my will






			「ネギ君。初詣に行かないかい?」

		 	 そうタカミチに誘われて訪れたのは、龍宮神社。麻帆良祭の時に、まほら武道会が行われた場所だ。

		 	 あの時にもすごい人だったが、今日も、参拝客やそれを目当てに立ち並ぶお店と、大勢の人で賑わっている。

			「あれから半年経ったんだね。いろいろあったから、もっと経ってるような気がするよ。」

		 	 当時と、そして、その後に起こった出来事を思い出したのか、ネギが苦笑してそう言えば、しかし、タカミチは何も言わず、
			ただ小さく笑っただけだった。

			「でも、すごい人だね。」

			「ああ、学園の関係者以外の人もここに来るからね。それを目当てにかなりの数の店も並ぶし、この時季は、毎年こんな感じ
			だよ。」

			「へぇ。」

			 両端にずらりと並ぶお店では、焼きそばやたこ焼きといった食べ物はもちろんのこと、お正月の飾りなども売っている。

			 夏の縁日とは、似ているようでやっぱり違うんだな、と周りを見ているネギの手を、タカミチが握り締めた。

			「迷子にならないよう、手を繋いで行こうか。」

			「え?あ、うん。」

			 確かに参拝客はとても多くて、一度逸れたらそれっきりになってしまいそうな程混んでいる。携帯を持っているとはいえ、
			この人混みで逸れたら、合流するのは大変だろうということは容易に理解できたので、ネギは小さく頷いて、タカミチの手を
			握り返した。

			「ネギ君の手は温かいね。」

			「え?そう?タカミチの手も温かいと思うけど。だって、こうして手を繋いでると、温かいよ。」

			 にこりと笑うネギに、タカミチも笑みを浮かべる。

			 触れているのは手だけだが、互いの体温が心地いいと、言葉には出さないが、二人ともが感じていた。

			「何か食べるかい?」

			 立ち並ぶ店に目を向け、タカミチがそう声をかける。それにネギは少し悩んで、

			「たこ焼きが食べたい。」

			 と答えた。

			「了解。じゃ、買いに行こうか。」

			「うん♪」

			 神殿へと向かう人の波から外れて、たこ焼きを売っている店へと向かう。

			「美味しい♪」

			 満足そうに笑みを浮かべるネギに、タカミチの顔にも笑みが浮かぶ。

			「タカミチは?たこ焼き。食べないの?」

			「そうだな。1つもらおうか。食べさせてくれるかい?」

			「え?」

			 少しだけ人の悪い笑みを浮かべるタカミチに、言わんとしていることを理解したネギが頬を赤らめる。

			「え、えと…は、はい。」

			 照れながらも、一つを串に刺して差し出す。それを、タカミチは身を屈めて口で受け取った。

			「うん、美味しい。」

			 そう言って笑うタカミチに、照れながらも、ネギも笑い返す。

			 もう一つ串に刺して、それを今度は自分の口へと運ぶネギ。もう少しで口の中へ、というところで、急に手を掴まれ、タカ
			ミチに掠め取られた。

			「え…タ、タカミチ…っ!?」

			 驚いてタカミチを見るネギの頬は真っ赤になっている。

			 口に入れる寸前だったため、本当に微かに、ではあったが、タカミチの唇がネギの唇に触れたのだ。

			 頬を赤くして口をぱくぱくしているネギに、タカミチが人の悪い笑みを浮かべる。

			「御馳走様。美味しかったよ♪ネギ君。」

			「………っっっ///」

			 その言葉に、耳まで赤くなってしまったネギに、タカミチがくつくつと笑う。

			「…タカミチのバカぁ……。」

			「ごめん、ごめん。さ、行こうか。」

			 ようやく笑いを納めたタカミチが、ネギに手を差し出す。それに、ネギは頬を膨らませながらも、自分の手を重ねた。そう
			して、再び手を繋いで歩きだす。

			「ネギ君は、神社で参拝するのは初めてだったね。参拝の仕方は分かるかい?」

			 そろそろ鳥居に差し掛かる、というところで、タカミチがそう問いかけてきた。

			「うん。インターネットで調べたら、「参拝の仕方」っていうのがあったから、それを読んできたよ。えっと、まず鳥居をく
			ぐる前に礼をして、それから手と口を清める。それから神殿に向かうんだけど、参道の中央は神様が通る場所だから人は歩い
			ちゃいけないって書いてあった。それで神殿についたら鈴を鳴らすでしょ。それからお賽銭を入れて、2回深く礼をする。で、
			2回柏手を打って、両手を合わせて、揃えてからお祈りして、1回深く礼をする。最後に鳥居を出たところで礼をする、だよ
			ね?」

			「よく調べたね。そう。それで概ね合っているよ。一か所を除いてね。」

			「え?」

			「参拝は「お祓い」だから、「お願い」をしてはいけないんだ。」

			「「お祓い」?」

			「そう。心の穢れを落とし、気持ちを新たに頑張りますと誓うのが、正しい「参拝」の考え方。だから欲の象徴であるお金に
			穢れをつけ、捨てるために賽銭をするんだよ。成功を自分だけの力と驕らず、常に感謝の気持ちを忘れないために、参拝はす
			るんだ。」

			「お願い事をしちゃいけないの?」

			「基本は「お祓い」だからね。実利的なお願いはせず、今健康であることに感謝し、それを神様に伝えるのが本来。決してし
			てはいけないわけではないけれど、「願い事」が叶うかどうかは「努力」次第だからね。努力もなしに願いが叶うはずがない。
			なんて、ネギ君には言わなくても分かっているだろうけどね。その気持ちを忘れなければ、「願い事」を神様に報告してみる
			のはいいんじゃないかな。」

			 そう言って、タカミチが小さく笑う。

			 タカミチの言葉を真剣に聞いていたネギは、何かを考え込むように俯いてしまった。

			「「お願い事」があるのかい?ネギ君。」

			「え?あ、うん。お願いっていうか、なったらいいなって思ってることはあるよ。」

			「ほう。どんなことだい?」

			「どんなって……。」

			 興味津々とばかりに訊いてくるタカミチに、ネギはつい答えそうになってしまった。しかし、慌てて口を噤むと、ふるふる
			と頭を横に振った。

			「ダメだよ。神様が僕のお願いを聞いてくれるか分からないけど、口にしたら叶わないって、アスナさんが言ってたもん。だ
			から、タカミチにも内緒!」

			「そうか、内緒か、残念だな。」

			 そう言って苦笑するタカミチ。

			「「お願い事」があるなら、ダメもとで神様に伝えてみたらどうだい?ここは縁結びの神社だから、場合によっては叶うかも
			しれないしね。」

			「本当?!」

			「僕が神様というわけではないから、保障はできないけれどね。試してみる価値はあると思うよ。それに努力が加われば、叶
			う確率はぐっと高くなるだろうしね。」

			「…うん。そうだね。僕、お願いしてみるよ。」

			 小さく笑うネギに、タカミチも笑みを返す。

			 努力することによって叶う願いなら、いくらでも努力する。けれど、努力しても叶わない願いだったら?それでも神様は、
			努力をしたことを認めて、願いを叶えてくれるのだろうか。それとも、努力が足りないと、叶えてくれないのだろうか。今の
			自分では、どんなに努力をしても決して及ばないであろうことを願っている自覚はあったから、ネギはタカミチに気付かれぬ
			よう、小さく溜息をついた。

			 そうしてふと向けた視線の先に、たくさんの人が神殿に向かって歩いている姿があった。それこそ、ぼんやりしていると迷
			子になってもおかしくないくらいの人の群れ。

			 ここにいる人たちは、参拝で「お願い」をしてはいけないと、知っているのだろうか。

			 ふと、ネギはそんな疑問をもった。

			 ここに参拝に来ているほとんどの人は、きっと「お願い」をしにきているのだろう。縁結びの神様だとタカミチが言ってい
			たから、それこそ、恋愛成就とか、そういったことをお願いしていくのかもしれない。ここへ来る前のネギがそうであったよ
			うに、参拝の目的が「お祓い」であることも知らずに。

			「ネギ君。鳥居だよ。」

			 そんなことを考えながらぼんやりと周りを見ていると、タカミチがそう声をかけてきた。声に、タカミチに視線を向ければ、
			鳥居の前でちょうど礼をしているところだった。それに慌ててネギも礼をすると、タカミチに続いて鳥居をくぐった。

			「さて、じゃあまず手と口を清めようか。」

			「うん。」

			 タカミチに手をひかれ、手水舎(てみずや)へ移動する。そこで手と口を清めた二人は、人の流れに流されそうになりなが
			らも、なんとか参道の端を歩いて神殿に向かった。

			「これだけ混んでいると、「参道の中央を歩いてはいけない。」と言われても、なかなか難しいところだね。」

			「うん。すごい人だもんね。でも、みんな、真ん中を歩いちゃいけないって知ってるのかな?」

			「知らないわけじゃないと思うよ。ただ、これだけの人だからね。知っていても、人混みに、そうできないのかもしれない。
			もちろん、知らない人もいるだろうけれどね。」

			 ゆっくりと進む人の波は、その人の多さゆえに参道を埋め尽くしており、結果、神様の通り道であるはずの場所でさえ、人
			の通り道と化している。

			 本当に日本人というのは、信心深いのかそうでないのか、よく分からない民族だ。

			「ネギ君。そろそろ僕たちの番だよ。」

			 不思議そうに周りの人を見ていたのも束の間、いつの間にかあと少しで神殿の目の前、というところまで来ていた。

			 慌ててお財布を出そうとしたら、タカミチが繋いでいた手に、そっとお金をのせてくれる。

			「お賽銭は、投げずに入れるんだよ。」

			「うん。でも、いいの?」

			「うん?ああ、気にしなくていいよ。さ、僕たちの番だ。」

			 タカミチの言葉に前を向けば、ネギたちの前には既に誰もいなかった。

			 慌ててインターネットで調べたとおりに参拝を済ませる。そうして神殿にお尻を向けないように注意しながら、タカミチと
			もにその場を後にした。

			「で、結局お願いはしたのかい?」

			「ん、一応。聞いてもらえるか分からないけど、でも、してきたよ。」

			 歩きながら、問いかけてきたタカミチに、ネギは小さく笑ってそう答えた。

			「そうか。叶うといいね。」

			「……うん。」

			 小さく笑ってそう言ったタカミチの手を、少しだけ力を込めて握る。

			「ネギ君?」

			「…なんでもない。」

			 そう言って小さく笑い返すのに、タカミチは首を傾げたけれど、それ以上訊いてはこなかった。

			 日本での修業も、残すところあと3か月。それが終われば、故郷に帰らなければならない。見習い期間を無事に終えた自分
			が、その後、どこで何をするのかは、その時になってみなければ分からない。ただ確実に分かることは、今よりずっと、こん
			な風に会える機会が少なくなってしまうということだけだ。

			『少しでも長く一緒にいたいな、っていうのは、僕の我儘なのかな……。』

			 タカミチと同じ働きができるとは、もちろん、ネギも思ってはいない。だから、タカミチと同じ仕事に就けるとは思ってい
			ないし、無理なことも分かっている。これからどれだけの努力をすれば追いつけるのか、それすらも分からない遠い存在に、
			結局は神頼みになってしまう自分に、ネギは小さく溜息をついた。もちろん、努力を怠ることはしないけれど、どうしても埋
			められない差があることは否めない事実だ。それでも。日本にいられる間だけでもいい、こんな風に一緒にいる時間が、少し
			でも長く続けばいいのにと、そう思わずにはいられない。

			「ネギ君。」

			「え?」

			「この後のことなんだけれど、どこか行きたい場所はあるかい?」

			 俯いて物思いに耽っていたネギに、タカミチが声をかける。それに、ネギは少しだけ考えて、そうしてゆっくりと希望を口
			にした。

			「タカミチの部屋へ行きたい。……ダメ?」

			 意外な答えだったのか、一瞬、タカミチの表情が、驚いたようなものになる。

			 その反応に、不安げに上目づかいで訊いてくるネギ。それに、タカミチがゆっくりと笑い返す。

			「もちろん、構わないよ。ただ、おせち料理なんてものは用意してないから、期待しないでくれよ。」

			「うん。ありがとう、タカミチ。」

			 嬉しそうに笑うネギに、タカミチの笑みも深くなる。

			 繋いだ手に少しだけ力を込めて、人混みを歩いていく。最後の鳥居をくぐる時、ネギは振り返ると、神殿に向かって軽く礼
			をした。そうして、タカミチに告げなかった『お願い』を、心の中でもう一度強く願った。 

			『日本にいる間だけでもいいから、少しでも長く、タカミチと一緒にいられますように。』







			THE END




















			日記で騒いでいた新年ネタでございます(苦笑)
			みゆきさんのアドバイスを受けまして、修正してUPと相成りました。
			みゆきさん、ありがとうございますv
			そして、「見たい。」と言ってくださった平さま、その節はお手数をおかけして、
			すみませんでした;にもかかわらず、感想を下さり、ありがとうございますv
			とても励みになりました(^v^)
			お二人には、最初のものとの違いを楽しんでいただければと。
			・・・ダメですか?(苦笑)

			今回の件で、参拝についてなど、いろいろ調べたのですが、もしまだ違っている
			点などありましたら、ご連絡いただけると助かります(^^;)
			ちなみに、当然ながら「龍宮神社が縁結びの神社」というのは、捏造です。