鼓動 俺がHONKY TONKに戻ったのは、もう日も暮れるという時刻になって からだった。 「お帰り!蛮ちゃんv」 扉を開けて店へと入った途端、待ってましたとばかりに銀次に抱き つかれる。 「んだよ。大袈裟だな。」 「だってさ〜。蛮ちゃん遅いんだもん。」 肩を竦めて見せれば、銀次は軽く頬を膨らませた。 まるで子供なその反応に、思わず苦笑が洩れた。 「それより蛮ちゃん。俺に渡すもの、あるでしょ?」 そう言って確信めいた目で俺を見つめるから、ついつい意地悪を言っ てみたくなる。 なんでって、それはもちろん、銀次があまりに期待に満ち満ちた目 をしてるからに決まってる。それが図星と言う照れもあるけれど。 「あ?んなもんあったっけ?」 「あったっけじゃないよ!約束したじゃん!今年は蛮ちゃんからくれ るって!」 あ〜、良く覚えてたな。オメーのこったから、てっきり忘れてるか とも思ってたんだが。 こんな時だけ見事な記憶力を発揮する相棒に苦笑しながらも、ちゃ んと用意していたチョコレートをポケットから取り出した。 「わーってる。忘れてねーよ。ほら。」 照れも手伝ってつっけんどんに渡したチョコを、銀次はそれはもう 物凄く嬉しそうな顔して受け取った。 「ありがとーvvv」 満面の笑顔ってのはこのことなんだろうな。そんな顔で笑ってる。 銀次の奴があんまり嬉しそうだから、照れ半分、嬉しさ半分で、な んつうか、複雑な気分。 「今年もハートだvえへへvvv」 包みを開けた銀次が、それを見た途端、先以上の笑みを浮かべて頬 擦りをする。 確かにそうなんだか、口に出して言われると妙に照れくさい。しか も、カウンターの向こうには波児の姿があって、「惚気は他所でやっ てくれ。」と、言葉にはしないが視線が雄弁に語っているからまたそ れが恥ずかしい。 唯一の救いは夏実ちゃんがいないことだろう。 くそ、やっぱ止めときゃ良かったぜ。 そうも思ったが、嬉しそうにチョコを頬張っている銀次の姿を見て いたら、結局「ま、いっか。」と言う気になってしまった。 そう考えて、俺も甘いなと苦笑が洩れる。 「おいしーvvvありがとv蛮ちゃんvvv俺、すっげー幸せ〜v」 「たかが60円のチョコに大袈裟なんだよ。」 「値段なんて関係ないよ。蛮ちゃんの気持ちが美味しいんだからvな んたってハート型、だもんね〜vvvえへへ〜vvvこれって立派な 愛の告白vだよねvvv」 「んなもんじゃねぇよ。」 あんまり銀次の奴が嬉しそうだから、つられてこちらも笑みになる。 が、釘を刺すのも忘れない。 あんま付け上がらせるのもなんだからな。 けれど、それも銀次にとっては「俺が照れてるだけ」の行為に映る らしく、「蛮ちゃんってば照れちゃってv」なんて笑ってやがる。 「違ーって!それが一番安かったんだよ!」 「それでもいーんだもーんvそれに俺、知ってるもんねーv」 「あ?何を?」 「一番安いチョコって、10円で買えるやつだってことvだからこれ は、蛮ちゃんの気持ちの表れなのですv」 「……っ!」 そう言ってにっこり笑った銀次に、思わず頬に朱が散る。 俺の反応が嬉しいのか、銀次の笑みが更に深まった。 こんの…っ!そんなに言うなら来年はそれにしてやる!! 思わず拳を握り締めてそう誓った俺を、銀次はぎゅっと抱き締めて きた。 「ぎ、銀次!?」 「蛮ちゃん大好きv俺、すっげー幸せv」 そう言って俺を真っ直ぐに見つめ、「えへへv」と笑う。 銀次がこんな風に笑うのを見るのが嬉しくなったのは、一体いつか らだったか。 出会った当初は確かに敵だった。無限城で死闘を繰り広げて、なぜ だかこいつに懐かれて、結局一緒に暮らすようになって、そうして現 在に至る。 一緒に居ると温かくて、その温もりに安心できた。 俺の隣で幸せそうに笑う顔に心を癒される、なんて、決して教えて はやらないけれど。 「わーったわーった。あーもう、チョコついてんぞ?」 「え?」 苦笑して、目に付いた頬のチョコをぺろりと舐め取る。 全く意識していなかった行動。 された銀次が目を丸くして、それに、自分が今とった行動を理解し た。 「な、なんだよ…?」 「蛮ちゃんvvvvv」 それはもう、物凄い数のvマークを辺りに散らして、銀次は俺に口 付けてきた。 「んんっっ!?」 突然のことに抵抗する間もなく、激しく口付けられる。差し込まれ た舌が口内を好き勝手動き回って、否応もなく、俺の思考を溶かして いく。 「ん……は………っ。」 長い口付けから解放された頃にはもう、体に力は入らなくて、俺は 銀次に縋るようにしてようやく立っている状態だった。 「蛮ちゃん大好きv」 耳元に囁かれる声にも反応してしまう。 それでもなんとか体勢を整えようとするのを、銀次の両手が許さな い。いつの間にかシャツの裾から入り込んだ左手が背から脇腹を、右 手が布越しに俺自身を撫で摩る。 いつの間に!? と思った時には時既に遅しで、結局俺は大した抵抗も出来ず、銀次 に縋って体を震わせるしか出来ないでいた。 「ちょ……ま、て……んっっ。」 首筋に音立てて口付けられ、その刺激に掠れた声が洩れる。 「蛮ちゃん、俺、すっごくしたい。いい?」 肌に散ったであろう朱に満足げに笑みを浮かべた銀次が、普段より 低い声で耳元に囁いた。 ぞくりと、肌が粟立つ。 戸惑いを隠せない瞳を銀次に向ければ、真剣な眼差しで見つめ返し てくる。そしてもう一度、 「蛮ちゃんのこと抱きたい。ダメ?」 耳元に囁きが落とされた。 真っ直ぐに俺を見据える瞳。 その銀次の瞳から目が離せない。 こんな所で、と思うのに、流されそうになる自分がいる。 「蛮ちゃん?」 「……あ……。」 「おまえら、俺って存在があるの、すっかり忘れてるだろう?」 「……っっ!!」 溜め息混じりにかかった波児の声に、漸く我に返る。 「あ、ごめん、すっかり忘れてた。」 そう言って笑う銀次とは正反対に、俺は顔を真っ赤にして焦ってい た。 うっっわ〜〜〜っっ!!俺、今、何しようとしてた!?波児がいるっ てのに流されかけて!しっかりしろ!俺様!! 「だって蛮ちゃん可愛いんだもんvつい、ねv」 「ついはいいけどなぁ、俺の身にもなってくれ。しかし、蛮。珍しい な。おまえが流されるなんて。」 言わないでくれ!俺だって驚いてんだからよ!! 「それだけ俺のキスが上達したってことだねvね?蛮ちゃんv」 違う! と叫べたらどんなにいいか。 確かに上手くなってんだよな、こいつ。悔しいけどよ。 返す言葉がなくて、俺はただ銀次を睨み付けた。 「んじゃ、続きは2階でv部屋借りるね〜v波児さんv」 「うわっ!?」 にっこり笑った銀次が、俺を抱き上げた。しかも、こともあろうに お姫様抱っこで! 「なっ!?銀次!下ろせ!!」 「ダ〜メ♪おとなしくしててね?でないと手滑らせて蛮ちゃんのこと 落としちゃうかも、だよ?」 「落とせるもんなら落としてみやがれ!!」 言った途端に手を離される。反射的にしがみ付いた俺を抱え直した 銀次が、その反応に嬉しそうに笑みを浮かべた。 「その調子v」 「〜〜〜〜〜っっっっ!!!!!」 銀次の思惑にまんまと乗ってしまった自分にも腹が立つが、それ以 上にすっげー嬉しそうな銀次がムカツク!!! 「………頼むから汚してくれるなよ?」 「は〜いv」 溜め息混じりに掛けられた波児の言葉にも、銀次は嬉しそうに返事 を返す。 「は〜いv」じゃねぇ!!誰が良いって言った!?俺はやらせてや るなんてひとっことも言ってねぇぞ!! 「くっそ!下ろせ!銀次!!」 「ダメだってば、蛮ちゃんvさ、2階行こv」 俺の文句には全くもって耳を貸さず、また抵抗も何のその、それは それは軽い足取りで、銀次は俺を抱いて2階へ上がった。そうして部 屋の隅、窓際に鎮座ましますベッドに俺を下ろすと、あっさりと組み 敷いた。 鋭い視線を向ける俺を、銀次は物怖じすることなく真っ直ぐに見つ め返してくる。 「離せ!」 「ヤダ。」 「ヤダじゃねぇ!」 「だって俺、蛮ちゃんを今すぐ抱きたいもん。」 「な、何言ってんだ!こんな昼間っから!!」 「もう夕方だよ。」 「うぐっ★そ、そういう問題じゃねぇ!いいから離せ!」 「ヤダよ。それに、ほら。」 「―――……っ!?」 銀次は俺の手を掴むと、そのまま自分の股間へと導いた。 触れた手に、欲の象徴。 それは既に形を変えていた。 「ね?もうこんなに元気なんだよ?俺。」 「〜〜〜っっ。」 確かに、手に触れる感触は銀次の言葉を肯定している。 その感触に銀次の熱さを思い出して、俺はごくりと唾を飲み込んだ。 「蛮ちゃんだって、さっきはしてもいいって思ったでしょ?」 確信を持って訊いてくる銀次。 その言葉を肯定はしないけれど、体に熱が点るのを感じたのは確か だ。銀次のようにあからさまな反応では決してなかったけれど。そし て、してもいいと思ったわけではないが、抵抗できなかったのも事実 だ。 けれど、やはりそれは「=してもいい」になるのだろうか? 「ねぇ、蛮ちゃん。」 耳元に落とされる囁き。 多分に熱を含んだ低い声。 ぞくりと、肌が粟立つのが分かった。 「しても……いい?」 止めとばかりに耳に口付けられて、悔しいかな陥落してしまう。 「………2度もしやがったらぶん殴る……!」 唇を噛み締めてそっぽを向いて、悔し紛れにそう言えば、途端銀次 の顔に笑みが浮かぶ。 「うん。努力する。」 小さく答えを返してきて、それから優しく口付けられた。 数度、触れるだけの軽い口付けを繰り返して、それから徐々に、深 く、貪るような口付けに変えていく。 「ん……ぎ、ん…んん……。」 言葉は口付けに塞がれる。 一時も離していたくないとでもいうのか、口付けを繰り返したまま、 銀次は器用に俺のシャツのボタンを外していった。 肌蹴られ、肩から落とされるシャツ。 ベルトはあっさりと抜き取られ、ボタンが外されジッパーが下ろさ れる。そうしてくつろげられたそこから、銀次の手が忍び込んだ。 「んん…っっ!」 反応を返す体に、銀次が満足げに笑みを浮かべる。 唇は塞がれたまま、緩々と刺激されるそれ。 徐々に形を変えるそれがひどく熱い。 苦しさに、銀次の肩に爪を立てるが効果はなかった。 不自由な呼吸にどうしても苦しくなる息と、じわじわと体を侵食す る快楽と、そうしてそれらに犯されるように白濁する意識。 気がつけば、既に下半身には何もつけていなかった。 開かされた足の間に銀次の存在。 未だ乱れのない相手の衣服に、不快になるよりも先に、意識は快感 で塗り込められていく。 「うん……ん…っあ、あ…っっ!」 ようやく口付けから解放され、溢れ出す堪え切れない嬌声。 嬉しそうに笑んだ銀次の顔が快楽に歪む。否、ぼやけると言ったほ うが正しいだろうか。 潤んだ瞳に、それは正常に映し出されることはなく。 ただ笑んだのが、ぼんやりと見えただけだった。 「ぎ…ん……んぁっ!」 名を呼びかけて、不意に突き入れられた指に、言葉は喘ぎに変わる。 含まされたそれが緩々と蠢き、生温かいものが入り口付近を這い回 る。 それが銀次の舌だと気付くのに、数十秒を要した。 「……っあ…や、め……っぎん……っ!」 頭を振り、体を浸す快楽を振り払おうと無駄な努力を試みる。 伸ばした手が銀次の髪に触れ、そうと意識せぬまま弄んだ。 時間をかけて馴らされるそこ。 意識は既に判然としなくて、ただ与えられる快楽に声を上げるのを 止めようがない。 不意に感じた銀次が体を起こす気配。 見つめてくる瞳をぼんやりと見つめて、落とされた口付けを目を細 めて受け止める。 「蛮ちゃん…大好き……。」 耳元に優しい囁き。 くすぐったいようなその言葉にうっとりと笑みを浮かべて。 「銀次……。」 伸ばした腕を首に絡めて、求めるように縋りつく。 それが合図。 ゆっくりと押し入る熱を歓喜と共に受け入れて。 奥深く入り込んだ熱。 その熱さに、痺れるような快楽を感じる。 「はぁ……ぎん…じ……っ。」 「蛮ちゃん……大好き…大好きだよ……。」 繋がったまま、抱き合って、口付けを繰り返す。 唇に 頬に 首に 胸に―――――。 いつの間にか上半身を露にしていた銀次のその肌に、気紛れに唇を 寄せ、指を滑らせて。そうして微かに洩れる吐息に目を細める。 熱を点すように刻まれる肌への口付けと、滑る指の感触。 体の奥深く、脈打つその鼓動さえ官能を揺さぶって。 「はぁ……すっごく…気持ちいい……ずっとこうしてたいよ…蛮ちゃ ん……。」 「バ…カ……い…かげん…動け…よ……。」 熱っぽく囁かれる吐息混じりの声に苦笑して、行為の先をねだる。 早く、この熱をなんとかしたい。 でなければ、どうにかなりそうだ。 だから、早く。 早く、銀次――――――。 「……うん……。」 嬉しそうに笑った銀次が、軽く口付けを落として動き出す。 初めはゆっくりと、そうして徐々に激しくなる動きに、俺は銀次に しがみ付き、ただ嬌声を上げ続けた。 「蛮ちゃん…蛮ちゃん……っ。」 「あ…うん……っぎん…銀次……っ!」 一瞬、一際背を弓反らせて、思いを吐き出す。 それとほぼ同時に、体の奥深く、銀次の放った熱を感じた。 弛緩した体を銀次が抱き締めて、二人、抱き合ったままベッドに横 になった。 「蛮ちゃん……大好きだよ。」 目の前、銀次がそう言って満面の笑みを浮かべる。 だから俺も、柔らかく笑みを浮かべて。 「銀次……。」 名前を呼んだ。 引き寄せて、頬に口付けて。 絡んだ視線に、どちらからともなく口付けを交わす。 触れるだけの口付け。 そうして抱き合って、互いの温もりを感じあう。 「……もう、いいのか…?」 いつもなら、「1回だけ」と約束しても必ずそれ以上されていたか ら、次をしようとしない銀次に思わず言葉が洩れた。 俺の洩らした言葉に、銀次は一瞬きょとんとした顔をして、次いで ひどく嬉しそうに笑みを浮かべた。 「あ、もしかして期待されてた?」 言った途端、俺の拳は銀次の頭にHITしていた。 「いってーっ!殴ることないじゃん〜。」 「うるせー!さっさと抜け!!」 もう一度ぼかっと殴ると、銀次は渋々それを抜き取った。 「ちぇ〜。期待してくれてるのかと思って嬉しかったのにな〜。」 「んなわけねぇだろ!」 頬を膨らませた銀次を睨みつけて、そっぽを向く。 そんな俺を、銀次は再び抱き締めた。 「……おい。」 「もうしないよ。ね、だからさ、こうしてて……いい?」 強く抱き締めてくる銀次の体温が心地よくて、息を吐いて入ってい た力を抜く。 「しょうがねぇな。」 体を預けるように凭れ掛かれば、銀次の顔に笑みが浮かんだ。 「うんv蛮ちゃん大好きv」 そうして何度も聞いた言葉を囁いた。 触れている肌が温かい。 耳に、規則正しく刻まれる銀次の鼓動が聞こえる。 とくんとくん―――――。 心音が、耳に心地いい。 無意識に擦り寄れば、銀次の腕が俺を深く抱き締めた。 「蛮ちゃんの鼓動が聞こえる……。」 ぽつりと洩れた呟きに視線を上げれば、ひどく気持ち良さそうな銀 次の顔。 思わず笑みが洩れた。 「オメーの鼓動も聞こえるぜ?」 「うん。蛮ちゃんのと、俺のと、一緒に、とくんとくんって、言って る。」 「……ああ。」 「なんか、安心するね。こうして鼓動、重ねてると。ね?蛮ちゃん。」 「……ああ…そうだな……。」 規則正しく刻む鼓動は生きている証拠。 そんな些細なことが、それだけのことが、ひどく嬉しくて泣きたく なる。 抱き締めた存在は温かくて、何より、こうして存在している。 生きて、呼吸して、俺の名を呼んでくれる。 それが、嬉しい。 しがみ付いてその胸に顔を埋めれば、耳元、囁かれる言葉。 「大好きだよ、蛮ちゃん。」 それが嬉しくて、気持ちよくて。 「ん……銀次。」 愛しい名を呼んで。 それだけで、十分。 言葉なんかいらない。 それとも、オメーはその言葉が欲しい? でも、俺の気持ちなんかもう、分かってんだろ? だって渡したチョコレートの形がそれを表してるって、オメーが言っ たんだぞ? そうだろ?銀次。 言葉の代わりに、俺は銀次の背に腕を回した。 THE END 待っている方がどれだけいるかは別として、ようやくUP出来ました(嬉泣) そして、予告どおり甘々(笑)と言うか、なんか悪いものでも食ったんか? と突っ込みたくなるような甘さ。…どうしたんでしょうね?(笑) まあ、なんにしても、ようやくこれでバレンタイン終了と言うことで、肩の 荷が降りました。 次はホワイトデー。 邪蛮は既にネタあるんですが、如何せん、銀蛮はこれっぽっちも浮かばない ですよ(苦笑)どうしましょ?(待て) 銀蛮は浮かんだら書くということで、ご了承ください〜。 ……ダメですか?