「思ったより混んでるなぁ…。」  ぽつりと呟かれた言葉に、ネギはゆっくりと視線をタカミチに向けた。  動きの鈍い現状に苛立ちを感じているのか、前を見据えたままのタカミチの眉は僅かに顰められていた。  タカミチの言うとおり、道は酷く混んでいて、先ほどからあまり進んでいない。視線の先にいくつも光 るテールランプが、渋滞が更に先まで続いていることを物語っていた。 「やはり、あそこを左に曲がった方が良かったか。」  タカミチがそう言うのも無理はなかった。左右のどちらに曲がるか迷った道を右に入って、結果、この 渋滞に巻き込まれたのだから。尤も、そこを左に曲がっていたからといって、こうならなかったとは限ら ないのだが。  小さく溜息をついたタカミチは、視線を前に向けたまま、ポケットから煙草を取り出した。そうしてそ れを咥えたところで、しかし何かに気づいたように手を止める。 「……?」 「…っと。つい癖で吸うところだった。ネギ君の前で煙草は控えないとね。」  そう言って苦笑したタカミチの視線が、ネギに向けられる。口にした煙草を灰皿に捨てた後、大きな手 がゆっくりとネギの頭を撫でた。 「……なに?」 「疲れたかい?眠いなら眠って構わないよ。ネギ君。」 「え……?あ、ううん、大丈夫。ありがと、タカミチ。」  慌てて姿勢を正すネギに、タカミチが小さく苦笑する。  タカミチからすれば遠慮せずに眠ってしまっても構わないと思うのだが、ネギにしてみれば、タカミチ に申し訳ないとでも思っているのだろう。先ほどから眠そうにしているのだが、何とか眠ってしまわない よう頑張っているのだ。 「僕のことは気にしなくていいから。無理して起きていなくてもいいんだよ。」 「……ん。」  苦笑してそう言うタカミチに、小さく笑い返す。 「それとも、少し休んでいくかい?」  不意に、声の調子が僅かに変わる。  何かを含んだかのような表情を浮かべたタカミチの、その視線の先を辿る。そうして視界に入ったもの に、ネギは頬を赤らめた。 「『ご休憩』だけでなく、お望みなら『ご宿泊』もできるからね。このまま帰るよりいいかもしれないな。 どうする?ネギ君。」 「え?ええ?あ、タ、タカミチ……??」  視線の先にあるラブホテルの看板とタカミチのどこか意地の悪い笑みに、ネギは頬を真っ赤にして視線 を泳がせた。  「どうする?」と訊かれて答えられるわけもなく。困ったように視線を向けてくるネギに、タカミチは くつくつと笑いだした。 「冗談だよ、ネギ君。」 「…っ!」  堪え切れないといったように低く笑うタカミチ。それに、ネギは真っ赤になって体を震わせた。 「う〜……タカミチのバカぁ……。」  小さな悪態も、タカミチにしてみれば可愛らしいだけだ。  なおも低く笑うタカミチに、ネギは頬を膨らませて小さく唸っている。 「尤も……。」  言葉を区切り、不意に顔を近づけてきたタカミチに、ネギは驚いたように身を固くした。それに苦笑し つつ、耳元に続きを囁く。 「ネギ君が興味がある、と言うなら話は別だけどね。」 「……っ!?」  耳元に落とされた言葉に、ネギは頬を真っ赤にして慌ててぶんぶんと首を振り、否定の意を表した。 「それは残念。」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ///」  そう言って悪戯っぽく笑うタカミチ。それに、ネギは恨めしげな視線を向けた。 「さて。この調子だと、帰りつくのは何時になるか…。」  一頻り低く笑った後、視線を前へと向けて、タカミチはそう漏らした。  渋滞は変わらず続いたままで、車はほとんどその位置を変えていない。この調子では、寮に着くのはか なり遅くなってしまうだろう。 「『ご休憩』は冗談にしても、ネギ君。」  ギアをニュートラルの位置にすると、不意にタカミチはネギに覆い被さってきた。 「タ、タカミチ?!」  驚いて固まってしまうのに構わず、タカミチは助手席のリクライニングを倒してネギを横たわらせた。 そうして後部座席から自分の上着を取ると、それをネギにかけてやる。 「何時に着くか分からないからね。ネギ君は寝てなさい。着いたら起こしてあげるから。」  くしゃりと頭を撫でられ、ネギは目を瞬かせた。 「え、でも……。」 「眠りたくないなら、目を閉じているだけでもいい。明日も授業があるんだ。寝不足じゃ、3−Aの担任 は務まらないぞ?」  そう言われてしまえば、タカミチの言葉に頷かざるを得ない。それに、我慢できないほどではないが、 眠気があるのも事実だ。 『寝てしまったら勿体ないって思ってるのは、僕だけなのかな…。』  タカミチが自分を気遣ってそう言ってくれているのは分かっている。それでも、自分が寝てしまっても 平気なんだと思ってしまうと、どうしても淋しさを感じてしまう。 「………うん…。」  ネギは小さく返事をして、ゆっくりと目を閉じた。 「とはいえ。」 「?」 「一人の淋しさに耐えられなくなったら、ネギ君を起こしてしまうかもしれないけれど、ね。」  そう言って笑うタカミチに、ネギは数度目を瞬かせた後、嬉しそうに微笑んだ。 「うん。」  つい弾んでしまう声に、『僕って現金だなぁ…。』と少しだけ苦笑しながら、ネギはゆっくりと体の力 を抜いた。  THE END 家族旅行の際、「憩いの場」(ホテル名に非ず)と書いてあったラブホの看板を見かけまして、 思わず考えてしまったネタです(苦笑) 絵は、蒼き翼の絵板で描きました。 なんだか爽やかそうな顔をして、何を言ってるんでしょうね、この人は。 セクハラだよな、これ(苦笑) タカミチ所有の車がマニュアルかオートマか悩んだのですが、多分マニュアルだろうというこ とで書いてます。というか、オートマは嫌だなと思ったので。しかし、自分の免許はオートマ 限定。マニュアル車のことは分かりません。なので、違っていたらすみません(^^;) しかし、短かった割には、それなりに時間がかかったのはなんでだろう・・・?