「ネギ。朝だぞ。ほら、起きろ。」 「ん……。」 呼び声に意識が浮上する。ゆっくりと瞼を開ければ、覆い被さる形でネギを見下ろして いるナギと目が合った。 「やっと目が覚めたか。」 ナギは小さく笑ってそう言うと、ネギの目元にキスを落とした。 「あ…。お、おはようございます…。」 「おはよう。」 恥ずかしいのだろう、ほんのり頬を染めて朝の挨拶をするネギに、ナギは微笑と共に、 今度は唇に口付けた。途端、ネギの頬が真っ赤になる。ナギはそれに笑みを深めながら、 ゆっくりと上体を起こした。 「なぁネギ。これ、俺のだろ?」 そう言って差し出された、掌に納まる程度の小さな箱。 見覚えのあるそれに、ネギは慌てて上体を起こした。 「な、なんで父さんがそれを!?」 バレンタイン当日まで、見つからないよう隠しておいたチョコレート。 それがナギの手にあるのに動揺を隠せず、ネギは思わず取り返そうと手を伸ばした。し かし、あっさりあしらわれてしまう。 「俺のじゃないのか?」 「う……そ、そう、ですけど……。」 再度問われ、それが事実故に否定もできず、ネギは小さく頷いた。 頬を赤らめ俯いているネギに、ナギは口元を笑みの形に歪めた。 「サンキュ。さて、中身は何かな〜?」 お礼の言葉と共に、ナギはネギの頬に口付けた。そうして、中身が何か分かっているに もかかわらず、そう言いながら包みを解いた。 現れたのは、トリュフチョコレート。 想像に違わぬ中身に、ナギの笑みが深まった。 「美味そうだな。」 言いながら、その1つを口に放り込む。 「……どうですか?」 喜んでもらいたくて、散々悩んでトリュフにしたのだが、口に合っただろうかと、ネギ は不安げな瞳でナギを見た。それに、ナギが小さく笑って、その不安を払拭してやる。 「うん、美味い。」 「良かった…。」 ホッとしたように、ネギはふわりと笑んだ。 「おまえも味見してみるか?」 「え?ん…っ!?」 ナギはそう言うが早いか、チョコレートを口にすると、そのままネギを引き寄せ口付け た。 薄らと開かれていた隙間から、柔らかくなったチョコレートが注ぎ込まれる。次いで差 し込まれた舌の感触に、ネギの体がびくりと跳ねた。そのまま激しく口付けられ、なす術 もなく、ネギはナギにしがみついた。 角度を変え、何度も口付けられる。それは、口内のチョコレートがすっかり溶けてなく なっても続けられた。 「ん…っ……ふ…はぁ……。」 ようやく解放され、ネギは甘い吐息を漏らしてナギの腕に凭れかかった。 「美味いだろ?」 笑みと共に問うてきたナギを、ネギは恨めしげに見つめた。 あんな方法で味見させられても、分かるはずがない。そう雄弁に語る瞳。 尤も、桜色に染まった頬と快楽に潤んだ瞳では、ナギを煽る効果しかなかったが。 恨めしげに見つめるだけで答えないのに構わず、ナギは小さく笑むと、手にしていた箱 をネギに持たせた。 ナギの意図が分からず、持たされた箱を見つめ、ネギは首を傾げた。 「あとは、おまえが食わしてくれんだろ?」 「え?」 意味ありげに笑むナギに、多少の『嫌な予感』がなかったわけではない。けれど、何を 求められているのか、ネギには思いつけるはずもなかった。 「あの、どうやって…?」 「俺がやったみたいに口移し…。」 「無理です!」 ナギの言葉に、ネギは即座にそう叫んだ。 あんなこと、やれと言われてもできるわけがない。 先の行為を思い出し、ネギは顔を赤らめ、次いで青褪めさせた。 そんなネギに、ナギは口元を笑みの形に歪めた。 「は無理だろうからな。ほれ、口開けろ。」 ナギはそう言いながらチョコレートを1つ摘まむと、ネギの口に放り込んだ。 「これで妥協してやるよ。」 そう言って笑うのに、ナギの希求を理解し、ネギは頬を淡く染めた。 ナギの望んでいる行為に気恥ずかしさがないわけではなかったが、それでも、口移しを 強要されるよりはずっとマシだった。 ネギは意を決すると、最後の1つを手に取った。そうしてナギの口に運ぼうとした瞬間、 しかし、突然横抱きに抱きあげられた。 「と、父さん!?」 驚いて固まるネギに、ナギが意味ありげな笑みを浮かべる。 「その前に、着替えないとな。」 「え……?」 ナギの言葉に、ネギの背に悪寒が走った。 「あ、あの、父さん…?着替えって……。」 恐る恐る問うてみるも、答えはなく、ナギはただ人の悪い笑みを浮かべているだけだ。 その様子に、なんだかものすごく嫌な予感がして仕方がない。そして、こういう予感は、 必ずと言っていいほど当たるのだ。 「あの、自分で歩きますから…。」 「遠慮すんなって。」 何とか逃れようとしてみるが叶わず、ネギはそのまま居間に運ばれてしまう。そうして、 ナギはネギを横抱きにしたまま、ソファに腰を下ろした。 「さて、んじゃ着替えるか。」 「……っ!?」 そう言ってナギが指を鳴らした途端、二人を白い煙が包み込んだ。が、それも一瞬で、 直ぐに消えてしまう。 ネギは目を瞬かせ、一体なんだったのかと視線を巡らせた。途端。 「キャアアァっ!」 ネギは自分の格好を認識し、悲鳴を上げた。 「なんですか、これはー!?」 「見りゃ分かんだろ?メイド服だ。」 ナギはそうさらりと言って、口元を笑みの形に歪めた。 その言葉通り、ネギの服はいつの間にかメイド服になっていた。 ちなみに、ナギは普段なら着ることのない仕立てのいいスーツを身に纏っていたが、ネ ギにそれに気づける余裕はなかった。 「なんでこんなに短いんですか…っ!?」 的中してしまった予感に目を潤ませながら、ネギは思わずそう叫んだ。 白を基調とした今回は、膝上10cm以上のワンピースという、ちょっとした動きでも 下着が見えてしまいそうなほどの短さしかない。フリルのついた白のニーハイソックスの お陰で太股はある程度隠れているが、その僅かに覗く肌色が逆に、艶を醸し出していた。 「前回はロングだったからな。今回はミニにしてみた。」 そう言いながら薄く笑うナギは、酷く満足げだ。 「似合うぞ。」 と褒められても嬉しくないのは、仕方のないことだろう。 ネギは頬を桜色に染め、スカートの裾を手で押さえながら、ナギを恨めしげに睨んだ。 「父さんのバカぁ……。」 小さく漏れた悪態に、けれどナギはただ笑みを浮かべるだけだった。 「ほら、食べさせてくれんだろ?」 チョコレートを手にしたまま小さく唸っているネギに、ナギはそう言いながら口を開け、 顔を近づけた。 ナギの催促に、ネギは僅かに逡巡した後、おずおずとチョコレートを口に持っていった。 そうして口に入れようとした瞬間、ナギは指に食いついた。 「な……っっ!?」 慌てて手を引こうとするも、時すでに遅く、手首を押さえられそのまま嬲られる。 指に絡められた舌の柔らかな感触に、震えが走る。ネギはそれを、固く目を瞑って耐え ていた。 最後に指先に音を立ててキスされてから、ようやく解放される。ようやく終わった甘い 責め苦にゆっくり目を開ければ、酷く楽しそうに笑むナギと目があった。 「ごちそーさん♪」 ナギの言葉に、ネギの頬が朱に染まる。しかし、どこからか現れたチョコレートの箱を 目にした途端、真っ青になった。 「これは俺からおまえにだ。」 言いながら顎を押さえられ、逃げ道を失う。 冷や汗をだらだら流しているネギと対照的に、ナギはどこまでも楽しそうだ。 「さっきのお返しに、俺が食べさせてやるからな。」 ナギはいっそ爽やかとさえ言える笑みでそう言うと、チョコレートを1つ咥えた。 「え、遠慮しま…っんん……っ!」 ネギの抗議など綺麗にスルーし、ナギは問答無用で唇を重ねた。 口移しで押し込まれたチョコレートが、口内の熱にゆっくりと溶けていく。口内にチョ コレートの甘みが広がり始めた途端、とろりと溢れだした液体。苦みと同時に熱さをも齎 したそれに、ネギの体がびくりと跳ねた。 ナギは、ネギがきちんと飲み込んだことを確認すると、ゆっくりと唇を離した。 「ん、ぁ…い、今の…なに……?」 口付けから解放されたネギは、潤んだ瞳でナギを見つめ、そう問うた。 先に比べれば、今回の口付けは軽いものだった。にもかかわらず、体が熱を帯びたよう に熱い。その原因が、先に食べさせられたチョコレートにあるとネギが思ったのも当然の ことだろう。 「ん?これか?ウイスキーボンボンだ。」 「ウイスキー…ボンボン……?」 聞き馴染みのない言葉に、ネギは首を傾げた。 「そ。チョコん中にウイスキーが入ってんだが……。ちょっと強かったか?」 そう言ってナギが苦笑したのも、無理からぬことだった。 アルコール度数が高すぎたのか、はたまたネギがお酒に弱いのか、既にほろ酔い状態な のだろう、頬をほんのり桜色に染めナギを見るネギの目はとろんとしている。薄らと開か れた口から洩れる呼気は甘く、濡れた唇はまるでキスを強請っているかに見えた。 「これくらいで酔ったのか?」 「ん…っや、ぁ…。」 揶揄混じりに耳元で問えば、くすぐったいのか、ネギは小さく体を震わせた。 ともすれば後ろに倒れ込みそうになるのを支えてやりながら、啄ばむようなキスを繰り 返す。 「と…さ……。」 キスの合間に漏れた舌ったらずな声も、快楽に潤んだ瞳も、先を強請っているように見 えて、思わずナギの苦笑が深まった。 「ウイスキーボンボン1個でこれじゃ、先が思いやられるな。」 図ったのは自分だとういう事実は棚に上げ、そう漏らすと、ナギはその柔らかな唇に自 分の唇を重ねた。 THE END 今更ながらのバレンタインネタ; そしてこれでコンプリートです。 お疲れ様でした。![]()