ss28
白く滑らかな肌に不似合いな醜い傷跡。
二の腕に残るそれに、そっと指で触れた。
口付けを落とし、舌でなぞる。その感触がくすぐったいのか、腕を引こうとするのを
掴んで離さない。軽く持ち上げ、見せつけるように傷跡に口付ければ、その頬が淡く染
まった。
淡く染まったその頬に手を伸ばす。
滑らかな感触に小さく笑み、同時に、そこにも残る醜い傷跡に眉を顰めた。
頬の傷跡に唇を寄せる。唇と舌でなぞれば、その感触に小さな声が漏れた。
幾度かのキスを頬に落として、そうして唇に触れるだけのキスを落とす。柔らかな感
触に、眩暈にも似た感覚が僕を満たした。
もう一度だけ口付けて、ゆっくりと上体を上げる。そのまま真っ直ぐに見つめれば、
照れているのだろう、その頬が更に赤くなった。
目を閉じ、ゆっくりと開く。
自然と流れた視線が、彼の右肩を捉えた。
僕は、この体に、この右肩に、『石の槍』を突き刺した。
無理矢理に突き立てられた異物に、肉は抉れ、血が溢れ出していた。肺にまで損傷を
及ぼしたそれに、吐血して倒れた姿が、今も目に焼き付いている。
自分のしたことに、後悔はない。
それは、このような関係になってからも変わらない。
あるとすれば、ただ一つ、この体にその時の傷を痕として残すことが出来なかったこ
と、それだけだ。
この体に今も残る二つの傷跡。
消せないわけではない。この程度の傷など、幾らでも消すことが出来る。けれど、そ
れをしないのだ。決して。
この体に存在することを許された痕に、この傷を刻みつけた僕ではない誰かに、嫉妬
とも羨望ともとれる感情を抱かずにはいられない。
いっそ、この傷を抉り、僕の傷にすり替えてしまおうか。
そこに爪を立て、引き裂き、新たな血を流させる。溢れ出す血はきっと、甘く香るだ
ろう。
皮膚を引き裂いて、血を啜り、肉を喰らう。痛みに上がる声は、どこまでも甘く僕の
耳に響くに違いない。
そうして新たに刻まれた傷に口付けよう。
その時、僕はきっとこの上もない喜びと充足感を得られるだろう。
昏い欲望に、知らず口元が笑みの形に歪む。
傷跡へと無意識に伸びた手を、しかし、両の腕が引き留める。まるで、僕の狂気を引
き留めるように。
「フェイト、大丈夫だよ。」
されるまま胸に抱き締められた僕に、柔らかな声が落ちてくる。
何が、大丈夫なのだろうか。
緩慢な動作でその表情を窺い見れば、彼は柔らかく笑みを浮かべていた。
「僕はここにいるよ。フェイトの傍に。ね?」
そう言って笑うのに、けれど答えを返すことが出来ず、ただその体を強く抱き締める。
そんな僕を、その両腕はどこまでも優しく包み込む。
触れ合った箇所が温かい。温もりに目を閉じれば、耳に聞こえる規則正しく刻まれる
心音。『生きている』証に他ならないそれが、僕の狂気をやんわりと宥めてくれる。
拍動を繰り返す心臓のその真上に、そっと指を滑らせた。
白い肌に、そこだけが淡く色づいている。
行為の度に刻む印は、過ぎた時間を物語るように淡く消えかけていた。
そっと、唇を寄せる。そうしてそこに刻む。僕の印を。
そうして僕は、消さない傷を残せない代わりに、何度も消えてしまう傷をネギ君に刻
み続けるのだ。
THE END