A STRAW HAT
		





		 隣を歩くネギ君は、先ほどから一言も口をきかない。不機嫌なオーラを纏って、ただ黙々と歩いている。
		さっきまで「海が見えた♪」と言ってはしゃいでいたのを思えば、先の言葉が余程ショックだったのだろう
		ことは容易に想像がついた。

		「そんなにショックだったかい?女の子に間違えられて。」

		「う……。」

		 図星だったようだ。

		 僕の言葉に、ネギ君は足を止めた。

		「ネギ君があんまり可愛いから、あの人も勘違いしてしまっただけだろう?まぁ、女の子に間違えられてい
		い気がしないのは分かるけれど、僕としては、そろそろ機嫌を直してもらえると嬉しい…。」

		「それじゃなくて…っ!」

		 僕の言葉を遮るように、ネギ君が声を張る。けれど、直ぐにそれは小さくなった。

		「……それもあるけど……、でも、それじゃなくて……。」

		「僕と親子と間違えられたこと、かい?」

		「……っ。」

		 もう一つの心当たりを言葉にすれば、的を射ていたようで押し黙る。

		 ネギ君のその反応に、思わず苦笑してしまう。

		 ネギ君を『女の子』と勘違いした婦人は、同時に僕をネギ君の父親だと勘違いしたのだ。

		『可愛らしいお嬢さんですね。お父さんと一緒に海に行かれるのかしら?楽しんでいらしてくださいね。』

		 そう言って、麦藁帽子を拾ってくれた婦人はにっこりと笑った。それに否定の言葉を口にすることもでき
		ず、僕は言葉を濁しながら曖昧に笑みを返した。

		 ネギ君の方は、後ろに『ガーン!』という書き文字が見えるほどにショックを受けていて、それから先の
		会話に至るまで、口をきかなくなってしまったほどだ。

		 婦人の言葉に悪気の欠片もないのは分かっているのだが、ネギ君を見ていると、流石に恨みの一言も言い
		たくなるのは仕方がない。

		 尤も、僕とネギ君の年の差を考えれば、そう見られても不思議はないのだが。

		「…親子じゃないもん…。」

		 小さく、ネギ君が拗ねた声を上げる。

		「そうだね。僕らは親子じゃない。とすると、どういう関係になるのかな。」

		「…………………………………友達…?」

		 僕の言葉に、ネギ君は暫く迷ったようだ。間を置いて、そう言葉を紡いだ。

		 語尾に疑問符が付いているのは、僕の反応を気にしてのことか、それとも『友達』の一言で片づけてしま
		えるような関係ではないことを自覚しているからか。さて、どちらだろう。

		 僕の反応を窺うように、どこか不安げに上目遣いでこちらを見るネギ君を見れば、前者かもしれないなと
		考える。

		「なるほど。友達、ね……。」

		 思案するように呟けば、ネギ君の瞳が揺らぐ。

		 そんな顔をされると、つい苛めたくなってしまうんだが。

		 などと考えてしまう自分に、苦笑を隠せない。

		 そんな僕を小首を傾げて見るネギ君の頬に、そっと手を添える。周囲に軽く視線を巡らせ人影のないこと
		を確認すると、ネギ君を引き寄せた。

		 僕がゆっくりと顔を近づけても、ネギ君はこの先の展開を理解していないようだ。目を瞬かせたまま、僕
		にされるがままになっている。それに小さく笑みながら、その小さな体を腕に閉じ込めてしまう。

		 互いの顔が触れ合うまであとほんの数cm、というところまで近づけば、流石に状況を察したのか、緊張に
		か、体に力が入るのが分かった。

		「ということは……。」

		 そこで言葉を区切り、残りの僅かな距離を0にしてしまう。

		「タカ……っん…っ。」

		 唇が触れた途端びくりと震える体をさらに抱き込んで、その柔らかさを堪能する。

		 触れるだけの口付けを何度か繰り返した後軽く音を立てて唇を離すと、ゆっくりと言葉を紡いだ。

		「ネギ君は、友達とこんなことをするのかい?」

		「………………っっ!///」

		 揶揄交じりに問えば、途端真っ赤になるのが可愛い。思わずくつくつと笑いを漏らせば、からかわれたと
		思ったのだろう、僕の腕から逃れると、ネギ君は真っ赤になって叫んだ。

		「タカミチのバカ!」

		 そうして駆けて行ってしまう。

		 小さくなっていく背中に、流石にからかいすぎたかと、苦笑する。

		 そうこうしている間に、とうとうネギ君の姿は見えなくなってしまった。その後を追うため、足早に歩き
		だす。

		 さて、どうやってネギ君のご機嫌を取るかなと、思案しながら道を曲がれば、そこには、先に行ってし
		まったはずのネギ君の姿があった。

		 僕を待っていたのだろうと思われるが、壁に凭れて俯いているネギ君は、けれど僕の方に視線を向けずに
		黙って立っている。

		「先に行ってしまったのかと思っていたよ。待っててくれたのかい?」

		「……折角遊びに来たのに、ケンカしたままじゃつまんないから……。」

		 ネギ君は呟くようにそう言うと、ゆっくりと僕の側に寄ってくる。そうして僕の左手に、ネギ君は手を伸
		ばした。触れた手が、手というよりは指先を握る。

		「そうだね。ネギ君の言うとおりだ。」

		 言いながら、そっとネギ君の手を包み込んで、しっかりと手を繋ぐ。それに、ネギ君はゆっくりと僕に視
		線を向けた。

		「からかって悪かった。許してくれるかい?ネギ君。」

		「…うん。」

		 僕の言葉に、はにかんだような笑みを浮かべるネギ君。それに笑いかけて、僕たちは手を繋いだまま、
		ゆっくりと歩き出した。







		「そういえば、お昼のことを考えていなかったな。」

		「大丈夫。海の家っていうのがたくさんあるから、そこで食べればいいよ。」

		「なるほど。その海の家というのは、何があるんだい?」

		「ええとね、やきそば、うどん、それからカレーにピラフに牛丼。あと、フランクフルトとかポテトとか、
		かき氷もあるよ。」

		「ふむ。いろいろあるもんだね。ネギ君は何が食べたい?」

		「アスナさんたちと行った時はやきそばを食べたけど。う〜ん…。向こうに行ってから決めようかな。あ、
		でも、かき氷は食べたい♪」

		「かき氷か。そういえば、ここ数年食べてないな。」

		「え?そうなの?」

		「ああ。ネギ君が好きなのは、何味だい?」

		「いちご♪」

		「いちごか。じゃ、僕もそれにしよう。」

		「えー。タカミチは違う味にしようよ。」

		「どうしてだい?」

		「だって、そうすれば半分こできるでしょ?僕はいちごが食べたいけど、でも、他に気になるのもあったし。
		だから、タカミチは違う味ね。」

		「なるほど。じゃ、僕の分はネギ君が選んでくれるかい?」

		「うん♪」





		 THE END















		ログ23のイラストと一緒にUPしようと思っていたSSです。
		結局別々にしましたが。
		ので、タイトルは「麦藁帽子」。
		「夏休み」でも良かったんですが、初志貫徹で。大してタイト
		ルに意味はないです(苦笑)
		しかし、SSSに入れても良かったんじゃないかってくらい短
		いな(^^;)
		

		ちなみに、書き終わった感想が「…バカップル…;」だったの
		は内緒です。