「ネギ君。重力魔法を習う気はありませんか?」

				 アルのところで、いつものようにお茶を飲みながら父(ナギ)の話を聞いていた時のこと
				だった。ふと会話が途切れた次の瞬間、アルは笑みと共にそう言った。

				 唐突な誘いに、ネギは目を瞬かせた。

				「重力魔法…ですか?」

				「ええ。応用範囲も広く、色々使えますよ。」

				「そうですね…。」

				 確かに重力が操れると色々便利かもしれないと、悩むネギにアルが笑みを深める。

				「例えば。」

				「え?わっ!?」

				 アルが軽く手をかざした瞬間、ネギの体がふわりと浮きあがった。次いで、ソファにう
				つ伏せに落とされる。そのまま見えない力に押さえつけられたネギは、身動き取れない状
				態になってしまった。

				「と、こんな風に、簡単に相手を押さえこむことが出来ます。」

				 そう言ってにこりと笑うアルに、ネギは「なるほど。」と感嘆の声を上げる。それに僅
				かに笑みの質を変えたアルが、ゆっくりとネギの上に覆い被さった。

				「いかがですか?ネギ君。」

				「……っ。」

				 耳元に落とされた囁きに、ネギの体が小さく反応する。それに、アルは小さな笑みを漏
				らした。

				 ソファに押し付けられているのみならず、上からアルに覆い被さられている現状に、ネ
				ギの瞳に僅かに困惑の色が滲む。向けられた視線にそれを見、アルは愉悦に口元を歪めた。

				「あ、あの…。」

				「なんですか?ネギ君。」

				「ん……っ。」

				 頬にかかる髪を払ってやりながら、耳に唇が触れるほどの近さで問いかける。耳を擽る
				声音に、ネギは固く目を瞑った。

				「も、もう…分かりました、から…、離してください……。」

				「……そうですねぇ。」

				 固く目を閉じたまま、ネギは震える声でそう乞うた。

				 けれどアルはそれに曖昧な返事をしただけで、ネギの望みを叶えてやることはなかった。

				 緩慢な動作で耳を擽り、頬に指を滑らせる。その度に小さく震える体。

				 身動きがとれないネギは、アルの意図の分からないそれらの行為を、困惑と共にただ甘
				受するしかなかった。

				「や…、も、離してくださ……、あ…っっ。」

				 耳に口付けられ、ネギの体が小さく跳ねた。同時に、小さな嬌声が漏れる。

				「も、やめ……っ。」

				 ふるふると緩く頭を振り懇願するネギに、アルはようやく上体を起こした。そうして
				ゆっくりと立ち上がると、ネギを拘束していた重力を解いてやった。

				 ようやく解放され、ネギは思わず安堵の息を吐いた。

				「いかがですか?ネギ君。」

				 ゆっくりと体を起こすネギに、アルは常の笑みを浮かべ問いかけた。

				「え?な、何がですか…?」

				 不意の問いかけに、ネギは驚いたようにアルに視線を向けた。

				 瞬間、先の行為、耳や頬を擽られたり、キスされたりしたことへの感想を訊かれたのか
				と思い、頬を赤らめるネギに、アルが楽しそうに笑う。

				「重力魔法です。覚える気になりましたか?」

				 その言葉に自分の勘違いを知り、ネギは更に頬を赤らめるのと同時に安堵の溜息を吐い
				た。

				「ネギ君?」

				「あ、はい!え、えっと、そう、ですね。……考えておきます。」

				 ネギは慌ててぎこちない笑みを浮かべると、そう答えた。

				「覚えたくなったら、いつでも言ってください。ご教授しますよ。」

				「は、はい。ありがとうございます。」

				 そう言っていつもの笑みを浮かべるアルに、ネギは小さく頭を下げた。

				 二人の間に沈黙が落ちる。

				 どこか居心地悪そうに座っているネギの隣に、アルは徐に腰を下ろした。その瞬間、ネ
				ギの体が僅かに強張ったのを、アルは見逃さなかった。

				 アルは緩慢な動作で右手を上げると、そっとネギの頬に触れた。瞬間小さく震えたネギ
				に、アルは柔らかく微笑みかけた。

				「怖がらせてしまいましたか?」

				「…え?」

				「先ほどの行為です。怖かったですか?」

				「あ、あの……はい…。」

				 戸惑いながらも小さく頷いたネギに、アルの笑みが苦笑に変わる。

				「それは申し訳ないことをしました。ネギ君があまりに可愛らしかったものですから、つ
				い。ですが、ネギ君が怖がるのなら、もうしないと誓いましょう。」

				「あ、はい。そうしてくださると嬉しいです。」

				 そう言って小さく笑むアルに、ネギは僅かに強張っていた体の力を抜いた。

				 ネギは、アルが耳元で囁いたり、頬に指を滑らせたりする度に湧き上がった得体のしれ
				ない感覚に、恐怖に似たものを覚えていたため、その言葉に安堵した。

				 ほっとしたように笑ったネギに、アルもにこりと笑い返した。

				「お茶を淹れなおしましょうか。今度はアッサムのミルクティーにしましょう。」

				「はい。」

				 アルはそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった。それに、ネギが嬉しそうに笑う。

				 先まで確かに感じていたであろう怯えは、今のネギには最早なかった。それを見てとり、
				アルは笑みの質を僅かに変えた。

				 ネギにとっての『怖かった行為』は、耳元への囁きやキスだったのだが、アルの言うと
				ころの『もうしない』と誓った行為は、ネギに重力魔法を使わないことだった。

				 もちろん、アルはネギが何を怖がっていたか分かっていた。けれど、アルにはネギを逃
				がしてやるつもりは毛頭なかったから、ネギに誤解させて安心させて、今まで通りここへ
				来るように仕向けたのだ。

				 今回は、ネギの可愛らしい反応についことを急ぎ過ぎてしまった。それで怖がられ、警
				戒されては元も子もない。

				 奥手なネギに合わせて少しずつ教えていくのも一興と、そうアルが考えていることなど、
				今のネギは知る由もなかった。














				THE END














				ビバ!重力魔法!(笑)
				両手自由な状態で、相手の身動きを封じられるんだから、いいよね(笑)