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あの頃の僕は、平和な日常は連綿と続いていくのだと、何の疑問も
持たず、そう信じていた。
けれど、あの日、そんな日常は、あっという間に覆された。
a nightmare
丘の上から見下ろした村は、既に炎に包まれていた。
炎に真っ赤に染まった村。
訳が分からず、戻っているはずのネカネお姉ちゃんの名を呼びなが
ら、炎に包まれた村に駆け下りていく。
火の手はあちこちで上がっていて、それこそ火のついていないもの
などないのではないかと思われた。
煙にむせながらも、必至にネカネお姉ちゃんの名前を叫ぶ。しかし、
応えはない。
代わりに見つけたのは、石と化したおじさんたちの姿。
ネカネお姉ちゃんも石になってしまったのだろうかと思うと、恐怖
に、そこから動けなくなってしまった。
炎に包まれた村。
石になってしまった村の人たち。
ほんの数時間前までの平穏な日常は、既にそこにはない。
自分が魚釣りに行っている僅かの間に起こった惨状に、思わず込み
上げてくる自責の念。
「ぼ、僕が…僕がピンチになったらって、思ったから…?僕があんな
コト思ったから……!」
心の中で、何度も何度も「ごめんなさい。」を繰り返して、同時に、
「これが夢なら早く覚めて。」と、固く目を瞑る。そんなことをした
ところで、目の前の惨状が変わるわけがないのは分かっているけれど、
それでもそうせずにはいられなかった。
不意に落ちた影に、瞑っていた目を恐る恐る開けてみれば、目の前
に無数の異形の影。
闇が実体を伴ったかのように地面から現れるそれらに、震える体は
動くことすら出来ず、ただその場に立ちつくす。
「僕があんなこと思ったから……。」
ピンチになったら現れると信じて疑わない父に、震える唇は助けを
求めた。
「……お父さん……お父さん…お父さん!!」
「―――――――――――――――――――…っっっっ!!!」
悲鳴にも似た短い声に意識が覚醒する。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
見開いた瞳の先に広がるのは闇のみ。
静寂の中、鼓動の音が嫌に耳につく。
寝汗に、肌に張り付く布の感触が気持ち悪い。
先の声が、自分の口から洩れたものだと、暫くは気付けなかった。
無意識に止めていた息をゆっくりと吐き出して、気持ちを落ち着か
せる。ようやく先までのことは全て夢だったのだと理解し、ネギは安
堵に、緊張に硬くなっていた体から力を抜いた。
「………………夢……。」
「怖い夢でも見たのかい?」
「…………っっ!」
不意に聞こえた声に、体がびくりと反応する。
傍に人がいるとは思っていなかったのだ。
「ああ、びっくりさせてしまってすまない。僕だよ。分かるかい?ネ
ギ君。」
「あ……タカミチ……。」
闇に慣れ始めた目に、タカミチの顔が映る。
声の主がタカミチだと分かり、ネギは強張らせていた体の力を抜い
た。
額にかかる髪をはらうように触れてくる手は、先のように驚かせな
いよう、細心の注意が払われていた。まるで壊れ物に触れでもしてい
るかのようなタカミチの行動に、ネギは苦笑を洩らした。
「?どうかしたかい?」
「ううん。なんでもない。」
問いに、首を振って答える。
タカミチは一瞬首を傾げたが、それ以上聞いてはこなかった。
ゆっくりと触れるタカミチの手が心地良い。
気持ち良さにうっとりと目を閉じながら、『そういえばタカミチと
一緒に寝たんだっけ。』と思い出す。
「起こしちゃってごめんなさい。」
そう素直に謝れば、タカミチは笑って首を振った。
「気にしなくていい。……怖い夢でも見たのかい?」
そうして、先と同じ問いを口にする。
『怖い夢』。
目が覚める直前に見ていた夢は、確かに『悪夢』だった。『悪夢』
で、けれど、『現実に起こった』こと。
あの時のことを思い出して、ネギは小さく体を震わせた。
答えのないネギに、けれどその反応から、問いは図星だと、タカミ
チは気がついた。
安心させるように髪を撫で、額に口付けを落とす。
額に触れた唇に、ネギは少しだけ驚いたような表情を見せた。けれ
ど、何を言うでもなく、そのままゆっくりと目を閉じた。
それを合図に、唇に触れるだけの口付けを落とす。
瞬間、小さな反応はあったけれど、拒否はない。
それに、もう一度触れるだけのキスをする。
何度かそうして触れるだけのキスを繰り返してから、タカミチはネ
ギの耳元にそっと囁いた。
「……怖い夢を見なくてもいいよう、朝までしようか?」
「え?」
タカミチの言葉に、ネギはゆっくりと目を開けた。囁かれた言葉の
意味が、理解できなかったのだ。
視線を向ければ、ネギを見つめて答えを待っているタカミチと目が
合う。
欲を十二分に含んだ雄の顔。
行為の時に見せる表情に、先の言葉の意味をようやく理解する。理
解したと同時に、なぜタカミチのベッドに自分が眠っていたのかを思
い出し、頬が朱に染まる。
闇の中でも真っ赤だと分かるくらい、ネギの顔は朱に染まっていた
のだろう。ネギを見つめるタカミチの口元には笑みが浮かんでいる。
それに、ネギの頬はますます赤くなる。
「え……あ、あの……。」
ネギの言葉を待っているのか、それきりタカミチからの言葉はない。
ただ黙ってネギの顔を見ている。口元に、それと分かる笑みを浮かべ
たまま。
ネギは、答えが見つからないというよりは、どう答えていいか分か
らないといった顔で視線を彷徨わせた。
困ったように視線をタカミチに向けても、言葉はない。タカミチは
そんなネギをただ見つめている。
僅かの沈黙の後、ギシッとベッドが軋む音がした。
それは小さな音だったが、静寂の中では思ったよりも大きな音に聞
こえた。だからだろうか。ネギは思わず身を強張らせてしまった。
硬直してしまったネギの頬に、ゆっくりとタカミチの手が触れた。
それにさえ、体が震えてしまう。
「……タカミチ……?」
恐る恐るといった様子で、ネギはタカミチに視線を向けた。問い掛
けるような視線に、しかし言葉はない。微苦笑を浮かべてネギの顔を
見つめている。
「あ……あの…。」
「無言は肯定ととっていいのかな?ネギ君。」
沈黙に耐え切れずに言葉を紡ごうとしたのを遮るように、タカミチ
の低い声が耳元に落とされる。
「え!?あ、いや、あの、ちが……っっ。」
頬を真っ赤に染めて、慌てて頭を振るネギに、タカミチの笑みが深
まる。そのうちに、堪えきれなくなったとでもいうように、低い笑い
声がその口から洩れだした。
「タ、タカミチ……?」
くつくつと笑うタカミチに、ネギは首を傾げた。なぜタカミチが笑
うのか、分からなかったのだ。
「……ごめんごめん。ネギ君の反応があまりに可愛くて、つい、ね。」
そう言いながらも笑い止まないタカミチに、ネギは頬を膨らませた。
「また、僕のことからかって。もう、タカミチなんか嫌いだ!」
「ごめんごめん。別に、からかったわけじゃないんだよ。」
拗ねてそっぽを向いてしまったネギを宥めるように、タカミチはそっ
と、それでも有無を言わさぬ強さで自分の方を向かせた。
「先の提案は本気だよ。ネギ君さえ良ければね。ただ……。」
タカミチはそこで言葉を区切った。
欲を含んだ瞳で見つめれば、ネギの頬に朱が散る。
視線を外すことも出来ず、ネギは困ったようにタカミチを見つめた。
それに、タカミチは苦笑を浮かべた。
「そうなると、明日、ネギ君は確実に有給休暇をとることになるだろ
うね。ネギ君の意思とは無関係に。」
そう言って、意味深な笑みを浮かべるタカミチに、ネギの顔が更に
赤くなる。
「それでも良ければね。実際、夢は、見なくなると思うよ。確実に、
ね。」
止めの言葉に、顔だけでなく全身が朱に染まる。それこそ、まるで
茹蛸のように真っ赤になってしまったネギに、タカミチが低く笑いを
洩らす。
実際、一度の行為にさえ、ネギは気を失ってしまう。多分、行為の
最後のほうの記憶はないに等しいのではないだろうか。
タカミチはそんなネギの行為の後始末をして、パジャマを着せてや
る。そうしてベッドで共に眠る。それが常だった。
もちろん、今日もそうだった。
いつものように後始末をして、パジャマを着せ、腕に抱いて眠りに
ついた。
その中で、夢にうなされて飛び起きたネギの気配にタカミチは目を
覚ましたのだ。
「どうする?ネギ君。決定権は君にある。僕にどうして欲しいか、言っ
てくれるかい?」
真っ直ぐに見つめられ、ネギは困惑に、口をぱくぱくさせている。
答えは決まっているのに、どう言えばいいのか分からないのだろう。
頬を朱に染めたまま、助けを求めるように上目遣いで見つめてくる
ネギに、タカミチは劣情に火をつけられるのを感じた。それでも、そ
れを理性で抑え込み、ネギの言葉を待つ。
「あ…の……僕……。」
言葉を選びながら、といった感じで、ネギは思いを口にし始めた。
「明日、授業に出られなくなっちゃうのは困るから……えと、タカミ
チの気持ちは嬉しいんだけど、でも、あの、だから、そういうのは
ちょっと……。」
困ったように俯いて紡ぐ言葉は、少しずつ小さくなっていく。それ
でも、至近距離にいるタカミチには聞こえたのか、その言葉に、微苦
笑を浮かべた。
「了解。でも。」
途中で言葉を切ったタカミチに、ネギが視線を上げる。と、タカミ
チの腕に抱きこまれた。
「タ……タカミチ…?」
「これくらいは許してくれるだろう?それとも、僕がいないほうがい
いなら、向こうへ行こうか。」
ネギを腕に抱いたまま、タカミチはその髪をゆっくりと撫でた。
髪に触れる大きな手。肌に触れる温もり。こうしているのは決して
嫌ではないし、寧ろ温もりが傍にあったほうが安心できたから、ネギ
にタカミチを拒絶する理由はなかった。
タカミチの言葉に、ゆっくりと首を振る。
「ううん。こうしててくれたほうが安心できるから、このまま、傍に
いて。」
照れているのか、顔を隠すようにタカミチに身を寄せる。それをそ
のまま抱き締めて、タカミチはあやすように数回背中を撫でた。
「ネギ君の望むままに。」
「うん。」
タカミチの言葉に、ネギは照れたような笑みを浮かべた。
「おやすみ、ネギ君。」
言葉と共に額に落とされた口付けを、目を閉じて受け止める。
「ん…。おやすみなさい。タカミチ。」
タカミチの腕の中、小さく笑みを浮かべたネギは、そのまま安らか
な眠りについた。
程なく聞こえてきた小さな寝息に、タカミチの顔に笑みが浮かぶ。
薄く開かれた唇に、触れるだけの口付けをそっと落として、そうし
てタカミチは、暫くの間、ネギの寝顔を見つめていた。
できればこの腕の中、二度と悪夢を見ることのないように、と願い
ながら。
「おやすみ、ネギ君。いい夢を。」
THE END
タカネギSS第3弾。
いちようそんな関係が前提な話(笑)
10歳の子供相手にナニをしてるんだか(苦笑)
ネギ君が今回のように夢で起きなければ、翌日、
ちゃんとパジャマ着てるのに気付いて赤くなって、
でもちゃんとタカミチに「あの…ありがと…。」と
お礼を言う姿が見られたものと思われ。
可愛いなぁ、もう(^^)
そのままにしとくとネギ君の体に負担がかかるから
はもちろんだけど、そんなネギ君見たさにってのも
ちゃんと後始末する理由の一つなんだろうなぁ。
……ダメ大人だ;
いや、いろんな意味で。
ってか、ダメなのは私か(苦笑)
夢の前については、皆様の妄想にお任せします(笑)