか ――――― ?」





 

		 THE END








		一言だけ。
		ぬるかった・・・(泣)