MY WILL 去年の誕生日にはマクドナルドで食事をした。 デートした、ってことになるんだと思う。うん。 「思う」ってのも変な表現だけど、実はその日のことを俺は良く覚えて なくて、だからこんな曖昧な表現なんだけど。 蛮ちゃんと食事して、そして……。 そして? なんか、他にもあった気がするんだけど……。う〜ん……? やっぱ良く思い出せないや。ものすごく幸せな一日だった気がするんだけど、 ね。 って言っても、蛮ちゃんと一緒に居られる、それだけで俺は幸せなんだけどv もうすぐ俺の誕生日v今年は蛮ちゃん、何してくれるのかな? 「さっきから何ニヤニヤしてんだよ?気色悪ぃな。」 煙草を銜えたまま、蛮ちゃんは眉を顰めて俺を見た。 すごく嫌そうな顔。それでも蛮ちゃんは綺麗で。 やっぱ蛮ちゃんはどんな表情しても綺麗だよなv 思わずにやけてしまった俺に、蛮ちゃんの容赦のない拳骨が飛んできた。 「いってーっっ。殴んなくたっていいじゃんっっ!」 「うるせー!またどーせ変なことでも考えてたんだろ!?アホ銀次!」 「アホって何だよ!もー。変なことなんて考えてないよ。ただ、明日は俺の誕生 日だなって思ってただけだよ。」 俺の言葉に、蛮ちゃんは微妙な表情をした。しかもそのままそっぽを向いてし まった。 ん?俺、なんか変なこと言ったかな?それとも、俺の誕生日が何かあるとか? 「蛮ちゃん?」 「…………物は、やれねーからな?」 顔を覗き込もうとしたら、蛮ちゃんがぽつりと呟いた。そっぽを向いたままで。 「へ?」 「金ねーんだ。その、オメーの誕生日を祝ってやる気がねー訳じゃねーんだけど よ……。物買う余裕が……その…………。」 そっぽを向いたまま言いにくそうに言葉を紡ぐ蛮ちゃん。僅かに見える顔が、 言葉どおりにすまなさそうな表情で。 ちゃんと気にしてくれてたんだって分かって、それだけで嬉しかった。 「物なんかいらないよ、蛮ちゃん。」 「あ?」 きっぱりと言い切った俺に、蛮ちゃんがこちらを向いた。 その驚いたような顔が可愛くて、思わず顔が綻んでしまう。 やっぱ蛮ちゃんは可愛いよなv 「でも、俺ん時はオメー……。」 「蛮ちゃんの時は蛮ちゃんの時。俺は蛮ちゃんにあげたかったからあげたんだよ、 プレゼント。お返しが欲しくてしたんじゃない。蛮ちゃんの喜ぶ顔が見たかった からしたんだよ。」 複雑な顔をしている蛮ちゃんに、俺はそう言って笑いかけた。 前回のプレゼントは、それはそれで喜んではもらえたけど形に残るものではな かったから、だから今度は形に残るものにしようと決めていた。蛮ちゃんに内緒 でお金を稼ぐのは結構大変だったけど、それでも蛮ちゃんの喜ぶ顔を想像すれば、 それも全然苦にならなかった。 選んだのはピアス。 ふとお店で見かけて、蛮ちゃんに似合いそうだな、と思ったら、どうしてもプ レゼントしたくなって。折よく蛮ちゃんの誕生日が近かったから、迷わずそれに 決めた。 渡した時、蛮ちゃんはものすごく驚いてたけど、(それもそうだよね。そんな 余裕、俺たちにはないんだから。)それでもちょっと照れたように微笑んで、 「サンキュ」って言ってくれた。それ以来、蛮ちゃんの左耳を俺のあげたピアス が飾ってる。 その笑顔だけで十分。蛮ちゃんが幸せなら俺も幸せなんだ。 だからね、俺は蛮ちゃんの誕生日を祝うんだよ。 生まれてきてくれてありがとう。これからもずっと一緒に居ようね。来年も再 来年も、ずっとこうして誕生日を祝っていこうね。 一年にたった一回の、とてもとても重要な日。俺の誕生日なんかより、ずっと、 ずっと大事な、蛮ちゃんがこうして俺の隣に居てくれる限りずっと重ねていく、 大切な宝物のような一日。 「俺はああしたくてしたんだから、蛮ちゃんがそれを気にすることなんかないよ。」 「でもよ……。」 貰いっぱなしは気が引けるのか、それでも何か言いたそうな蛮ちゃんに笑いか ける。 「物なんかいらないからさ、ひとつでいいんだ。俺の言うこと聞いてくれない?」 にっこりと笑いかけて告げた一言に、蛮ちゃんの表情が険しくなる。 「オメーの言うことを?」 「うん。ひとつでいいからさv」 蛮ちゃんは無言で俺を睨みつけた。 そんなに怒らなくてもいいじゃん。こないだみたいな無茶なお願い、する気は ないんだから。 蛮ちゃんの反応に、思わず苦笑してしまう。 それにしても、蛮ちゃんがここまで嫌な顔するってことは、よっぽど前回ので 懲りたんだな。俺の言うこと聞くの。まあ、照れ屋な蛮ちゃんにはきついお願い だったかもしれないけど。 でも、結局蛮ちゃん、あん時は有耶無耶にしちゃったじゃん!あれ、すごい ショックだったんだよ!? それに比べれば、今回は「ひとつだけ」って限定してるんだし、それくらい叶 えてくれてもいいと思うんだけどな。 「ダメ?」 無言のままの蛮ちゃんに懇願してみる。 物なんかいらない。ひとつだけ、ひとつだけでいい、蛮ちゃんが俺の願いを叶 えてくれたら、俺はそれで十分。 だから、ねえ、蛮ちゃん。俺の望み、叶えてよ。 「…………言ってみろ。」 不承不承と言った顔で、それでも蛮ちゃんは俺の望みを聞いてくれる気になっ たらしい。口を尖らせながらも訊いてきた。 「うんv俺ね、一度でいいからやってみたいことがあるんだ。」 「だから、言ってみろって。」 嬉々として前置きをする俺に、蛮ちゃんが眉間に皺を寄せて先を促した。 「えっとね、裸エプロンvvv」 満面の笑顔で答えた俺と対照的に、蛮ちゃんはビキッて音がしたかと思うくら い大きな怒りマークを額に浮かべた、ような気がした。 でもそれは気のせいでもなんでもなくて。 ものすごい殺気を滲ませて、蛮ちゃんは凄絶に綺麗な笑みを浮かべて俺を見た。 綺麗。 こんな時に思うのは緊張感が足りないのかもしれないけど、でも、綺麗だ。 凄絶に、綺麗。 もう、その一言に尽きる。 「………俺にやれって……?」 低く呟くように洩れた言葉に、俺は無謀にも頷いた。 「うんv蛮ちゃんのそういう姿、見てみたいんだv俺。」 えへへvと笑った俺の頬を、蛮ちゃんの右手が捕らえた。 ……加減、はこれでもしてくれてたんだと思う。蛮ちゃんが本気を出したら、 痛いくらいじゃすまないから。それでも……。 「いっっってーっっっっ!!」 あまりの痛みに、俺は殴られた左頬を押さえた。 ズキズキと痛む。こりゃ、明日は人相変わってるな、そう思うくらい、痛い。 「殴ることないじゃんっっ!ささやかな望みなのにっっ。」 「何が"ささやかな"望みだっ!!ノーミソ腐ってんのか!?」 真っ赤になって拳を握り締めてる蛮ちゃんが可愛いv そんなに照れることないのになー。俺と蛮ちゃんの仲なんだから。 「ささやかじゃんか!それに、新婚さんはみんなやることでしょ?」 「誰が新婚だ!?」 「俺と蛮ちゃんv」 叫ぶように反論した蛮ちゃんにそう即答すれば、蛮ちゃんの右手が再び振り下 ろされた。 辛うじて避けたその足元が、轟音と共にクレーター状に抉れた。それに、さす がに冷や汗が浮かぶ。 「ふざけたこと言ってんじゃねー!!」 耳まで赤くなってる蛮ちゃんは可愛いと思うけど、でも、だからって照れ隠し にスネークバイトかけるのはやめて欲しい。 「ふざけてなんかないよ!本気で蛮ちゃんのそういう姿が見たいんだよ!男のロ マンじゃんか!」 かなり間違ったロマンだってのは、まあ自覚はあるけどさ。 似合うと思うんだけどな。減るもんじゃなし、一回くらいやってくれたってい いじゃん。 「何が男のロマンだ!テメーは中年オヤジか!?んなもん女に頼め!」 「なんで女の人に頼むんだよ!?俺は蛮ちゃんがいいの!蛮ちゃんだからやって もらいたいんだよ!!」 「俺は嫌(や)なんだよ!!んな格好、恥ずかしくてできっか!!」 「俺しか見ないんだからいいじゃん!ねー蛮ちゃん。やってよ、裸エプロン。」 「ぜってー嫌だ!!」 きっぱりと言い切って、再びそっぽを向いてしまった蛮ちゃん。 取り付くしまもない蛮ちゃんに、思いっきり頬を膨らませる。 「俺の誕生日なんだから、それくらい叶えてくれたっていいじゃんっっ。それだ けでいいからさー。ねーねー蛮ちゃ〜んっっ。」 蛮ちゃんのシャツの裾を引っ張って、とにかく懇願する。 こういう機会でもなきゃ絶対そんなことしてくれないの、分かってるから。だっ て蛮ちゃん、すっごく照れ屋だから。と言っても、蛮ちゃんのこの様子からする と、「俺の誕生日」っていう大義名分(?)もあんまり効力はないみたいだけど。 「ねー蛮ちゃ〜ん。」 「……他にねーのかよ……?」 呆れたような声。一向に諦めない俺に、蛮ちゃんが溜め息混じりにそう洩らし た。 してくれる気は……やっぱないみたい。ちえー。見たかったのになー、蛮ちゃ んの裸エプロン。絶対似合うと思うのに。 「他にー?あるけど……。」 「じゃあそれにしろ。」 それが何かも聞かず、蛮ちゃんはそう言い切った。 「それにって、まだ俺、何も言ってないよ?ホントに良いの?」 蛮ちゃんの顔を覗き込むようにして訊けば、気がついたように眉を顰めて、俺 と視線を合わせた。 紫紺の瞳が俺の目とぶつかる。 やっぱり蛮ちゃんの瞳は綺麗。思わず見惚れてしまう。 うっとりと見惚れていた俺を、蛮ちゃんは軽く小突いた。 「呆けた面してんじゃねぇ。で?他ってのはなんだよ?」 「え?あ、うん。俺を誘う蛮ちゃんv……いてーっっっ!」 答えた途端殴られた。 さっきよりは手加減されてたけど、でも、痛いことには変わりない。 本当に、明日は人相変わってるな、こりゃ。 「だ・か・ら!どーしてテメーはそういうことばっか言うんだよ!?テメーの頭 ん中は、そんなことしかねーのか!?」 「うん。」 顔を真っ赤にして、拳を握り締めて激昂した蛮ちゃんが、俺の一言に脱力した ように突っ伏した。おまけに大きな溜め息つき。 「俺の頭の中は蛮ちゃんのことでいっぱいだもん。蛮ちゃんが欲しい。そればっ か考えてる。でも蛮ちゃんはいつもつれなくて。だから俺は、時々とっても切な いんだよ。」 座り込んだままの蛮ちゃんに目線を合わせるため、俺もその場にしゃがみ込ん だ。 眉を寄せたまま俺を見た蛮ちゃんに、苦笑してみせて。 「知ってた?」 そう続けた。 俺の視線の先で、蛮ちゃんの表情が困惑へと変わっていく。 こんな顔をさせたかった訳じゃないんだけど。 ダメだな、俺って。いつも蛮ちゃんには笑ってて欲しいのに、ただそれしか望 んでないのに、なのに、俺はいつも蛮ちゃんを困らせて、そうして追い詰めてし まう。傷つけたくないのに、俺が子供だから、不甲斐無いから、いつも、いつも。 こんな時、蛮ちゃんのあの人ならこんなことないんだろうなって、考えてしま う。比べても仕方がないことは頭では分かっているのに、それでもそう考えてし まうことを止められない。 そうして俺は、そう思う度に自分が情けなくなるんだ。いつも。 苦笑して、俺は無言で立ち上がった。 「銀次……?」 微妙な色を滲ませた瞳が、俺の姿を追いかける。それに笑いかけて。 「いいよ、蛮ちゃん。今の忘れて。俺の誕生日に蛮ちゃんが隣に居る、俺はそれ だけでいいから。」 笑ってそう言った俺に、蛮ちゃんは俯いてしまった。 ダメだな、ホントに。蛮ちゃんにそういう顔をさせたい訳じゃないのに。 本当はこんなお願いなんてどうでもいいことなんだ。誕生日に蛮ちゃんが俺の 側に居てくれて、そうして笑って「おめでとう」って言ってくれる。それが何よ りのプレゼント。そりゃ、蛮ちゃんが俺の望みを叶えてくれるなら、それはそれ ですっごく嬉しいけど、でもそれは二次的なことで、本当の望みはずっと蛮ちゃ んとこうして居ることなんだから。 それが一番の望み。 蛮ちゃんが俺の隣に居る。来年も再来年も、ずっと、ずっと、こうして二人で 居られることが、俺の唯一無二の望み。 「……お腹空いたね。HONKY TONK行かない?ね?蛮ちゃん。」 話題を逸らすように明るく話しかける。と、蛮ちゃんが顔を上げた。 唇を噛んで頬を薄っすらと染めて。ひどく扇情的な顔。 思わず鼓動が高鳴る。 「……蛮ちゃん?」 「最大限の譲歩。………させてやる。」 「………え?」 ぼそっと言ったかと思うと、すっくと立ち上がり、問い返す間もなくスタスタ と歩き出した蛮ちゃん。 え?今、「させてやる」って言った?蛮ちゃんが?自分からは絶対そんなこと 言わない蛮ちゃんが?ホントに?空耳じゃなく? 思考停止。 あまりのことに、俺は言葉もなくただ呆然と立ち尽くしていた。 「何してんだ、銀次!早く来い!」 そんな俺に蛮ちゃんの怒声がかかる。それにようやく我に返って。 「待ってよ!蛮ちゃん!」 慌てて追いかけて、俺の大事な蛮ちゃんの腕を掬い取る。 まだ頬を染めたままの蛮ちゃんが可愛くて、俺は満面の笑顔でそんな蛮ちゃん の頬にキスをした。 「銀……っ!」 「それでいいよ、蛮ちゃんvもう、最高に幸せv」 途端真っ赤になる蛮ちゃんがもう可愛くて。 現金な俺は、早く明日になればいいのに、そしたら蛮ちゃんと……vなんて考 えて。 その日一日頬の緩みきった俺は何度も蛮ちゃんに殴られて、痛かったけど、そ れも全然気にならなかった。なんたって明日は蛮ちゃんとvvvvvなんだしv 明日は俺の誕生日。最高に幸せな誕生日になること間違いなし! The End 銀次の誕生日の前日。と言う設定であります。 「Angel〜」とは別に考えて、えらく中途半端な時期に仕上げて UPしていたという・・・。 いや、あの当時は、自分でサイト運営するなんて考えてなかったので、 イベントに合わせてって言う頭がなかったんですね。そのためです。 旧でUPしていた時、誰か突っ込む人がいるかと思ったんですが、い なかったので自己申告。 銀次の言ってた「こないだみたいな無茶なお願い」については、また 別の話になります。 こちらは、もう少し暑くなってからUPします。 だって、夏の話なんだもん(苦笑)