ANGEL NIGHT〜天使のいる場所 (Original Version) 「波児さん、蛮ちゃん来てる!?」 そう言って飛び込んできた銀次は、既に汗だくだった。 暖かくなったとはいえ、4月もまだ半ばだというのにその状態の銀次に、 波児は問いに答える前に逆に聞き返してしまった。 「銀次?なんでお前汗だくなんだ?」 「俺のことなんかどうでもいいんだってば!蛮ちゃんは?朝からずっと捜し てるんだけど、ここには来てない!?」 言いながら辺りを見回す。が、蛮の姿はどこにもなかった。 「蛮なら来たぞ。」 その言葉に反射的に波児を見る。そして、今にも食いつかんばかりに質問 してきた。 「来たの!?今どこ!?ケータイにかけても繋がんないし、どこに行った の!?」 必死の形相で尋ねる銀次に、とにかく落ち着けと、コーヒーを出してやる。 それを飲んで少しは落ち着いたのか、脱力したように椅子に腰掛けた。 「落ち着いたか?」 「うん。ごめん、波児さん。朝起きたら隣に寝てた筈の蛮ちゃんがいなくて、 俺、気が動転しちゃって。新宿中捜し回ったけど見つからなくって、ようや くここならいるかもって思い至ってきたんだ。」 言葉通り駆け回っていたのだろう。喉が渇くのかコーヒーのおかわりを 頼んで、それも一気に飲み干す。 「なるほど。蛮から伝言言付かってるぞ。」 「蛮ちゃんから!?え!?なんて!?」 「『5時に新宿東口のマクドナルドに来い』だとさ。」 「ええ〜〜〜!?何それ?それと朝からいなくなっちゃったのと、ケータイ の電源切ってるのと関係あるの?俺すっごく心配したのにーっっ。」 蛮の伝言を聞いて脱力したように、銀次はカウンターに突っ伏した。 「さーなあ。その辺はなんとも言ってなかったぞ?」 「うにゃー……。なんかどっと疲れた……。」 蛮が結局どこへ行ったのかは分からず仕舞いだったが、とりあえず、5時 に指定された場所に行けば蛮に逢えることが分かり、胸を撫で下ろした。 「そういや、今日はお前の誕生日だったな?」 ふと思い出したように波児が呟いた。それに、銀次は虚ろな視線を向けた。 「うん……ま…ね……。」 よりにもよって自分の誕生日に、蛮が無言でいなくなってしまったのを拗 ねているようだ。 「おめでとさん。そーいや夏実ちゃんから預かりもんがあったな。」 これまた思い出したように言って、後ろの戸棚から包みを取り出した。 「ほらよ。」 「ありがとvわー、なんだろv」 包みを開けてみる。中には手作りらしいクッキーがたくさん入っていた。 「わーvおいしそーvいっただっきまーすv」 そう言って食べ始める。 「おいしーv」 「今日のコーヒーは俺の奢りだ。好きなだけ飲んで良いぞ。」 「え?ホント?わーいv」 蛮の誕生日プレゼントとはかなり差があることに銀次は気づかぬまま、嬉 しそうにクッキーを食べ、コーヒーを飲んでいる。こんな風に少々抜けてい るところが銀次らしい。 「これで蛮ちゃんが隣にいればなー、サイコーなんだけど。」 ふっと溜め息をつく。 『まさか俺の誕生日忘れてるんじゃ……いやいや、蛮ちゃんに限ってそんな こと絶対ないよ!』 自分で考えた嫌な考えを、慌てて否定する。 「でも蛮ちゃん。今どこで何してんだろ……?」 「さーなあ。」 「こんにちは。銀次さんいますか?」 来訪を告げるベルの音と共に現れたのは、花月だった。声をかけながら中 に入ってくる。 「あ、カヅっちゃん。ヤッホー♪」 「ああ。やっぱりいましたね。誕生日おめでとうございます。銀次さん。」 そう言って、銀次の隣に腰掛けた。 「えー?覚えててくれたんだvうれしいなーv」 「もちろんですよ。ところで、美堂くんは?」 当然のようにいつも一緒にいる筈の蛮の姿がどこにもないことに気づき、 花月は首を傾げた。 「うん。俺も朝から捜してたんだけど、どこにいってるのか分かんなくっ て。」 「美堂くんが?そうですか……。ところで、銀次さん。」 「?何?」 「これ、僕からのプレゼントです。」 「俺に?わーいvなんだろ?開けて良い?」 嬉しそうに受け取って、銀次は白い封筒の中身を取り出した。 「ほえ?お食事……券?」 「ええ。今月末まで使えますから、美堂くんと二人で行ってきてはどうで す?」 「うんvありがとーカヅっちゃんv」 蛮の時と違って、見事なまでに食べ物関係のプレゼントばかりというのが 銀次らしいなと、波児は苦笑した。まあ自分も人のことは言えないのだが。 と言うより、実はすっかり忘れていたのだ。 「波児さん。とりあえず、5時になるまでここにいて良いかな?」 「ああ。好きにして良いぞ。」 なので、銀次からの頼みに、後ろめたさも手伝ってあっさりOKを出す。 「ありがとー。」 嬉しそうな銀次の顔を見ていると、もう少しマシなプレゼントを用意して やれば良かったかなと考えてしまう波児だった。 「えーと、ここだよね……?」 蛮の指定した場所に、同じく指定された時間に銀次はやってきた。 蛮の姿を捜して辺りを見回す。と、突然後ろから小突かれた。 「いてっ。誰だよ……。」 振り返った瞬間、思わず抱きつく。柔らかく笑みを浮かべている蛮の姿が そこにはあった。 「蛮ちゃんv」 「時間どーりじゃねーか。銀次。」 「蛮ちゃんv蛮ちゃんvもー俺、蛮ちゃん捜して新宿中捜し回ったんだよ!? どこ行ってたの!?」 「新宿中って、オメー、波児に伝言聞いたんじゃねーの?」 銀次の言葉に呆れたように苦笑する。 「聞いたよ。だから来たんじゃん。でも……。」 まだ何か言いたそうな銀次を制す。入り口付近で男二人が抱き合っている という一種異様な光景に、周りの注目を集め始めていたからだ。とりあえず 飯を食おうと席に着く。 「で?何が食いてぇ?今日は俺の奢りだ。好きなもん食わしてやるぜ?」 笑みを浮かべた蛮に、銀次は目を輝かせた。 「ホント!?じゃーね、俺、ビックマックにダブルチーズバーガーに、それ から……。」 銀次の注文の多さに、苦笑を禁じえない。よくそんなに食べられるものだ と思う。それでも銀次の注文通り買うと、ハンバーガーの山になったトレイ を運んでくる。 「ほらよ。」 「わーいvいっただっきまーすv」 嬉しそうにそう言って、次々と平らげていく。 その様に、周りの視線が集まる。蛮もその食べっぷりの良さには呆れてし まった。 「しっかし、良く食うな……。見てるこっちが胸焼けしそーだぜ。」 溜め息混じりにそう言って、自分用に買ってきたビックマックの包みを開 ける。そうしてそれをゆっくりと食べ始めた。 「蛮ちゃんそれだけ?」 「あ?ああ。あと、ポテトはあんぜ。」 「少なくない?」 銀次の基準からすると、確かに蛮の量は少ないと言えただろう。だが、そ れはあくまで銀次を基準とした場合であって、一般に比べて蛮の量が極端に 少ないわけではない。現に、これだけの量を食べ尽くさんとしている銀次に、 周りの視線は寒かった。 「別に普通だろ。オメーが食い過ぎなんだよ。」 呆れたように言葉を吐き出す。だから俺とほとんど身長変わんねーくせに、 4kgも重いんだろーが、と付け加えて。 「だってしょーがないじゃん。お腹空くんだもん。」 タレて、それでも頼んだものを全て平らげてしまった。 「ねー蛮ちゃん。今日何の日か、覚えてる?」 恐る恐るといった風に、銀次は蛮に尋ねた。もし、「いや、知らねー。」 と言われたらどうしようと、密かに危惧しながら。 「あ?オメーの生まれた日だろ?」 さらっと言われて、安堵の溜め息を洩らす。そうして嬉しそうに笑った。 「覚えててくれたんだーvへへv」 「バーカ。俺を誰だと思ってんだよ?オメーと違って記憶力は確かだぜ?」 「そーだけどさー。だって、朝起きたら隣で寝てた筈の蛮ちゃんの姿はない し、ケータイかけても繋がんないし。だから俺、新宿中捜し回ったんだから ね?」 タレてビチビチと抗議をする。 しかし、そう抗議されても、と蛮は思った。 『そーいうときゃ、まずHONKY TONKに行くもんじゃねーのか?普 通。』 まず銀次もそこに行くだろうと蛮も思ったからこそ、波児に伝言を頼んだ のだ。しかし実際には、銀次がHONKY TONKに行ったのは新宿中駆 け回った後で、予想を遥かに上回る抜けぶりに、蛮も失笑してしまう。それ だけ蛮の姿が見えなくなったことに動転したとも言えるが。 「あー悪かった。まずHONKY TONKに行くと思ったんだよ。」 「行ったから良いけどさー……。でも、なんで?」 「あ?なんでって、外で待ち合わせたほうが、気分が出んだろ?」 そう言って笑った蛮は凄絶に綺麗で。銀次は思わず見惚れてしまった。「……え?気分って?」 たっぷり5分は見惚れて、ふと我に返って蛮の言葉に疑問を唱える。 「オメーの誕生祝の、さ。焦らされた分、嬉しいだろ?」 確信に満ちた聞き方に、だがその通りだなと考えて嬉しそうに笑い返した。 「うんvうれしいv」 「さてと。食い終わったんなら行くぞ?」 飲んでいたウーロン茶のカップを置いて、蛮は徐に立ち上がった。 「え?どこへ?」 「黙ってついてこいよ?銀次。」 艶やかに笑う蛮に誘われるまま、銀次はふらふらと蛮について店を出た。 「………ば…蛮ちゃん………。」 蛮に連れられるまま訪れた場所に、銀次は呆然としたままだった。バカみ たいにぽかんと口を開けて突っ立っている。 「銀次。何惚けてんだよ?ちゃんと起きてっか?」 そんな銀次の様子に、蛮は楽しそうに笑っている。それがまた艶やかで綺 麗で、これまたぽかんとした顔で、銀次は蛮に見惚れた。 「……蛮ちゃん……ここ、どこだか分かってるよ……ね?」 たっぷり10分は惚けていただろうか。ようやく我に返って、疑問を口に する。しながら、我ながらバカな質問をしているなとは思ったが、せずには いられなかったのだ。 「ああ?バカか?誰がここにオメーを連れてきたと思ってんだよ?」 呆れたように言う蛮に、やはりバカな質問だよなと苦笑する。しかし、な らこれは、一体何の気まぐれなのだろう。それともこれは夢なのだろうか。 あまり賢いとは言えない頭で、それでも銀次は懸命に考えた。 「……蛮ちゃん……これ、夢じゃないよね?」 「オメーは起きたまま夢見んのか?銀次。」 そう言って笑う。すごく楽しそうな笑みだ。 言われて頬を抓ってみる。痛かった。ということは―――――。 「ええ!?だって蛮ちゃん、ここ、ラブホテルだよ!?ラブホテルっていっ たら、Hするとこだよ!?え?だって、なんで蛮ちゃんがっ!?ええ えっ!???」 ほとんどパニックに陥っていると言っていい銀次に、蛮は艶やかに笑みを 浮かべてその首に腕を絡めた。 「バーカ。分かってんよ。それとも、したくねーのか?」 誘うように艶やかに微笑まれて、まさか銀次が異議を唱える筈がない。銀 次は千切れそうな勢いで首を横に振った。 「し、したくないわけないじゃん!!もー蛮ちゃんに触れたくて触れたくて 仕方ないんだから!!!」 衝動のままに蛮の細い体を抱き締めて、その存在を確かめる。蛮の方から ホテルに誘うなんて夢のような話に、しかしこの腕の存在がこれは夢ではな いと確信させてくれて、銀次はさらに強く蛮を抱き締めた。 「蛮ちゃんv大好きv大好きだよv」 「ああ。俺もだ。銀次。」 呟くように言われた言葉に、銀次は目を見開いた。抱き締めていたその腕 を緩め、蛮の顔を呆然と見る。当の蛮は銀次を見つめたまま、艶やかに笑み を浮かべている。 これは夢だろうか。さっきから思っている疑問を、銀次は再び脳裏に浮か べていた。 「え……?蛮ちゃん……今、なんて……?」 「好きだぜ。銀次。」 嫣然と微笑んで、銀次の頬にそっと触れ、軽く口付ける。囁くように甘い 言葉に、銀次の思考は完全に停止してしまった。 「銀次。何惚けてんだよ?嬉しくねーのか?」 くすくす笑う蛮に、ようやく銀次は我に返った。 「う、うれしいに決まってんじゃんっ!!ホント!?蛮ちゃんvvvvvv」 「ああ。」 大喜びしている銀次に、蛮は小さく答えた。それでも信じられなくて、銀 次はもう一度自分の頬を抓った。やはり痛い。 「何やってんだよ、銀次。」 「だって夢みたいで……。俺、生きてて本当に良かったvvv」 嬉し過ぎて今にも泣きそうな銀次に、蛮は苦笑を禁じえない。ここまで喜 ばれると、言ったこちらが照れるというものだ。 「そんで?満足しちまって良いのか?」 途端、勢いよく首を振る。 「蛮ちゃんと気持ち良くなりたいです!……その、蛮ちゃんが良ければ、だ けど……。」 「良くなきゃこんなとこ、連れてこねーよ。」 くすりと笑って、蛮はもう一度銀次に軽く口付けた。 「シャワー……浴びようぜ?」 囁かれた言葉に、銀次はただ頷くだけだった。 バスルームに移動すると、蛮はためらいもなく服を脱ぎ始めた。 露になる白い肌に、さっきから銀次の心臓は早鐘を打ちっぱなしで、それ でいて脳は酸欠状態でくらくらする。それでも蛮に嫣然と微笑まれれば、の ぼせた頭でも服を脱いでしまうのだから、我ながら浅ましいと言おうか何と 言おうか。とにかく、自分も服を脱ぎ捨てた。 「……蛮ちゃん……。」 まだ、もしかしてやっぱりこれは夢かもという思いは抜けなかったが、そ れでも、抱き寄せた蛮の体温に、夢でも構わないと思う。 「蛮ちゃん……大好き……大好き…もー俺、幸せすぎて死んでも良い……v」 「バカ。死んだら俺に、二度と触れねーんだぞ?」 そう言われて、「それはやだ!!」と慌てて訂正する。 「死んでも良いくらい幸せだけど、でも絶対死なない!蛮ちゃんとずっと一 緒にいるって、約束したもん。ね、蛮ちゃんv」 「ああ。」 鮮やかな笑みに、引かれるようにその頬に触れる。 「シャワー…浴びんだろ?」 口付けようとして、そう囁かれ、がっつきすぎたかなと反省する。まだ時 間はあるのだから焦ることはないと、気を落ち着かせるために大きく息を吐 いた。 「ちったー大人になったじゃねーか?」 銀次の様子に、蛮はからかうように笑みを見せた。それがまた綺麗で、今 日は蛮の笑顔にくらくらしっぱなしだ。 「からかわないでよ、蛮ちゃん。今日は駆け回ったから汗かいてて、ちゃん とシャワー浴びてからのほうが良いかなと思っただけだよ。」 「汗臭いのは蛮ちゃん、嫌だろうと思って。」とは心の中で呟いて。 シャワーのノズルを取り、お湯を出す。備え付けのボディソープを手に出 すと、微笑んで銀次を見ている蛮に向き直った。 「蛮ちゃんv洗ったげるねv」 「……ああ。」 拒絶されるかもと思ったが、案に反しお許しが出た。嬉しさのあまり実際 にはない尻尾をぶんぶんと振って、蛮の隣に腰を下ろした。 「蛮ちゃんv手、貸してv」 言われるまま、蛮は右手を銀次のほうに差し出した。それを受け止め、手 で泡立てたボディソープを塗っていく。 ボディソープを惜しげもなく使い、それを泡立てては蛮の体に塗っていく。 洗うというよりは塗りたくると言ったほうが正しい銀次の行動を、それでも 蛮は無言でしたいようにさせていた。 指が体を滑る度に震える体が愛しい。軽く目を閉じて、その刺激に震える 様がまた、銀次の心を揺さぶって止まない。 「蛮ちゃん……v」 耳元に囁く。囁きに、蛮はくすぐったそうに肩を竦めた。 首から胸にかけて指を滑らせれば、感じるのか、意地っ張りな唇が吐息を 堪えて震える。その微妙な反応がまた嬉しくて、銀次は泡を塗りながらあち こちに指を滑らせていった。 胸に咲く蕾に軽く触れる。微かな吐息が洩れた。甘い吐息にくらくらする。 もっと声が聞きたくて、ゆるゆると指を滑らせていく。 胸に背に内股に指を滑らせれば、震える唇から切なくて甘い吐息が零れ落 ちた。 「は…ぁ……ん……。」 切なげな溜め息に目眩がする。もう、本当に、幸せすぎて死にそうだ。 「蛮ちゃん……俺を…見て……。」 掠れる声で求めれば、僅かの後、蛮は閉じていた瞳をゆっくりと開けて銀 次を見た。 この世に二つとない、稀有なる二対の宝石。銀次を魅了して止まぬ紫紺に 煌めくその瞳が、真っ直ぐに自分を見ている。刺激に潤んだその瞳がまた、 銀次の心を激しく揺さぶった。 「蛮ちゃん……綺麗……v」 引かれるように頬に手を伸ばし、その目に口付ける。 「銀次……。」 銀次のこの行動には、さすがに蛮も驚いたようだ。目が、それを雄弁に物 語っている。 「蛮ちゃんv大好きv」 にっこりと笑いかけて、今度は唇に口付けを落とす。 初めは驚いたように銀次を見ていた蛮も、繰り返される口付けにやがてそ の目を閉じ、柔らかな口付けを気持ち良さそうに受け止めた。 「銀次……。」 囁いて、その首に甘えるように腕を絡める。ねだるように軽く口を開き、 蛮はその赤く艶めく舌を覗かせた。それに誘われるまま、舌を絡めていく。 「ん……は…ぁ……ん……。」 気持ち良さそうな甘い吐息に、銀次はうっとりと耳を傾けた。 「……蛮ちゃん……v」 ひとしきり口付けを交わす。名残惜しげに覗く舌に、もっととねだられて いるようで、銀次は再び唇を重ねた。 口付けを交わしながら、不意に蛮は銀次の髪を弄び始めた。 その細い指の繰り出す微妙な刺激が気持ち良い。お返しとばかりに細い体 をさらに引き寄せ、その背に指を滑らせた。刺激に、腕の中で震える細い体 が愛しくて仕方がない。 「は……ふ……ぎ……んじ………。」 溜め息混じりに囁かれれば、我慢など出来る筈がない。そのまま前戯に移 行しようとして、ボディソープを塗りたくっていたのに気づく。泡を落とす のももどかしげに、出しっぱなしだったシャワーを自分も一緒に浴びて流し ていく。 「蛮ちゃん……蛮ちゃん……。」 シャワーを止めるその僅かな時間すら我慢できなくて、そのまま蛮の体の いたる所に口付けを落としていく。 首に、胸に、その白い肌を薔薇で飾っていく。その度に、細い体がしなや かに仰け反る。 「あ…っぎ…んっは…ぁ……あ……っ。」 濡れた唇から洩れる甘い吐息。切なげな腕が自分を求めて縋り付く。それ だけで痺れてしまう自分を、銀次は感じていた。 『はぁ〜v今日の蛮ちゃん、いつにも増して綺麗ーvすっごく、くらくらす るvvv』 痺れるような感覚にくらくらしながらも、それでも愛撫の手は止まらない 銀次はさすがと言えよう。 的を外すように緩やかな刺激を加えていた銀次が、不意に赤く色づいた蕾 に軽く歯を立てた。 「あ……っっ。」 途端、切なげに鳴いて、白い肢体が跳ねた。 そのまま刺激すると、しなやかに背を弓反らせ嬌声を上げた。 「あ……や…っぎん…ぎ…んじぃ……っは…あぁ……っっ。」 蛮の上げる切なげな吐息が心地好くて、銀次は殊更執拗にそこを愛撫して いった。 「あっや…も……やめ…っん…ぁ……っ。」 あまりの快楽に引き剥がしたいのか、震える指が銀次の肩にかかった。が、 それも用を成さず、ただ快楽に震えているのを銀次に伝えただけだった。 蕾に軽く口付け、徐に蛮に指を這わせた。軽い刺激に、だが蛮の体は面白 いように反応を返してくる。そのまま指で刺激してやると、幾らももたず絶 頂を迎えた。 「は…ぁ……ん……。」 弛緩した体を優しく抱きとめる。乱れた呼吸に、肩で息をしている蛮がま た綺麗で。愛しさに強く抱き締めた。 「蛮ちゃん……大好き…ホントにホントに大好き……v」 言葉では伝え切れない想いを込めて、そう何度も囁きかける。 本当に、何度言っても言い足りない。どうすればこの気持ちを上手く伝え られるだろう。言葉なんかでは全然足りなくて、何もかも引き換えにしても いいくらい蛮を想っていると。 「銀次……。」 耳元に囁く。 うっとりするような響きに、銀次は惚けたように蛮を見た。銀次の顔に楽 しそうに、それでいて艶やかに微笑んで、蛮は銀次の半開きになっている唇 に軽く口付けを落とした。そうして、痺れるように綺麗な笑みを浮かべる。 あまりに艶やかな笑みに、目眩がしてもう、気を失いそうだ。 「蛮ちゃ〜んvvvvvvvvvvvvvvvv」 辺りにvをいっぱい飛ばして、剰え、喜びのあまり目に涙まで浮かべてい る銀次に、蛮の笑みはますます艶やかに深まって。本当にこれは現実なんだ ろうかと、またしても自分の頬を抓っても、やっぱり痛くて。なんだか、一 生分の幸せをここで使っているような気がしてしまう。が、もう本当に、そ んなことはどうでも良かった。 自分の大好きな蛮がここにいて、そうして自分を「好き」だと言ってくれ た。自分を好いてくれていることは分かっているが、絶対聞くことなんか出 来ないと思っていた告白を、その口から聞けたのだから。 「蛮ちゃんv蛮ちゃんv大好きvホントに大好きv」 想いの丈を込めて強く抱き締める。 ああもう、このまま時が止まってしまえば良いのに。なんて、絶対に不可 能なことまで願ってしまう。 「ん……銀次ぃ……。」 甘えるような声で擦り寄ってくる。 銀次は、さっきから蛮の中に埋めたくてうずうずしている自身に今更なが ら気がついた。 どうも幸せすぎて、頭と体が上手く噛み合っていないようだ。 「蛮ちゃんv今度は俺と気持ち良くなろーねv」 「ん……。」 微かな返事に目一杯尻尾を振って、頬に口付ける。そうして蛮に膝立ちを してもらい、壁に手をつかせた。 軽く足を開かせると、恥ずかしいのか、頬を朱に染めて体を震わせた。そ れがまた可愛い。 「蛮ちゃんv可愛いv」 形の良い魅惑的なお尻に顔を近づけると、さらに体が震えた。それが羞恥 によるものか、それとも快楽への期待によるものかは分からなかったが。 「蛮ちゃん美味しそう……v」 細い腰を引き寄せて、その蕾に舌を這わせる。軽く舐めただけで蛮の体は 跳ね上がった。 「あ……っっんっ。」 思わず逃げを打つ腰を、しかししっかり抱えて逃がさない。そのまま濡ら すように舌を這わせた。 狭いそこを馴染ませるように、何度も何度も舌を這わす。そうしながら舌 の先を尖らせつつくように含ませれば、面白いように体が跳ねる。洩れる嬌 声も切なげで、それでいて限りなく甘くて、入れたくてどんどんきつくなっ ていく自身に歯止めが効かなくなりそうだ。だが、最終的には銀次を受け入 れ甘く淫らにひくつくそこも、きちんと馴らさねば傷つくのは分かっていた ので、何とかその衝動を堪える。大好きな蛮を傷つけたくはないから。 そこを十分濡らすと、収縮している秘部に指を滑り込ませた。 「あっっ。」 体を大きく震わせて、悲鳴にも似た声を上げる。さらに奥まで差し込むと、 身震いする程の快楽に、蛮は壁に爪を立てて嬌声を上げた。 「蛮ちゃんダメだよ!爪、壊れちゃうってば。」 壁のタイルに壊れそうな程爪を立てている蛮に、慌てて体を抱き寄せる。 「蛮ちゃん。どうしようもなかったら俺の腕に爪立てて良いから。ね?」 左腕で優しく抱き締めて、頬に口付ける。そうしてそのまま、差し込んだ 指を緩やかに蠢かせた。 「あっ…っや……め…っあ…あぁっ。」 たまらずに仰け反る。縋り付く先を奪われ、代わりに差し出された銀次の 腕に、蛮は必死に縋り付いた。 中の熱さを確かめるように緩やかに蠢く指に、体と心が快楽に侵されてい くのが分かる。 むず痒いような気持ち良さが全身を侵していく。時間をかけて増やされる その数に、もっと強い刺激が欲しくてたまらなくなる。銀次の腕に必死に縋 り付きながら、蛮は堪え切れず、あられもなく銀次をねだった。 「も…い……っ入れ…っ銀次ぃ……っ。」 切なげにねだられれば断ることなど出来やしない。いや、はなから銀次に そんな意思などないのだが。 耳を立て尻尾を振り、慌てて指の代わりに自身をあてがった。 「入れるよ……?蛮ちゃん。」 上擦った声で囁いて、それからゆっくりと沈めていく。奥深く埋めていく 程に、蛮の口からは切なげな声が零れ落ちた。 「あ……ぁ……っ。」 完全に入れると一つ息をつく。凄まじい快楽にかたかたと震える体を強く 抱き締めた。震える体も、この腕に縋り付く腕も何もかもが愛しい。 「蛮ちゃんv気持ち良い……v」 頬に口付ける。それからゆっくりと腰を揺すり始めた。 「あっや…っあぁっ。」 途端、甘く嬌声が零れ落ちる。 銀次にその気はなかったのだが、結果として焦らしすぎたため、軽く揺す られてイってしまう。蛮に刺激され銀次も思いを吐き出したのだが、それで 満足する筈もなく。甘く淫らにひくつくそれに、簡単に硬度を取り戻す。そ してそのまま、さらに激しく揺さぶった。 「あ…っはぅっん……っぎ…ぎん…じ……っやぁ……っ。」 切なげに鳴く蛮の目からは、感じすぎたためか涙が溢れている。それがま た銀次の嗜虐心を煽って、銀次はその衝動のまま、腰を揺すりながら激しく 抜き差しを繰り返した。 「も…だ……あっあ………………っ!」 思いっきり奥を突かれ、その刺激にたまらず、蛮は3度目の絶頂を迎えた。 銀次もまた、蛮の中に思いを放つ。 「は……ぁ……。」 銀次を受け入れたまま、力なく銀次に身を委ねる。それを銀次は優しく抱 きとめた。 「蛮ちゃんvもうサイコー…v大好きv」 うっとりと呟いて、涙の伝う頬に口付ける。 しばらく余韻に浸った後、名残は尽きなかったが自身を抜く。抜く時の感 触に身じろぎする蛮が可愛くて、思わずもう一度入れそうになったが、何と か思い止まった。 出しっぱなしだったシャワーを取り、蛮にかけてやる。お湯と一緒に、蛮 の中へ吐き出した精液がその白い内股を伝って流れていくのがひどく扇情的 だった。 蛮にシャワーを浴びさせた後、自分も簡単に浴びて、そこでようやくずっ と出しっぱなしだったお湯を止める。浴室内に持ち込んでいたタオルで軽く 体を拭いてやり、銀次は蛮を抱き上げた。 「ベッド行こv蛮ちゃんv」 蛮に向かって嬉しそうに笑いかける銀次に、だが今日は何の抵抗も示さず、 それどころか少し照れたように艶やかに微笑んで、剰え、銀次の首に腕を絡 めて、触れるように軽いものではあったが口付けまでしてくれて。あまりの 嬉しさに気を失いそうになる。 嬉しさのあまり、涙を浮かべてぶんぶんと尻尾を振っている銀次が可笑し くて、蛮は嫣然と微笑んだ。 「蛮ちゃーんvvvvvvvv」 「なんだよ?銀次。」 艶やかに笑いながら、甘えるように首を傾げて見せるその様が、もう、綺 麗すぎて目が眩む。ベッドにたどり着いた途端、堪え切れず、蛮を押し倒す ように強く抱き締めた。 「もー、蛮ちゃん大好きv大好き大好きっvvvvvホントに何回言っても 足んないよーvvvvv」 「ん。俺もだぜ。銀次。」 耳元で甘く囁かれて、幸せのあまり本当に心臓が止まりそうだ。 「蛮ちゃ〜んvvvvvvvv」 「銀次。オメーすげー顔。」 可笑しそうに笑う。それがまた可愛くて仕方ない。 煽られっぱなしの劣情に、体は正直に熱を帯びる。大好きな蛮と、早く一 つになりたいとせがむ自身を何とか宥めて、銀次は再び前戯から始めた。 白い肌に幾つも薔薇を刻み飾っていく。その度にのたうつ細い体が愛おし い。 蛮の全てが欲しくて、いや、だが実際には多分逆なのだろう。銀次を支配 しているのは蛮で、その何もかもを捧げるために、細くしなやかで、気が向 けば銀次など簡単に壊してしまえる残酷で美しい指先に口付ける。それはま るで、神に全てを捧げる敬虔な信者のようだった。それとも、悪魔に魂を捧 げる魅入られた者だろうか。 「蛮ちゃん……大好き……v」 例えこの先、何千何百と言ったとしても言い足りないであろう言葉を囁く。 囁きに、気持ち良さそうに目を閉じている蛮が嬉しい。細い体をさらに引き 寄せて、その滑らかな肌の感触を楽しんだ。 「ん……は…ぁ……銀次……。」 唇から洩れる吐息が甘くて目眩がする。誘われているような声に秘部に指 を滑らせれば、しなやかに仰け反ってさらに甘い吐息が零れた。 そこに軽く入れてみる。拒まれるかと思ったそれは、意外にもすんなり受 け入れられた。入れてみて、先の行為に濡れていることに気づく。 「濡れてる……vさっきちゃんと、流したつもりだったんだけどな……。」 言われて、蛮の頬に朱が散る。照れ屋なところがまた可愛い。 「やっぱちゃんと(?)指入れて流さないとダメなのかなー?蛮ちゃん、い つもどうしてんの?」 「き…訊くなっっ!」 銀次の素朴な疑問に、蛮はそれこそ耳まで赤くなった。訊かれて答えられ る筈がない。 「蛮ちゃんが自分で指入れて………うわっ想像しただけですっごいドキドキ するっっv」 何を想像したのか、一人で照れている銀次に、蛮まで照れてしまう。 「へ、変なこと想像してんなっっ!」 右手で口を押さえて抗議する。それに、銀次は照れたように笑みを浮かべ た。 「ごめん、蛮ちゃん、想像より現実だよねv」 そう言って徐に指を蠢かす。途端、細い体が跳ねた。 「あっんぁ……っぎ……んじ……っんっ。」 「気持ち良い?蛮ちゃんv」 縋り付いて仰け反る蛮が愛しくて、ゆっくりと指を蠢かす。指が蠢く度に 濡れた音がし、さらに銀次と、そして蛮の興奮を煽っていった。 ゆっくりと指を増やしていき、狭いそこを馴らしていく。切なげに収縮を 繰り返すそこが早くと言っているようで、自身が高ぶるのを抑えようがない。 欲求に負け、指を抜くと自身をあてがった。 「ぎ…銀次……。」 秘部に触れる熱に、蛮は銀次にしがみついた。それを強く抱き締めて、 ゆっくりと差し込んでいく。 「あ…あ………っ。」 侵入してくる銀次の熱さに、蛮は背を仰け反らせ、切なげに声を上げた。 完全に入れると一呼吸置いた。必死に銀次に縋り付き、体を震わせている 蛮を強く抱き締める。 「蛮ちゃん……v」 「ぎん…じ……ぎ…んじ…ぃ……。」 切なげに甘く、その濡れた唇から自分の名が零れ落ちれば、理性など保て る筈がなかった。嬉しさのあまり、下手をすれば蛮を壊さんばかりの勢いで 目茶苦茶に腰を揺すって抜き差しさせる。濡れた音と蛮の甘い嬌声に、うっ とりと耳を傾けながら。 『はぁ〜。もう、サイッコーに幸せv幸せすぎて、俺、死にそう……vvv』 夢のような至福の時に、銀次は目眩がしそうなほど幸せで、そうして二人 は、再び絶頂へと上り詰めた。 「いらっしゃいませー。」 来客を告げるベルの音に、夏実は明るく声をかけた。 「あ、銀ちゃん。こんにちはー。」 「こんちは、夏実ちゃんv昨日はクッキーありがとvおいしかったよ。」 「どーいたしまして。」 笑顔で昨日のお礼をすると、銀次はカウンター席に腰掛けた。そうして コーヒーを注文する。 「ところで、蛮さんは?」 蛮の姿がないことに気づき、夏実は首を傾げた。いつも一緒の姿にそれが 当たり前になっていたから、銀次一人というのに違和感を覚えてしまう。 「蛮ちゃん?今、煙草買いに行ってるよ。もうすぐ来ると思うけど。」 「そっかー。なんか二人一緒じゃないと変な感じがしますね。」 夏実の言葉に、「そりゃ二人は『イッシンドウタイ』だからv」と答えて、 後ろから殴られる。 「テメーはまた、勝手に決めんなって言ってんだろ。」 いつの間に来ていたのか、拳を握り締めている蛮が後ろに立っていた。 「蛮ちゃんv早かったね。」 全然懲りてない銀次が、満面の笑顔を浮かべて蛮を見る。それに苦笑しな がら、蛮は銀次の隣に腰を下ろした。 「波児、ブルマン。」 「注文の前に言うことがあるんじゃないか?蛮。」 「あ?ああ。昨日は助かったぜ。っつうわけで、ブルマン一つな。」 今ひとつ感謝の気持ちが足りない気がしたが、相手は蛮だ。仕方ないなと 肩を竦めて、注文の品を出してやる。 「で?結局昨日は蛮に逢えたのか?銀次。」 5時近くまでここで時間を潰した銀次は、蛮の伝言通り指定された場所に 行った筈だ。普通に考えれば出逢えたはずだが、銀次のほうから一向に話が 出ないので、訊いてみる。 「え?昨日?えーっと……?なんだっけ?」 首を傾げた銀次に、波児のほうが驚いてしまう。 「おいおい。昨日ここへやってきて、蛮からの言付け聞いて出かけたろう? あんだけ大騒ぎしてたんだぞ?」 「あ、ああ。そーいえば。うん大丈夫vちゃんと逢えたよv」 思い出したように言って、笑ってみせる。 なんだかどこか変な感じがして、波児は首を傾げた。 あれだけ大騒ぎで店に飛び込んできたというのに、それを忘れるなんてあ るだろうか。 そういえば、銀次がここに現れる少し前に、蛮から電話が入ったのを思い 出す。銀次の昨日の行動と、誕生日プレゼントとして貰った物について質問 され、「なんでそんなこと知りたがるんだ?」と思いながらも、教えてやっ たのだ。 『それと何か関係でもあるのか?』 ふと蛮を見れば、頬杖をついたまま小さく笑っている。楽しそうな笑みに、 蛮が何かを銀次にしたことが分かる。が、さすがに何をしたかまでは分から なかった。 「会った途端、「新宿中捜し回った。」なんて言われてよ。するか?普通。」 「だって、起きたら蛮ちゃんいないし。ケータイにかけても繋がんないし。 心配だったんだよぅ。」 タレて反論する銀次に、蛮は苦笑している。 「何を心配しなきゃなんねーんだよ。タコ。だいたいそーいうときゃ、まず ここに来るもんだろ?」 「あうー。」 蛮の言い分に、さすがに言い返せない。銀次はタレたまま頬を膨らませた。 「蛮さんから何かもらったんですか?銀ちゃん。」 不意に、夏実が笑顔で話しかけてきた。それに、銀次は首を傾げた。 「もらった……気がするけど……?」 「気がする?」 「やっただろーが。マクドで食ったろ?俺の金で目一杯。」 そう言って蛮に小突かれて、「うきゅぅ」と唸る。 「食べた。けど、あれがそーなの?そりゃおいしかったけど……。」 「あ?なんだよ。文句あんのか?」 「ないです。」 鋭い視線で睨まれれば、あまり機嫌を損ねては、この先また何ヵ月もお預 けをくらいそうで、仕方なくおとなしくする。それでなくても蛮の誕生日か らこちら、全然させてもらえないのだから、これ以上お預けをくらいたくは ないというものだ。 そこまで考えて、ふと首を傾げる。4ヵ月もお預けをくらっている筈なの に、なんだかちっともそんな気がしないのは気のせいだろうか、と。そう考 えると、体もあちこち痛いし、ちゃんと寝た筈なのに疲れているような気が してくる。どういうことだろう。 タレたまま腕を組んで考え込んでいる銀次に、蛮は問いかけた。 「何考え込んでんだよ?」 「ん〜???……なんか忘れてるような気が……?ねー蛮ちゃん。昨日さ、 ごはんの後、なんかなかった?」 「あったぜ。」 さらりと言われた返事に、驚いたように蛮を見る。 「何が!?」と尋ねたいのを雄弁に語っているその目に、あっさりと答え を出してやる。 「マクドで飯食って、それから新宿ぶらついてゲーセンでちっと遊んで。ん でもって車に戻って、はい、おやすみ。以上が昨日の俺とお前の行動だ。で? 他に訊きてーことは?」 左手で頬杖をついてこちらを見る蛮のその言葉に、銀次は首を振った。そ ういえばそうだったかな。うん。蛮ちゃんがそう言うんだから間違いないよ ね。と納得して。 「じゃ、蛮さんからは食事だけだったんですか?」 「おう。夏実ちゃんもこいつにクッキーやったんだろ?絃巻も食事券だった しな。波児はコーヒー飲み放題だって?見事に食い物ばっかだったな、銀 次。」 そう言って笑う。ま、銀次にゃそれが一番だろーけど、と続けて。 「おっと。そーいや小僧からメールが来てたぜ?」 思い出したように蛮は携帯を取り出した。そうして、MAKUBEXから送られて きた短いメッセージを画面に表示する。 『銀次さん 誕生日おめでとうございます MAKUBEX』とだけの簡単なもの だったが、ちゃんと覚えていてくれた、それだけで嬉しかった。 「蛮ちゃん。MAKUBEXに『ありがとう』って送っといてくれる?」 嬉しそうに笑って返信を頼む。 蛮にしてみれば返信を打つ義理はこれっぽっちもないのだが、銀次が携帯 を扱えないのだから仕方がない。億劫そうに、それでもメールを送ってやっ た。 「そーいや、猿マワシからはなんもなかったな?」 MAKUBEXで思い出したのだろう。無限城絡みで唯一名前の出ていなかった士 度の話題を口にする。士度の話題に、銀次は微妙な顔をした。 「銀次?」 「あ、なんでもないよ。そだね。きっと、忙しいんだよ。」 「そういや、ヘブンちゃんが仕事頼んでたな。」 思い出したように呟いた波児の言葉に、蛮はあからさまに不機嫌な顔をし た。 「あんのケダモノが!人の仕事取ってんじゃねーよ!」 そう言って拳を握り締めた蛮の姿に、銀次は安心したような笑みを浮かべ た。それに目敏く気づき、蛮は眉を顰めた。 「あ?何笑ってんだよ?銀次。仕事取られたんだぞ?」 「あ、ごめん。そだね。まったく士度にも困るよ。」 そう言ってわざとらしく腕を組んで頷いてみせる。それが気に障ったのか、 蛮は銀次を殴りつけた。 「いたーっっ。なんで殴んのー!?」 「うるせー!」 有無を言わせぬ蛮の態度に、銀次は出来たたんこぶを摩る。完全にそっぽ を向いてしまった蛮に、「あぅ〜。」とタレて項垂れながら、仕方なくコー ヒーに口をつけた。 項垂れている銀次を他所に、頬杖をついたまま、蛮は昨日のことに思いを 馳せていた。 マクドナルドで食事をした後、ホテルで何度も抱き合ったことも、その時 蛮が銀次に言った告白も、いつもよりずっと素直な行動も、その全てを銀次 は忘れてしまっている。剰え、蛮に教えられた『うそ』を信じている始末だ。 『今んとこは大丈夫みてーだな。ま、思い出しそうになったらまた嗅がせ りゃいーか。』 銀次に気づかれないように小さく笑みを浮かべる。 さっき波児と目が合った時、何か気づいたような顔をしていたから、波児 のことだ、銀次の記憶が変だということに気づいたのだろう。しかし、どう してそうなったのかまでは分かっていないだろうし、もし仮にそれに気づい たとしても、波児なら大丈夫だろう。銀次にではなく自分に言う筈だ。そう 考えて、とりあえず放っておくことにする。 『波児になら、後で事情を説明しといてもいいしな。』 波児なら蛮の気持ちを察して、それを銀次に話すこともないだろうし。そ う思い至る。 しかし本当に便利だと、思わずポケットに忍ばせている小瓶に触れる。こ れなら情事の後、それを銀次の奴にぺらぺら話されて恥ずかしい、なんて思 いをしなくて済む。それに、相手が綺麗さっぱり忘れてくれるなら、いつも は意地と照れが手伝って言えないことも伝えられる。それだけでなく、常に 嫌われるかもしれないという恐れと共に考えずにはいられない、銀次の前で 演じてしまっている多少どころかかなりの醜態も、その時だけは見せてし まっても、なんとか取り繕いようもあるのだから。 やはり貰って正解だったと、もう一度心の中で笑みを浮かべた。 『最初、卑弥呼の奴、出し渋ってやがったもんな…。』 それは3月も半ば頃のことだった。 銀次にはいつものように「煙草を買いに行く。」と言って別行動をとり、 卑弥呼を携帯で呼び出したのだ。(しかしこの手も、一人になりたい時の常 套手段になっているため、さすがの銀次も訝しみ始めている。そろそろ別の 手を考えなければならないかもしれない。) とある公園で落ち合い、蛮はそれに係わる一切の説明もせず、用件だけを 簡単に告げた。 「え?蛮、今なんて?」 蛮の言葉に、何かの冗談かと思って聞き返す。 「あ?聞いてなかったのか?『忘却香』くれって言ったんだよ。」 足元に擦り寄ってきた猫を抱き上げながら、蛮は事もなげにそう言った。 その言葉に先の言葉が聞き間違いではなかったことを知る。穏やかな笑み を浮かべて猫をあやしている蛮に、卑弥呼は溜め息をついた。 「珍しくあんたからの呼び出しに来てやれば、そんなこと?ったく、毒香水 はあたしの商売道具よ?いくらあんたでも「はいどうぞ」なんて渡せる訳な いでしょ?」 「あ?ケチくせーこと言ってねーでよこせよ。」 どう聞いても人にものを頼む態度でも口調でもない蛮に、卑弥呼は呆れた ようにもう一度大きく溜め息をついた。 「……試しに訊くけど、『忘却香』で何するつもり?」 「仕事。」 「な?」と抱いている猫に同意を求めるように、あどけない笑顔でキスを する。銀次が見たら大騒ぎしそうな光景だ。 「仕事?なんの?」 「オメーにゃ関係ねー。が、どーしてもいるんだよ。卑弥呼。」 猫を抱いたまま、だが急に真面目な顔で見つめられれば、気まぐれだけれ ど魅力的な、彼女の兄もとても好いていたこの美堂 蛮を、卑弥呼も憎から ず思っているため断り切れなくなってしまう。 『こんなことなら、連絡があった時に訊いとけば良かった。』 と思っても後の祭り。携帯越しならともかく、結局蛮に面と向かって頼ま れれば、よっぽどのことでない限り「NO。」とは言えないのだ。 「……分かったわよ。あげる。」 仕方ないと言ったように了承する。 「助かんぜ、卑弥呼。」 蛮の嬉しそうな笑顔を見れば、それでもちょっと嬉しい気になってしまう 自分に気がついて、卑弥呼は再び溜め息をついた。 『兄貴の敵だってのに……。』 そう思うのだが、どうしても過去の楽しかった思い出が強すぎて、それで も初めは「殺してやる」と本気で思っていたのだが、あの頃と変わっていな い蛮を見ればそんな気も薄れてしまった。結局邪馬人同様、自分もひどく蛮 を好いているのだと、そう気づかざるをえない。とはいえ、それを口に出し ては言わないが。 「いつまでにいるの?」 「持ってねーのか?」 「仕事じゃないもの。で、いつまで?」 「ん。4月の頭に貰えりゃいい。」 「分かったわ。じゃ、その頃携帯に連絡するわ。それでいいわね?」 「ああ。」 卑弥呼からの連絡を待って、もう一度会うことを決め、その日はそのまま 別れた。 その後あった連絡時と、受取に行った時の二度、念を押すように「妙なこ とに使うんだったら渡さない」とごねられたが、大丈夫だからと説き伏せて、 なんとか譲ってもらったのだった。 『卑弥呼は訝しんでやがったけどな。安心しろよ。妙なことにゃ、使って ねーぜ。』 もっとも、使われた銀次がそれを知ったらどう思うかは別問題だが。 『俺の誕生日ん時のお返しだ。「目には目を」ってな。さしずめこりゃ、 「薬(ヤク)にゃ薬(ヤク)を」ってとこか?ま、銀次も、記憶はねーが体は すっきりしてる筈だ。これで当分、ほっといても暴走しねーだろ。』 いざとなったらまた使うかな。銀次が忘れちまうなら、こっちも気が楽だ しよ。 銀次が聞いたら必死になって抗議するであろうことをさらっと考えて、横 目で銀次を見る。ふと目が合って小さく笑いかければ、惚けたように自分に 見入る銀次がいる。なんだかそれが無性に可笑しくて、きょとんとしている 銀次を尻目に、しばらくの間、蛮はくすくすと笑っていた。 The End お待たせしました。「ANGEL NIGHT〜天使のいる場所」オリジナル版です。 Hシーン以外一緒という、一度読まれた方は、そこだけ読めばOK!ってな話です(笑) 旧「中沢堂」にて公開済みですから、そちらも読まれた方はへっぽこな挿絵2枚を楽 しんでいただければ幸いです(^^;) しかし、改めて読み返してみると照れるなぁ・・・(苦笑)