釣りに例えるなら、「餌」は「魔法書」。ターゲットは、もちろん、ネギ君。

		 大人の思惑など知らず、みすみす罠に飛び込んできてしまうところは、まだ
		まだ子供な証拠。だからこそ、こちらは罠を張りやすい、とも言えるのだが。

		 待ち合わせは19時ジャストに僕の部屋。

		 時間どおりに現れたネギ君を玄関で出迎える。

		 扉を開けて招き入れれば、「お邪魔します。」と礼儀正しい挨拶が返ってく
		る。そうして、罠の待つ部屋の中へ。

		 気分は、

		「赤ずきんちゃん、ようこそ。」

		 と言ったところだろうか。







		Angel voice







 		 一緒に夕飯を食べた後、居間に移動して、それからすぐに、ネギ君はお目当
		ての魔法書を、僕は新聞を読むふりをして、そんなネギ君を見ている。

		 魔法書を読むネギ君の表情は真剣そのもので、声をかけることすら躊躇われ
		た。

		 そんな調子で時間は刻一刻と過ぎていき、気がつけばかなりの時間が過ぎて
		いた。

		 時計に目をやれば、そろそろ10時になるところ。

		 8時頃には居間に移動し終えていたから、かれこれ2時間は経つことになる。
		魔法書に集中しているネギ君は言うに及ばず、僕も、そんなネギ君の邪魔をせ
		ず黙って見ていたから、その間、お互いに無言だったことになる。

		 テーブルの上の紅茶はとっくに冷めていて、けれど、それにすら気付かない
		ほどの集中力で、ネギ君は魔法書を読んでいる。

		 僕は一度だけ冷めてしまった紅茶を淹れなおすのに立ち上がったが、ネギ君
		はそれにすら気付いていなかった。当然ながら、目の前の紅茶が新しくなった
		ことにも。

		 そんな風に過ぎた2時間。

		 そろそろ僕を見て欲しい、と思うことは、決して我侭なことではないだろう。
		声を、聞きたいと思うことも。

		『2時間もよく我慢したものだ。』

		 と、自画自賛して、僕は徐に立ち上がった。

		「ネギ君。」

		「ん…何?タカミチ。」

		 声をかければ、答えは返ってくるが、視線が本から外されることはない。そ
		れに苦笑して、背後からネギ君の手にある魔法書を取り上げる。

		「あ!まだ途中……っ。」

		「そろそろ10時になるんだけど、気付いていたかい?ネギ君。」

		 取り上げられた魔法書に、反射的に手を伸ばしてくるのを軽く押し留めて、
		しおりを挿んで閉じてしまう。そうしながらそう問えば、ネギ君は驚いたよう
		に視線を時計に向けた。

		 視線の先の時計は、9時58分を過ぎている。もうすぐ、10時になるとこ
		ろだ。

		「もうこんな時間だったんだ……。気付かなかった。」

		 時間を確認して、ネギ君は、そうぽつりと呟いた。その様に、思わず苦笑し
		てしまう。

		 気付かないのも無理はない。周りなど全く見えないほどの集中力でもって、
		魔法書を読んでいたのだから。

		 その集中力は凄いものだと、感心はするが、正直、歓迎はできない。なぜな
		ら、その間、僕は存在すらないかのように、完全に放置されるからだ。それは、
		やはり、面白くない。大人気ない、と分かっていてもだ。

		「そう、もうこんな時間なんだよ。そろそろ読書を止めてもいい時間だとは思
		わないかい?」

		「……うん。そうだね。ごめんなさい、タカミチ。僕、夢中になると周りが全
		然見えなくなっちゃって。」

		「確かに、その集中力は凄いと思うよ。僕が紅茶を淹れなおしたのにも、ネギ
		君は気付いていないだろう?」

		 苦笑して、そう訊けば、目をぱちくりさせて目の前の紅茶と僕を交互に見る。

		 その目は、気付いていなかったことを雄弁に物語っていた。もっとも、気付
		いていないことなど、こちらは最初から分かっていたのだが。

		「え?淹れなおしてくれたの?」

		「最初に淹れたのが冷めてしまっていたからね。もっとも、それも既に冷めて
		しまっているけれど。」

		 僕の言葉に、ネギ君は目の前の紅茶に手を伸ばす。触れたカップは既に温か
		みを失っていて、中身がすっかり冷めてしまっていることは容易に分かっただ
		ろう。

		「あ……ごめんなさい。折角淹れなおしてくれたのに気付かなくて……。」

		 しゅんとなってしまったネギ君にそっと手を伸ばし、その髪を撫でる。

		「それは気にしなくていい。僕が好きでやったことだからね。それより……。」

		 言葉をそこで区切り、ネギ君の傍らに膝をつく。ネギ君は僕の動きを目で追っ
		ていたから、自然と、僕と視線を合わせることとなった。

		 反省しているのか、しゅんとなってしまっているネギ君に小さく笑んで、そっ
		とその頬に触れる。

		「それより、僕としては、そろそろ声を聞きたいと思うんだ。」

		「声?」

		「そう、声。」

		 聞き返してくるのに、鸚鵡返しのように同じ言葉を返す。それに、ネギ君は
		可愛らしく首を傾げた。

		「何か、話をすればいいの?」

		 子供らしい発想というか、まぁ、当然そうくるだろうと予測できた答えに、
		思わず苦笑が洩れる。それに、ネギ君は更に首を傾げた。

		「違うの?だって、声を聞きたいんでしょ?だったら……。」

		「ネギ君。」

		 言いかけるのを遮るように名前を呼ぶ。

		「何?」

		「話もいいんだけれどね、僕としては、もっと違う声を聞きたいんだ。分かる
		かい?」

		 問い掛けに、ネギ君はふるふると首を振った。

		「僕が聞きたいのはね……。」

		 そこで言葉を区切り、耳元に唇を寄せる。そうして、甘噛みするようにその
		耳に触れれば、途端小さな声が零れ落ちる。

		「今のような声だよ。」

		「………………っっっ!?」

		 視線をネギ君に戻して、そう言って笑んで見せれば、頬に朱が散る。

		 思わず反応してしまったことと、僕の求めていることが何かを理解したこと
		による恥ずかしさからか真っ赤になるネギ君は、本当に食べてしまいたくなる
		くらいに可愛らしい。

		 思わず、笑みが深くなってしまう。

		「タ、タカミ……きゃあっ!」

		 何か言いかけるのを遮るように、その細い体を抱き上げて腕の中に収めてし
		まう。

		 何の前触れもなく抱き上げられたことに驚いたのだろう。反射的にか、ネギ
		君が僕の首にしがみ付いてくる。それをしっかりと抱き締めて。

		「タ、タカミチ……?」

		 俗に言うお姫様抱っこをされている状態に、頬を朱に染めながら、不安げな
		表情で僕を見つめてくるネギ君。それに小さく笑いかける。

		「さて。ここからは大人の時間だ。いいね?ネギ君。」

		 そう問い掛ければ、上げていた顔を更に真っ赤にさせて、僕の胸に顔を埋め
		るようにして俯いてしまった。

		 可愛らしい反応に、どうしても笑いが深くなってしまう。

		「無言は了承ととっていいのかな?」

		 意地悪く、そう問い掛けてみても返事はない。ネギ君は僕の胸に顔を埋めた
		ままだ。

		 もしかしたら、どう返事をすればこの手から逃れられるか考えているのかも
		しれない。

		 魔法を使えば簡単に逃れられると思うのだが、こんな時、なぜかネギ君は
		「魔法を使う」という選択肢を選ぶことがない。それが「なぜか」は、僕には
		分からない。自分の都合のいいように解釈することも出来るが、単に、困惑に、
		思考がそこに行き着かないだけかもしれない。尤も、どちらにしろ、僕にとっ
		ては好都合なのだが。

		「ネギ君?」

		 先の言葉の確認、とばかりに耳元に囁きかければ、小さく肩が揺れる。けれ
		ど、ネギ君は顔を上げようとしない。

		「………う〜…タカミチのバカぁ………っ。」

		「ははは。」

		 僕の胸に顔を埋めたまま、耳まで真っ赤になっているネギ君は、僕の耳によ
		うやく届くくらいの小さな声でそう悪態をついた。それさえも可愛くて、思わ
		ず声に出して笑ってしまう。

		「言いたいことはそれだけかい?それだけなら、本題に移ろうか。もう遅いし
		ね。」

		 小さく笑ってそう言えば、不安げな瞳が僕を見つめる。

		 頬を朱に染めて、上目遣いで見つめてくるネギ君に、劣情を煽られる。

		「……そういう顔は、二人きりの時だけにしてくれるかい?」

		 思わず苦笑してそう洩らせば、ネギ君が首を傾げる。そんな仕草にさえして
		やられている自分に、知らず苦笑が深まる。

		「所構わず抱いてしまいそうになるからね。」

		「………………っ!?」

		 本音を覗かせれば、途端、耳まで赤くなる。

		 困惑にだろう、言葉を失ってしまったネギ君に、触れるだけのキスを落とす。
		そうして、真っ赤になったまま、驚きに目を瞬かせたネギ君に小さく笑いかけ
		た。

		「さて、おしゃべりはここまでにしようか。ネギ君。」

		 細い体を抱えなおして、歩き出す。何処に向かっているか気付いたネギ君は、
		瞬間、体を強張らせて僕にしがみ付いてきた。次いで、縋るような目で僕を見
		てくる。その目が酷く扇情的だと伝えたら、きっとネギ君は、頬を真っ赤にし
		て怒るだろうなと想像して、思わず笑ってしまう。

		「タカミチ……?」

		「ああ、いや、なんでもない。」

		 くつくつと笑う僕に、ネギ君が首を傾げる。不思議そうな目で僕を見ている
		ネギ君にそう告げて、寝室のドアを開けた。そうして、中央に座すベッドにゆっ
		くりとネギ君を下ろした。

		「さて。聞かせてくれるね?ネギ君。僕が望む、君の可愛い声を。」

		 頬にキスを落としながら、小さく笑んでそう言えば、ネギ君の顔は真っ赤に
		なった。

		「…………………タカミチのバカ…っっ。」

		 繰り返された悪態に、それでも笑ってしまうのは、僕の我侭に、それでも逃
		げることもせず、頬を朱に染めて口を尖らせているネギ君があまりに可愛いか
		らだ。

		「自覚はあるよ。」

		 笑ってそう言えば、小さく唸って言葉に詰まってしまうのも可愛くて、知ら
		ず笑みが深くなってしまう。

		 僕の反応に口を尖らせているネギ君に、触れるだけのキスを落として、それ
		から深く口付ける。瞬間、強張る体。けれど、抵抗はなかった。



		 その後、ネギ君の口からまともな言葉が発せられることはほとんどなかった。
		零れるのは、言葉にならない音の羅列。その合間に零れる、まるで僕を求める
		ように呼ぶ声だけがやけに甘く響く。

		「……ぁっ…タ…カミ、チ……っ。」

		 嬌声に混じって零れる、僕の名前。

		 十分に甘さを含んだ、それは僕だけが知っている、ネギ君の「Angel 
		voice」。





		THE END











		ちょいラブめで書いてみました(笑)当社比1.2倍くらい?
		ダメ大人再び、ですみません;;
		しかも、やっぱこれって、書き逃げですか?(苦笑)
		自分としては、最初からこんな感じで終えるつもりだったんで
		すけど、読んでる方としては「ここで終りかい!?」なんでしょ
		うか。…どうなんだろ。
		それはさておき。
		タイトルは、PSY・Sの「Angel Night〜天使の
		いる場所」の歌詞から。
		と言っても、サビの「Angel voice〜♪」ってとこ
		ろに反応しただけなんですけど(苦笑)
		「「Angel voice」か〜。タカミチにとってみれば、
		ネギ君の声って、まさにそれだよねぇ。」と、常人には訳の分
		からない思考回路でもって、この話は出来上がりました(爆)
		大人として如何なものかと思わないでもないですが、所詮腐女
		子ですので、ご勘弁願います(^^;)
		続きは皆様のご想像にお任せしますv
		個人的には、このあと、気を失ったネギ君をお風呂に入れてあ
		げるタカミチ、とか考えてるんですけどね(笑)