伽羅女 「なんでー!?俺はほんとのこと言ってるだけじゃん!」 「何が「ほんとのこと」だ!"綺麗"だの"可愛い"だのが男への褒め言葉な訳ねーだろ、 ボケ!」 「ほめ言葉だよ!!蛮ちゃんはほんとに綺麗で可愛いんだから!」 「だーもーうるせー!!」 五月蝿い口を黙らせるにはこれが一番と、蛮は銀次を殴りつけた。 「いてーっ。ほめてるのになんで怒るんだようっ。」 殴られた箇所を擦りながら、それでも引かない銀次はある意味さすがだ。 さっきから二人は、こんな傍から見れば惚気とも取れる埒が明かないじゃれ合いを 繰り返している。お互いに譲らないのだから、決着(?)などつくわけもないのだが。 ことの起こりは些細なこと。 いつものようにHONKY TONKに現れた二人に、珍しくも先に店に来ていた 花月が、これまた珍しくも奢ってくれると言い出し、それを喜んだ蛮を見て銀次が、 「蛮ちゃん可愛いvvv」 と言ったのに蛮が腹を立て、銀次を殴りつけた。 ここまでならばいつものことなのだが、蛮の機嫌が悪かったのか、はたまたそう言 った時の銀次の顔が気に入らなかったのか、それとも常々そう思っていたのか。とに もかくにも、蛮が食って掛かったのだ。「"綺麗"だの"可愛い"だのは、男への褒め言 葉じゃない!」と。 そして現在に至る。 「そーいうのは普通女に使うもんだろが。なんで俺に向かって言うんだよ。」 「だって蛮ちゃんは綺麗だし、可愛いし……いだだだだだだっっ。痛いよ蛮ちゃんっ っ。」 眉間に皺を寄せたまま、蛮は無言で銀次のこめかみをぐりぐりと押した。 そのあまりの痛みに、銀次は涙目でじたばたと暴れている。 まるでじゃれ合っているような二人を、かたや花月は苦笑し、かたや波児は半ば呆 れ顔で見ていた。 「ったく。この最強無敵美堂 蛮様に向かって"可愛い"なんて、バカにしてんのか? それを言うなら"かっこいい"だろーが。」 「え〜〜?そりゃ蛮ちゃんのことかっこいいとは思うけどさー。でもやっぱ"可愛い" だよ。んでもって"綺麗"vvv」 ここまで言っても譲らない銀次に、さすがの蛮も溜め息をついた。 どうあっても譲る気はないらしい。 『なんだってこんなに頑固なんだよ。"綺麗"だの"可愛い"だの言われて、俺が喜ぶと でも思ってんのか?ったく。』 銀次はきっとそう思っているだろう。いや、喜ぶとか喜ばないとかではなく、蛮の ことをそう思っているのだから、譲る訳がない。 「ねー、カヅッちゃん。カヅッちゃんはどう思う?」 そんなに言うなら他の人の意見も聞いてみようと、銀次は二人のやり取りを苦笑し て見ていた花月を振り返った。 突然話を振られ、それでもさして驚いた様子もなく、花月は軽く首を傾げて銀次を、 そして蛮を見た。 「美堂くんを……ですか?」 「蛮ちゃんは綺麗だよね?」 「何言ってやがる。かっこいいだろ!?」 お互い譲らない二人に、花月は苦笑いを深めた。 「そうですね、言うなれば『佳麗(かれい)』、『顔佳人(かおよびと)』、『尤物(ゆう ぶつ)』、『容人(かたちびと)』、『伽羅女(きゃらめ)』……。」 「ちょっと待て絃巻き!そりゃ"美人"の別称だろうが!!」 聞き慣れない言葉をつらつらと並べ立てる花月に、蛮が声を張り上げた。銀次は意 味が分からないといった顔でぽかんとしている。 「言われたとおり、美堂くんを表現しているんですが……?」 しれっとした顔でそう答えた花月に、蛮の頬が薄っすらと朱に染まる。 「ふざけんな!『伽羅女』なんざもろ"美女"の別称だろうが!俺は女じゃねーぞ!」 「ええ、確かに女性には見えませんね。」 「だったら……。」 「ねー蛮ちゃん。その、"キャラメル"って何?」 一人話についていけない銀次が、蛮の腕をつついた。 「銀次さん、"キャラメル"ではなく『伽羅女(きゃらめ)』ですよ。"美人"、"美女"と いう意味の言葉です。」 「黙ってろ」とばかりに無言で銀次を睨みつけた蛮に代わって、花月がその疑問の 答えを出した。 「へえ〜。"美人"って意味なんだ。だったら蛮ちゃんに合うねv」 ほえほえと嬉しそうな銀次に、蛮の容赦のない拳骨が飛ぶ。 「なんで殴んの!?」 「うるせー!何が「蛮ちゃんに合うねv」だ!?」 「だって、"美人"って意味なんでしょ?その通りじゃんv」 得意げに答えた銀次に、呆れて言葉もない。 『こいつ人の話聞いてなかったのか?確かに"美人"って意味もあるが、"美女"って意 味でもあんだぞ?俺のどこが女に見えんだよ!?』 どこをどうしたらそんな言葉が出るのか、一度こいつの頭の中を見てみたいと、そ う思わずにはいられなかった。 銀次はともかく、花月は絶対自分をおちょくっているのだと、鋭く睨みつけた。 「お気に召しませんか?」 にっこりと笑顔で返され、思わず拳を握り締める。 「召す訳ねーだろ!!」 「そうですか。では、これではどうです?"石竹(なでしこ)の その花にもが 朝な朝 (さ)な 手に取り持ちて 恋(こ)いぬ日無(な)けむ"」 「!?」 不意に真摯な眼差しでそう言った花月に、蛮の顔が見事に真っ赤になる。 「???何?どしたの?」 銀次は意味が分からず、真っ赤になった蛮の顔を覗き込んだ。そこに蛮の拳がクリー ンヒットする。 「いってー!!」 丁度鼻筋に当たったらしく、銀次は殴られた箇所を押さえてその場にうずくまった。 「い、絃巻き!テメ……っっ!?」 「もう少し熱いもののほうが良かったですか?」 そう言って笑いかける。 その笑みに、蛮は完全にバカにされていると思ったらしい。勢いよく立ち上がると、 花月の胸倉を掴んで怒鳴った。 「ふざけんな!何が「もう少し熱いもの」だ!?バカにしてんのか!?」 そう怒鳴られても花月の顔はどこ吹く風で、笑みを浮かべたまま答えを返してくる。 「心外ですね。そう思われるとは。」 そう言って苦笑され、二の句が継げなくなる。花月のどこまでが本気なのか、蛮には さっぱり分からなかった。 「蛮ちゃ〜ん。さっきのどういう意味?俺、全然分かんないんだけど……。」 一人完全について行けなくなっている銀次は、タレたまま口を挟んだ。が、すぐに怒 鳴られる。 「分かんなくていい!!だーもー!行くぞ、銀次!」 そう言うが早いか、蛮はドアへと歩き出していた。 「え?行くって蛮ちゃん?だってまだ何も食べてないよ?」 タイミング良く(?)、出来上がった料理が目の前に置かれた。それに後ろ髪を引か れるように、だがそれでも銀次は蛮の後を慌てて追いかけた。 「仕事探しに行くんだよ!とっとと来ねーと置いてくぞ!」 「待ってよ蛮ちゃん!」 ドアを出かけて、追いかけてくる銀次を振り返った時、じっとこちらを見ていた花月 と目が合った。 その唇が、音もなく短い言葉を形作る。 「!?」 瞬間頬を染めた蛮に、花月が微笑み返した。 「蛮ちゃんどしたの?顔赤いよ?」 すぐに追いついた銀次が、首を傾げて問いかけた。それに慌てて頭を振る。 「な、なんでもねーよ!行くぞ!」 そう怒鳴ると、笑みを浮かべたままこちらを見ている花月を一瞬睨みつけて、後はも う振り返らずに店を出て行った。 後に静寂が残る。 「……で、これを誰が食うんだ?」 溜め息混じりに呟いた波児の言葉に、花月が苦笑する。 「仕方ないですね。僕が半分食べましょう。残りはマスター、お願いしますね。」 そう言って料理を自分のほうへ引き寄せる。次いで溜め息。 「?どうかしたかい?」 「あ、いえ。なんでもありません。」 曖昧な笑みを浮かべてそう答えると、それ以上は何も言わず、ただもくもくと料理を 口に運ぶ。 『「バカにしてんのか!?」……か。』 波児に気づかれないように、花月は小さく溜め息をついた。 彼には天野 銀次という存在があるから、まずこの想いは報われないだろうと、重々 承知はしているけれど、それでも少しでも自分の気持ちに気づいて欲しくて、銀次に話 を振られたのをこれ幸いとつい言ってしまった。「バカにしている」と取られたのは失 敗だったが、それでも、言葉にしてしまったことを、後悔してはいない。 声にしなかった言葉を、彼はちゃんと理解した。さて、それで彼はどうするだろう。 全てを冗談にして、なかったことにしてしまうのか、それとも―――――? それを考えると、なんだか楽しくなってくる。 明日もここで彼が来るのを待ってみよう。自分を見て、その時彼は一体どんな顔をす るだろうか。 想像に、花月は小さく笑みを零した。 『本気ですよ。』 声にしなかった言葉は、確かにそう告げていた。 The End 花月×蛮です。とは言え、基本は銀×蛮ですけど(笑) 私のカヅっちゃんのイメージは、実はこうではないん です。もっとダークと言いましょうか(苦笑) 蛮ちゃんにとっての一番は銀次ともう決まっているの で、自分はそうなることが出来ない。ならば、蛮ちゃ んに一番憎まれる存在になろう、そう考えてしまう人 なんですね。で、起こす行動がまあ、あれなんですけ ど…(苦笑) ネタだけで話としては起こしてませんけど、書くとな ったらかなり辛いなぁ…。一度書きかけて挫折したこ とあるし。う〜ん…。 あ、作中の歌だの別称は、漫画で知りました(笑) 歌は原ちえ子さんの「千夜恋歌」、別称はわかつき めぐみさんの「言の葉遊び学」です。