STAND BY ME 歩を進めるごとに、少しずつ重くなっていく沈黙。 ネギ君は俯いたまま、それでも僕に手を引かれるままに歩いている。 時折吹く風は冷たく、二人の間を吹き抜けていく。その度に、隣を歩くネギ君 の体が小さく震えるのに気づいていても、どうすることも出来ない。抱き寄せて、 互いの体温で温めあえばいいのかもしれなかったが、沈黙が、それを拒絶と感じ させ、行動に移すことが出来ないでいた。 歩く度にする土を踏みしめる音。時折吹く風の音。完全ではない静寂が、余計 に二人の間にある空気を重くさせた。 それが実際よりも体感温度を下げ、それほど低くもないはずの気温を、「酷く 寒い。」と錯覚させる。その中で、繋いだ手だけが温もりを感じさせた。 沈黙に、耐えられなくなっていたのは僕のほうだった。 けれど、先に口を開いたのはネギ君だった。 「……ねぇタカミチ。お父さんたちには、いつになったら会えるの?」 俯いたまま零れた問いに、足を止める。それにつられ、ネギ君も足を止めた。 「明日?明後日?それとも、もっと先?ねぇ、タカミチ。」 視線をネギ君に向けると、今度は顔をあげ、泣きそうな顔でそう問うてくる。 それに、膝をついて目線をネギ君に合わせ、その髪をゆっくりと撫でた。 「仕事が終ったら、すぐにでも会えるよ。」 そう、気休めにしか過ぎない答えを返す。 「仕事が終るのはいつ?」 「いつになるかな。今回の仕事は、ちょっと長くなりそうだからね。でも、終っ たらすぐに帰ってくるよ、ネギ君に会いに。」 それがいつとは、そして、無事に片付けば、とは決して口にしない。状況を考 えれば、ナギやアルだとて、もしかしたらと言うことが、ないとは限らないから だ。 そう、僕の師匠のように。 「長くなるの?今回のお仕事。」 「そうだね。多分、終らせるまでには、とても時間がかかってしまうと思うよ。」 「……じゃあ、当分帰って来られない?」 「そうなってしまうかもしれないね。」 苦笑して、頭を撫でれば、大きな瞳に、みるみる涙が溢れてくる。それを見ら れまいとするかのように、また俯いてしまったネギ君の頭を、僕はただ撫でてあ げることしか出来ないでいた。 「……お父さん、どうして僕を連れてってくれなかったのかな……。」 「今回の仕事は、ネギ君を連れて行くには危険すぎたからだよ。大事なネギ君が 怪我でもしたら大変だからね。そんなことになったら、ナギが悲しむだろう?い や、ナギだけじゃない。アルも、師匠も、もちろん僕も。だから、今回は僕と二 人で皆の帰りを待つことになったんだ。ナギも、何も好きでネギ君を残していっ たわけじゃないんだよ。それだけは分かってくれるね?」 言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 触れる体温で少しでも慰めになればと、ネギ君を抱き寄せる。抱き寄せた小さ な体は思っていたよりずっと温かくて、冷えていた体と、そして胸の中がふわり と温かくなる。少しでも安心させられればと思いとった自分の行動に、慰められ ているのはネギ君ではなく、逆に僕のほうだと気付かされ、思わず苦笑してしま う。 腕の中、少しの間を置いて、ネギ君は小さく頷いた。本当に納得してくれたの かは分からないが。 「……淋しいかい?」 更に深く抱き締めて、小さく問い掛ければ、素直にこくんと頷くネギ君。 大好きな父と離れ離れになったのだ。淋しくないはずがない。分かっていて、 それでも訊かずにはいられなかった。 「僕と一緒でも?」 続けられた言葉に、ネギ君がゆっくりと顔を上げる。 溢れ出した涙が頬を濡らしていた。その涙に濡れた大きな瞳が、じっと僕を見 つめる。 「……一緒にいてくれるの?」 確かめるような問い掛けに、その目を見つめながらはっきりと頷く。 「もちろん。ナギにネギ君のことを頼まれたからね。ずっと、一緒にいるよ。」 「ずっと?」 「ずっと。」 「お父さんたちが帰ってくるまで?」 「帰ってくるまで。僕はずっと、ネギ君の傍にいるよ。……それでも淋しいか い?」 ネギ君の疑問全てを肯定して、小さく笑ってみせる。それに、袖口で涙を拭う と、ネギ君はにこりと笑った。 「タカミチがずっと一緒にいてくれるなら、淋しくない。」 そう言って、ぎゅうっと抱きついてくる。それをしっかりと受け止めて。 「そう言ってもらえると、嬉しいよ、とても。」 精一杯の力でしがみ付いてくるネギ君を抱き締めながら、優しくその髪を撫で る。何度も、何度も。 「あ……でも……。」 何かに気付いたのか、不意にネギ君が顔を上げた。そこには、不安げな表情が 読み取れる。 「でも?」 「ガトウさんが来たら、タカミチもいなくなっちゃう?」 不安げな瞳で見つめながら零れ落ちた言葉に、不覚にも、一瞬表情を失くす。 それはほんの一瞬だったが、ネギ君はその一瞬を敏感に感じ取って表情を歪めた。 大きな瞳から、今にも溢れそうな涙。それに慌てて、首を振る。 「いなくならないよ。…師匠……が来ても、僕はネギ君の傍にいる、ずっと、ね。」 「本当?」 「本当だよ。ナギがネギ君を迎えに来るまで、僕はずっと、ネギ君の傍にいる。 誓ってもいい。」 零れ落ちそうな涙を口付けでそっと拭って優しく笑いかける。それに、ようや く安心したのか、ネギ君の顔にも笑顔が戻ってきた。 「うん。ずっと、ずっと傍にいてね。タカミチ。」 「ネギ君の望むままに。僕なんかでよければね。」 しがみ付いて離れなくなってしまったネギ君を抱きかかえ、そのままゆっくり と立ち上がる。そうして、ネギ君を抱えたまま歩き出した。 抱えた小さな体は、繋いでいた手同様とても温かく、それだけで心が癒される。 先ほどまで二人の間にあった重苦しい空気は、いつの間にか消えていた。「冷 たい」と感じていた風さえもどこか温かく、まるで二人を優しく包むかのように さえ感じられる。 触れている箇所から温もりが伝わって、冷えていた体と、そして心を温かくす るのが分かった。 「ねぇ、タカミチ。」 「なんだい?」 「ガトウさんがいなくて、タカミチは淋しくないの?」 しっかりと首に腕を回ししがみ付いているネギ君が、不意に疑問を投げかけて きた。 それに、言葉に詰まる。同時に、歩みさえも止まってしまった。 師匠は既に、この世にはいない。恐らく、僕達と別れた後、絶命したと思われ る。 あの傷では助からない。客観的に見て、それは事実以外の何物でもなかった。 僕は生まれつき呪文詠唱が出来ない身であったし、師匠も、治癒系の呪文はそ れほど得意ではなかった。あの場にアルがいたのならば事態は変わっていたかも しれない。けれど、現実にはアルとは別行動中で、あれだけの傷を治せる者はあ の場にいなかった。 だから、きっと、師匠はもう、この世にはいないだろう。その事実を、この目 で確かめた訳ではないけれど。 師匠に言われるまま、泣きじゃくるネギ君を抱えてその場を去った。 遠ざかっていく師匠の姿に、ネギ君は僕の腕の中で暴れた。泣きながら、それ でも必至に師匠の名を呼び続けるネギ君に、いたたまれず意識を失わせ、気付い た瞬間を利用して暗示をかけた。 『師匠もナギたちと合流するため、僕達と別れた。今回の仕事は危険だから、ネ ギ君を連れて行くことは出来ず、だから僕と共に皆の帰りを待つことになった。』 と。 師匠の死を記憶の奥底に封じ込めたため、ネギ君は、師匠が死んだであろう事 実を忘れてしまっている。 それは、僕が故意にやったことだ。 師匠は記憶を消せと言ったが、僕にはどうしてもそれが出来なかった。ネギ君 の記憶から、『ガトウ』という存在を消してしまうことが、どうしても嫌だった のだ。 だから、ネギ君の記憶の中で、師匠は生きている。ナギと合流し、いつか皆で 自分達のところへ来てくれると固く信じている。 それ故の問いかけなのだが。 僕は、なんと答えればいいのか、言葉が見つからなかった。 「淋しい。」とか、「淋しくない。」とか、そういった類のものではない。そ もそも、師匠は既に死んでいると思われるのに、僕達に会いになど来られるわけ がない。それに、口ではああ言ったが、ナギやアルだとて、最悪の事態になれば、 迎えに来ることなど出来なくなる。しかも、現状を思えば、その確率は決して低 いものではない。だからナギは、こうしてネギ君を僕に託したのだから。 「タカミチ?」 一向に答えが返ってこないのに、ネギ君はその小さな手で僕の頬に触れてきた。 「……淋しくないわけ、ないよね。」 黙ったままの僕の表情に何を見つけたのか、ネギ君は泣きそうな顔でそうぽつ りと呟いた。そうして、そのまま頭を抱え込まれる。 「ネギ君……?」 「僕がずっと一緒にいてあげるからね。お父さんが迎えに来てくれても、ガトウ さんが来てくれるまで、ずっと。また皆が揃うまで、僕はタカミチの傍にいるか ら。だから、淋しくないでしょ?タカミチ。」 先に僕がした行為を真似ているのか、僕の頭をゆっくりと撫でながら言葉を紡 ぐネギ君。それに、僕は今度こそ本当に言葉を失った。 大好きな父と離れ、ネギ君のほうがもっと淋しい思いをしているはずなのに、 それでもこの小さな子供は、僕の悲しみを読み取り慰めてくれようとしているの だ。 ゆっくりと頭を撫でる小さな手の温もりが心地良い。 不覚にも込み上げてきた涙を堪えるため、固く目を閉じた。そうして、腕の中 の温もりを更に強く抱き締める。 「二人で待ってれば、淋しくないよね。」 「………ああ、そうだね。」 辛うじて、それだけ答える。 僕の答えが嬉しかったのか、ネギ君は柔らかく微笑んで、僕の頬に自分の頬を くっつけた。 「ずっと、傍にいるから。ずっと、一緒にいてね。タカミチ。」 「ずっと、傍にいるよ。だから、ずっと、一緒にいてくれるかい?ネギ君。」 「うん。」 まるで誓いの言葉のようだ。 問い掛けに迷うことなく答えてくれる小さな存在が嬉しくて、その唇に触れる だけのキスを落とした。 「?今のな〜に?タカミチ。」 きょとんとした顔で尋ねてくるネギ君に、小さく笑いかける。 「誓いの印。と言うよりは、まぁ、おまじないみたいなものかな。ずっと一緒に いるためのね。」 「おまじない?こうすると、ずっと一緒にいられるの?」 「そうするための、おまじないだよ。」 そう言って、もう一度キスを落とせば、照れたように笑った後、 「うん。ずっと一緒にいられますように。」 そう言って、ネギ君のほうからキスをくれた。 お返しに、もう一度唇に触れて、それからネギ君の体を抱え直した。 「さぁ、そろそろ行こうか。ここが安全地帯とは言え、油断は出来ないからね。」 「うん。ねぇ、タカミチ。どこへ行くの?」 ネギ君を抱えたまま、再び歩き出す。 僕にしっかりとしがみ付いているネギ君が、素朴かつ当然な質問を投げかけて きた。 「日本にね、行くんだよ、ネギ君。そこでナギ達の帰りを待つんだ。」 「日本……。」 聞いたことはあっても実際には行ったことのない国に、一抹の不安を覚えたも のか、ネギ君の表情が僅かに曇る。それに、安心させるように頬に口付けた。 「僕がいるから大丈夫。そうだろう?ネギ君。」 笑って問い掛ければ、僅かの後、ネギ君の顔にも笑みが浮かぶ。 「うん。タカミチが一緒だもん、大丈夫。」 「日本はいいところだよ。だから安心して良い。それに、何があっても、僕は傍 にいるから。ずっと、ね」 「うん。ずっと、傍にいてね。タカミチ。」 「もちろん。」 おまじないと称した誓いの口付けをそっと落とせば、ネギ君からも同じように 返してくれる。それに二人で笑いあって。 「さぁ行こう。ナギ達を待つ、日本へ。」 「うん。」 ネギ君の弾んだ声に笑みを浮かべながら、僕達は日本へ向かった。未だ戦場に いるナギ達の無事を祈りながら。 願わくば、この誓いが少しでも長く続きますように。 それでもそう願ってしまう僕は、やはり弱い人間に他ならない。 それは、ネギ君がナギに再会するのが少しでも遅くなればいいと願うのに等し いからだ。 その思いを打ち消すように、ネギ君に気付かれぬよう、僕は小さく頭を振った。 ああ、けれど、師匠はもう既にこの世にいない。故に、僕達に会いに来ること は永遠にありはしない。 ネギ君。それでも君は、誓いのとおり、僕の傍にいてくれるかい? THE END 以前日記に書いた小ネタの続きです。 ネギ君がアスナのように一緒に旅をしていたら、というパラレル 設定ですね。 いろいろ突っ込みどころはあると思いますが、所詮パラレルと、 温かい目で見ていただけると嬉しいです(^^;) しかし、表のSSは、タカネギな上、「死」がキーワードになっ てるものばかりだなぁ。![]()