KISS YOU 「だから!俺が蛮ちゃんが雨流とキスしたのにショック受けて、何が 可笑しいんだよ!」 「だ・か・ら!あれは儀式だって、テメー何度言わせやがる!?」 久しぶりに足を向けたHONKY TONK。扉を開けた途端耳に飛び込んで きたのは、そんな二人のやり取りだった。 『美堂が雨流とキス……?って……誰だ?雨流って。』 あまりにも衝撃的な言葉に、思わず戸口に佇んでしまう。それに気 付いたマスターが、声をかけてきた。 「お、いらっしゃい。いつものでいいのかな?」 マスターの声に、美堂と銀次の二人も俺に視線を向けた。 小さく笑みを浮かべて手を振る銀次と対照的に、美堂は眉間に皺を 寄せ、露骨に嫌そうな顔をしている。相当機嫌が悪いようだ。 「ああ……。」 マスターの言葉にぼそりと返事をして、二人が注目する中、俺は意 を決してカウンター席へと腰を下ろした。 俺の2つ隣では、美堂がイライラと煙草を吸っている。その向こう に銀次。他に客の姿はない。 「ねぇ、聞いてよ士度!蛮ちゃんってばね……!」 「うっせーぞ!銀次!!」 身を乗り出して言いかけた銀次を、しかし美堂が拳骨と言うオマケ つきで遮った。 「殴ることないじゃん!」 「しつけーんだよ!テメーは!ちげーって何度言わせる気だよ!? え?!」 「だって事実じゃん!蛮ちゃんが雨流とキス……っ!」 「しつけー!!」 再び殴られた銀次は、勢い余って椅子から転がり落ちた。 「いって〜〜っっ!」 「ちったー頭冷やせ!」 床に座り込んで頭を摩る銀次に、美堂は視線もくれずにそう言い放っ た。 一連のやり取り(いや、厳密に言うと美堂を)を呆然と見ていた俺 の視線がうざかったのか、眉間に皺を寄せたまま、美堂は視線だけを 俺に寄こした。 「……なんだよ?」 「……儀式……ってな、なんだ?」 思わず口をついて出た問いに、美堂が更に眉間に皺を寄せる。 「ああ?テメーにゃ関係ねぇよ。」 「雨流とキスって、銀次が言ってたが……。」 地雷を踏んでしまったのか、美堂は立ち上がったかと思うと、目の 前に置いてあったグラスを手に取り、中の水を俺に向かってぶちまけ た。 「うるせー!テメーになんざ説明する義理はねぇ!テメーもだ!銀次! これで頭冷やしやがれ!!」 ついで、かどうか分からないが、銀次にもグラスの水をかけると、 そのままドアへと歩き出す美堂。 「蛮ちゃん!?どこ行くの!?」 「どこでもいーだろ!ついてくんなよ!」 殺気すら伴ってそう言い放つと、美堂は乱暴に扉を開けて出て行っ た。 「ええ〜〜っ蛮ちゃ〜〜んっ!」 情けない声を上げる銀次を無視し、俺も美堂に続いて店を出る。 「ついてくるな」と言われたのは銀次だ。俺には関係ない。それに、 ともかく話を聞かなければ。何も分からないまま有耶無耶にはしたく ない。まして、美堂が俺以外の誰かとキスしたと聞いては尚更だ。 「士度!?ついてくと蛮ちゃんに怒られるよ!」 そんな銀次の声には耳も貸さず、俺は先を行く美堂の後を追った。 「………んでついてくんだよ……っ。」 路地裏に連れ込んだ美堂が、上目遣いで俺を睨んでいる。 後ろには壁、前には俺、左右は俺の腕と言う状況に、額に怒りマー クがくっきり浮かんでいる。眉間には当然皺。 ……それでも綺麗なことは綺麗だよな。 そう思うあたり、完全にイカれてる。 「ついてくんなって言ったはずだぞ?」 「俺は言われてない。」 「言った!」 「銀次にかと思ったんだよ。俺に向かっては言ってないだろ?」 「…………っ。」 聞き返せば、唇を噛み締めて押し黙ってしまった。 「……さっきの話だが…。」 「説明することなんてない!」 即座にそう返される。 取り付く島もありゃしない。 思わず溜め息が洩れる。が、気を取り直すと、そっぽを向いている 美堂の耳に囁きかけた。 「雨流って奴とのキスがどうこうって銀次が言ってたが、そりゃ同意 の上か?」 「キスじゃねぇ!ありゃ儀式で仕方なく……っっ!」 反射的に顔を上げた美堂と目が合う。 紫紺の瞳が微かに揺れている。訴えかけるようなその色に、目が離 せない。 先に視線を逸らしたのは美堂だった。 「……テメーにゃ関係ねぇ……。」 顔を背け俯く美堂。洩らした声も、どこか辛そうだ。 そんな美堂の姿に、幾許かの罪悪感が頭を擡げる。 しかし、俺以外の奴とキスをしたなんて話を他の奴から聞かされた 挙句、当の美堂から理由も、まして弁明も聞かされず仕舞いでは納得 できない。幾ら美堂を信じてるとは言え、だ。 「関係なくないだろう?どういうことか説明してくれ!……でなきゃ、 信じらんなくなるだろうが!おまえのことを!」 「――――― っっ。」 俺の言葉に美堂の肩が震える。 唇を噛み締めた美堂が、暫くの後、俯いたままぽつりぽつりと話し 始めた。 「……雨流って奴を生き返らせんのに必要だったんだよ……。」 「キスが?」 「……儀式で、口移しで俺の血をそいつに飲ませなきゃなんなくて……。」 「それで儀式だって拘ってたんだな。」 「俺だってやりたかったわけじゃねぇよ。でも、俺の、俺なんかの血 で助かるんなら、いいかなって……。」 なるほど。理由は良く分かった。が、その瞬間、俺のことは考えな かったんだろうか?俺がそれを知ってどう思うか。何も、美堂は考え なかったんだろうか? 「そん時、俺のことは考えなかったのかよ?」 「考えたに決まってんだろ!」 瞬間、美堂が顔を上げる。 今にも泣きそうな顔。 自分の不注意な発言が美堂を追い詰めていることに、俺はようやく 気がついた。 「美堂……。」 「……けど、だって、仕方ねぇじゃん。俺にしかできねぇんだからよ。 その場にオメーはいなかったし、だからこれは儀式だから、裏切って ねぇって言い聞かせて……なのに……。」 「…悪かった、美堂。もういい。」 俯いて唇を噛み締めた美堂を抱き締める。 抱き締めた体が小さく震えていた。 「なんで聞いちまうんだよ……?よりにもよって一番知られたくない オメーが…っ。」 「だから悪かった。つまんねー嫉妬からおまえを傷つけた。すまない、 美堂。」 更に強く抱き締めれば、腕の中、美堂が力を抜くのが分かる。 俺に凭れかかった美堂が、ぽつりと呟いた。 「亡くしたく、ないだろ?あいつは俺には関係ない奴だったけど、絃 巻きの仲間だし、だから銀次の仲間で、オメーの仲間なんだからよ… …亡くしたく、ないじゃねぇか……。」 花月の仲間と言われ、ようやく雨流のことを思い出す。 確か花月のグループにいた奴だ。VOLTS結成時には行方をくらませ、 それ以後、会ったことはない。言われるまで思い出しもしない、一度 やりあった、俺にとってはそれだけの存在だ。 それでも花月の仲間だから俺にとっても仲間だろうと、だから亡く したくないと、腕の中の誰よりも何よりも綺麗な存在はそう告げる。 そう言われてしまえば、俺に何を返せるだろう?まるで自分がダダ をこねている子供みたいではないか。 自己嫌悪に、思わず溜め息が洩れる。 「……なんだよ?」 俺の溜め息を聞きとがめて、美堂が顔を上げた。 「……いや、なんでもねぇ。ああ、そうだな。ありがとよ。奴を、雨 流を救ってくれて。」 「……別に。礼が言われたくてしたわけじゃねぇよ。」 素直に礼を言えば、薄く頬を染めた美堂がそっぽを向く。 照れてるようだ。こういうところも可愛いと思うのだから、本当に してやられている。 しかし、やはり俺としては面白くない。 理由は分かった。美堂だって別に、望んでそうしたわけじゃないこ とも。だが面白くない。とても。 それはそうだろう。自分の恋人が、例え人助けとは言えキスをして 平気でいられるわけがない。まして美堂なら尚更。それでなくても美 堂を狙ってる奴は星の数ほどいるのに、それで平気なわけがない!し かも美堂からのキスなんて、俺でさえしてもらったことねぇんだぞ!? そう考えると不公平だよな。なら俺にも、美堂からキスしてもらう 権利はあるよな?いや、絶対ある! そう思い至り、美堂の顎に手をかける。そうして俺のほうを向かせ た。 「な、なんだよ?」 俺の不穏な気を感じてか、美堂の瞳にほんの少しばかりの怯えが 入った。 「儀式なら、いいんだよな?」 「……あ?」 「なら、俺にもキスしてみろよ?」 「はあ?何言って……。」 「俺のことを想ってるって、示してみろよ。」 「バ、バカ言ってんじゃねぇよ!第一なんでそれが儀式なんだよ!?」 「儀式だろ?愛を確かめ合う、よ。」 「〜〜〜〜っっ!?」 美堂は耳まで真っ赤になって、それでもなんとか俺から逃れようと 顔を背けようとする。が、俺の手に阻まれて動くこともままならない。 せめてと視線を外すのを、追いかける。 「雨流にゃできて、俺にはできねぇ?」 「そ…いう問題じゃ……っ!」 「そうだろ?おまえからキスしてもらったことなんて、俺はただの一 度もねぇ。いつもするのは俺のほうだよな?なあ?美堂。」 「し、しなくたって、んなこと、分かってんだろ!?」 俺の視線に耐え切れず、目を閉じてやり過ごそうとする。 「おい美堂。そりゃ卑怯だろ?目、開けろよ。」 「俺の勝手だろ!」 「……どうしてもダメか?なぁ……蛮。」 耳元に囁きかける。途端、腕の中の細い体が大きく震えた。 僅かの後、美堂が緩々と目を開けた。現れた紫紺の瞳は、微かに潤 んでいた。 「……テメーのほうが卑怯じゃねぇか……。」 「何が?」 笑みを浮かべて聞き返せば、美堂の顔が更に赤くなる。それに、俺 の笑みは益々深まった。 「……目、閉じろよ。」 諦めたように小さく溜め息をついた美堂が、小さく呟いた。 言われるまま目を閉じる。 「今回だけだからな?」 怒ったように告げられ、次いで唇に柔らかな感触が降りてくる。が、 それは味わう間もなくすぐに離れてしまった。 「……随分あっさりしてんだな、おまえの俺への愛情は。」 「う、うるせー!してやっただけありがたいと思え!」 苦笑して感想を述べれば、頬を真っ赤にして怒鳴る蛮。 そんな照れ屋なところも可愛いのだが、もう少し積極的になってく れてもいいのではと思う。 「はいはい。じゃ、お返ししてやるよ。」 「え?あ……んっっ!」 驚いている美堂の唇に自分のそれを重ねた。 慌ててもがく美堂を強く抱き締めて逃さない。 美堂のしたのとは対照的に、想いを知らしめるかのような激しい口 付けを送る。まるで貪るような激しさで口付けを交わし、そうして互 いの唇が離れる頃には、美堂の体からは完全に力が抜けていた。 「は…ぁ……っ。」 俺に支えられるようにして、ようやっとのことで立っている美堂。 上気した頬と、溜め息のように零れ落ちる吐息が俺の雄を誘う。 「まだ、足りねぇな。」 「………?」 潤んだ瞳が俺を見つめる。それに、完全に止めをさされたと自覚し た。 「美堂。これから俺のおまえへの想いの深さってのを教えてやる。イ ヤっていうほど、な。」 そう言って笑みを浮かべた俺に、言わんとしていることを察した美 堂が真っ赤になる。 「な!?冗談!」 「本気だ。」 「ちょ、待て!俺は……って、おいっっ!!」 そのまま通りへ連れて行こうとする俺を、美堂が必死になって押し 留めようとする。が、体格差に、ずるずると引き摺られていく。 「待てってば!猿まわしっっ!」 「ここのほうがいいのか?」 「☆★□△!?」 途端首まで真っ赤になった美堂に、にやりと笑いかける。 「俺は別にどっちでも。美堂の好きなほうでいいぜ?」 そう言われた美堂がどっちを選んだか、なんて言わなくても分かる と言うものだろう。 そうして俺の想いの深さを思い知った美堂は、翌日、当然のことな がら足腰立たない状態になっていた。ついでに付け加えるならば、 「ご休憩」どころか「ご宿泊」になったのは、ま、言うまでもないか。 THE END XEN次郎様に捧げたSSでございます。 捧げてから、かれこれ一年は経っているかと。いや、 もっとか? このSSのラスト数行の部分を書き上げたので、そ ちらをUPするために、こちらもUPしました。 個人的には、この話は気に入っています(^^) 両思いな二人(笑) あ、ちなみに、ラスト数行に当たる部分は18禁な ので、当然ながら、蔵にあります。 とはいえ、めっちゃヌルイものですが(苦笑)