GANG





		『何か情報が入用でしたら、いつでも言って下さい。ここからならどんな
		情報も呼び出せますから。』

		 そう言っていたMAKUBEXの言葉に甘えて無事仕事を終えたのは、
		つい昨日のこと。

		「やっぱちゃんとお礼言っとかないとね。」

		 銀次のその言葉に、蛮は引き摺られるようにして無限城までやってきて
		いた。

		「ったく……。礼ならオメー一人で十分だろ?なんだって俺まで引っ張っ
		てくんだよ。だいたいな、小僧に頼んだのはオメーだろーが。」

		「そうだけどさ、GET BACKERSとして助けてもらったんだから、
		蛮ちゃんも一緒に行くのが筋でしょ?助かったのは事実なんだし。」

		 そう言いながら、今ひとつどころかかなり乗り気でない蛮の腕を引っ
		張っていく銀次。

		 銀次に引き摺られながら、蛮はなおもぶつぶつと文句を呟いている。

		「……だいたいここは鬼門なんだよ。大怪我はするわ、ヒデー目に合うわ、
		ここにゃろくな思い出がねぇ。」

		「もー、往生際悪いよ?蛮ちゃん。」

		 ぶつぶつと文句を言いっ放しの蛮に苦笑しながらも、銀次はどんどん先
		へと進んでいった。

		 そうこうしている内にMAKUBEXの元へ辿り着く。

		 コンピューターに向かって何やら作業をしていた彼は、二人に気付くと
		笑顔で立ち上がった。

		「こんにちは、銀次さんと美堂さん。今日はどうしたんです?」

		「うん、昨日のお礼をね、言いに来たんだ。ありがと。おかげで助かった
		よ。」

		「わざわざですか?そんな、よかったのに。」

		 歩み寄るMAKUBEXに笑みを向けた銀次と対照的に、蛮はそっぽを
		向いたまま煙草を銜えている。それも眉を顰めたまま。

		「?なんか、機嫌悪そうですね?」

		 銜え煙草でポケットに手を突っ込んでいる蛮の姿は、どう見ても機嫌が
		悪そうだ。ついでに言えばガラも悪く見える。

		 首を傾げて小声で訊いたMAKUBEXに、銀次は苦笑した。

		「蛮ちゃん、無限城は鬼門だとか言って来たがらなかったんだよね。それ
		を俺が無理矢理連れてきたから、怒ってるみたい。」

		「そうですか。」

		 MAKUBEXは納得したように苦笑を返した。

		『鬼門か。』

		 蛮の言うことも分かるような気がした。

		 以前仕事でここへ来た時には右肩に酷い怪我を負って、そのためかなり
		の間不自由を強いられていたと聞いている。それ以降も、来る度にろくな
		目に合っていなくて。それでは蛮でなくてもそう言いたくなるのも無理は
		ない。

		「おい、銀次。もう用は済んだんだろ?こんなとこに長居は無用だ。とっ
		とと帰るぞ!」

		 不機嫌を隠さずに叫ぶ蛮に苦笑が洩れる。

		「蛮ちゃ〜ん。さっき来たばっかなんだからさ、も少しゆっくりしてこー
		よ。」

		「うるせー!用が済んだらとっとと帰る!ここは鬼門だって言ったろ!?
		残るんならテメー一人で残れ!」

		 きっぱりと言い切ると、踵を返し部屋を出て行こうとする。それを、銀
		次は慌てて追いかけた。

		「待ってよ蛮ちゃん!一人でなんか残らないってば!」

		「……食事、用意したんですけど。」

		 ぽつりと言ったMAKUBEXの言葉に、二人の足が思わず止まる。そ
		れに、MAKUBEXは小さく笑みを浮かべた。

		「え?食事って?」

		 振り返った銀次が目を輝かせて問いかけた。

		「銀次さんたちが来た時点で、情報は僕の耳に届いてましたからね。折角
		だからと思って食事を用意したんです。が、帰られるんならそれも無駄で
		したね。」

		「そんなことないよ!ね!?蛮ちゃん!」

		 わざとらしく大仰に肩を竦めるMAKUBEXに、銀次が慌てて首を振
		る。そうして微妙な顔をしている蛮を引き止めようと、シャツの裾を引っ
		張った。

		「ねー蛮ちゃん。ご飯ごちそうしてくれるってv食べてこうよvね?それ
		くらいならいいでしょ?」

		 「ねーねー。」と裾を引っ張る銀次に、蛮は眉を顰めたままMAKUB
		EXを見た。その真意を推し量ろうとするかのように。

		 蛮の何もかもを見透かすような眼差しに、MAKUBEXはにっこりと
		笑い返した。それに、蛮の眉間の皺が更に増えた。

		「そうしてもらえれば、作ってくれた朔羅も喜んでくれると思うんですけ
		ど。」

		「朔羅が作ってくれたの?!蛮ちゃん!朔羅、料理上手なんだよ!ね?食
		べてこv」

		 シャツから腕に引っ張る対象を替え、ぐいぐいと部屋の中へと蛮を引っ
		張っていく。

		 簡単に食べ物に釣られる銀次に、蛮は溜め息を禁じ得なかった。

		「………しょーがねぇな……。そんかわし食事したら帰んぞ?分かった
		か?」

		「うんvわーいv蛮ちゃん大好きv」

		「バーカ。」

		 嬉々として抱きついてくる銀次を軽く小突く。

		「じゃ、案内しますね。」

		 そんな二人を眩しそうに見ながら、MAKUBEXは踵を返した。そう
		して二人を食事を用意してある別の部屋へと案内した。




		「ぷは〜vごちそーさまでしたvおいしかった〜v」

		 ぱんぱんに張った腹を摩りながら、銀次は満足げに笑みを浮かべた。そ
		れに、蛮以下、MAKUBEXと朔羅、十兵衛、そしてたまたま顔を出し
		ていた花月が笑みを浮かべる。

		「そう言ってもらえれば、作った甲斐もあります。」

		「いかがでしたか?」

		「あ?」

		 不意ににっこりと問いかけられ、視線を上げる。視線の先で、MAKU
		BEXが笑みを浮かべていた。

		「ああ。美味かったぜ。」

		 問いかけの意味を察し、薄く笑みを浮かべて答える。それに、朔羅は嬉
		しそうに笑みを浮かべた。

		「美堂さんは味にうるさい方だと聞いていましたから、そう言ってもらえ
		てほっとしました。」

		 微笑んでそう言った朔羅に、蛮は片方の眉を吊り上げた。

		「……誰が言ってたって?」

		「お、俺じゃないよ!?」

		 蛮の気の微妙な変化にすばやく気付いた銀次が、慌てて首を振る。その
		様子に、それが事実だということを知る。

		 銀次でないとなると、後は花月か、それとも士度か。そう考え、とりあ
		えずこの場に居る花月に鋭い視線を向けた。

		「あれ?違うんですか?いつもブルマン飲んでるって聞いて、てっきりそ
		うだと思ってたんですけど。」

		 意外な方向から声がし、蛮はその声の人物MAKUBEXを振り返った。

		「テメーか?」

		「はい。違ってたんでしたらすみません。」

		 素直に謝るMAKUBEXに、蛮は小さく溜め息をついた。

		 別にうるさい、とまではいかないが、それなりにこだわりを持っている
		のは否めないので、蛮はそれをわざわざ否定しなかった。

		「別に。うるさいってほどじゃねーけどな。ま、銀次よりゃ、うるさい
		ぜ?」

		 悪戯っぽく笑った蛮に、花月がくすくすと笑い出す。

		「銀次さんとの比較なら、僕も"うるさい"に含まれますね。」

		「それってどー言う意味?」

		 それを聞いた銀次が頬を膨らませる。それに、蛮が嫣然と笑いかけた。

		「味は二の次。食えりゃなんでもいーんだろ?オメーはよ。」

		「ひどー!」

		 綺麗に笑みを浮かべた蛮に見惚れながらも、銀次はますます頬を膨らま
		せた。その様子が可笑しくて仕方がないといった風に、蛮が声を立てて笑
		い出す。それにつられるように、MAKUBEXたちも笑い出す。そのう
		ち一人で膨れているのがバカらしくなったのか、銀次も声を立てて笑い出
		した。

		 笑いが一段落した頃、朔羅がコーヒーのおかわりを持ってやってきた。

		「そーいえば蛮ちゃんって、芸術にもうるさいって言われてたよね?卑弥
		呼ちゃんに。」

		「そう言えば、美堂くんはヴァイオリンを弾けましたっけ。なるほど。絵
		画などにも詳しいんですか?」

		 不意に洩らした銀次の言葉に、納得したように花月が問いかけた。

		「くわしーってか……ま、好きだぜ?昔はよく見に行ったしな。」

		 コーヒーを啜りながら、昔を思い出すかのように蛮は目を細めた。

		「ヴァイオリンを?美堂が?弾くのか?」

		 心底意外だという感情を声に滲ませ、十兵衛がぽつりと呟く。それに、
		蛮は一瞥をくれた。

		「悪ぃかよ?ったく、どいつもこいつも失礼な反応だな。」

		 銀次たちの前で初めて弾いて見せた時も、夏実を除き、一様にそういっ
		た反応だった。それを思い出して、蛮は不機嫌そうに眉を顰めた。

		「意外と言えば意外かもしれませんけど、でも、美堂くんの指を見ればそ
		れも納得できますよ。」

		 笑みを浮かべてそう言った花月に、銀次が首を傾げる。

		「蛮ちゃんの、指?」

		「ええ。楽器を操る人特有の、長く繊細で、それでいて力強い指をしてま
		すから。」

		「ふーん?」

		 感心したように蛮の指を凝視する。言われてみれば、蛮の指は男にして
		は細長く繊細だった。

		 花月の説明に、しかし蛮は興味なさそうにコーヒーの残りを飲み干した。

		「さてと。銀次、そろそろ帰んぞ?」

		 カップを置いて立ち上がる。それに、慌てて銀次も立ち上がった。

		「え?あ、うん。」

		「もう、帰るんですか?」

		「うん。ご飯ごちそうになったら帰るって決めてたから。」

		「おら、銀次。行くぞ。」

		 ドアへと歩き出していた蛮が、後ろを振り返り銀次を呼ぶ。それに、銀
		次は慌てて蛮の元へ駆け寄った。

		「んじゃね。ごちそーさまでした。」

		 笑顔で手を振る銀次に、MAKUBEXが声を掛ける。

		「泊まっていきませんか?部屋、用意してあるんですけど。」

		「ん〜、でも……蛮ちゃんが嫌がるから……。」

		 部屋を用意してあると言うMAKUBEXの言葉に、銀次が蛮を顧みる。
		それに、蛮は眉を顰めた。

		「何だよ?」

		「部屋、用意してくれてるって。久しぶりにベッドで寝たくない?蛮
		ちゃん。」

		 銀次の言葉に、蛮の顔が微妙なものになる。

		 相変わらず金運のない彼らは、未だに部屋を借りることが出来ないでい
		る。そのため塒としているのは蛮所有のスバルで、狭い車内、あちこち痣
		を作りながら寝ている始末。ゆっくりと体を横たえられるベッドで眠れる
		という甘い誘惑に、蛮の意思がぐらついたのも無理からぬことだった。

		『ベッドか……。確かにゆっくり寝てぇよなー……。』

		 しかしここが無限城の中というのが引っ掛かって、今ひとつ手放しで賛
		同しかねた。

		『小僧がモニターしてやがらねぇとも限んねーもんな……。しかし、ベッ
		ドか……。』

		 腕を組んで悩みだした蛮に、MAKUBEXが止めの一言を告げた。

		「明日の食事も朔羅にお願いしてありますから。」

		 一泊朝食つき、しかも無料(ただ)!

		「蛮ちゃん!折角だから泊まってこ!」

		 目をきらきらと輝かせた銀次に、蛮もつい、頷いてしまった。

		 が、ここで頷いてしまったことを、蛮は後々思いっきり悔やむのであっ
		た。





		「うわ〜vふかふか〜v」

		 部屋へ入った途端、銀次はベッドに寝っ転がった。そうして嬉しそうに
		体をばたつかせる。そんな銀次に苦笑しながらも、蛮も銀次の転がったの
		とは別のベッドに腰を下ろした。

		「良かったね〜v久しぶりにベッドで寝られるよv」

		「ま、な。」

		 煙草に火を点けながら、小さく答える。

		 蛮が煙草を吸いだしたため、そこで会話が途切れた。

		 沈黙の中、銀次は優雅な動作で煙草を吸う蛮をうっとりと見つめた。

		 整った鼻筋、長い睫、少し薄めの濡れたように紅く魅惑的な唇、そして
		この世に二つとない紫紺の宝玉。長く繊細な指が、煙草を優雅に口へと運
		び、そして離していく。洩れる呼気さえ甘く感じられるようで、銀次は頭
		の芯が痺れるような感覚に浸っていた。

		「おい、銀次。」

		「え?え?」

		 突然の蛮のアップに、銀次の目が大きく見開かれる。慌てて上体を起こ
		せば、蛮が呆れたように笑みを浮かべた。

		「さっきから呼んでんのに何ぼっとしてんだよ?先風呂使うぜ?」

		「あ、うん……。」

		 言いながらベッドから立ち上がりシャワールームへと向かう蛮を、銀次
		は呆然と見送った。

		 シャワールームから水音が聞こえ始めてからも暫くの間、銀次は蛮の消
		えたドアを見つめぼうっとしていた。

		「……びっくりしたー。もー、心臓に悪いよ……。」

		 常よりもずっと早まっている鼓動に胸を押さえながら、銀次はベッドに
		仰向けに寝そべった。

		「蛮ちゃんって、なんであんなに綺麗なのかなー。ホント、綺麗……。」

		 蛮の仕草のその一つ一つを思い出す。

		 薄く開かれた唇が、濡れた目が自分を……。

		「〜〜〜〜〜っっ!」

		 情事の時の蛮の顔を思い出し、熱を持ち始めた自身を慌てて押さえる。
		こんなことろを蛮に知られたらそれこそさせてもらえなくなるのを、十分
		過ぎるほど知っていたからだ。

		「……したいな〜……ダメかな〜……。」

		 水音のするドアを見つめながら、銀次は大きく溜め息をついた。




		「ねー蛮ちゃん。」

		 蛮と入れ替わりでシャワーを浴びてきた銀次は、出てきた途端、ベッド
		に腰掛煙草を吸っていた蛮に抱きついた。

		「……何だよ?」

		 そ知らぬ顔をしている蛮にめげず、銀次は蛮の顔色を伺いながら言葉を
		紡ぎ出した。

		「……俺、今回の仕事頑張ったよね?」

		「あ?ああ……ま、な。それが?」

		「うん。その、たまにはごほうび欲しいな、とか思って……。」

		「褒美?」

		 途端険のある声になる蛮に、銀次は慌てて言い訳をした。

		「あっていうか、その、そうじゃなくていいんだけど、その、したいなっ
		て、思って。」

		 そう言って上目遣いで見る目が「ダメ?」と問いかけていた。銀次の情
		けない顔に、蛮が思わず苦笑する。

		「だって蛮ちゃん。ここんとこ、全然させてくんないんだもん。欲求不満
		で俺、死にそう……。」

		「バーカ。んなことで死ぬか。」

		 呆れた声で言う蛮に、銀次は真剣そのものの表情で反論した。

		「そんなことないよ!俺にとっては『シカツモンダイ』なんだから!」

		「んなこと、前にも言ってたなぁ……。」

		 溜め息混じりに呟く。

		 銀次といい夏彦といい、本当に、なんでこうもしたがるんだろうか。

		 その心情が、蛮にはさっぱり分からなかった。

		「ねー蛮ちゃ〜ん。させてってばー。」

		「だーもううるせー!」

		 抱きついてきた銀次を力ずくで引っぺがす。それでもしつこく抱きつい
		てくる銀次に、蛮は大きく溜め息をついた。

		「……そんなにしてーのか?」

		「うん!!」

		 呆れたように問えば、即座に答えが返ってくる。それに、蛮はもう一度
		大きな溜め息をついた。

		「んなこと、即答すんなよ……。」

		「だってしたいんだもん!」

		「……しゃーねーなぁ……。」

		 暫しの沈黙の後、蛮の口から洩れた言葉に銀次の目が輝きだす。

		「させてくれるの!?」

		「ああ。」

		「やったー!!」

		 手放しで大喜びする銀次に、蛮の注釈が入る。

		「ただし!俺をその気にさせられたら、だ。」

		「え?」

		 蛮のその言葉に、銀次が首を傾げた。

		「蛮ちゃんをその気に……?」

		「そ。させられたらな、いいぜ、付き合ってやってもよ。」

		 そう言って意味深な笑みを浮かべる。それに、銀次は腕を組んで考え出
		した。

		 銀次に自分をその気にさせるなどという高等芸が出来るはずがない。無
		理だと分かれば諦めるだろう。

		 そう蛮は考えたのだ。

		「さ、どーする?銀次くん?」

		 楽しそうにくすくすと笑う蛮を、銀次は真っ直ぐに見据えた。

		「その気にさせたらいいんだよね?」

		「ああ。」

		「……分かった。」

		 ぽつりと呟いた銀次が、蛮の目の前にすっくと立った。そうして蛮が銜
		えていた煙草を取り上げる。

		「おい、銀次?」

		 突然の行動に眉を顰めた蛮に構わず、サングラスまで取ってしまう。

		「ちょっ銀次!返せよ!」

		 慌てて伸ばした蛮の手を銀次が掴んだ。

		「銀次……?」

		 困惑に銀次を見上げた蛮を、無言でベッドに押し倒す。突然のことにな
		すがまま押し倒された蛮が何か言うより先に、銀次の唇が蛮のそれを塞い
		だ。

		「ん……っっ!?」

		 薄っすらと開かれていた口から、銀次の熱っぽい舌が侵入してくる。そ
		のまま舌を絡めとられ、蛮は慌ててもがき出した。

		 もがく体を深く抱き込む。そうして口付けたまま胸に手を滑らせると、
		指で突起を摘み上げた。

		「んんっっ!」

		 銀次の腕の中で蛮の体が大きく跳ねる。そのまま刺激してやれば、その
		度に体が震えた。

		 一頻り口付けを交わし、最後に音を立てて離れる。どちらのともつかな
		い唾液が名残を惜しむように橋を作り、次いで途切れた。

		「な……にす……。」

		「その気になってくれた?蛮ちゃん。」

		 銀次の言葉に潤んだ瞳を向ける。

		 どうやら蛮をその気にさせるにはこれしかないと思ったらしい。どうし
		てこんな考えに至るのか、蛮にはさっぱり分からなかったが。

		「何…言って……。」

		 頬を染めて困惑する蛮に、銀次ががっかりしたような顔をした。

		「まだダメ?そっかー……。」

		 小さく溜め息をつくと、徐に耳に舌を這わせ始める。

		 軟体動物を思わせるそれが耳を擽る。その刺激に、蛮は体を震わせて嬌
		声を零した。

		「や…銀次……っぁ…っっ。」

		 とんだ誤算に慌てて銀次を止めようと、伸ばした腕もその用を成さずに
		震えるばかり。意思とは無関係に暴走を始めた体の疼きに、蛮はただ焦る
		ばかりだった。

		「まだその気になってくれない?」

		「や…っっ。」

		 銀次の問いかけに、タイミングよく(それとも悪くだろうか?)蛮の口
		から否定の言葉が洩れた。

		 それに肩を落とした銀次が、更に行為を進めていく。首筋に所有印を刻
		みつけながらシャツのボタンを外し、そうしてタンクトップをたくし上げ
		ると、紅く色づく胸の飾りに舌を這わせた。

		「あっ!やっっ。」

		 途端体が大きく震える。

		 そのまま舌で歯で強弱をつけて愛撫してやれば、蛮は体を仰け反らせ嬌
		声を上げた。

		「そろそろその気になってくれたよね?」

		「や、やぁ……っっ。」

		 嬉々として尋ねれば、蛮は頭を振った。それにまた銀次が肩を落とす。

		 仕方ないとばかりにズボンを剥ぎ取り、既に形を変え始めていたそれに
		指を絡ませた。

		「あっやっっま、待てっっぎん…っあぁっっ!」

		 やわやわと刺激され、蛮は泣きながら止めてくれるよう訴えた。が、
		「蛮をその気にさせればHが出来る。」と、そのことで頭が一杯な銀次に
		それが届くわけもない。「嫌だ。」と洩らす蛮に、それならばと銀次は舌
		も使って刺激していく。

		 気が狂いそうなほどの快楽に、蛮は泣きながら頭を振り続けた。

		 先走りの雫が溢れ出し、それが限界を訴え始める。

		 さすがにここまでくればその気になってくれただろうと、銀次は目を輝
		かせてもう一度蛮に問いかけた。

		「その気になってくれた?」

		「も…や…だぁ……っっ。」

		 泣きながら頭を振る蛮に、銀次がまたもや肩を落とす。

		「まだダメ?困ったなー……。」

		 ぽつりと洩らした銀次の言葉も、蛮の耳には既に届いていなかった。

		 どうやら、蛮の口から「その気になった。」と聞くまでは最後までする
		気はないらしい。銀次は雫を零すそれを放って、今度は秘所に舌を這わせ
		出した。

		 滑る舌の感触に、蛮の体が跳ねる。思わず逃げを打つ腰をしっかりと抱
		き、銀次はそこに丹念に舌を這わせた。

		「やっやだっっも…やぁ……っっ。」

		 刺激に敏感に反応しながらも、イけないもどかしさに蛮の目からは涙が
		止めどない。それでも「嫌。」と言う言葉を洩らし続ける蛮に、銀次は決
		定的な刺激をくれることはなかった。

		「ねー蛮ちゃん。いい加減その気になってくれた?まだダメ?」

		 言いながら指を差し込んでいく。途端体が跳ねる。

		「ぎんっ銀次……っあっんんっっ。」

		 入り口を解すように蠢く指に、蛮の口からは甘い嬌声が止めどない。

		 甘く自分の名前を呼ぶ蛮に、銀次が目を輝かせて顔を上げた。

		「その気になってくれた?」

		「や…っも…う……っ。」

		 しかし零れ落ちた言葉にまた肩を落とす。

		「蛮ちゃ〜んっ。ダメ〜?」

		 情けない顔をしながらも、秘所を犯す指は動きを止めることはない。二
		本に増やし、なおも蠢かし続ける。

		 入り口を解すため挿し込まれた指は奥へと含まされることはなく、その
		ためイきたくて悲鳴を上げるそれにしかし決定的な刺激にならない。蛮の
		思考能力はもはやないに等しかった。

		 イけないもどかしさに、蛮は銀次にしがみついた。

		「蛮ちゃん?」

		「ぎん…じ……っも…イ…かせ……っっ。」

		 苦しげに零れ落ちた言葉に、銀次は目を輝かせた。

		「蛮ちゃんvvvvvvvvうん!分かった!」

		 目には見えない尻尾を思いっきり振って、切なげに雫を零すそれに舌を
		這わす。軽く刺激を与えただけで、あっけなく達してしまった。

		「は…っは……っっ。」

		 絶頂の余韻に、蛮はぐったりと身を横たえていた。それに優しく口付け
		る。

		「蛮ちゃんv大好きだよvvv一緒に気持ち良くなろvvvvvv」

		 嬉しそうに告げて、もう一度優しく口付ける。

		 さっきまでの行為は違うのだとでも言いたげに、もう一度前戯から始め
		出した。

		 口付けから始まり、首筋に、胸に所有印をつけながら少しずつ下へと愛
		撫の手を移していく。その度に洩れる嬌声をうっとりと聞きながら。

		 再び熱を持つそれに軽く口付けて、今度は足先に口付けを落とす。足の
		指に舌を這わせ、しゃぶるように口に含む。そこから今度は上へ上へと移
		動していく。内股の際どい箇所に跡を刻めば、切なげな嬌声が零れ落ちた。

		「蛮ちゃん……蛮ちゃん……。」

		 愛しい人の名を何度も呼びながら、一つ二つと印を刻んでいく。まるで
		自分の跡を刻みつけるかのように。

		「ぎんっ……あ…んっっん……っ。」

		 先に軽く解したそこに指を含ませれば、途端嬌声を上げ体を仰け反らす。

		 舌と指で丹念に解せば、その先を促すように秘所がひくつき出す。それ
		に嬉しそうに笑みを浮かべ、指を引き抜くと熱く滾る自身を宛がった。

		「あ……やぁ……っっ。」

		 反射的に腰を引く蛮を深く抱き締めて、限りない慈しみを込めてその愛
		しい名を呼ぶ。

		「蛮ちゃん。大好き。大好きだよ。」

		 優しく口付けを落として、そうしてゆっくりと腰を進めていく。

		「あ…あ…………っっ!」

		 歓喜の声と共に奥へと導かれる。その全長を埋めたところで一度、銀次
		は息をついた。

		「は……あ……っぎ…ん……っっ。」

		 掠れた声で自分の名を呼ぶ蛮に、銀次はその細い体を強く抱き締めた。

		「蛮ちゃん。大好きv今度は俺と一緒にイこv」

		「んあっあっあぁっっ。」

		 瞼に軽く口付けて、それから徐に腰を揺すり始める。

		 途端零れ落ちる甘い嬌声。

		 蛮の嬌声に急かされるように、徐々に動きが淫らに激しくなっていく。

		 濡れた音を立てて抽挿を繰り返せば、一際高い声を上げて蛮が絶頂を迎
		える。それに少し遅れて銀次が達する。全てを蛮の中に放ち、銀次は満足
		げに息を吐いた。

		「蛮ちゃん大好きvvvvvvvv」

		 満面の笑みを浮かべ蛮に口付けを落とす。それに、蛮は潤んだ瞳を向け
		た。

		「……ぎ…んじ……。」

		「ん?何?蛮ちゃんv」

		「な……んで、こんな……?」

		 蛮の口から零れ落ちた言葉に、銀次はきょとんとした顔をした。

		「こんな?何?」

		「……んだってこんな……こと……。」

		 向けられた瞳の色に鋭さがあることに、銀次はようやく気がついた。

		「?蛮ちゃん、なんか怒ってる?」

		 銀次が首を傾げる。それに、蛮の瞳に鋭さが増した。

		「テメ……なんのつもりでこんな……っ。」

		「なんのつもりって、そりゃ蛮ちゃんにその気になってもらうために決
		まってんじゃん。だって蛮ちゃん、その気にさせられたらして良いって
		言ったでしょ?」

		 「それでなんで怒るかなぁ?」と首を傾げる銀次。

		 蛮に体力が残っていたなら、間違いなく張り倒されていただろう。が、
		今の蛮にはそれだけの体力はなかった。

		「……その気にって……そりゃ言ったけどよ?でもこんなの反則だろう
		がっ。」

		「なんでー?」

		 なぜ蛮がそんなことを言い出すのか、銀次には分からないようだ。「?」
		を辺り一面に飛ばしている。

		 銀次のその様に、蛮の口からは思わず溜め息が洩れた。

		「なんでって……あのな……。」

		「蛮ちゃんがなんで怒ってるのか分かんないけど、でも、その気になって
		くれたのは確かだもんねvね?蛮ちゃんv」

		 不意に銀次が笑みを浮かべた。

		「……なんだよ…その笑み……?」

		 銀次の笑みに空恐ろしいものを感じ、蛮は眉を顰めた。

		 こういう顔をした時の銀次がろくなことをしないのは、十分過ぎるほど
		身に沁みて分かっているからだ。

		「久しぶりだもん。今夜はめいっぱい俺を味合わせてあげるからねvvv
		蛮ちゃん?」

		 銀次の言葉に、蛮は血の気が引くのを感じた。

		「な……っっっ!?ふ、ふざけ……っっあぅっ!」

		 真っ赤になって怒鳴りかけた蛮の腰を掴んで軽く揺すってやる。途端、
		大きく背を仰け反らせた。

		「ぎ、銀次っっ。」

		 蛮の声に悲鳴にも似た響きが混じる。それに、銀次は笑みを深めた。

		「気がふれるくらい、気持ち良くさせてあげるよ。蛮ちゃんvvvvvv」

		 笑みと共に告げられた言葉に、蛮は蒼白となった。

		 銀次の腕から逃れようともがくが、動けば受け入れたままの銀次を感じ
		てしまい身動きもままならない。せめてと腕を伸ばしても、簡単に銀次に
		絡め取られてしまう。

		「やっ!もういいっっ。も、やだぁっっ。」

		 涙目で頭を振る蛮に、銀次は優しく口付けた。

		「愛してるよ、蛮ちゃんv一緒に気持ち良くなろうねv」

		「あっやっ銀次っぎ、あ…っあぁ…っっ!」

		 両足を肩に担ぎ腰を打ちつける。

		 ぐちゃぐちゃなリズムで腰を揺すられ、堪らず、蛮は嬌声を上げて絶頂
		を迎えた。

		 淫らに絡みつくそこに銀次も放ち、自身を抜き取る。途端溢れ出た精液
		が蛮の白く滑らかな内股を汚し、それが更に淫らなまでの妖艶さを醸し出
		した。

		「はぁ…は……も……ぎん…じ……っ。」

		 潤んだ目を向ける蛮が凄絶に色っぽくて、気がつけば再び貫いていた。
		うつ伏せにして後ろから貫くという、蛮にしてみれば屈辱的な体勢で。

		「蛮ちゃん…蛮ちゃん……大好きっ大好き…っ。」

		「あ…っや、も……っあっんんっっあぁ……っっ。」

		 甘く嬌声を洩らし続ける蛮に、銀次の劣情はいよいよ増して、そうして
		「狂宴」は蛮の意識が失われるまで続いた。






		「蛮ちゃんが目を覚まさない!」

		 そう言って血相を変えた銀次が駆け込んできたのは、翌日の朝10時ご
		ろのことだった。

		 食事を終えたMAKUBEXと花月がコーヒーを飲んでくつろいでいた
		所へ、タレ銀次がびちびちと駆け込んできたのだ。酷く慌てた様子で。

		「カヅっちゃん!MAKUBEX!蛮ちゃんが起きないんだ!どうしよ
		う!?」

		 そう言って部屋の中をびちびちと走り回る銀次に、二人は顔を見合わせ
		苦笑した。

		「寝ているだけじゃないんですか?銀次さん。」

		「僕もそう思いますよ。銀次さん。きっと疲れているんでしょう。折角で
		すから、美堂くんが目を覚ますまで寝かせてあげたらどうです?」

		 花月とMAKUBEXの言葉に、ようやく銀次も落ち着きを取り戻す。

		「そっか……そうだよね。俺と違って蛮ちゃんは普通の人なんだし……。
		そりゃ、ここじゃちょっとくらいの傷とかなら直ぐ治るけど、でも、昨日
		は攻めすぎちゃったもんなぁ……。疲れちゃって当たり前か。うん。分
		かった。そうする。」

		 一人でぶつぶつと呟いていた銀次もどうやら納得したようで、笑顔で頷
		いた。

		『ここじゃ、銀次さんのエネルギーは底なしですからね。それに付き合わ
		された美堂くんが起きられなくなるのも無理はない。……気の毒に。』

		『ここでの銀次さんの体力と一緒にしちゃ、美堂さんが気の毒だと思う
		なぁ……。』

		 銀次の独り言を聞かずとも事情を理解している二人が、ほぼ同時に溜め
		息をついた。見事なタイミングに、思わずお互いの顔を見る。

		「んじゃ、蛮ちゃんが起きるまで、も少し部屋借りるよ。MAKUBEX。」

		「あ、はい。」

		「銀次さん。食事が向こうの部屋に用意してありますよ?とりあえず食べ
		てきてはどうです?」

		「え?ホント!?うん!じゃ、食べてくる!」

		 そう言って軽やかな足取りで、銀次は部屋を出て行った。

		 暫しの沈黙が流れる。

		 花月とMAKUBEXは互いの顔を見ぬまま、互いにぽつりと呟いた。

		「盗聴はあまり良い趣味じゃないと思いますけど?」

		「覗き見もどうかと思うけど?」

		 その瞬間、ここに他に誰かいたら、部屋の中の空気が5℃は下がったと
		感じただろう。それほどに冷たい空気が流れた。

		 再び沈黙が落ちる。

		 その空気を最初に破ったのはMAKUBEXだった。

		「……ビデオありますけど、見ます?」

		「じゃ、お茶とお茶菓子を用意しないとね。」

		 ちらりとお互いを見、そうしてくすりと笑みを零す。

		 お互いのあまり上品とは言えない趣味を、それでも不問にすると、それ
		は暗黙の了解に他ならなかった。




		 昨日の銀次と蛮の営みの全てが二人に筒抜けだったことに、もちろん二
		人は気付いていない。





		THE END










		実はこれ、旧「中沢堂」にて受付したリクの没版だったりします(笑)
		しかも、「見たい方はメールにて請求してください」なんて、読者さま
		&月海くんに、酷く面倒ではた迷惑なことをさせたと言う曰くもあり★
		で、「中沢堂」を再開するに辺り、これをUPするか否か、迷っていた
		んですね。当時請求してくださった方々や月海くんにも悪いと思ったも
		のですから。
		そこで、一番迷惑を被った月海くんにお伺いを立てたところ、「瞳さん
		の作品なんだから、気にしないで好きにしていいよ。」との温かいお言
		葉をいただけたため、UPすることにしました。月海くん、ありがとうv
		そして、メールで請求して下さった方々、その節はすみませんでした;
		&ありがとうございましたv
		・・・怒らないでくださいね?(ビクビク)

		とまあそんな曰くのあるこの話。
		突っ込みどころは満載ですが、あえて一言だけ。
		銀次よ・・・;
		以上。(短っ!)