GROUNDLESS APPREHENSIONS 仕事で大きな怪我を負った僕を見るなり、ラカンさんは不快感も露わに眉を顰めた。きっといろいろ 言われるだろうと覚悟していたお小言は、けれど一言も発せられることはなく、ラカンさんはただ無言 で怪我を一瞥すると、身振りで中に入るよう促した。向けられた背がまるで拒絶しているようで、僕は 出かかった言葉を飲み込んだ。 言葉少なに食事を終えると、ラカンさんは僕を早々にベッドに押し込んだ。 「怪我人はおとなしく寝てろ。」 そう言って、ラカンさんは少々乱暴に布団をかけてくれた後、僕に背を向けるような形で床にどかり と座り込むと、お酒を飲み始めた。 相変わらず、向けられた背は言葉を拒絶しているように見える。だから声をかけることもできず、僕 はただ、そんなラカンさんの背を見つめるしかできなかった。 いつもよりお酒を飲むペースが速い。その味を楽しんでいるというよりは、ただ呷っているように見 える。 『怒って…るんだろうな。きっと…。』 その背を見つめながら、僕は小さく溜息を吐いた。 包帯の巻かれている左肩に、そっと触れてみる。触れた途端、鈍痛が走った。 慢心していたつもりはなかった。油断していたつもりも。けれどこうして怪我を負ったということは、 どこかに隙があったのだろう。それとも気の緩みか。 その瞬間を思い出し、僕は思わずぎゅっと目を閉じた。 『折角、予定より早く終わらせたのに……。』 知らず、溜息が漏れた。 ラカンさんのことだから、怪我など気にせずことに及ぶだろうと覚悟していたのに、現実はそんなこ とはなく、ラカンさんは僕に背を向けてお酒を呷っていて、僕はこうして一人ベッドに収まっている。 『傷が開かなきゃいいんだけど。』なんて、杞憂もいいところだ。 怪我人だから気を使ってくれているんだとは思うのだけれど、ラカンさんの背を見ていると、本当に そうだろうかという疑問が頭を擡げてくる。だって、どうしても、その背に『拒絶』を感じてしまうか ら。 怪我についての言及がないのは、怒っているからだろう。呆れているのかもしれないけれど。 罵声でも構わないから何か言って欲しかった。というか、絶対何か言われると思っていたのに。なん で何も言わないんだろう。そんなに呆れて、いや、失望したんだろうか。 『……愛想が尽きた、とか。』 そう思い始めたら、なんだか急に不安になった。 大体、なんで僕なんだろうと思う。英雄であるだけでなく、強くて包容力のあるラカンさんなら、女 性にもてるだろう。僕なんかを相手にしなくても、いくらでも相手には事欠かないんじゃないだろうか。 事実、気まぐれで語ってくれた昔話でも、そんなことを言っていたような記憶がある。 女性のほうが綺麗だし、可愛らしいし、何より柔らかい。いくらラカンさんに比べれば華奢だとはい え、ちゃんと筋肉もついている僕なんかを抱き締めるより、女性のほうがずっと気持ちがいいんじゃな いだろうか。それに、そういうことをするのだって。尤も、経験がないから、想像でしかないけれど。 可愛いわけでも綺麗なわけでもない、性格は、悪くはないと思うけれど、頑固だし、可愛げはないと 思う。こんな僕の、どこがいいのか。 そう考えたら、ますます不安が募っていく。 ぎゅっと目を閉じたまま、僕は唇を噛み締めた。 離れている時、ふと、そんな疑問が頭を擡げることがある。そんなことを考えてしまうのも、離れて いる時間のほうが長いからだろう。尤も、会えば嫌と言うほど激しく求められて、そんな不安も吹き 飛んでしまうのだけれど。だからなのか。普段と違うラカンさんのこんな態度を見ると不安になってし まうのは。 『前に会ったのはいつだっけ…。』 ぼんやりと記憶を遡れば、前に会った時から優に3か月は経っていることに気がついた。 本当に久しぶりで、会うのをすごく楽しみにしていたのに、なのにこんな怪我をして、ラカンさんが 愛想をつかすのも無理はない。 『久しぶりなのに……。』 右手で顔を隠すようにして、固く目を閉じる。 3か月ぶりだというのに、触れることはもちろん、会話だってまともに交わしていないことに気づく。 いつもなら、会話もそこそこに求められて、今頃はきっとラカンさんの腕の中なのに。 そう思った途端、体温が上がるのを感じた。同時に、傷が鈍く痛む。 いっそ、僕から求める……とか。……でもそれは、ちょっと…と言うか、かなり恥ずかしいんだけ ど……。 羞恥に、頬に熱が集まるのを感じた。 その考えを否定するように、僕は頭を振った。 ああ、いや、別にそういうことがしたいわけじゃなく、久しぶりなんだから、ラカンさんとゆっくり 話がしたいだけで。ううん。会話なんかなくたってかまわない。本当は、側にいられるだけでいいんだ。 でも、こんな風にラカンさんに背を向けられているのは淋しくて、だから、怒ってても呆れててもいい から、僕の方を見て欲しい。 こんなに近くにいるのに、そう、手を伸ばせば触れられるくらい近くにいるのに、なのになんでこん なに遠いんだろう。 「……………ラカンさぁん……。」 「ったく、なんてぇ声で呼びやがる……。」 思わず漏れた声に呼応するように、声が落ちてきた。 呆れを含んだようなその声に、驚いて目を開ければ、すぐそばに、僅かに苦笑したラカンさんの顔。 いつの間にか、ラカンさんは僕に覆いかぶさるようにしてそこにいた。そうして、僕の顎を掴むと、 真っ直ぐに見詰めてきた。そのあまりの近さに、思わず息を飲む。 さっきまで僕に背を向けてお酒を飲んでいたはずなのに、いつの間に……? ラカンさんの動きに気付けなかったことと、望んでいたこととはいえ、さっきまでが嘘のような近さ に、多少のパニックに陥ってしまう。 「え?あ、あの…ラカン…さん……?」 「全く、人の気も知らねぇで、こいつは…。」 溜息と共に、ラカンさんは目を閉じた。そうして、ゆっくりと目を開ける。現れた双眸に見知った色 が灯っているのを、僕は多少の困惑を感じながら見詰めていた。 「覚悟はできてるんだろうな?ネギ。」 低い囁きに、息を飲む。 囁きの意味を理解したと同時に、体温が上昇するのを自覚する。 「ラ、カンさ……。」 「できてねぇなら、今しろ。」 言葉と共に口を塞がれた。荒々しい口付けに、あっという間に呼吸を乱される。 展開の早さについていけない。性急な動作で衣服を剥いでいくラカンさんを、僕はただ黙って見てい るしかできないでいた。 「言っておくが、手加減なんざできねぇからな。」 トパーズ色の瞳が色を増し、僕を射抜くように見詰める。その迫力に言葉が出ない。ごくりと、知ら ずに鳴った喉の音が、やけに大きく響いたような気がした。 顎を掴まれ、軽く上向かされる。ゆっくりと近づくのに、反射的に目を閉じた。予想した口付けは、 けれどされることはなかった。 「覚悟しておけ。煽ったのはおまえだ。」 耳元で落とされる低い声。 驚きに目を開けた瞬間、口付けで口を塞がれた。 行為は酷く性急だった。まるで、一刻も早く繋がりたいとでもいうかのように。尤も、決して乱暴 だったわけではないけれど。 足を大きく開かされ、たっぷりと潤滑油を塗りこめられる。徐々に増やされる指が蠢くたび、そこか ら濡れた音が響いた。 行為に呼応するように、至極簡単にそこが緩む。それが、これほどまでにラカンさんを求めていたの だと知らしめているようで、酷く気恥ずかしかった。 ラカンさんが口の端を歪めて笑うのは、僕の気持ちに気づいているからだろう。そう思うと、羞恥を 増長される。思わず唇を噛み締めれば、口付けで解かれた。 「……っん、や…ぁ……っ。」 深く口付けられ、呼吸が乱れる。そうしている間にも蠢く指に、熱を帯びた体が熱く火照っている。 しがみつこうと腕を上げた途端、左肩に鈍い痛みが走った。 「つぅ…っ。」 思わず上がった苦痛の声に、ラカンさんは僕の左腕を動かせないよう押さえつけた。そうしてゆっく りと指を引き抜くと、更に足を開かせ、猛ったそれを突き入れた。 「あぁ……っ!」 衝撃に、体が弓反る。 熱に馴染む間もなく、そのまま抱き起こされ、ラカンさんの膝を跨ぐように座らされた。 「ひっ、あ、ぁ……っ!」 自重に、半ば以上挿入されていた熱棒が、更に深く突き刺さってくる。思わず仰け反る体を、逞しい 腕が抱き寄せた。 「…ぁ…は、ぁ……。」 そのまま動きを止めたラカンさんに、僕は右腕だけでしがみついた。 受け入れた熱が熱くて堪らない。眩暈にも似た感覚に襲われ、どうにかなりそうだ。 「あ…ラ、カンさ…ぁ………。」 思わず漏れた声は、自分でも驚くほど甘さを含んだものだった。 声に、苦笑したラカンさんが口付けを一つ落とした。触れて、一度離れてから、再び、今度は深く口 付けられる。 「ん…んん……。」 口内を好きなように蹂躙する舌に、体が震える。しがみつく手に力を込めれば、更に強く抱き締めら れた。 「ん、は…ぁ……。」 ようやく解放され、僕はそのままラカンさんに凭れかかった。 「……ったく。」 不意に漏れた声に、僕は閉じていた目をゆっくりと開いた。視線を上げると、口元を歪めたラカン さんと目が合った。まるで魅せられたように、そのトパーズの瞳から目が離せない。 「……そんな顔すんな。」 苦笑と共に漏れた言葉に、意味が分からず、首を傾げる。 「ラカンさん…?」 「ホントに性質が悪ぃ…。」 「…?」 呆れを含んだ声音に、しかし意味が分からない。首を傾げていると、顎を掴まれた。 「怪我人相手に無体はすまいと、折角人が我慢してやってるってのに、全く……。」 溜息交じりに漏れた言葉に、驚きを隠せない。 それじゃ、さっきのは僕を思ってのことで、呆れとか愛想を尽かしたとかではないってこと…? 「え…?ラカンさ……あ、やぁ……っ!」 驚きに目を瞬かせていた僕に構わず、ラカンさんは行為を再開させた。 両足を担ぎあげられ、激しく腰を揺さぶられる。激しく繰り返される抽挿に、堪え切れずに嬌声が漏 れた。 「あ、んん…っん、は、あぁ……っ。」 不安定な体勢に、無意識に腕を伸ばした。左腕を動かした途端、肩に鈍い痛みを覚える。思わず上が りかけた苦痛の声は、口付けで封じられた。 思わず動かしてしまう度に、左肩に鈍痛が走る。容赦なく与えられる快楽と、脈動の度に疼く左肩の 鈍痛とに苛まれ、おかしくなりそうだ。 それでも、徐々に快楽が痛みを凌駕し始め、左肩の疼きさえ、官能を揺さぶる刺激となった。 「ひぁ…っあ、…ぁあ…っっ。」 「あとで、ちゃんと手当てしてやる。」 「ぁう……っ!」 言葉と共に、包帯越し、血の滲む傷口に口付けられる。瞬間走った鈍痛に、体が跳ねた。 「は…ぁ……。」 「尤も、ここじゃ完治しようもねぇだろうがな。」 そう言って小さく苦笑したラカンさんは、僕自身に指を絡めると、そのまま扱きだした。 「あっ!や、あぅ…っひあぁ……っ!」 抗う術もなく、僕は絶頂を迎えさせられた。 「あ……はぁ………。」 脱力し、後ろへ倒れかけた体を抱き寄せられる。名を呼ばれ、緩々と目を開ければ、視線の先、苦く 笑うラカンさんの姿があった。 「向こうへ戻ったら、このか嬢ちゃんに治してもらえ。」 「え……?…ひぁっ!?あ、やめ…っやぁあ…っっ!」 言うが早いか再開された行為に、僕はただ、嬌声を上げるしかできないでいた。 いつも以上に求められながら、『これでは治らないな。』と頭の隅でぼんやりと思う。それでも、背 中を向けられたままよりずっといいんだけれど。 『できれば、もう少し加減してくれると嬉しいんだけどな…。』 快楽に霞む思考の中、僕は既に力の入らなくなった腕を懸命に伸ばし、ラカンさんの首に絡ませた。 THE END 相変わらずのパラレル設定です。 そんなシーンを入れるか入れないか悩んだ結果、結局入れました(笑) ラカンネギは、本当に蔵率が高い(←誰のせいだ) この話はれいこさんへ。返品可。 こんな感じですが、どうでしょう?(笑)