誰もいない教室の扉を、ゆっくりと開ける。忘れ物を取りに来ただけで長居をする
				つもりはなかったから、開けた扉はそのままに、僕は真っ直ぐ教壇に向かった。

				「確かここに置いたはず…。」

				 独り言ちながら中を除けば、探していたものはすぐに見つかった。

				「あった。良かった。」

				 それを手に取り、安堵に息を吐いた瞬間だった。

				「ネギ君。」

				「ひぁっ!?」

				 不意に耳元にかけられた声に、体がびくりと反応する。思わず後退りながら、僕は
				左耳を押さえた。

				「な…っ!?え、あ、フェイト!?」

				 誰もいないと思っていたから、ものすごくびっくりした。驚きに、鼓動はどくどく
				と五月蠅いくらいに脈打っている。

				 いつ来たんだろ。全然気づかなかった。っていうか、心臓に悪いから、気配を消し
				て近づかないでよ!

				 まるで警戒するように距離をとった僕に、フェイトは怒りではなく、彼にしては珍
				しい驚きの表情を浮かべてみせた。

				『フェイトがこんな顔するの、珍しいな。』

				 なんて思ったのも束の間、フェイトの漏らした一言に、頬が赤くなる。

				「耳が、弱いのか。」

				 そ、その言い方は、なんだろう、なんか、ちょっと、恥ずかしいというかなんとい
				うか、変な感じがするんだけど。

				 何かを納得するように頷きながら、ゆっくりと近づいてくるフェイトの表情に、一
				瞬とはいえ『喜悦』を見たのは気のせいだろうか。

				 走った悪寒に、僕は無意識に自分の体を抱き締めた。

				 フェイトの放つ妙な気に、なぜかは分からず、僕は思わず後退りしてしまった。
	
				「…なぜ、逃げるんだい?ネギ君。」

				「だ、だって…。」

				「だって、なんだい?」

				「…なんか、また耳元に囁かれそうで、その……。」

				「感じてしまう?」

				「か…っ!?な、何言って…っ!?」

				 フェイトの言葉に、顔が赤くなる。

				 か、感じるって、その表現は絶対可笑しいよ!フェイト!

				「違う!」

				「では、さっきの反応は何?」

				「あ、あれは、急に声を掛けられたからびっくりしただけで…。それに、だって、
				フェイトは声がいいから、だからその、照れたと言うかなんと言うか…。」

				 そうだよ、耳元に急に声を掛けられたからびっくりしただけで、フェイトの言うよ
				うなこと、あるわけないじゃないか!

				 耳元に落とされた声に思わず跳ねた鼓動は、未だ収まっていない。それもみんな
				フェイトのせいだと恨めしげに見れば、フェイトは僅かに驚きを滲ませた顔をして、
				何やら考え込んでいる。

				「…フェイト?」

				「……声がいい。」

				 ぽつりとつぶやいたきり、黙り込んでしまったフェイトに首を傾げる。

				 なんだろう?僕、何か変なこと言ったかな?

				「ネギ君、君は僕の声をいいと思うのかい?」

				 真っ直ぐに僕を見つめて、そう問いかけてきたフェイト。どこか真剣な雰囲気に首
				を傾げながらも、僕は答えを紡いだ。

				「え?声?うん、いいと思うよ。僕はフェイトの声、好きだけど。」

				「……そう。」

				 フェイトが、どこか嬉しそうに口元を僅かに歪める。

				 フェイトのそんな表情を見ているのが、とてつもなく恥ずかしいと思うのはなぜだ
				ろう。

				 頬を淡く染め、思わず視線を逸らした僕に、フェイトは小さく笑んだ。そうして、
				一歩で二人の間にあった距離を埋めてしまうと、フェイトは僕の右肩に手をかけ、そ
				のままそっと引き寄せた。

				「好きだよ、ネギ君。」

				「……っっ!?」

				 耳元に囁かれた、常とは違う情感たっぷりなフェイトの言葉に、体に電流のような
				ものが走った。

				 多分、パニックを起こしたんだろう。気が付いたら、僕はフェイトから逃げるよう
				に駆けだしていた。けれど、直ぐに壁に行く手を塞がれる。

				 壁を背に、真っ赤になって固まってしまった僕を、フェイトは落胆するでも驚くで
				もなく、ただ無表情のまま見つめた。

				 普段からは想像もできないほど艶めいた言い方だったから、思わずそれ以上の感情
				を想起してしまう。けれど、フェイトの表情は常と変わりがなくて、だからそんなこ
				とあるわけないと、僕は浮かんだ考えを否定した。

				 それでも、動揺せずにはいられなくて、僕は顔を真っ赤にしたまま、ただフェイト
				を凝視していた。

				 幾許かの間を置いて、フェイトがゆっくりと口を開いた。

				「『友達として』と言ったら、ネギ君、君は安心するかい?」

				 安心する?それってどういうことだろう?

				 フェイトの言葉に引っ掛かりを感じなかった訳ではない。が、『友達として』の一
				言に、強張っていた体から力が抜けた。思わず、安堵の溜息が洩れる。

				「なんだ。もう、びっくりさせないでよ。」

				 そう言って苦笑した僕に、フェイトは僅かに口元を歪めて言葉を紡いだ。

				「驚かせたかったわけじゃないんだけどね。」

				「あんなふうに囁かれたら、驚くに決まってるだろ。」

				 思わず口を尖らせた僕に、けれどフェイトは何も答えなかった。

				「君は?ネギ君。僕のことをどう思っているんだい?」

				 少しの間の後、唐突に問われ、僕は思わず目を瞬かせた。

				「え?フェイトのことを?」

				「そう、僕のことを、君はどう思ってる?」

				「好きだよ。」

				 好きじゃなきゃ、友達になりたいなんて思わない。だから素直にそう答えれば、け
				れどフェイトは黙ったまま、僕をじっと見つめた。それから一度だけゆっくりと瞬き
				をすると、淡く苦笑した。

				「君の特別には、憎まれた方がなれるかもしれないな。」

				 思わず漏らしたといった感じの呟きに、僕は驚きに目を瞬かせた。

				 僕の特別?憎まれた方がなれるって、どういうこと?

				 訳が分からず、僕は首を傾げた。フェイトは、そんな僕をただ黙って見つめている。

				 二人の間に流れた沈黙に耐えられなくなったのは、僕のほうだった。

				「……フェイト?」

				 そっと名を呼べば、フェイトは俯いて、緩く頭を振った。それからゆっくりと顔を
				上げる。

				「学園長が、君に用があるそうだ。」

				「へ?」

				 唐突に告げられた言葉に、目が点になる。

				「え?学園長?」

				「どんな用かは聞いていない。ただ、急いでいるようだったからね。すぐに行った方
				がいいと思うよ。」

				「急いでって、だったら早く言ってよ!」

				 そんな大事なことを今更、それも悪びれた風もなくさらりと言ったフェイトに、思
				わず恨めしげな視線を向けてしまう。

				 多分、フェイトは学園長に言われて僕を呼びに来てくれたんだろう。それは感謝す
				るけど、でも、それならそれで早く言ってくれればいいのに、何で今頃言うかな。も
				う。

				「学園長室で待ってると言ってたよ。」

				「分かった。」

				 その言葉に頷きながら、フェイトの脇を通り過ぎる。足早に歩き出した僕を、けれ
				どフェイトの一言が引き留めた。

				「ネギ君。僕はその他大勢に甘んじている気はないよ。例え、今はそうだとしても
				ね。」

				「……え?」

				「これからゆっくり時間をかけて、それを証明してみせるよ。」

				 思わず振り返った僕に、そう言いながら、フェイトが意味深な笑みを浮かべる。

				 その他大勢?証明って、何を?

				 フェイトの言わんとしていることが、分からない。

				 首を傾げた僕に、けれどフェイトは、その話は終わりだとばかりに表情を消した。

				「早く行った方がいいんじゃないかい?ネギ君。学園長が待ってるよ。」

				「そうだった!行ってくる!」

				 フェイトの言葉に学園長のことを思い出し、僕は慌てて踵を返した。そのまま教室
				を出ようとした僕を、今度はフェイトも引き止めるようなことはしなかった。

				 ただ黙って背に注がれる視線。

				 どこか絡みつくような、そして熱を持ったものに感じるのは僕の気のせいなのか。

				 フェイトの意味深な言葉と共に酷く気にはなったけれど、僕はそれを振り払うよう
				に教室を後にした。

















				 THE END 


















				声ネタ第2弾(笑)
				書き始めはこちらの方が先だったんですが、途中で詰まって
				放置していたという…(苦笑)
				当初、オチをどうしようとしていたのか、今となっては思い
				出せないんですが(笑)、とりあえずENDマークが付けら
				れて良かったです。


				実は、元ネタというか、これを書く発端になった話があるん
				ですが、「どこが?」と言われるのがオチなので、伏せとき
				ます(苦笑)