WHAT'S 久しぶりに足を向けたHONKY TONKには、常と言っても過言ではない ほどいつも居る二人の姿はなかった。 珍しいこともあるものだと、誰も居ないカウンターに腰を下ろす。 「久しぶりだね、士度くん。忙しかったのかい?」 「あ?ああ、まあ。」 マスターの声に気も漫ろに答えを返す。 久しぶりに会えるかと思っていたのだが、いないとは拍子抜けだ。 思わず小さく溜め息をつく。 「で、ご注文は?」 「コーヒー。」 ここに来て頼むのはいつもこれだ。たまには違うものも頼んでみればいいのだ ろうが、味の違いははっきり言ってよく分からない。大して変わらないなら高い ものを頼んでもしょうがないと、いつもならそう思うのだが、ふと、いつも奴が 飲んでいるのはどんな味がするのか興味をそそられた。折りしも、奴の姿はない。 なら一度試してみるのも悪くないと考える。 「あ、いや。今日はブルマンで。」 「おや、珍しいね。どーいう心境の変化だい?」 「別に。」 小さく笑みを浮かべたマスターには、理由などお見通しかもしれない。 それでもそれ以上の詮索はなく、それに思わず小さく息を吐いた。 「はい、おまちどーさん。」 目の前に差し出されたカップを手に取り口を付ける。 芳醇な味と香。いつも飲んでいるものとは微妙に違うような気もしたが、やは りよくは分からなかった。 美堂はこれが気に入りなんだよな。 ぽつりと考えて、苦笑を洩らす。 奴がいつも飲んでいるコーヒーを飲んでみただけだ。それなのに、それだけで なんだか嬉しかったりする自分に呆れてしまう。 俺もヤキが回ったな。 溜め息混じりにコーヒーを飲んでいる俺に、マスターは首を傾げたが、何も訊 いてはこなかった。 静かな時間が流れる。 会えるかと思っていた奴が居ないなら、ここに長居する意味はない。これを飲 んだら帰ろうと残りを飲み干した時、来客を告げるベルが鳴った。 「いらっしゃい。」 珍しいこともあるものだと視線を向ければ、そこには銀次と仲介屋の姿。が、 当然一緒のはずの美堂の姿がない。 「あれ?士度じゃん。久しぶりー♪」 「よう。」 俺に気付いた銀次が笑顔で声をかけてくる。それに軽くあいさつして。けれど、 続く「美堂は?」と言う問いは心の中で呟くに止めた。 店の中へ入ってきた二人の後ろに、見かけない女が立っていた。 「じゃ、ここに座ってもらって。波児さん、コーヒー3つ。」 仲介屋より10cm以上、銀次よりも少し高いくらいだから、女にしてはかな りタッパがあるほうだろう。細身の体を強調するようなワンピース。濡れたよう な紅い唇が艶かしい、超がつくほどの別嬪。その女が、俺の後ろを通り過ぎ、そ うして銀次の指示に、俺の隣に優雅な仕草で腰を下ろした。 依頼人だろうか。 仲介屋と銀次と一緒に居るのだから、それが一番妥当な考えに思えた。が、こ の場に美堂が居ないのが気にかかる。仕事なら、奴が居ないのはおかしい。 そんなことを考えながら女を見ていたら、視線に気付いたのか、不意に女がこ ちらを振り返った。そうして微笑を浮かべる。 「……っっ。」 女の微笑に、柄にもなく心臓が跳ね上がる。 らしくないと思いながらも、早まった鼓動は落ち着きそうもない。幾ら超がつ くほどの美人とは言え、女に微笑まれたくらいでこんなに動揺するとは。 動揺を隠せない俺に、女の微笑は益々艶やかに深まって。 紅い唇が微笑を湛えている。誘うように艶かしい唇だ。 そして悪戯っぽく細められた瞳。紫とも蒼ともとれる印象的な色。 魅惑的なその色が誰かに似ていると思ったのは、俺の気のせいだろうか。それ とも、だから、だろうか。 「士度。気になる?この人。」 何やら楽しげに声をかけてきた銀次に、思わず睨むような視線を向ける。が、 それに気圧されるような男ではない。女の首に腕を絡めながら、なおも楽しげに 話しかけてくる。 「美人だもんねーvね?そう思うでしょ?」 「……ああ。」 銀次の女に対する態度に多少の訝しみを覚えながらも、なぜか素直に答えが洩 れた。それに、銀次の笑みが更に深まる。 「ほら、士度も認めてるじゃん。ね?だから言ったでしょ?綺麗だってv」 そう言って笑みを浮かべる銀次に、女が苦笑した。 それに違和感を覚える。 依頼人じゃないのか?それにこの銀次の態度は一体……? 思わず首を傾げた俺に、魅惑的な唇が言葉を紡ぎ出した。 「まだ分かんねーのかよ?」 ・・・・・・は? 女の唇から零れ落ちた声に目が点になった。 ちょっと待て。今のは……。 「俺だよ、バカ猿。ったく鈍い奴だな。」 呆れたような声。よく聞き知っているこれは……。 「美堂……………?」 「そーだよ!なんで分かんねーんだ!ったく、テメーの目は節穴か!?」 憮然とした口調で言って、美堂は煙草を口に銜え火を点けた。 「じゃ、賭けは私の勝ちってことでv今回の仕事、お願いね?」 呆然としている俺を他所に、意地の悪い笑みを浮かべた仲介屋がひどく楽しそ うに声をかけてきた。 「チッ!しょーがねーな……。これもみんなテメーのせいだかんな!?バカ猿!」 「しょーがないよ、蛮ちゃん。騙されても。だって蛮ちゃん、すっごく綺麗だも んvねー?ヘブンさん。どー見ても綺麗な女の人だよね?」 「思ってた以上に似合うわよ?蛮くん。それなら大丈夫!頼んだからねv」 にこやかな二人と対照的に、美堂は仏頂面をしている。 それもそうだろう。女装が似合うと言われて喜ぶ男は(たぶん)いまい。 「……おい銀次。こりゃいったい……?」 「え?ああ、これ?今回の依頼でさ、蛮ちゃんの邪眼が必要らしいんだけど、タ ーゲットのある場所が、どーしても女の人しか入れないとこらしいんだよね。そ れで蛮ちゃんに女装してもらおうってことになったんだ。でも蛮ちゃん、嫌がっ ちゃって。」 「ったりめーだろ!?誰が好き好んですんだよ!?こんな格好!」 間髪入れずに叫んだ美堂の言葉は尤もだ。これがもし俺でも、やはり同じ反応 を返すだろう。……絶対無いとは思うが。 「で、じゃあ女装がバレなかったらやる?って話になってさ。」 「知り合いにバレないようなら大丈夫、ってことで、ちょうどここへ顔出した士 度くんに白羽の矢がたったって訳。」 「ほら、言ったとおりだったじゃない♪」と続けた仲介屋に、銀次が笑って頷 く。それに、美堂は八つ当たりよろしく銀次を殴りつけていた。 「じゃ、早速行きましょうか。お願いね?蛮くんv」 そう言って仲介屋が立ち上がったのを合図に、美堂と銀次も腰を上げる。どう やらこのまま仕事に行くらしい。 「わーったよ。くそ!覚えてろよ!バカ猿!」 「じゃーね、士度。」 美堂は俺を一睨みして、それでも優雅な足取りで、来た時同様、俺の後ろを通 り過ぎた。その美堂の後を追うように、続いて銀次が通り過ぎる。 「……おい。この手は何だ?」 腰に回った手に、美堂が銀次を睨みつける。銀次はそれに臆することなく、に っこりと笑みを浮かべた。 「え?何って、歩きにくそうだからエスコートしようと思ってv」 言った途端、銀次は美堂に殴られた。 「痛いよ、蛮ちゃん。女の人はもっとおしとやかにしなきゃ。」 「何がだ!?俺は男だ!」 再び殴られた銀次が頬を膨らませる。 「暴力反対。」 「うっせー!」 「はいはい。じゃれてないで、さっさと行ってちょうだい。」 「は〜い。」 「わーってんよ!」 「……蛮くん。お願いだから、向こうに行ったら言葉遣いには気をつけてね?」 「そうそう。蛮ちゃんは今、綺麗な女の人なんだからさv」 「…………勘弁してくれ。」 そんなやり取りも、徐々に小さくなっていく。そうして3人が出て行ったドア を、俺はただ呆然と見つめていた。 後には静寂。 不意に、マスターが押し殺したような笑いを零した。それに、そう言えば、マ スターはあれが美堂だと知っても全く動じていなかったことを思い出す。 「……マスター、もしかしなくても知って……?」 「悪いね、士度くん。お詫びにコーヒーご馳走するよ。」 言いながら笑うマスターに眉を顰める。 結局、知らぬは俺ばかりなり、だったわけだ。 仕事ね。確かに奴の邪眼はいろいろ使い勝手がいいが、しかし、女しか入れな い場所ってなどんなとこだよ。 もしかしなくても、実はからかわれただけなのかもしれないと考え、更に眉を 顰める。 そうだったとしたら、やはり面白くはない。が――――。 それでも美堂の、こんな機会さえなければ見ることもない艶やかな姿が見られ たのだから、そんなに目くじら立てて怒ることもないのかもしれないと思い直す。 そう考えて、結局は甘い自分に思わず苦笑してしまう。 「……参ったな。」 小さく零した呟きは、だが他に聞く者はいなかった。 THE END ギャグです(笑) いえ、一度やってみたいなと思っていたものですから、女装ネタ(笑) お陰さまでかなり楽しんで書けましたv しかし、これ、士度×蛮? 月海くん曰く士度×蛮でいいとのことだったので、とりあえずこちらへ。 ちなみに、この続編もちゃんと考えました(笑)いや、本当は逆なんで すが(苦笑)奪還の話があって、この話が出来たと言う、でも先に仕上 がったのは後に考えたこっちなのがいかにも私(苦笑) 本編(?)は打って変わって銀×蛮です。 …しかし、ちゃんと書くんだろうか?この続き(苦笑)