雨音





			 雨音に、目が覚めた。


			 辺りは漆黒の闇。

			 視界を巡らせても何も見えず、ただ雨音だけが静かに耳を打つ。


			「……………。」


			 降りしきる雨。


			 闇に慣れたはずの目に、しかしそこにあるはずのハンドルすら
			見えなくて。

			 思わず伸ばした手に触れた固い感触。その確かな存在に安堵す
			ら感じる自分に苦笑する。


			 ――― 今、何時だ……?


			 時刻を確認しようかとも思ったが、傍らに居る存在に諦めるこ
			とにした。


			 多分、まだ夜明けは遠いのだろう。

			 闇が、そう語っている。

			 耳を打つ雨音。

			 先より僅かに、だが確実に強まったそれにぼんやりと耳を傾け
			て。


			 ――― この分じゃ、朝になっても止みそうにねぇな。


		 	 零れ落ちた溜め息は、夜の闇に紛れて消えた。


			「……………。」


			 雨音が耳について離れず、眠りを妨げられる。

			 仕方なく、静かに目を閉じた。

			 自ら視覚を封じたことによって、更に雨音は耳を打ち、否応も
			なく、過去の記憶を呼び覚ます。


			 あの日も、雨が降っていた。


			 邪馬人を亡くし、何もかも失ったあの ―――― 。


			 ――――――― 蛮………。


			「………っっ!」

	
			 幻聴に、弾かれたように目を開く。


			 眼前に広がる闇。

			 視界に映るものは何もなく、ただ、繰り返される、少し乱れた
			己の呼吸音と雨音が耳を打つだけ。

			 心の臓は早鐘を打ち、冷や汗にも似たものが背を伝う。


			 不意に、言いようもない不安に駆られた。


			 銀次は、本当に自分の隣にいるのだろうか ―――― ?


			 根拠のない、漠然とした不安。


			 普段ならば一笑に付すべき感情も、闇が不安を増長して、思わ
			ず隣に視線を向けた。

			 しかし、彼(か)の存在は闇に遮られ、その目に像を映すこと
			はなく、剰え、聞こえるはずの寝息すら、雨音に掻き消され判然
			としない。

			 目を凝らしてみても、闇が視界を覆い隠すのみでその姿は判然
			とせず、いよいよ不安は増すばかりで。

			 震える手を、祈るような思いで傍らの存在へと伸ばした。


			「―――― ………っ。」


			 指先に感じる、確かな感触。

			 触れる指先から熱が伝わるにつれ、不安が少しずつ溶けていく。

			 知らずつめていた息をゆっくりと吐いた。


			「ん………蛮…ちゃん…?」


			 触れていた存在が言葉を洩らしたかと思うと、もぞりと動く気
			配がした。


			「悪ぃ……起こしちまったか。」


			「ううん。それはいいけど……。どうしたの?眠れない?」


			 腕に触れる感触に気付いた彼が、そっとその手を取りながら、
			静かに問うた。


			 暖かい、銀次の手。

			 その存在の確かさを証明する温もり。

			 彼は確かにここに存在している。

			 自分の隣に。

			 その現実がひどく嬉しくて。


			 なぜだか、涙が溢れ出した。


			「大丈夫だよ?俺はここにいる。蛮ちゃんの隣に。絶対、絶対、
			離れないから。だから、安心して?蛮ちゃん。」


			「銀次………。」


			 ふわりと抱き締められ、銀次の温もりに包まれる。


			 暖かで、優しい腕。


			 不安を和らげようとするかのように何度も背を撫でるから、そ
			の感触が心地よくて、堰を切った感情は、止まるどころか勢いを
			増すばかりで。


			「銀次 ――― ………っ。」


			「大好き。大好きだよ、蛮ちゃん………。」


			 耳を擽る優しい声音。


			 ただ縋りついて、愛しいその名を呼び続けた。




			 雨はあの日を思い出させるから、どうしても好きになれなくて。

			 けれど、俺はもう一人じゃないから、だから、雨音に怯えるこ
			とはもうないだろう。





			THE END








			雨音と闇に不安になる蛮ちゃん。
			しかし、情緒不安定気味ですな・・・。書いてる人間が情緒不安定だから
			仕方ないか(苦笑)
			ホント、最近こんなんばっか浮かぶよ・・・(溜め息)