ss58
「ただいま。」
「おう、おかえり。遅かったな。」
聞こえてきた声に、ナギは新聞から顔を上げながら声をかけた。それに、小さく息を
吐いたネギが、脱いだ上着をハンガーにかけながら答えを返してきた。
「急に職員会議が入っちゃって。」
「そりゃ大変だったな。腹減ったろ?メシできてっから、着替えたら食おう。」
「はい。」
部屋着に着替え始めたネギを見るともなしに見ながら、手にしていた新聞紙を畳んで
テーブルに置く。味噌汁を温めるかと腰を上げた時、ふと目に入った赤い刻印。それが
何かを理解するより先に、体が動いていた。
「父さん?わ…っ!?」
着替え途中のネギを、有無を言わさずソファに引き倒す。そうして、鎖骨付近にある
それを凝視した。
「あの…父さん?どうしたんですか…?」
突然のナギの行動に訳が分からず、ネギが不安げな顔で首を傾げる。それに、ナギは
表情のない顔を向けた。
「これはなんだ?ネギ。」
「え?これ…?」
ネギには、ナギの質問の意味が分からなかった。
「これって、あの、何かあるんですか?」
さっぱり分からないと言った表情で首を傾げるネギに、ナギは無表情のまま、鎖骨付
近に刻まれた証を指でなぞった。
「こんなもん、誰に付けられた?タカミチか?それとも、コタローか、フェイトか?」
そう問いかけるナギの顔に表情はなく、ただ目だけが怒りに鈍い光を放っていた。
今まで見たこともないナギのその目に、恐怖心が湧きあがる。ナギがなぜこんな目を
向けるのか分からず、恐怖に竦んだ体が微かに震えだした。
「あの、僕、何の事だか、分からないんですけど……。」
「分からないってこたぁないだろ?俺は、ここにこんなもん刻んだのは誰かって訊いて
るんだよ。」
口調はどこまでも穏やかだけれど、そこに潜んだ怒気は隠しようがない。常よりも低
い声音で問いかけられ、ネギが身を竦ませる。
「あ……っ!」
ナギの問いに首を傾げたネギは、しかし、ようやく思い当たったのか、小さな声を上
げた。次いで、ようやくナギの言わんとしていることを理解し、頬を赤らめる。それに、
ナギの目が更に細められた。
「と、父さん、違います!これは…!」
「何が違うんだ?誰かに付けられたんだろう?こうして…。」
「ん…っ!」
言葉と共に、朱に染まっていた箇所を吸われる。微かな刺激に、ネギは小さく反応し
た。
「そいつにもそんな顔を見せたのか?ネギ。」
耳元に揶揄を含んだ声が落とされる。それに、ネギは顔を赤らめた。
ネギの反応に、ナギの疑念が確信に変わる。ナギは湧き上がるどす黒い感情を隠そう
ともせず、ネギの顎を掴むと視線を絡ませた。
「相手は誰だ?ネギ。そいつを……。」
言いかけて、言葉を失う。
続くはずだった言葉に、ナギは思わず愕然とした。
ここへきてようやく、それが実の息子に対する感情では到底あり得ないものだという
ことに気がついたからだ。
『俺は……。』
「これは蚊に刺されたんです!」
「…………は?蚊?」
突然静かになったナギに、ここで誤解を解かなければ怖いことになりそうだと感じた
ネギが、必死に説明する。
ネギの言葉に、ナギは目を瞬かせた。
「良く見てください、父さん。ほら、皮膚が膨らんでるでしょ?これは蚊に刺されたん
であって、父さんが考えてるようなことなんてありません。」
言われて良く良く見れば、確かにそこだけ皮膚が膨らんでいる。蚊に刺された時特有
の状態の皮膚に、なるほどそうかと、ようやく納得したナギは、思わず安堵の溜息を吐
いた。
「んだよ、びっくりさせやがって。」
びっくりしたどころか怖かったのは寧ろネギのほうなのだが、ナギの誤解が解けたこ
とに、ネギも安堵の息を吐いた。
我に返ってネギを見れば、余程怖かったのだろう、その目に薄らと涙が浮かんでいる。
早とちりの勘違い(ついでに言うならば、理不尽な怒りも含まれる)で、酷く怖い思い
をさせてしまったことに気づき、ナギはネギの体をそっと抱き締めた。
「怖かったか?」
「………はい。」
躊躇いがちな、けれど素直な言葉に、ナギの口元に苦笑が浮かぶ。
「悪かったな、怖がらせて。」
宥めるように軽く背を叩いてやれば、腕の中、ネギはふるふると頭を振った。
おずおずと背に回された腕に、更に深く抱き締める。そうして、何度も頭を撫でた。
考えて見れば、肌の刻印(蚊に刺された痕だったのだが)を見た時から、正常な判断
が出来なくなっていたように思う。内からどす黒い感情が湧き上がり、抑えが利かず、
気がつけばネギをソファに引き倒し詰問していた。
己の行動の起因となっているのが、息子に向ける感情以上のものだということは分
かっていた。本来であれば抑制しなければならないものだということも。にもかかわら
ず、白い肌に散った朱の刻印を見た瞬間、箍が外れた。
今後、ネギが誰かと付き合うようになり、その誰かに刻まれた証を見てしまったら、
自分はきっと怒気を抑えられないだろう。
『最悪、相手をどうにかしちまうかもな…。』
先に、形にしかけて止めた言葉を思い出し、苦笑する。
そう思ってしまう自分に呆れもするが、事実なのだから仕方がない。こういう時には、
とっとと腹を括ってしまうに限る。それこそ、トンビに油揚げをさらわれては元も子も
ないのだから。
「ネギ。」
「はい?」
名を呼べば、腕の中、顔を上げたネギが首を傾げる。
ゆっくりと体を離し、蚊に刺されたのとは反対側の鎖骨付近に口付け、証を刻む。そ
れに小さく反応したネギが、頬を赤らめ目を瞬かせた。
「父さん……?」
不安げに揺れる瞳に小さく笑いかけて、唇に触れるだけのキスを落とした。
「父さん…っ!?」
「なぁ、ネギ。」
ネギを真っ直ぐに見つめ、その柔らかな髪に触れる。触れる度に震えるのは、不安の
ためか、それとも。
「おまえを俺のものにしていいか?」
静かに告げた言葉に、ネギは大きく目を見開いた。
THE END
他のキャラでもいけそうな話ですが、ネタが浮かんだ時のお相手が
ナギだったのでナギネギ。
落ちつけナギ。…自分で書いておいてなんですが;