CHOCOLATE
			








			 ソファに腰掛け新聞を読んでいたら、キッチンから甘い匂いが漂ってきた。

			 ネギ君はクッキーを焼くと言っていたが、漂ってくるこれは、どう考えてもチョコ
			レートの匂いだ。

			「?」

			 気になりキッチンを覗けば、ボウルを片手に中のものをかき混ぜているネギ君の姿
			があった。

			 ボウルの中を見れば、想像通り、そこにはチョコレートが入っていた。どうやら、
			チョコレートを溶かしているようだ。

			「チョコレートか。クッキーを作っていたんじゃなかったのかい?」

			「クッキーはね、今、冷蔵庫で冷やしてるよ。20分くらい冷やさなきゃいけないか
			ら、その間にこっちを作ろうと思って。」

			 そう言いながら指し示されたメモに、視線を向ける。そこには、表題に『生チョコ
			の作り方』と記されたレシピが書いてあった。

			「生チョコ?」

			「うん。クッキーを作るのに、キッチンを借りてるでしょ?だから、お礼にタカミチ
			にあげようと思って、作り方をこのかさんに教えてもらったんだ。」

			 そう言ってにっこりと笑うネギ君。

			 お礼ならネギ君で十分だよと、思わず出かかった言葉を慌てて飲み込む。折角僕の
			ためにと作ってくれているネギ君の好意を、無にすることもない。

			「で、これでラム酒を入れてと。」

			 言いながらスプーンでラム酒を加えると、ネギ君はゆっくりとかき混ぜた。

			「あとは冷蔵庫で冷やすだけ。2時間くらいで出来上がるから、もう少し待ってね、
			タカミチ。」

			 ネギ君は楽しそうに笑ってそう言うと、用意していた容器にラップをかけた。どう
			やら、それにチョコを入れて冷やすようだ。

			 ボウルを傾けて、ゆっくりと容器にチョコレートを流し込むネギ君の手に、僕は
			そっと手を添えた。

			「タカミチ?」

			「……ネギ君。」

			「何?」

			「味見してもいいかい?」

			「味見?うん、いいよ。」

			 一瞬首を傾げたネギ君は、しかしすぐに笑顔を浮かべると、側にあったスプーンを
			手にとった。そうしてチョコレートを掬おうとするのを、そっと手を当て、押しとど
			める。

			「タカミチ?」

			 僕の行動に驚いたのだろう、ネギ君は僕を見つめたまま目を瞬かせた。それに構わ
			ず、僕はネギ君の手を取った。そうして、ゆっくりとチョコレートの中に入れる。当
			然ながらチョコレート塗れになった指を、そのまま口腔へと招き入れた。

			「!?」

			 瞬間、ネギ君の体がびくりと震えた。

			「タ、タカミチっ!!??ちょ、やだっ!放して……っっ!」

			 逃れようと身を捩るのを、抱き寄せてその抵抗を封じてしまう。

			 指に舌を這わせ、チョコレートを舐めとっていく。ネギ君の官能を揺さぶるように、
			ゆっくりと、ゆっくりと。

			「や……だ……っっ。」

			 その度に小さく震える体。上がった拒絶の言葉は、けれど、か細く掠れていた。

			「……甘いね。」

			「……っっ。」

			 耳元に囁けば、ふるりと震える体。固く閉ざされていた瞳は、間を置いて、ゆっく
			りと開かれた。

			「う〜〜〜……。」

			 怒ったように僕を睨み小さく唸るのも、快楽に潤んだ瞳では迫力に欠ける。それど
			ころか、煽られているような錯覚さえ抱かずにはいられない。

			「タカミチのバカぁ……。」

			「自覚はあるよ。」

			 漏れた可愛らしい悪態に、そう言って小さく笑ってみせれば、ネギ君は押し黙って
			しまった。

			「……ネギ君も味見してみるかい?」

			「え……?」

			 言いながら指でチョコレートを掬い取る。それをネギ君の口元へ寄せれば、驚きに
			目が見開かれた。

			「え?タ、タカミチ……?」

			 寄せられた僕の指を見、それから僕を見たネギ君の瞳に、困惑の色が滲む。それに
			薄く笑んで、耳元に囁きかける。

			「舐めてごらん?」

			「………っっ。」

			 小さく体を震わせて、ネギ君は僕を困惑気に見つめた。

			 どうしていいのか分からないのだろう。困ったように僕を見つめるネギ君を、けれ
			ど、僕はただ黙って見ていた。

			「ネギ君……?」

			 促すように名を呼べば、その双眸がゆっくりと閉じられた。

			 僅かの後、その赤い唇が、躊躇いがちに開かれた。そうしてそこから覗く舌が、小
			さく震えながら僕の指に触れた。

			「………っ!」

			 触れた途端、驚いたように引っ込められたそれを追い、ネギ君の口腔にそのまま指
			を含ませた。

			 侵入してきたそれに、ネギ君は一瞬だけ目を開けた。しかし、すぐに閉じられる。

			 覚悟を決めたのか、おずおずと僕の指に触れる舌の柔らかな感触に、甘い痺れが
			走った。

			「いい子だ。」

			 抱き寄せて、耳元にキスを落とす。それにすら小さく反応するネギ君が可愛くて仕
			方がない。

			「ふぁ……。」

			 ゆっくりと指を抜くと、ネギ君の口から溜息のようなものが甘く漏れた。

			「どんな味だった…?」

			「…………甘かった……。」

			 問いかけに、躊躇いがちに、けれど、ネギ君はそう答えを零した。

			 身を屈め、目線を合わせる。と、恥ずかしいのか俯いてしまうのを、顎に手をかけ
			上向かせた。

			「そうだね。でも……。」

			 言葉を区切り、「ネギ君のほうが甘いよ。」と、そっと耳元に囁けば、途端真っ赤
			になった。

			 何か言おうと開かれた口を、口付けで塞いでしまう。そうして縮こまっていた舌を
			絡め取れば、体に小さな震えが走った。

			 そのまま口付けを繰り返しながら、ネギ君を抱き上げた。ボウルを片手に居間に移
			動する。ボウルをテーブルに置くと、そのまま、ネギ君の体をそっとソファに横たわ
			らせた。

			「は……はふ……。」

			 口付けから解放され、ネギ君は苦しげに息を継いだ。そうして、ゆっくりと開かれ
			た双眸が、真っ直ぐに僕を見た。

			 不安と快楽に揺れるそれに、自分の熱が上がるのをはっきりと感じる。

			「あ、や、ぁ……。」

			 現状を認識したのだろう。逃れようと身を捩るのを、深く抱き込んで逃がさない。

			「タカミ…チ……っ。こんなとこ…で…やだ……っ。」

			「なぜ……?」

			 頭を振るネギ君の耳元に、分かっていて問いかける。そのまま耳に口付け、舐め上
			げれば、微かな声が上がった。

			「や…っよ、ごれちゃぅ……っ。」

			「後で掃除すれば済むことだ。ネギ君は気にしなくていい。」

			「で、も……っ。あ……っ。」

			 トレーナーをたくしあげて脇腹をなぞる。途端、小さな声と共に体が跳ねた。

			「ダメ…、やぁ……っ。」

			 ゆっくりと肌をなぞり、その感触を楽しむ。その度に切なげな声が零れ落ちた。

			「ク…ッキー…、まだ、出来てな……っ。」

			「焼くのは冷やしてから、だろう?ネギ君。まだ、時間はあるよ。」

			「でも……っん…っんん…っ!」

			 まだ言い募るネギ君を、口付けで黙らせる。そうして、口付けを繰り返しながら、
			その滑らかな肌に手を滑らせた。

			 ネギ君の杞憂も分からないではなかったが、ここまで来て止まれるわけもない。震
			える体と甘い嬌声に煽られるように、僕はネギ君の中に身を沈めた。







			 僕の腕の中で意識を失ったネギ君は、そのまま深い眠りについた。このまま、朝ま
			で目を覚ますことはないだろう。

			 結局、ネギ君の杞憂は現実になってしまったわけだ。

			 冷蔵庫の中には、焼かれるのを待っているクッキーのタネと、最後の仕上げを待っ
			ている生チョコが入っている。生チョコはいいとしても、あの大量のクッキーのタネ
			を、さてどうしたものか。そして、それ以上に、落胆するであろうネギ君を思うと、
			流石に申し訳ない気持ちになる。

			「怒るだろうなぁ……。」

			 自業自得とはいえ、明日の朝のネギ君の反応を思い、僕は大きな溜息をついた。







			THE END


















			まんまなタイトルですみません;;
			大したことはしていませんが、書いていて、なんだか居た堪れな
			くなってしまったため、蔵に収納してしまいました。
			あーうー。
			書きながら、「誰かこの人をなんとかしてください(ToT)」
			と思っていたのは内緒です。
			なんだかなぁ。

			そんなわけで、クッキーは結局仕上がらず。30人分のクッキー
			のタネ……。どんだけの量なのか、想像すると怖いですね。それ
			が冷蔵庫に鎮座しているのか……。
			くわばらくわばら。