「今日は父の日だ。というわけで、ネギ。今日は1日これを着て、俺に感謝の意を 表すように。」 ナギは、それはとてもさわやかな笑顔でそう言うと、ネギに白い箱を押し付けた。 「………はぁ。」 何が「というわけで」なのか、ネギにはさっぱり分からなかった。 困惑も露わに、ネギは押し付けられた白い箱を見つめ、目を瞬かせた。 今日は6月の3週目の日曜日、所謂父の日である。 その日の朝、目を覚ましたばかりのネギに、ナギは突然そうのたまった上、怪し げな箱を押し付けたのだった。 「あの、父の日はいいんですが、これは何ですか…?」 ナギの言わんとしていることがさっぱり理解できないネギは、手にしている白い 箱を指差しながら問いかけた。それに、ナギの笑みが深まる。 「メイド服。」 「……………は!?」 さらりと告げられた一言に、ネギの目が点になる。 呆然とナギを見つめたままのネギの脳内では、『メイド服って、あのメイド 服……?それが父の日と何の関係が???』とか、『え!?って、僕が着るの!?』 とか、『どこで買って来たんですか!?というか、そんなもの買わないでください!』 とか、『そんなもの着て、どうしろと!?』といった言葉にならない疑問や嘆きの 叫びがぐるぐる回っていた。 ナギは驚きに口を開けたまま言葉を失っているネギに構わず、箱のふたを開ける と、メイド服を取り出し広げてみせた。 「ミニにするか迷ったんだが、ま、今回は王道ってことでロングだ。オマケで猫耳 も用意しといたからな。」 『今回ってなんですか!?今回って!?しかも猫耳!?そんなオマケ、用意しない でください!』 目の前に広げられたメイド服とナギの言葉に眩暈を起こしながら、ネギは声にな らない言葉を叫んだ。 「さ、着替えるぞ。」 「………っっ!!??」 言葉と共に、パジャマのボタンが外されていく。 慌てて抵抗するも時すでに遅し、結局、ネギはナギの手によって、メイド服に強 制的に着替えさせられてしまった。 「あうう……;」 ネギはベッドの上で、スカートの裾を握り締めて小さな唸り声を上げた。 薄らと頬を染め、恥ずかしさに涙を浮かべているネギは、酷く可愛らしかった。 心なしか垂れた猫耳も、ネギの今の心情を表しているようでなんとも愛らしい。黒 に近いグレーがネギの肌の白さを際立たせて、エプロンの白と相俟って妙な色気を 感じさせた。 「似合うな。可愛いぞ、ネギ。」 そう言われても喜べるはずもなく、ネギは恨めしげにナギを見つめた。それに、 ナギは口元を笑みの形に歪めた。 「ネギ。今日一日、俺のことは『ナギ様』または『ご主人様』と呼ぶように。」 「え、な、えええ…っっ!?」 ナギの言葉に、ネギは目を見開いた。 「む、無理です!」 「無理ってことないだろ。ほれ、呼んでみろ。」 「できませんっ!父さんのことそんな…っっ!」 「ちなみに、今日は『父さん』って呼んだら、その回数分、キスな。」 ネギの顎を掴んで楽しそうにのたまったナギに、ネギの目が驚きで更に大きく開 かれた。同時に、頬が真っ赤になる。 「そんなの聞いてな…っ!」 「今決めた。」 「な…っ!?ん…っっっ!」 ナギはネギの抗議の言葉を遮るように、唇を重ねた。そうして、舌を滑り込ませ る。途端、ネギの体が跳ねた。 「ん…っんん……っっ。」 時折漏れる、苦しげな声。快楽に震える細い体を、ナギは深く抱き締めた。 手加減の一切ない濃厚なキスに、ネギの思考が霞み始める。それは、ネギの体か ら完全に力が抜けるまで続けられた。 「は、ぁ……。」 思うまま貪った後解放してやれば、力を失くした体は後ろへ倒れ込んだ。それを 片手で支えてやり、ナギはネギをゆっくりとベッドに横たわらせた。 「ネギ、俺のこと、呼んでみな。」 「…と…さ……。」 耳元の囁きに小さく反応しながら、ネギは微かな声でナギを呼んだ。それに、ナ ギが微苦笑する。 「違うだろ?『ナギ様』だ。」 「ん…っやぁ……。」 言葉と共に耳にキスされ、ネギが身を震わせる。 ふるふると頭を振るのを、ナギは顎を掴んで自分のほうを向かせた。 「呼べるだろ?ほら。ネギ?」 「あ……う……ご…ごしゅじ、ん…様……。」 恥ずかしくて仕方がないのだろう。固く目を閉じ、顔を真っ赤にして、震える声 でネギは言葉を紡いだ。 ネギの口から零れた言葉に、ナギの顔に微苦笑が浮かぶ。 どうせなら名前で呼べばいいのにと思ったが、『ご主人様』でもいいと言ったの は自分だ。仕方がない、諦めるかと、ナギはネギの頬にそっと手を添えた。 「ま、とりあえず合格、だな。」 そう言うと、ナギはネギに触れるだけのキスをした。 「さて、と。じゃ、支度して出かけるぞ。」 そう言って徐に起き上がったナギに、ネギは目を瞬かせた。 「出かける…?って、どこへですか?」 「アルんとこ。いいお茶が入ったから飲みに来いとよ。」 言いながら、ナギはベッドから下りた。そうしてネギの手を引き、上体を起こし てやる。 「そうですか。いってらっしゃい。」 お茶に誘われたのはナギで、だからネギは、てっきりナギ一人で行くものと思い 込んでいた。が、続いたナギの言葉に、ネギは目を瞬かせた。 「あ?何言ってんだ。ネギ、おまえも行くんだよ。」 「え?あの、僕も行くって……??」 「おまえも誘われてんの。ほら、とっとと顔洗って来い。」 「はぁ、そうですか。じゃあ着替えてきます。」 お茶会の話は初耳だったが、何か用事があったわけでもなく、また、アルの用意 してくれるお茶は美味しいものばかりだったから、ネギに否やはなかった。そう、 次のナギの言葉を聞くまでは。 「着替え?バカ、そのまま行くに決まってんだろ。」 「え、えええ!?」 ネギは一瞬目を瞬かせると、次いで大きく見開いた。 「嫌です!こんな恰好でなんて出かけたくありません!」 「今日一日それ着てろって、最初に言ったよな?」 「でも!」 「ダーメ。ほら、アルが待ってんだ。とっとと顔洗って来い。」 取り付く島もないとはこのことだ。ネギの抗議は聞かないとばかりに背を向ける ナギに、ネギは叫びに近い声でナギを呼んだ。 「父さん!」 「ネギ。」 「…っ!」 途端低い声で名を呼ばれ、ネギは己の失言に気がついた。が、時すでに遅し。 ゆっくりと振り返った、どこか楽しそうな笑みを浮かべたナギに、ネギは身を強張 らせた。 「『父さん』じゃないだろ?」 「だ、だって、父さ…あ…!」 慌てて口を押さえるが、零れた言葉は取り返せるはずもなかった。 「な、なんで、いつもどおりじゃダメなんですか…っ。」 ナギに顎を掴まれ、顔を上向かされたネギは、震える声で当然の疑問を問うた。 それに、ナギが微苦笑を浮かべる。 「んな格好で『父さん』じゃ、萎えるからに決まってんだろ。」 「な、なんですか、それ!?」 ナギの答えの意味が、正直、ネギには良く分からなかった。が、そもそもの初め からとても理不尽なことを強いられているのだから、ネギが納得できかねるのは仕 方のないことだろう。 「父の日だからって、なんでそこまでしなきゃならないんですか!?大体、この格 好と父の日と全然関係ないじゃないですか!」 「んなもん方便に決まってんだろ。俺がしたいからしただけだ。」 「な……っ!?んむ…っ!?」 返ってきた俺様な答えに一瞬言葉を失ったネギの口を、ナギは口付けで塞いだ。 濃厚なキスで、ナギはネギの抗議を封じてしまった。 「…ん、はぁ……と、さんの…バカぁ……。」 「おまえも懲りないな。」 潤んだ瞳で恨めしげな視線を向けてくるネギに、ナギの苦笑が深まる。 「いっそ、呼べるまで体に教え込むか?」 「……っ!?」 耳元で囁かれた何やら物騒な提案に、ネギは顔を青褪めさせた。 「や、やだ…っやめ…っっ!」 ナギの腕から逃れようと、ネギは必死にもがいた。それに、ナギは口元を笑みの 形に歪めた。 「バーカ。冗談だよ。ほら、落ち着け、ネギ。」 「……っっっ。うう、もう、父さんなんか……っっ。」 目に涙をいっぱい浮かべて、それでも「嫌い」の一言を口にできないネギに、ナ ギの笑みが苦笑に変わる。零れ落ちそうな涙を口付けで拭ってやりながら、あやす ように軽く背を叩いた。 「はいはい、俺が悪かった。だからもう泣くな。」 「泣いてません!」 途端返ってきた強がりに、思わず笑ってしまう。 「父さん!」 「これで何回目だ?ネギ。」 「え?あ……っ!」 にやりと笑ったナギに、ネギは先ほどから何度も「父さん。」と呼んでいるのに 気がついた。 「7回目か?ってことは、キスは4回だな。」 「や…っ!」 上げかけた抗議は、口付けで封じられた。けれど、今回は触れるだけで、すぐに 解放された。 「……?」 「キスが嫌なら、『ナギ様』か『ご主人様』って呼ぶんだな。」 言いながら、再度口付ける。触れるだけのキスを2回すると、ナギはネギの顎を 掴んだまま、真っ直ぐに見つめた。 「最後はおまえに選ばせてやるよ。ネギ。ディープキスと、おまえから俺にキスす るのと、どっちがいい?」 「…っ!?」 突然提示された二択に、ネギの目が見開かれる。困惑に真っ赤になるネギを、ナ ギはただ黙って見つめた。 たっぷり数分迷った末ネギが選んだのは、自分からナギにキスをするだった。 頬を朱に染めたネギが、固く目を閉じ、震えながら、ナギに触れるだけのキスを した。それを、ナギは楽しそうに見ていた。 「言っとくが、アルんとこにはおまえも連れてくぞ。尤も、自分で歩くか、俺にお 姫様抱っこで運ばれるか、それはおまえ次第だけどな。」 「~~~~~っっ。」 ナギはお返しとばかりにオマケのキスをネギにすると、そう言い放った。 どうあってもこの格好でアルのところへ行かねばならないことを思い知り、ネギ はがっくりと肩を落とすと、己の運命を呪いながら、蚊の鳴くような声で「自分で 歩きます。」と答えた。 こうなっては腹を括るしかないのだが、服はコートで隠すとして、せめて外を歩 いている間くらいは、この猫耳とカチューシャは外させてもらおうと、口を開きか けたネギは、ナギの一言に蒼白になった。 「そういや、タカミチも来るらしいぞ。詠春も、ちょうどこっち来てるから寄るっ てよ。それとあれだ。コタローと、ついでにフェイトも呼んどいたって言ってたな。 『来る。』とは言ってなかったが、ま、おまえが参加するんだ、あいつらも来んだ ろ。」 そう言って笑うナギの背と尻に、悪魔の羽と尻尾が見えたのは、ネギの気のせい ではないかもしれない。 瞬間呆然としたネギは、しかし次の瞬間、思わず叫んでいた。 「遠慮します!父さん一人で行ってきてください!!!」 当然の如く、ネギの抗議が受け入れられることはなかった。 THE END いろいろ間違ったナギネギ; でも、書いてて楽しかった~v(←ダメ大人)![]()