ネギたちにとって忘れられない夏から、早くも5年が経とうとしていた。

			 それは同時に、あの日ネギと交わした約束の期限が来ることを意味していた。

			「5年か…。」

			 グラスの酒を飲み干しながら、テーブルに置かれた手紙に視線を向ける。それは、つい最近
			ネギから送られてきたものだった。

			『あの日の約束を果たしたいので、会いに行きます。』

			 と、律儀にも自分から言ってきたネギ。半ば以上強引にさせた無体な約束など、しかも、正
			直なんの力にもなってやれなかったことを思えば尚更、知らん顔をすればいいものを、相変わ
			らず真面目なネギに思わず苦笑してしまう。尤も、それならそれで、遠慮なく報酬をいただこ
			うと考えている辺り、俺も人が悪いとは思うが。

			 さて、ネギは金を用意できたのだろうか。用意できたのなら仕方がない、諦めてそれを貰っ
			ておくことにしよう。だが、もし用意できていなかったら…。

			 ネギが手紙で指定してきた日が近付くにつれ、もう一方の報酬のことが頭から離れなくなっ
			ていた。どんな顔をするだろうか、どんな声で啼くだろうか、そんなことばかり考えている自
			分に呆れながらも、想像を止めようがない。

			 浮かんだ想像を振り払うように頭を振ると、グラスに酒を注いで一気に飲み干した。

			「お久しぶりです、ラカンさん。」

			 不意にかかった声に視線を上げれば、そこには、拳闘士ナギとして戦った頃と寸分違わぬネ
			ギの姿があった。

			 ボストンバッグを片手に笑みを浮かべているネギに、思わず口元が笑みの形に歪む。

			「おう、元気だったか?ぼーず。」

			「はい。ラカンさんもお元気そうでなによりです。」

			 手招きで座るよう促せば、ネギは俺の正面に腰を下ろした。

			「飲むか?」

			「いえ、まだ未成年ですから。」

			 勧めた酒を、しかしネギは苦笑して断った。

			「酒以外となると、水しかねぇな…。」

			「そう思って、持参しました。」

			 ネギはボストンバッグからペットボトルを取り出すと、一緒に飲もうと用意しておいたグラ
			スに注ぎ入れ、ゆっくりと飲み干した。

			 用意周到にも、茶を持参しているネギに苦笑する。

			『ナギがこのくらいの時にゃ、既に飲んでたがなぁ。』

			 ナギと違って真面目なネギに、顔は父親似だが、性格は母親似かと小さく笑う。

			「あ、これ、お土産です。」

			 グラスの酒をちびちびと口にしていた俺に、ネギはそう言ってバッグから酒瓶を取り出した。

			「ラカンさんの好みが分からなかったので、お店の人に相談して買ってきました。お口に合う
			といいんですが。」

			「わざわざすまねぇな。」

			 グラスに残っていたものを飲み干し、空になったグラスを差し出す。それを予期していたか
			のように、ネギは封を切ると、黙ってそれを注いでくれた。

			 一口口に含み、ゆっくりとその味を堪能する。甘みと酸味、そして苦味の、調和のとれたふ
			くよかな味わい。日本酒は初めてだったが、俺の好みに合っていた。

			「……どうですか?」

			「いい酒だ。」

			 不安げに聞いてくるネギに、言葉少なく答えながら、俺は残りをゆっくりと飲み干した。

			「良かった。」

			 ネギは、俺が無言で差し出したグラスに2杯目を注ぎながら、安堵の笑みを浮かべた。それ
			に、思わずこちらも笑みになる。

			 2杯目を飲み干したところで、グラスをテーブルに置く。そうしてネギを真っ直ぐに見据え
			れば、緊張にか、ネギは姿勢を改めた。

			「…で?例の約束はどうなんだ?」

			「……はい。」

			 本題を切り出せば、ネギは一つ深呼吸をすると、意を決したように口を開いた。

			「ここに、300万あります。」

			 ネギはそう言って、バッグから金の入っていると思われる袋を取り出し、テーブルに置いた。

			「約束は500万か、でなきゃ体で、じゃなかったか?ぼーず。」

			「は、はい。そういう約束だったんですが、あの、ラカンさん。残りの200万は、もう少し
			待っていただけませんか?必ず用意しますから。」

			「ふむ……。」

			 「お願いします。」と頭を下げるネギに、俺は腕を組んで考える素振りを見せた。

			「用意が出来たから来たんじゃねぇのか?」

			「……できればそうしたかったんですが、期日に間に合いそうもなかったので、とりあえずラ
			カンさんに会ってお話をと思って来たんです。」

			「なるほど。」

			 ネギの言葉に、俺は小さな溜息を吐いた。

			 ネギの中には『体で』という選択肢は、存在していないに等しいようだ。それとも、それは
			悪い冗談か何かとでも考えているのか。俺がネギに対してそういう要求をする、ということ自
			体あり得ないとでも思っているのかもしれない。

			 こっちは、金を用意できていなければ体で払ってもらおうと、寧ろ、そうであることを期待
			さえしてこの日を待っていたというのに。

			『相変わらず甘ちゃんだな。それなら金が用意できるまで、連絡してこなきゃいいだろうに。』

			 どうせこちらから催促に行くことはできないのだから、用意が出来てから会いにくればすむ
			ことだ。それを、用意もできていないのに、律儀に現れるとは。

			『真面目すぎるのも考え物だな。』

			 尤も、そのお陰で想像を現実化することが出来るというものだが。

			「分かった。」

			 言いながらゆっくりと立ち上がった俺を、ネギは顔を上げて見詰めてきた。

			「金はいらねぇ。」

			「え……?」

			 低い呟きに、ネギが首を傾げる。それを、口元を笑みの形に歪めて見詰めながら、歩み寄る
			と、ネギのすぐ隣で片膝をついた。そうして、顎を掴んで顔を近づける。

			「ラカンさん…?」

			 どこか不安げに揺らめく瞳。

			 嗜虐心をそそられると告げたら、どんな顔をするだろうか。

			「あの…。」

			「金はいらねぇ。」

			 先と同じ言葉を繰り返す。それに、ネギの瞳の揺らめきが増した。

			「その代り、体で払ってもらう。」

			「え…?あ、あのラカ……ん……っ!?」

			 異議を唱える間を与えず、その唇を口付けで塞ぐ。驚いて逃げを打つ体を抱擁で拘束し、思
			うまま貪った。

			 柔らかな感触。

			 苦しげに漏れる嬌声未満の吐息。

			 時折震える細い体。

			 現実は想像以上に甘くて、柄にもなく夢中になっている自分に気づいた。

			「は、ぁ……。」

			 どれだけそうしていただろう。名残惜しくも唇を離せば、腰でも抜けたのか、ネギはくたり
			と俺に凭れかかってきた。

			「キスだけで腰が抜けたか?」

			「ん…っっ。」

			 耳元、揶揄交じりに囁けば、途端小さからぬ反応が返ってきた。

			 なるほど、耳が弱いのかと舌を這わせれば、腕の中、小刻みに震える体。固く目を閉じて、
			力なくももがくのが、劣情を煽る。

			「や、め……っラカン、さ…っ。」

			 微かに漏れる制止の声は、聞こえないふりをする。

			 耳から首筋へと刺激していきながら、布越し、ネギ自身に触れてみる。そこは、既に形を変
			えつつあった。

			 触れた途端、一際大きく反応するのに、思わず口元に笑みが浮かぶ。

			「ラ、ラカンさ…っっ!?」

			 酷く切羽詰まった声音に構わず、緩く刺激していく。

			 不埒な手を止めようと伸ばされた手は、しかしその用を成さず、ただ俺の腕に爪を立てただ
			けだった。

			「…っい、…ぁ……っっやぁ…っ。」

			 反応する自分を否定したいのか、ネギは何度も頭を振った。

			 否定したい心とは裏腹に、体は正直なもので、布越しの刺激では物足りないのか、微かに腰
			が揺らめく。その様に、口元が笑みの形に歪む。少々乱暴にネギを横たわらせると、下着ごと
			ズボンを取り払ってしまう。そうして、望む刺激を与えてやった。

			「ひっ!や、あぁ…っっ!」

			 直接的な刺激に、先以上の反応が返ってきた。同時に零れ落ちた嬌声が、俺の耳に甘く響く。

			「いい声だ。」

			 満足げに漏らした声に、ネギの頬が羞恥に染まる。慌てて手で口を塞ぐネギに、思わず低い
			笑いが漏れた。

			 殊更ゆっくりと刺激してやれば、細い体は面白いように跳ねた。

			 指の隙間から零れるくぐもった声、快楽に震える体、それら全てが、俺の劣情を煽ってやま
			ない。思わず喉を鳴らしていたことにも、気付かなかった。

			「ふ、ぅ…んん……っ!」

			 程なく、ネギは絶頂を迎えた。

			 くたりと、力なく横たわるネギを暫し見詰め、それから、口元を押さえていた手を除けると、
			触れるだけのキスをした。

			「………な、んで……。」

			 目を閉じたまま、微かに漏れたのは疑問の声。

			『なぜこんなことをするのか?』

			 ネギにしてみれば尤もな疑問だろう。

			 躊躇いがちにゆっくりと開かれた双眸、その瞳は涙で潤んでいた。数度の瞬きにより、それ
			が雫となって音もなく頬を流れ落ちた。

			「僕なんか相手に…こんな……楽しいんですか……?」

			「500万か体でってのは、おまえも承知の条件じゃなかったか?」

			 ネギの疑問をはぐらかすように、質問に質問で返す。俺の言葉に、ネギは一瞬言葉を詰まら
			せた。

			「……そう…ですけど…でも…。」

			「冗談だと思っていた、か?」

			 言葉尻を捕まえてそう問えば、図星だったのだろう、ネギは押し黙ってしまった。

			「『金か体で払う。』と言ったのはおまえだ、ネギ。」

			「でも!」

			「でも、なんだ?」

			「だ、だって、僕は男で、だからその、それでお金の代りになるなんてそんな…っ。」

			「そんなこたぁ、分かってる。分かってて、その条件を出したのは俺だ。それにな、ネギ。」

			 そこで言葉を区切り、もう少しで唇が触れるというくらい近くまで顔を寄せた。それに、ネ
			ギが息をつめたのが分かった。

			「おまえから手紙を貰ってからこっち、金を用意できていなければいい、そうすればおまえを
			抱けると、俺はそんなことばかり考えてたんだぜ?」

			 考えてみれば、手紙を貰う前から、それこそ5年前、あの約束をした日からこの日のことを
			考えていたような気がする。

			 ネギがどんなふうに乱れるのか、想像しては悦に入った自分に、何度呆れたことか。親子以
			上に年の離れた、しかも同姓の子供相手に何をと思わなかった訳ではない。けれど、何度振り
			払ってもいつの間にか思考はそこにいきついた。なぜこれほど気になるのか、その理由を考え
			てみたりもした。尤も、行き着いた答えらしきものは、あまりにらしくなくて即座に否定した
			が。しかし、適当な言い訳も見つからず、結局、面倒臭くなって悩むのをやめた。それに、
			悩んだところでこの欲求は変わらない。それならば、理由などどうでもいいと結論付けたのだ。

			「……っ!?」

			 俺の言葉に、ネギは驚きに目を見開いた。その頬は真っ赤になり、言葉を失くした口は、た
			だぱくぱくと開閉を繰り返すだけだった。

			「だから金はいらん。その代り、おまえを貰う。」

			 それは最後通告だった。

			 5年待った。これ以上待つ気はない。金を用意できなかったネギが悪いのだ。

			「5年も待たされたんだ。これ以上待てねぇ。」

			「ま……んんっ!?」

			 口付けで抗議の言葉を塞ぐ。もがく体を押さえつけ、思うまま貪った。

			「…これは、約束していた報酬だ。そうじゃねぇのか?ネギ。」

			「…………っっ!」

			 真っ直ぐに見詰めてそう言えば、ネギは言葉を失くし、唇を噛み締めた。

			「男なら、自分の言動には責任をもつべきだと思わねぇか?」

			 こう言われて、真面目で責任感の強いネギが反論できるはずがないと、分かっていての追い
			打ち。

			 我ながら卑怯な手だと、自覚はあるが背に腹は代えられない。無理矢理奪うことは容易いが、
			望みは同意のもとだということ。例えそれがどんな理由であろうとも、だ。

			 迷っているのだろう。ネギは唇を噛み締め、固く目を閉じた。

			 二人の間に沈黙が落ちる。

			 ネギが口を開いたのは、それから数分たった後だった。

			「……分かりました。どんなことであれ、約束は約束です。……ラカンさんの…好きにしてく
			ださい…。」

			 固く目を瞑ったまま、ネギは辛うじて聞こえる程度の細い声で、同意の言葉を紡いだ。その
			言葉に、知らず口元が笑みの形に歪んだ。

			「あの、でも……。」

			 行為を再開しかけた途端、ネギの手がそれを阻む。

			「なんだ?覚悟を決めたんじゃないのか?」

			「こ、ここではちょっと……。」

			 真っ赤になって視線を彷徨わすネギに、ここが屋外だったことを思い出した。

			 こんなところに誰か来るわけもないのだが、それでも、万が一ということがある。それに、
			どうせなら、ゆっくりと堪能したい。

			 『もしかしたら』に備えて用意しておいたものを思い出し、俺はゆっくりと体を起こした。

			「…それもそうだな。よし。」

			 身を起こした俺に続いて立ち上がろうとしたネギを、俺は横抱きに抱きあげた。途端、悲鳴
			にも似た声が上がる。

			「ラ、ラカンさんっ!?」

			「寝室まで運んでやる。」

			 にやりと笑ってそう言えば、頬どころか耳まで真っ赤になるネギ。それに、笑いがこみ上げ
			る。

			「じ、自分で歩けます!」

			 「下ろしてください!」と暴れるネギに構わず、真っ直ぐ寝室に向かう。

			「ラカンさん!」

			「拘束期間は1日だ。」

			「え?」

			 突然の言葉に、ネギはもがくのをやめ、首を傾げた。

			「それ以上は求めねぇ。いいか?」

			「……はい。」

			 ネギを見ることなくそう告げれば、少しの間の後、小さな返事が返ってきた。

			「よし。」

			 それに頷き、寝室の扉を開けた。

			 部屋の中央に座すダブルベッド。それを見た瞬間、腕の中、ネギが体を強張らせたのが分
			かった。それに構わず、ベッドの脇にあるテーブルに近づく。

			「え?ダイオラマ魔法球…?」

			 テーブルに置かれているものに気づいたネギが、魔法球を見、次いで俺を見る。その瞳には、
			疑問の色が浮かんでいた。

			「あの、ラカンさん。なんでこれがここに…?」

			 ネギの疑問には答えず、真っ直ぐ魔法球に向かって歩を進める。

			「拘束期間は1日。尤も…。」

			「ま、まさか…。」

			 呟くように漏らした言葉に、何かを察したのか、青褪めたネギが逃れようともがき始めた。

			「ちょ、ま、待ってください!ラカンさん!これじゃ話が……っっ!」

			「こいつを使えば、10日、だがな。」

			 にやりと笑って、ネギの不安を肯定してやる。瞬間真っ青になったネギに、思わず笑いが深
			まった。

			 「話が違います!」と暴れるネギを無視して、そのまま魔法球の中へ入る。入ってしまえば
			最後、10日経つまでは、どう足掻いてもここから出ることはできない。これで、誰に気兼ね
			することなく、楽しめるというものだ。それに、現実世界では1日しか経たないのだから、嘘
			もついてはいない。

			「5年も待ってやったんだ。これくらいが妥当ってもんだろう?なぁ、ネギ?」

			 人の悪い笑みを浮かべたまま、俺は往生際悪く喚いているネギの口を口付けで塞いだ。











		 	THE END















			パラレル設定のラカンネギ。ネギ君は15歳の設定。
			表にある「CONTRACT」の続きです。
			これをUPしてから、1年くらい経ってますか・・・。
			続きを所望してくださった映さま、大変お待たせしました;;
			こんな感じですが、いかがでしょうか?
			少しでも楽しんでいただければ、嬉しい限りです(^^)

			少々勘違いしていた中沢は、最初現実世界1日=魔法球の中30日
			で考えてました(爆)
			アホですな・・・。