DOZEN ROSE 「おまえにやるよ。アリカ。」 眼前に差し出されたバラの花束を見て、アリカは目を瞬かせた。 「なぜじゃ?」 花束を受け取ることなく、そう問いかけてきたアリカに、ナギの笑みが引き攣った。 「俺がおまえに花贈るのに、理由がいるのかよ?」 「そう言う意味ではない。妾が訊いておるのは、なぜ『DOZEN ROSE』なのかということじゃ。」 「……なんだよ、知ってたのか。」 アリカの言葉に、ナギは照れくさそうに頭を掻いた。 「あー、その、なんだ。最近そんなのがあるって知ってよ。贈りたくなったんだよ、おまえに。」 ナギは苦笑してそう言うと、バラの花束を改めてアリカに差し出した。 「アリカ、おまえにやる。受け取ってくれ。」 アリカはナギと花束を交互に見、そうして小さく首を振った。 「そのようなもの、妾に捧げずともよい。」 「あ?んだよ、そりゃ。俺からは受け取れねぇってことか?」 アリカの言葉に、ナギは眉間に皺を寄せた。不機嫌も露わに眉を顰めたナギに、アリカは再度首 を振った。 「そうではない。……ナギ。妾は嬉しかったのじゃ。」 アリカはそう言って、小さな笑みを浮かべた。 「そなたが、妾の罪も後悔も、そしてまだ残る民への責任すらも、全部一緒に背負ってくれると言 うてくれたことが、とても嬉しかったのじゃ。妾はもう、そなたから『愛情』と『幸福』、そして 『希望』は貰っておる。それで充分じゃ。これ以上は望まぬ。だから、ナギ、その花束は受け取れ ぬ。」 真っ直ぐにナギの目を見て言葉を紡ぐアリカを、ナギは黙って見ていた。しかし、更に続いた言 葉に、ナギの中で何かが切れた。 「だー!黙れ、アリカ!ごちゃごちゃ言ってねぇで受け取れ!」 そう叫ぶと、ナギはアリカに花束を押し付けた。 「ナギ!?だから受け取れぬと申して…っ!」 「うるせぇ!俺がやるってんだから、素直に受け取りゃいいんだよ!何がこれ以上は望まぬだ!俺 はおまえに『愛情』や『幸福』、『希望』だけじゃなく、『信頼』も『感謝』も『尊敬』も『情熱』 も『永遠』も、みんなやりたいんだよ!それとも、それはおまえにとって迷惑なことでしかないの か!?」 「迷惑なわけがなかろう!しかし、妾は……っ!」 尚も言い募るアリカを、ナギはバラの花束ごと抱き締めた。ナギに強く抱き締められ、アリカは 思わず押し黙った。 「俺だってなぁ、こんなもんでおまえを幸せにしてやれるなんて思ってねぇよ。『愛情』が決して 『永遠』じゃないことくらい、分かってる。それでも、俺はこれをおまえに贈りたいって思ったん だ。そんだけ俺は、おまえのこと思ってるってことなんだぜ?だからアリカ。迷惑じゃないんなら、 頼むから受け取ってくれ。」 「…………ナギ。」 ナギの言葉に、アリカは顔を俯かせた。そうしてゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐにナギを見 つめた。 「これ以上を望むのは、贅沢だと思うていた。……良いのか?妾が貰っても。」 「当ったり前だろ?ごちゃごちゃ考えてねぇで、素直に受け取れよ。アリカ。」 「……分かった。ありがとう、ナギ。」 そう言ってはにかんだ笑みを浮かべたアリカに、ナギの顔にも照れくさそうな笑みが浮かぶ。 「最初っから素直に受け取れってんだよ。全く。普通なら、感激のキスの1つや2つくれるとこだ ぜ?ったく、これだから姫さんは。」 照れ隠しからか、少々ぶっきら棒にそう言ったナギに、アリカの顔から笑みが消える。 「妾はもう姫ではない。その言い方はよせと言うたはずじゃ。」 「それならおまえも、自分のこといつまでも『妾』なんて言ってんなよ。」 「う。」 そう言い返され、アリカは瞬間言葉に詰まった。 以前にも、「普通の奴は、自分のことを『妾』なんて言わねぇ。」と、一人称を直すよう言われ たのだ。同時に、口調ももう少しなんとかしろと言われたのだが、長年使っていた言葉づかいは、 そう簡単に直るものではなかった。 一般人と比べて、自分の口調が少々時代がかっていることは分かっていた。大仰なのだろうとい うことも。 自覚があるだけに、そのことを指摘されると、アリカは黙るしかなかった。 「『妾』じゃなくて、『私』だろ?ほれ、言ってみ?」 「…私。」 「言えんじゃねぇか。」 「分かってはいるのじゃ。しかし、つい癖で…。」 アリカはそう言いながら、俯いてしまった。 それを見て、何かいい手はないかと考え始めたナギが、不意に口元を笑みの形に歪めた。 「分かった。」 「何じゃ?」 ナギの言葉に、アリカは首を傾げた。 「おまえが普通に『私』って言えるようになるまで、俺が協力してやる。」 「協力?そなたがどうやって…?」 更に首を傾げたアリカに、ナギは人の悪い笑みを浮かべた。 「おまえが『妾』って言うごとに、おまえから俺にキス1回な。」 「…………は?」 ナギの提案に、アリカの目が点になる。次いで、アリカはとても嫌そうに眉を顰めた。 「なぜそのようなことをせねばならぬ?」 「つい『妾』って言っちまうんだろ?だったらペナルティーつけりゃ、自然と言わなくなるんじゃ ね?」 ナギの言うことも一理あるかも知れないと思わないでもないが、しかし、それでそのペナルティー がなぜキスなのかが分からなかった。尤も、聞けばバカらしい答えが返ってきそうだったので、敢 えてその疑問を口にはしなかったが。 「別にそなたに協力してもらわずとも良い。」 言いながらそっぽを向いてしまったアリカに、ナギが口を尖らせる。 「なんだよ。人が折角協力してやるって言ってんのに。ああ、そうか。直す自信がないからやりた くねぇんだな。ま、それなら仕方ねぇか。」 言いながら、ナギは口元を笑みの形に歪めた。 その少々小バカにした言い方に、アリカの眉間に皺が寄る。 「そういうわけではない。分かった。それほど言うなら、やろうではないか。」 鋭い視線をナギに向け、アリカはそう言い切った。 自分の策略にまんまと嵌ったアリカに、ナギは内心ほくそ笑んだ。 「無理しなくていいぜ?アリカ。」 「無理などしておらぬ。これから妾が自分のことを妾と言ったら、そなたの言うとおりキスしよう ではないか。」 そう断言したアリカに、ナギが楽しそうな笑みを浮かべる。 「はい、2回な。」 「……は?」 笑いながら、ナギはアリカの目の前に指を2本立てた。それに、アリカが目を瞬かせる。 「今『妾』って、2回言ったぜ?アリカ。」 「…え?……あ!」 指摘され、先の言葉を振り返る。言われた通り、確かに『妾』と言っている自分に気づき、アリ カは頬を淡く染めた。 「い、いや、あれはその、確認であって、そういう意味では…。」 「姫さんともあろうものが、言い訳は見苦しくねぇ?」 「うぐ。」 そう言われれば、黙るしかない。 アリカは俯いてバラの花束を抱き締めると、意を決めたのか、鋭い視線をナギに向けた。 頬は桜色に染まっているが、色気とは程遠いどこか挑むようなキツイ視線に、ナギは思わず苦笑 した。 「分かった。しようではないか。」 潔い言葉とは裏腹に、アリカはぎくしゃくした動きでナギに歩み寄った。それに、ナギの苦笑が 深まる。 震える手をそっとナギの肩に置くと、アリカは軽く触れるだけのキスを2回繰り返した。 そのあまりにもあっさりしたキスに、ナギが不満たらたらな顔をする。 「えー?何だよ今の。あまりにあっさりしすぎじゃねぇ?」 「五月蠅い!約束どおりしたのじゃ、文句を言われる筋合いはない!」 尚もぶうぶうと文句を言うナギを、アリカは張り手で黙らせた。そうして、踵を返して部屋を出 ていってしまう。その背中を、ナギは床に倒れたまま見送った。 「そこまで照れなくたっていいじゃねぇか。」 叩かれた頬を摩りながら、ナギは口を尖らせた。が、直ぐにその口元に笑みが浮かぶ。 ああ見えて不器用なアリカが、そんなにすんなりと「私」と言えるようになるとは思えない。と なると、当分の間はアリカからキスしてもらえるということだ。そのうちの何回かは、こっちから 仕掛けたっていい。そう考えると、自然と口元に笑みが浮かぶ。 「さて、姫さんは、どんくらいで「私」って言えるようになるかね。」 酷く楽しげな笑みを浮かべ、ナギはゆっくりと立ち上がった。 THE END 「DOZEN ROSE」ナギアリカver.です。 ナギアリカはラブラブが基本(^^) アリカ様の一人称ですが、「妾」なのか「私」なのか。 ネギ君が「幻灯のサーカス」の中で見たアリカ様は、「私」だったん ですけどね。 どうなんだろう。 まぁ、いつまでも「妾」も可笑しいだろうということで、こんなオチ に(笑) しかし、この頃からペナルティーはキスなんだ(爆) 前の話まで「そなた」でなく「主」と書いてたのに、さっき気がつい た(苦笑) ま、いっか(おい)![]()