COLD



		 蛮ちゃんが風邪を引いた。

		 本当は数日前から引いてたみたいなんだけど、心配かけまいと思ってか、
		それとも意地でも張ってたのか、何でもないって振りをして、結局熱を出
		してダウンした。

		 こうなる前に言ってくれてたら、俺にだってそれなりの対処が出来たの
		に、自分のことはどうでもいいのか、こんな時、蛮ちゃんは俺を頼ってく
		れない。人に対しては、回し過ぎだと思うくらい気を使うのに。

		「ったくもう!こんなになる前に言えば良いのに。なんで黙ってたの?」

		「……別に。大したことないと思ったんだよ。」

		 俺の視線から逃れるようにそっぽを向いた蛮ちゃんは、決まり悪そうに
		ごにょごにょとそう言い訳をする。

		「あのね。熱が38.8℃もあるんだよ?それのどこが大したことないっ
		て?」

		 本気で怒ってる俺に、さすがに蛮ちゃんも押し黙った。

		「ったく。意地っ張りなんだから。いい?熱が下がるまで大人しく寝てる
		こと!煙草も禁止!分かった!?蛮ちゃん!」

		 ビシッ!とそう言えば、何か言いかけて、けれどそれも仕方ないと諦め
		たのか、反論はなかった。

		「よろしい。じゃ、大人しく寝てるんだよ?蛮ちゃん。」

		「あ………。」

		 それだけ言って踵を返した俺を、蛮ちゃんは小さく呼びとめた。

		「え?何?」

		 振り返った俺を、蛮ちゃんが見つめる。

		 熱で潤んだ瞳。

		 もの言いたげなその瞳は、けれど、次の瞬間静かに伏せられた。

		「……なんでもねぇ。」

		 呟きは、ようやく俺の耳に届く程度で。

		 しかもすぐにそっぽを向いてしまった蛮ちゃんが、今どんな表情をして
		いるのか俺には見る事は出来なくて。

		 でも………。

		「波児さんに氷もらってくるだけだよ。」

		 俺の言葉に、反射的に振り返った蛮ちゃん。驚いたように軽く見開かれ
		ているその瞳に笑いかける。

		「大丈夫。直ぐ戻るよ、蛮ちゃん。だから大人しく寝てて。」

		 そう告げれば、僅かの後、躊躇いがちに、けれど小さく頷いた。



 
		「で?蛮の様子はどうだ?」

		 一人降りてきた俺に、開口一番、波児さんは蛮ちゃんの容態を訊いてき
		た。

		「うん。熱はまだあるけど、少し落ち着いたみたい。」

		「そうか。……蛮も意地っ張りだから、おまえも苦労するな。」

		 苦笑した波児さんのその言葉に、少しだけ胸が痛んだ。

		「で、波児さん、氷欲しいんだけど……。」

		「ああ。直ぐに用意してやるよ。それとお粥な。これなら蛮も食べられる
		だろ。それとこっちは、銀次、おまえの分。」

		「ありがと〜♪」

		 そう言って差し出されたのはおにぎりと味噌汁。湯気のたったそれはす
		ごく美味しそうで、手に取ると、俺は勢いよくぱくついた。

		 ただ黙々と、波児さんはお粥と氷の準備を、俺は貰ったおにぎりと味噌
		汁を食べる。夏実ちゃんは今日は出掛けてて、だから、俺と波児さん以外
		誰も居ない店内は静かだった。

		 そんな中、ふと、さっきの蛮ちゃんの顔が頭を過ぎった。

		 俺を呼び止めた蛮ちゃんの、そのどこか縋るような瞳。

		 頼ってくれてるのかな?と思うと嬉しいけれど、でも、心細いだけで、
		もしかしたら俺以外の誰でもいいのかもしれないと思うと、胸が苦しくな
		る。

		 だって、本当に俺を必要としてくれてるのか、分からないから。

		 俺をもっと頼ってくれればいいのに。そりゃ、蛮ちゃんに助けられてばっ
		かりの俺じゃ、あんま頼りになんないかもしれないけど。でも、俺は蛮
		ちゃんの相棒なんだから。だから、もっと俺を頼ってくれればいいのにと
		思うんだけど。

		『……蛮も意地っ張りだから、おまえも苦労するな。』

		 さっき言った波児さんの一言が頭を過ぎる。

		 俺と出会う前の、俺の知らない蛮ちゃんを知ってる波児さん。

		 波児さんは頼りにしてるのかな?それに、あの人のことは……?

		「……あの人になら、蛮ちゃん、甘えたのかな……?」

		 ぽつりと洩らした疑問に、波児さんが振り返る。

		 俺の言わんとしていることが分かったのか、苦笑して、肯定とも否定と
		もとれない答えを返してきた。

		「さあな。ただ分かってるのは、蛮のあの意地っ張りなとこは当時も今も
		変わってないってことくらいだな。」

		「そうなんだ。」

		「ああ。」

		 その言葉のどこまでを真実として受け止めていいのか分からなかったけ
		れど、でも、波児さんのその言葉に、俺は少しだけ気持ちが軽くなった気
		がした。

		「さ、出来たぞ。」

		「ありがと、波児さん。」

		 差し出されたものを受け取ってお礼を言うと、それを持って蛮ちゃんの
		元へ戻る。思ったよりも待たせてしまったからどんな顔をして待ってるか
		想像したら、なんだか楽しくなってしまった。

		「お待たせ♪蛮ちゃんv遅くなってごめんね〜v」

		「誰も待ってねぇよ。」

		 笑顔で扉を開ければ、そう言ってそっぽを向いてしまった蛮ちゃん。

		 俺の顔を見た途端、一瞬だけど、確かにほっとしたような顔をしたのに、
		蛮ちゃんってば、自分がどんな顔したのか分かってないのかなぁ。ま、
		そんなところも蛮ちゃんらしいんだけどねv

		 だから、そんな言葉も強がりと照れからだって分かるから、つい頬が
		緩んでしまう。

		「波児さんから、おかゆもらってきたよ♪これ食べて、薬飲んでゆっくり
		眠れば、風邪なんて直ぐ治るよ。ね♪」

		 そう言ってベッドサイドに腰掛ければ、蛮ちゃんは億劫そうに、それで
		ものそりと身を起こした。

		 食欲はあるみたい。じゃ、それほど心配しなくても大丈夫かな。ホント
		にヤバイ時って、食欲もなくなるからな〜、蛮ちゃん。

		 熱のわりには思ったほどひどくない様子に安心しながら、一度はやって
		みたい、看病には定番の、「ふうふうして、手ずからおかゆを食べさせて
		あげる」を実行に移す。

		「じゃ、あ〜んv」

		 適度に冷ましたおかゆを、蛮ちゃんの口元へ差し出す。が、口をへの字
		に曲げた蛮ちゃんは、それを口にしようとはしない。それどころか、眉間
		にしわまで寄せている。

		「……………自分で食える。」

		「病気の時くらい遠慮しなくたっていいよv蛮ちゃんvはい、あ〜んv」

		「遠慮じゃねぇ!いいから貸せ!」

		 怒鳴るようにそう言った蛮ちゃんは、俺の手からおかゆを取り上げ、結
		局自分で食べ始めた。

		「ちぇ〜、やらせてくれたっていいのに……。蛮ちゃんのケチ。」

		「誰がケチだ!?」

		 言葉と同時に殴られた。

		「殴らなくたっていいのに〜……。」

		「ふん。」

		 タレてしまった俺を無視して、蛮ちゃんはおかゆをきれいに平らげた。
		それから薬もちゃんと飲んだ。この分なら、明日には熱も引くだろう。

		「薬も飲んだし、後は寝るだけだね。ゆっくり休めば、熱なんてきっとす
		ぐに引くよ。」

		「………で、なんでてめぇがベッドに入ってくんだ?」

		「なんでって、蛮ちゃんをあっためるためだよ?今日の俺は蛮ちゃんの湯
		たんぽなのですv」

		「はぁ?」

		 にっこり笑ってベッドに潜り込む。そうして、言葉どおり湯たんぽにな
		るため、蛮ちゃんを抱きしめた。

		 拒絶されるかな?とも思ったけれど、眉間にしわを寄せつつも、大人し
		く俺にされるままになっている。

		「………寝にくい……。」

		「え?あ、ごめん。でも、こうしてたほうがあったかいでしょ?」

		 問い掛けに返事はなかった。けれど、その言葉が的を射ていたのか、蛮
		ちゃんは俺に体をもたせかけるとそのまま眠ってしまった。

		「おやすみ、蛮ちゃんv」

		 聞こえてくる寝息は規則正しくて、もしかしたらそれはさっき飲んだ薬
		のせいかもしれないけれど、でも、俺の腕の中で安心して眠ってくれるの
		がとても嬉しくて仕方ない。

		 こういうのは、頼られているということではないのかもしれない。でも、
		少なくとも必要とされているんだって分かるから、今はそれでいいのかも
		しれないと思う。やっぱり俺は、どう考えてもあの人よりまだまだ子供
		なんだから仕方ない。悔しいけど、ね。

		 けどいつか、蛮ちゃんに頼られる男になるんだ。絶対に。

		 頑張るから、だからそれまでもう少し待っててね、蛮ちゃん。




		THE END








		お待たせしました;サイト開設一周年記念第1弾の、銀蛮です。
		なんというか、ようやく終わった〜;という感じです;
		こんなに短いのに、なんでこんなに時間かかったんだろう…(ToT)
		いつも以上にへっぽこSSで申し訳ありません(泣)