「1社だけだから。」

				 とドネットに頭を下げられ、仕方なくも了承したのを、ネギはとても後悔していた。

				 父子共に魔法世界を救った英雄ともなれば、ここでの注目度は半端ではなく、それに伴い、
				雑誌のオファーも尋常ではなかった。尤も、極力断るようにはしていたが。それら全てを受
				けていたら、正直、本来の仕事に差支えてしまうからだ。

				 それでも時折、どうしても断りきれずに取材に応じることがある。が、そう言った場合、
				ほとんどと言っていいほど、ネギは応じたことを後悔していた。

				 今回もそうだ。

				 1社だけと念を押して取材に応じれば、どこからかそれを聞きつけた他の雑誌記者らが、
				我も我もと取材の申し込みをしてきた。最初はもちろん断っていたのだが、何度も頭を下げ
				られれば、流石に無碍にはできない。結局、1社の予定は数倍に膨れ上がり、結果、1日で
				終わるはずが10日にも及ぶ始末。本来の仕事だけであれば数日で終わっていたはずなのに
				と、ネギが深い溜息を吐いたのも無理はなかった。

				 仕事が終わったらラカンとゆっくり過ごす約束だったのだが、それもそのお陰で延び延び
				になってしまっている。こちらでの滞在期間が決まっているため、仕事にかかる時間が長引
				けば長引くほど、一緒にいられる時間は短くなってしまう。ネギにしてみれば正直、これ以
				上不本意なことで時間をとられるのは御免こうむりたかった。

				 ようやく最後の取材を終え、明日からは本来の仕事に手をつけられる。精神的な疲労に溜
				息を吐きながら、ネギはホテルの部屋のカードキーを差し込んだ。

				「遅かったな、ネギ。待ちくたびれちまったぜ。」

				 ドアを開けたと同時にかけられた声に、驚きに目を見開く。そこには、グラスを片手に1
				杯やっているラカンの姿があった。

				「ラカンさん!?どうしてここに!?」

				 会えた嬉しさよりも、驚きのほうが強かった。基本面倒くさがりのラカンが、ここまで来
				るとは思ってもみなかったからだ。

				「まさかラカンさんが来てくれるなんて、思ってもみませんでした。」

				 ラカンに歩み寄りながら、驚きも露わに言葉を紡ぐネギを、ラカンは口元だけの笑みで見
				つめた。

				 その笑みに、あと数歩の距離をネギが詰めなかったのは、今までの経験からかもしれない。

				 何かを感じたのか、それ以上近づいてこないネギに、けれどラカンは気にするふうでもな
				く、ゆっくりとグラスを傾けた。尤も、ラカンにしてみればこの程度の距離、いつでも0に
				することなど容易かったのだが。

				「仕事は終わったのか?」

				「え?」

				 不意にかけられた言葉に、ネギは目を瞬かせた。

				「あ、いえ、実はまだ……。」

				 言いにくそうにそう答えたネギを見ることなく、ラカンは空になったグラスを、側にあっ
				たテーブルに静かに置いた。

				「ずいぶんかかるじゃねぇか。」

				「予定外の仕事が入ってしまって、それで…。」

				「ふ…ん。」

				 顎に手をかけ、ラカンはネギをじっと見つめた。

				 怒っているのが容易に分かるオーラに、ネギは困ったように肩を竦めた。

				 一瞬の沈黙。

				 かたんという微かな音がしたと思った次の瞬間には、ネギはラカンによって、うつ伏せに
				ベッドに組み敷かれていた。

				「ラカンさん!?」

				 驚きに目を見開くネギを他所に、ラカンの手がシャツの合わせ目から中に入ってくる。脇
				腹をなぞる感触に、ネギの体が小さく跳ねた。

				「ラ、ラカンさん!ダメ、ダメです!まだ仕事が…っ!」

				 身動きままならぬ状態で、それでもネギは足をばたつかせた。同時に、抗議の声を上げる。

				 まだ本来の仕事が残っているのだ。ここで行為を許したら、それこそ、その仕事を終わら
				せることなく、ここでの滞在期間が過ぎてしまう可能性だってある。それだけは避けなけれ
				ばならない。

				 ネギは必死に抵抗した。

				「やめてください!ラカンさん!」

				「だったら、さっさと終わらせて来い。」

				「………っ!」

				 耳元に落とされた低い声。殺気すら帯びたそれに、けれどネギは体温が上がるのを感じた。

				「ラカン…さん……。」

				「言っとくが、俺はもう限界だ。」

				「……っっ。」

				 耳へのキスと共に吐露されるラカンの本音。思わず歓喜に震える体に、ネギは頬を赤らめ
				た。

				「だから早く終わらせて来い。いいな?ネギ。」

				「…っあ……っ!」

				 微かな痛みに、ネギは体を震わせた。

				 存在を刻みつけるかのように首の裏になされた刻印。

				 ラカンはそれを笑みと共に見つめ、知らしめるようにもう一度同じ個所に口付けた。

				「1日だけ待ってやる。」

				 それだけ言い残して、ラカンは部屋を出ていった。

				 ラカンが部屋を出ていった後も暫くの間、ネギはうつ伏せのまま身動ぎ一つしなかった。

				 首の後ろに刻まれた証。そこが熱を発しているようで、熱くて堪らない。それに引きずら
				れるように、鼓動までも早くなる。体の奥の方で燻ぶる熱に翻弄されぬよう、ネギは深呼吸
				を繰り返した。

				「は、ぁ……っ。」

				 苦しげに一つ息を吐いて、ゆっくりと上体を起こす。そうして、首の後ろの刻印に指で触
				れてみた。

				「ん……っ。」

				 触れた途端、ラカンの熱を思い出し、体が微かに震える。慌てて頭を振って、何とかその
				熱をやり過ごした。

				「……勝手なんだから…。」

				 我慢しているのはラカンだけではない。ネギとて、早くラカンに会いたいと思っていた。

				 予定通りであれば、今頃はラカンのところにいたのにと、何度溜息を吐いたことだろう。
				それなのに、普段は面倒くさがりなくせにこんなところに現れて、体に消えない熱を点して
				おいて「1日だけ待ってやる。」なんて、勝手すぎる。

				「もう、ラカンさんのバカ…っ。」

				 小さく唸ってみても、ラカンに届く訳もなく、ネギはただ悔しさに唇を噛み締めた。

				 拳を握り締めたネギは徐に立ち上がると、服を着替え、荷物を纏め始めた。そうして、荷
				物を肩に担ぎ、そのまま部屋を出る。

				「あ、ネギ君。ちょうど良かったわ。今食事に誘おうと…。」

				 部屋を出たところで出くわしたドネットの表情が、ネギの顔を見た途端、凍りついた。同
				時に、言葉まで失う。

				「仕事に行ってきます。」

				 ネギはそれだけ言うと、ドネットの脇をすり抜けた。

				「え、ちょ、ちょっとネギ君!?仕事って、今から!?昼食はどうするの!?」

				 ネギの言葉に我に返ったドネットは慌てて振り返ると、足早に歩くネギの背に問いかけた。
				それに、ネギは立ち止まることなく答えを返した。

				「いりません。ホテルも引き払いますが、僕のことは気にしないでください。時間までには
				戻ります。」

				「え?ちょっとネギ君?」

				「半日あれば十分です。片づけてきます。」

				「……っっ!!」

				 殺気にも似たオーラを身に纏ったネギは、そうきっぱり言い放つと、結局、一度もドネッ
				トを振り返ることなくそのままホテルを出ていった。






				「これで満足ですか!?」

				 そう言って、埃まみれのネギがラカンのもとに現れたのは、その日の日付が変わろうとい
				う時刻だった。

				 不機嫌も露わに仁王立ちしているネギに、しかしラカンは、ゆっくりと口元を笑みの形に
				歪めた。










				 あの時のネギ君は本当に怖かったとは、後にドネットが漏らした言葉である。














				THE END





		 	















				有言実行ネギ君(笑)

				ネギ君の特集が組まれてるこの雑誌、欲しいなぁ・・・。