確かなものは闇の中

 下弦の欠けた月が中空に浮かんでいる。暗闇に、そこだけが仄明るい。  一向に訪れぬ眠りを諦め、窓越しにそれをぼんやりと見つめる。  何度こうして月を見たことだろう。初めて家を出た日も、こうして月を見た。 夏彦に拾われ日本に来てからも、気が向くと月を眺めたものだ。  月だけは変わらない。その姿形は移り変わっても、その存在は不変のものだ。 しかし。  隣で眠っている銀次をそっと見る。安らかな寝息を立てているその姿に、思わ ず笑みが洩れる。同時に、言い知れぬ感情が湧き上がるのを、蛮は感じていた。 それが何なのか、蛮には良く分かっていた。いや、実際には分かっていなかった のかもしれない。  ただそれが銀次に起因することだけは、確かだった。  どんよりと垂れ込めた雲に、気分まで沈んでくる。今にも降り出しそうな雲行 きだ。 「蛮ちゃん、どこ行くの?」  銀次は、無言でスバルを降りた蛮に声を掛けた。 「雨降りそうだよ?こんな中出かけたら、カゼひいちゃうよ。ねえ、蛮ちゃん。」  返事のない蛮に、慌てて追いかけようと、銀次もスバルを降りる。そこでよう やく、蛮は口を開いた。 「来んな、銀次。」 「え?蛮ちゃん?」  蛮の言葉に、思わず足が止まる。そんなことを言われるとは、思っていなかっ たからだ。いつもなんだかんだと言われはするが、それでも、こんな振り払うよ うな態度を取られることは今までなかった。  いつもと違う蛮の態度に、銀次は首を傾げた。 「蛮ちゃん?どうか、したの?何か変だよ?」 「………なんでもねー。ちっと、散歩してくる。オメーは此処に居ろ。」  銀次に背を向けたまま、抑揚のない声でそう告げる。 「……うん……いいけど……。」  銀次の返事を待たず、蛮は歩き出していた。その背中に、銀次が声を掛けた。 「蛮ちゃん!俺、ここで待ってるから!待ってるからね!」  銀次の言葉に、蛮は振り返らなかった。 「蛮ちゃん……。」  いつもの蛮であれば、振り返るか、もしくは手を上げて返事くらいするのだが、 今日はそのどちらの反応もなかった。  いつもと違う蛮の態度に、銀次の心も、この空のようにどんよりと暗くなって いた。  降り出した雨の中、蛮は一人、傘も差さずに歩いていた。  雨が体を濡らし、容赦なく体温を奪っていったが、気にも留めず歩く。こうし て雨に濡れて歩いていたい気分だったのだ。  なぜ、こんなにも不安なのだろう。銀次はいつも側に居て、自分を見つめてい るというのに。きっと、銀次は自分を裏切らない。それが分かっているのに、な ぜ。銀次の気持ちに素直に返せないからか。それとも。  もっと素直に抱き合えば、もしかしたらこの不安も拭えるかもしれない。そう も思ってみるが、かといって今更素直になどなれない。それに、浅ましい自分を 知り、銀次が離れてしまったら。  堂々巡りの考えに自嘲する。答えなど出るはずもない。  これほどまで一人の人間に溺れてしまうこの感情は、一体何なのか。 「………。」  空を見上げる。雨はまだ止みそうにない。それどころかますます激しくなって いるようだ。だが、銀次の元に帰る気にはなれなかった。 「美堂?」  不意に、聞き慣れた声に呼び止められる。振り返ると、想像に違わず、士度が 立っていた。驚いたような顔をして蛮を見ている。 「猿マワシ……。」 「こんなとこで何してる?銀次は一緒じゃねーのか?」  士度の口から出た『銀次』という言葉に、小さく反応する。蛮の反応に、士度 は眉を顰めた。 「びしょ濡れじゃねーか。ほら、傘入れ。」  士度に引き寄せられるまま、黙って傘に入る。  いつもなら、こんな風におとなしく士度の言いなりにはならない蛮が、今日に 限ってはやけに素直だ。士度の不審がますます深まる。 「いつものテメーらしくねーな。どうかしたのか?」 「………。」  蛮は何も答えない。  訳の分からない蛮の態度に、士度は溜め息をついた。  寒いのか、蛮が肩を震わせた。吐く息が白い。十一月も半ばを過ぎているのだ。 このままでは風邪を引くのは確実だろう。 「寒いのか?……どっか、入るか?」  士度としては、体を休めるという以外の意味合いを言葉に含ませていたため、 まさか蛮が承知するとは思っていなかった。だが、案に反し、蛮はその言葉に頷 いた。 「美堂……?」  蛮の反応を訝しみながらも、士度にはこの好機を見過ごすことは出来なかった。 「先にシャワー浴びたほうがいいな。美堂、ほら。」  ホテルのドアの前で立ったままの蛮に、士度はタオルを投げかけた。それを黙っ て受け取る。が、一向に動く気配はない。 「風邪引くだろ。とっとと入ってこいよ。それとも何か?俺と入りてーのか?」  返事はない。士度は今日二度目の溜め息をついた。  突っ立ったままの蛮の頬に触れる。雨で冷え切った頬は、ひどく冷たかった。 「テメーな、どんだけああして立ってやがったんだ?すっかり冷えてんじゃねー か。」  溜め息混じりにそう言い、渡したタオルを取り上げる。濡れたサングラスを外 し、乱暴に髪を拭いてやる。  ふと、蛮が顔を上げた。その顔に表情はなかったが、士度には今にも泣き出し そうに見えた。 「いつもの、テメーらしくねーな。美堂。」 「猿マワシ……。」  士度をじっと見つめたまま。蛮はゆっくりと口を開いた。髪を拭いていた士度 の手が止まる。 「まだ、俺を抱きてーか?」  無表情な唇が、残酷な言葉を零す。  蛮は士度の気持ちを知っている。知っていながら、こんな質問をするとは。  士度は眉を顰め、蛮の顎を掴んだ。 「……分かってて、ここまで来たんじゃねーのか?」 「訊いてんのは俺だ。どうなんだ?」  自分勝手な物言いに、だが、抗えないのはなぜだろう。やはり、惚れたほうの 負けということか。 「……ああ、そうだ。美堂。テメーをめちゃくちゃにしてやりてーよ。」  今にも食いつかんばかりに言い放つ。表情のなかった蛮の顔に、微かに笑みが 浮かんだ。 「してみろよ。出来るもんなら、な。」 「上等だ。」  挑発するような蛮の言葉に、士度は低く答えると、そのまま口付けようとした。 が、寸前で軽くかわされてしまう。 「おい。」 「がっつくなよ。シャワー浴びてからだ。」  冷たく言い放つと、士度を置いてさっさとバスルームに入る。  さっきまでの態度はどこへやら。気紛れな態度に、溜め息を禁じえない。  だいたい、士度の誘いに乗ってくること事態おかしなことだ。雨の中一人で歩 いていたことといい、銀次と何かあったのだろうか。  考えても答えが出るはずはなく。また、この好機を逃す気は、士度にはさらさ らなかった。 『何があったか知らねーが、美堂のほうがその気になったんだ。悪く思うなよ、 銀次。』  心の中でそう呟いて、自分も服を脱いだ。 「美堂。」  扉を開け、声をかける。気持ち良さそうにシャワーを浴びていた蛮が、眉を顰 めて士度を振り返った。 「誰が入って来いって言った?おとなしく外で待ってろよ!」  「これだから猿は……。」とぶつぶつ文句を言っている蛮の言葉には耳もくれ ず、まして言葉どおり外で待つこともしない。扉を閉めて中へ入る。そうして、 背中から蛮を抱き込んだ。 「な……!?ふざけんな猿!待ってろって言ったろ!?離せ!このケダモノが!」 「待てるかよ。」  低く囁いて、首筋に口付ける。体は正直で、士度に口付けられ、反応する。 「テメ…っはな…んっ!」  不意に自身に触れられ、体を仰け反らす。蛮の反応を楽しむように、ゆっくり と指を滑らせ、首筋に口付けを落としていく。時折、堪え切れなかった喘ぎが洩 れ、狭い浴室内に甘く響いた。  首筋を強く吸うと、白い肌に鮮やかな薔薇が浮かんだ。それが得も言われぬ艶 を醸し出す。  もう一つ刻もうとした途端、蛮に遮られる。 「…跡……付けんな…よ……っ。」 「ふん。銀次にばれるとまずいのか?」 「そんなんじゃ……ねぇ……。」  士度の問いに小さく呟く。 「だったら、構わねーよな。」 「バカ、やめ…あっいつっっ!」  憮然と答えて、乱暴に秘部に指を立てる。まだ何の準備も施していないそこは 狭く、痛みが走った。 「なに…しやが……るっさ…あうっ!」  蛮の抗議には耳も貸さず、入れた指を抜き差しさせながら、自身への愛撫も激 しくしていく。  刺激に幾らももたず、蛮は士度の手に思いを放った。  受け止めたものを舐めながら、入れていた指を抜く。 「美堂。覚悟しとけよ?めちゃくちゃにしてやる。」 「……ケッ……乱暴なだけ…だろうが……!」 「言ってろ。」  呼吸を整えながら、相変わらずの悪態をつく蛮。その態度に、士度は凶暴な笑 みを浮かべた。そうして蛮をベッドに運ぶ。  濡れた体を簡単に拭き、うつ伏せにさせ腰を上げさせる。そうして、徐に秘部 に舌を這わせ始めた。 「あっ!な……っテメ…何考えて……うく…っっ。」 「黙ってろよ。欲しくてたまらなくしてやるから。」 「ふ…ふざけ……んんっ!」  何をどう言っても、体は正直だ。士度の与える刺激に、体は敏感に反応する。 シーツを握り締めても、頭を振っても、快楽は拭えない。震える腰は、士度の手 によって辛うじてその状態を保っていた。  丹念にそこに舌を這わせ、濡らしていく。十分に濡らすと、指を一本差し入れ た。途端、体が跳ねる。先と違って十分濡らしたそこは、抵抗もなく士度の指を 受け入れていた。 「う……んっ。」  艶めいた声が洩れる。  士度は指を入れたまま、再び舌を這わせた。そうしながらゆっくりと指を蠢か す。その度に震え、跳ねる体が悩ましい。自身を入れたくなる衝動を抑え、そこ を馴らすことに専念する。  以前無理矢理抱いたことがあるため、そこが狭いことはよく分かっていた。だ から今回は、蛮がもういいと懇願するまで、挿入はしないつもりだった。  少しずつ馴れてくるそこに、士度は指を増やしていった。一本から二本へ。そ うして三本目を入れ、広げるように掻き乱す。  蛮の喘ぎは甘く、切なくとめどない。震える腰は快楽に揺れ、まるで士度を誘っ ているかのようだ。 「は……あ…っんっも……もう……っ。」 「もう……なんだ?」  蛮の言葉を聞き咎め、問いかける。そう訊いた士度の声も、微かに上ずってい た。 「美堂?もう、なんだ?言えよ。」  士度の問いかけに黙ってしまった蛮に、答えを促すように一度指を抜く。そし てもう一度、今度は三本まとめて差し込んだ。 「ああ…っっ!!」  途端、大きく仰け反る。 「ほら、これじゃ足りないんだろ?言えよ、美堂。」  入れたまま今度はあえて動かさず、蛮の耳元に囁く。囁きにすら反応しながら、 蛮はたまらずに言葉を零した。 「も…い…っ早…く…入れ……っっ。」 「テメーが望んだんだぜ……。」 耳元にそう残して、指を抜く。代わりに、蛮の望み通り、ゆっくりと自身を入れ ていった。 「あ…あぁ……っっ!」  待ち望んでいたものを受け止め、快楽に大きく背を仰け反らせ喘ぐ。 「美堂。動くぜ。」  耳元に囁く。蛮から返事はなかったが、気に留めず、腰を揺すり始める。途端、 蛮の体が快楽に跳ねた。 「は…っあう…っん……っあ…あ…っ。」  シーツを握り締め喘ぐその姿は、ひどくエロティックで扇情的だった。甘く絡 みつくそこは、士度を淫らに刺激している。  蛮の何もかもが、士度を虜にして止まない。 「あ…あ……あ…っ。」  喘ぎが徐々に浅く早くなる。絶頂が近いようだ。 「まだだ。」  小さく囁いて、蛮自身を握りイかせない。 「あく…っっ!テ…メ…何…しやが……るっっ!」 「まだイかせねー。言ったろ?めちゃくちゃにしてやるって。」 「ふざけ……っあっあぁ…っ!」  自身を押さえられたまま、腰を揺さぶられる。その刺激にたまらずに喘ぐ。が、 イきたくてもイけない状況に、神経が悲鳴を上げ始める。 「は…あうっ!も……っイかせ…ろ……っっ!」 「もう……限界か?」  意地悪く、低く笑って耳元に尋ねる。そう訊いた士度の声も、微かに上ずって いた。 「い……から…ぁ……も…あ…あぁ……っ。」  苦しげに頭を振る蛮の目から、感じすぎたためか、涙が零れている。さすがに 気の毒に思い、また、士度もそろそろ限界だったため指を離す。と同時に、思いっ きり奥へと突き刺した。 「あ…あぁっ!!」  待ち望んでいた解放に、歓喜の声を上げ仰け反る。体を震わせ思いを吐き出す と、力をなくし、そのままベッドに身を横たえた。  士度もまた、蛮に導かれ思いを吐き出した。 「美堂。」  荒い息をつき、絶頂の余韻に身を委ねている蛮を呼ぶ。が、返事はない。こち らを向くこともなく、ただ呼吸を整えることに専念している。 「ちっ…。」  小さく舌打ちして、ゆっくりと自身を抜いていく。その感触に、蛮は小さく身 じろぎした。  ぎりぎりまで抜くと、徐に蛮の腰を掴み、180度回転させる。 「あく…う…っっ!」  乱暴な仕打ちに腰が逃げをうつ。が、しっかりと押さえられ逃げられない。繋 がったまま、後背位から正常位へと移行させられる。  完全に体位を変えると、もう一度深く差し込む。そこでようやく、士度は動き を止めた。 「テ…メ……っい…加減に…しろよ………っ!」  士度を鋭く睨みつける。しかし、潤んだ瞳で睨まれてもいつもの迫力はない。 むしろ艶めいたその色は、そそっているようにすら見えた。 「良かったろ?銀次じゃしてくれねー扱いされてよ。」  不敵に笑みを浮かべる。  士度から銀次の名が出た途端、蛮の表情が変わる。が、士度はあえて何も言わ なかった。 「…うるせーよ。乱暴にされて喜ぶほど…酔狂じゃねー……。」  眉を吊り上げてそっぽを向く。 「じゃあ、どうして欲しいか言ってみな。テメーの望むように抱いてやるぜ?」 「あ?何言ってやがる。猿が。テメーになんざ、何も望んでねーよ。」 『どうせテメーは銀次じゃねーし。』  蛮は続く言葉を飲み込んだ。  顔を背けたまま他のことを考えている蛮に、士度は眉を顰めた。  もちろん、士度とてこの行為に何かを求めていた訳ではない。蛮の心がもしか したら手に入るかもしれないなどとそんな淡い期待、はなからしてもいなかった。 どういう理由で蛮がOKしたのかは知らないが、蛮が銀次から離れられる訳はな いと、よく分かっていたからだ。だが、どんな理由があるにしろ、今こうして蛮 を抱いているのは自分だ。腕の中で他の奴のことを考えているのは癪に障る。 「ムカツク野郎だな……。」 「ああ?だったら終わりにしろよ。満足したろ?俺様を抱けてよ。」  凄絶に残酷で美麗な笑みを浮かべて見せる。それはまるで、人々を堕落へと誘 う悪魔のように美しかった。 「ふざけろ……。まだ足りる訳ねーだろ。」  低く言い、蛮の顎を乱暴に掴む。そのまま口付けようとして、またしても遮ら れる。 「おい。さっきからなんのつもりだ?まさか、銀次への義理立てか?」  体を繋げているのに、今更何を銀次に義理立てる必要があるというのだろうか。  蛮の行動に、士度は眉を顰めた。 「うるせー。その気にならねーだけだ。」  そう言って顔を背けている蛮に、しかし、士度の言葉が的を射ていたことが分 かった。それがまた、癪に障る。 「なら、その気にさせてやるよ。」  低く囁いて、無理矢理唇を重ねる。とっさのことに反応が遅れた蛮に構わず、 舌を絡める。 「………つっ!」  重ねていた唇を、士度は引き剥がした。口の端に血が滲む。差し入れた士度の 舌に、蛮が歯を立てたのだ。 「テメー……。」 「言ったはずだ。気が乗らねーってな。」  表情も変えず残酷に言い放つ。  もう少し反応が遅ければ、下手をすれば舌を食い千切られていたかもしれない。 それくらい、蛮は本気で士度の舌に歯を立てたのだ。 「上等だ……。」  凶暴な笑みを浮かべ、入れたままの自身を抜き取る。そしてもう一度深く貫い た。 「う…あ、あぁ……っ!」  乱暴な仕打ちに、たまらずに声を上げる。 「い…っやめ……っあっくう……っっ。」  蛮の言葉には耳も貸さず、乱暴に抜き差しさせる。その度に、結合部から淫猥 な音が洩れ、蛮の神経を耳からも犯していった。  淫らに腰を揺さぶられ、快楽に抗えるはずもなく、程なく、蛮は再び絶頂を迎 えた。  蛮の中に思いを吐き出すと、大きく息を吐き、萎えた自身を抜き取った。それ につられるように、士度の放ったものが溢れ出す。それが蛮の内股を淫らに汚し ていった。 「く…そ……っこ…の猿……っ大概に…しやが…れ……っ!」  荒い息の下、それでも士度に悪態をつく。こういう所は蛮らしい。 「うれしそうに喘いでたじゃねーか。良かったんなら素直にそう言えよ。」 「バ…っ調子に乗ってんな!」  士度の言葉に赤くなる。悪態はついても刺激には弱い蛮だ。図星だったらしい。  蛮の反応に、士度は笑みを深めた。 「テメー……何笑ってやがる。」  不敵に笑う士度に、蛮の表情が険しくなる。 「どけ!遊びはもう終わりだ!」  きっぱりと言い放つと、士度を押し退け、ベッドから降りようとする。が、士 度に腕を捕まれ、引き戻された。 「離せ猿!もう終わりだって言ったろうが!」 「勝手に終わらせんなよ。俺はまだ、満足したとは言ってねーぜ?」 「ふざけんな、このケダモノがっ!はな…あっ!」  暴れる蛮を簡単に押さえつけ、秘部に指を立てる。そのままくちゅくちゅと音 を立てて刺激してやると、抵抗も出来ず、蛮は快楽に体を震わせた。 「あ……く…ち…くしょ……っ。」  振り払っても振り払っても湧き上がる快楽の波に、蛮は抗う術を持っていなかっ た。刺激に簡単に陥落してしまう自分を恥じながらも、どうすることも出来ない。 ただ与えられる刺激に身を震わせ、喘ぐしかない。それがまた士度をそそって止 まないことに、蛮は気づいていなかった。 「美堂。」  返事がないのは分かっている。だが、士度は思わず蛮の名を呼んだ。  予想に違わず、蛮からは何も答えは返ってこなかった。  秘部を犯していた指を抜き、仰向けの状態で足を大きく開かせる。羞恥に逃げ を打つ腰を押さえつけ、内股に舌を這わせた。 「あ………っ。」  途端、切なげな声が洩れる。さっきとは打って変わって、その行為は優しかっ た。  丹念に舌を這わせながら、時折強く吸い、跡を刻んでいく。 「……っ!跡…つけん……な……っ。」 「テメーの命令にゃ従わねー。好きにさせてもらう。」 「ふ…ざけ……っあっん……っ。」  嫌がる蛮の太股に、一つ二つと印を刻んでいく。  銀次のことなど知ったことではない。それは蛮と銀次の問題であって、自分に は関係ない。今抱いているのはこの俺だ。  口には出さない想いを込めて、赤く印を刻んでいく。その度に、蛮の体は切な げに跳ねた。 「く…そ……っこの…猿……っ!」 「猿じゃねー。士度だ。」  身を躍らせながらも悪態をつく蛮に、顔を上げる。そうして、言い聞かせるよ うに耳元に囁いた。 「あ……?何…言って……?」  突然の士度の言葉に、蛮は眉を顰めた。今まで、そんな風に士度に言われたこ とはなかったからだ。 「……テメーなん…ざ…猿で十分…だ……っ。」 「猿じゃねーって言ってんだろ。士度だ。呼んでみろよ。」  耳元に囁きながら、指を滑らせる。その刺激に体を震わせながら、蛮は士度の 言葉を否定した。 「だ…れが……!とぼけたこと…言ってんじゃ……んっ!」 「銀次のことは名前で呼んでんだろ?呼んでみろよ。ほら、美堂?」  言いながら、指を秘部に滑らせる。濡れたそこにそのまま差し込むと、士度の 腕の中でしなやかに体が跳ねた。 「あっ!テ…メーは……銀次じゃ…ね……っ。」  蛮の一言に、士度の表情が険しくなる。  分かっていたことだが、しかしこうも強硬に抗われると、さすがに頭にくる。 怒りに任せ、指の代わりに自身を乱暴に突き立てた。 「あ…あぁ……っ!!」  大きく仰け反る。  逃げを打つ腰を深く抱き、激しく揺さぶる。そのまま激しく攻め立て、思いを 解き放った。  入れたまま抜かず、蛮の体を抱き起こし、前座位に移行する。  この状態では自身の体重が仇となり、逃げたくとも逃げられない。しっかりと 腰を抱え込み、蛮を見つめた。 「い……加減……はな…せ……っ!」  荒い呼吸を繰り返しながらも、逃れようと足掻く。が、既に力の入らなくなっ てしまった蛮には、どうすることも出来なかった。 「おい……猿マワ……んっ!」  不意に胸の蕾を含まれる。刺激に、たまらず体を仰け反らす。それが、蛮の中 に差し込まれたままの士度を意識させ、さらに感じてしまう。刺激に反応するこ とがさらなる刺激を生み、蛮は動くこともままならなくなってしまった。が、士 度はそんなことはお構いなく、蛮の体を愛撫していく。口付け、舌を這わせ、時 折印を刻みながら刺激していく。 「あ……っやめ…っんっ!あ…は…あ……っ!」  士度の上で身を躍らせ快楽に喘ぐ蛮は、淫らでこの上なく美しかった。 「蛮……。」  名前で呼んでみる。それに蛮は小さく反応した。 「あ…ん…っぎ……銀…次……っ。」 「……!」  甘く士度の首に縋りつく蛮の口から、今一番聞きたくない人物の名が洩れた。 たぶん、無意識に、だろう。だが。 「あうっ!」  乱暴に髪を掴み、こちらを向かせる。 「俺は銀次じゃねー!俺の腕の中で、奴の名を呼ぶな!」 「な…に……言って……?」  士度の言葉に、蛮は眉を顰めた。  自分が今何を言ったか、分かっていないようだ。それが余計に士度の神経を逆 撫でする。 「身代わりか?俺は。ふざけんな!」  吐き捨てるように言うと、乱暴に腰を揺すり始めた。 「ひ………っ!やめ…うっあ…あっっ!」  乱暴な行為に、しかし蛮が刺激に逆らえるはずがない。程なく絶頂を迎え、力 なく士度に凭れ掛かった。  士度は蛮の中に放つと、乱暴に体を離し、引き抜いた。そして体をうつ伏せに させ、再度突き刺した。 「あぁ…っっ!!」  シーツを握り締め、刺激に喘ぐ。  士度は凶暴なそれを、何度も何度も突き刺した。その度に淫猥な音が洩れる。 「あうっ!やめ…っも……っひっあ、あっ!」  激しく突き刺され、たまらずに思いを吐き出す。それでもまだ足りないとばか りに、士度は蛮を攻め立てた。  既に神経は悲鳴を上げ、それでも体は反応してしまう。何度思いを吐き出し、 何度その身に士度の欲を受け入れただろう。声は掠れ、体も悲鳴を上げ始めた。 そこでようやく、蛮は士度から解放された。  大きく息を吐き、蛮の中へ放つと、ゆっくりと自身を抜き取る。途端、白濁し たものが溢れ出す。その量に、行為の激しさが窺い知れた。 「……美堂?」  名前を呼んでみる。が、返事はない。激情に任せ、あまりに激しく攻め立てて しまったため、さすがに大丈夫かと不安になる。もしかして意識を失っているの かもしれないと思い、頬に触れようと手を伸ばした。しかし触れる寸前、その手 を払われた。 「なんだ。気ぃ失ってんのかと思ったぜ。」 「……………。」  蛮は無言で、しばらく体を横たえていた。 「おい、大丈夫か?」  ぴくりとも動かない蛮に、思わず声を掛ける。が、相変わらず返事はない。 「おい……。」  もう一度呼び掛けた時、蛮がよろよろと体を起こした。  ふらつく体を何とか動かし、ベッドから降りる。そのままバスルームに向かい 歩きかけて、体が崩れ落ちる。それを、士度が慌てて支えた。 「おい。歩けねーんだからおとなしくしてろよ。」  蛮の体を支え、ベッドに戻ろうとする。その時、蛮が口を開いた。 「……シャワー……。」 「あ?」 「……シャワー浴びて…帰る……。」 「……美堂……。」  表情のない目で呟く蛮に、士度は言葉をなくした。  士度の手を振り払い、バスルームに向かおうとする蛮を、士度は抱き上げた。 「離せ……っ。」  抱き上げた途端、蛮は弱々しく抵抗した。 「自分じゃ歩けねーだろうが。連れてってやるから、おとなしくしてろ。」  言い聞かせるように告げると、そのままバスルームに移動する。椅子に座らせ てやり、シャワーのコックを捻ってお湯を出してやった。  温かいそのシャワーを浴びているうちに、ようやく人心地ついてくる。生き返 るような感覚に、蛮は溜め息を零した。心許無かった体も、ようやく元に戻って きていた。  全身を洗い清め、深く息をつくと、シャワーを止めた。もう一度、大きく息を 吐き出す。 「……大丈夫か?」  戸口に立ったままそれらを黙って見ていた士度が、蛮に声を掛けた。 「………。」  答えの代わりに、蛮は士度を鋭い目で見つめた。  無言のまま、よろよろと立ち上がる。今度はなんとか自力で立っていられそう だ。それを確認すると、安心したように息を吐いた。 「どけ……。」  短く言い放つと、士度の横をすり抜けバスルームを出る。  変わらず動きは緩慢だったが、先よりはずっとましなようだ。何とか自分の力 で立ち、衣服を身に着け始める。  濡れたそれを着るのは気持ちが悪かったが、文句は言っていられない。何とか 身支度を整えると、そのまま黙って部屋を出ようとする。 「おい。ちょっと待て。」  士度に腕を捕まれ、呼び止められる。 「………離せ。」 「その状態で一人で帰れんのかよ。送ってやるから、ちょっと待ってろ。」  ふらつく蛮を心配しての言葉だったが、蛮はあっさりとその申し出を断った。 「いらねーよ……。一人で帰れる……。」 「お、おい!美堂!」  士度を振り払うと、後は振り返りもせず、覚束無い足取りで蛮は部屋を出ていっ た。 「ちっ。なんだってんだ、一体。」  蛮の出ていったドアを、士度はしばらく見つめていた。  外に出てみると、あれだけ降っていた雨は既に止んでいた。今は雲も晴れ、夜 空に星が浮かんでいる。 「ずいぶん時間……経っちまったな……。」  時計を見ると、既に十時を回っていた。銀次の元を出たのが五時頃だったから、 かれこれ五時間以上は経っている。  今頃銀次はどうしているだろう。スバルで黙って、自分の帰りを待っているの だろうか。それとも。 『訳の分かんねー感情に振り回されて、柄にもなく、猿マワシなんかにいいよう に抱かせてやって……。何やってんだ?俺は……。』  自己嫌悪に溜め息を禁じえない。  吸おうと手に取った煙草は、雨に濡れ、湿気ってしまっていた。 「ちっ。」  小さく舌打ちする。 『こういうのを、「裏切り」って言うんだろうな。』  溜め息混じりに空を見上げる。  ネオンにかき消され、その殆どが見えなくなってしまっている星を、蛮はまる で自分のようだと自嘲した。 『まったく。本心隠して見せねーで、こんなんなってりゃ世話ねーな。』 「蛮ちゃん!」  不意に、耳慣れた声がした。まさかと思いつつも振り返る。 「銀……次………。」  そこには、満面の笑顔で駆けてくる銀次の姿があった。 「蛮ちゃん!」  もう一度名を呼んで、嬉しそうに銀次は蛮に抱きついた。が、蛮は銀次を支え 切れず、思わずその場に倒れ込んだ。 「あ、ごめん、蛮ちゃん!大丈夫!?」 「ん……ああ……。でも、なんで……?」  驚いたような顔をしている蛮を起こしてやりながら、銀次は笑顔で答えた。 「雨降ってきちゃったし、蛮ちゃんが心配で、捜してたんだ。見つかって良かっ たv」  その言葉に、見ると銀次の体も濡れている。雨の中、傘も差さずに蛮を捜して いたのだろう。 「……バ…カ……スバルに居ろって、言っただろ……?」 「うん。でも、雨の中、蛮ちゃんが泣いてるんじゃないかって、そう思ったら、 居ても立ってもいられなくなっちゃって。」 「俺が……?」 「だって、出かける時の蛮ちゃん、なんか苦しそうでさ。心配してたんだ。でも 良かったvちゃんと俺のとこへ帰ってきてくれてv」  嬉しそうに蛮を抱き締める銀次に、言葉が出ない。銀次が自分を捜し回ってく れている間、士度に抱かれていたのだ。そう思うと、なんと答えて良いのか分か らなかった。 「でも、やっぱ蛮ちゃん、濡れちゃってるね。HONKY TONK行って、服 乾かしてもらおうよ。このままじゃ蛮ちゃん、カゼ引いちゃうよ。ね?」  自分もずぶ濡れだというのに、人の心配をする銀次に、泣きたくなってくる。  それを銀次に悟られたくなくて、蛮は銀次の胸に顔を埋めた。 「ば、蛮ちゃん?」 「銀次……。」  背中に回された蛮の手に、銀次も強く蛮を抱き締めた。銀次には分からない、 なんだか得体の知れない思いから、少しでも蛮を守れるようにと思いを込めて。 「大丈夫だよ。二人一緒なら、きっと大丈夫。俺は絶対、蛮ちゃんの側を離れな いから。」  安心させるように囁かれた言葉に、蛮は銀次に強くしがみついた。銀次も蛮を 強く抱き締める。  銀次の、この確信にも似た思いは一体どこからくるのだろう。そして、こうし て触れているだけで温かくなるこの思いは、一体。 「銀次…。一度しか言わねーから…よく…聞いとけよ……。」 「え?う、うん!」  ぽつりと呟かれた言葉に、銀次は神妙な面持ちで蛮の次の言葉を待った。 「ずっと……側に居てくれ……。」 「…………っ!」  微かな願いを、けれど銀次はしっかりとその耳に刻んだ。  普段であれば決して聞くことのない蛮の気持ち。銀次にとっては何よりも掛け 替えのない蛮からの、唯一の願い。 「うん。ずっと、蛮ちゃんの側に居るよ。何があっても。」 「………ああ……。」  更に強く抱き締め、そう、固く誓う。そして、まるで誓いの口付けのように、 銀次は蛮に優しく口付けた。  蛮はそれを、静かに受け止めていた。 THE END コンセプトは「一度きりの浮気」でした(苦笑) けれど、なんでそんなのを書こうと思ったのか、もうよく覚えてません(笑) いや、これも1年以上前に書いたものなので。しかも、日中書いてました (苦笑)それは良く覚えてます。 こんなん、昼間に良く書いてたな・・・(笑) Hって、我に返ると書けなくなるんですよね。だから大抵夜書く。でもって ハイになってる時に書くと、後悔できるものが出来上がってると(苦笑) そんなものの一つですね、これは(^^;)