「久しぶり、タカミチー!」 「ようこそ麻帆良学園へ。『ネギ先生』。」  そう言って出迎えれば、満面の笑顔で駆け寄ってくる。  数か月ぶりの再会。  最後に会った時より、ほんの少し背は伸びたようだが、愛くるしい笑顔は変わっていない。  目の前まで来たネギ君と視線を合わせるため、僕は両手を膝につき腰を屈めた。 「久しぶりだね。元気だったかい?」 「うん。でもびっくりしたよ。修業の場がタカミチのいる麻帆良学園なんて。」 「そうだね。困ったことがあったらなんでも言うといい。僕でよければ相談に乗るよ。ネギ君。」  くしゃりと頭を撫でれば、にっこりと笑うネギ君。それに僕も笑い返す。 「うん、ありがとう。……ねぇ、タカミチ。」 「なんだい?」 「髭、剃らないの?」  言いながら顔に触れてくるのに、思わず体に緊張が走る。  両手で僕の頬を包み込むようにして、小首を傾げて僕を凝視するネギ君。一歩踏み出せば容易に触れる ことができる距離に、知らず鼓動が速くなる。 「ネ、ネギ君……?」 「似合わないと思うんだけど。ない方が絶対かっこいいよ。ねぇ、剃らないの?タカミチ?」  言いながら撫でるように髭に触れるネギ君に緊張を強いられながら、それでもそれを悟られないよう、 平静を装って返事を返した。 「似合わないかな…?」 「うん。折角の男前が台無しだよ。」 「そうか……。」  即座に肯定されて、苦笑してしまう。  ネギ君に「男前」と言われるのは嬉しいが、「髭は似合わない」と言われると、それはそれで少なから ずショックだったりする。  僕の微妙な感情を他所に、ネギ君は、今度はスーツに触れてきた。 「それに、スーツのボタンはちゃんとかけないと。」  言いながらネギ君がボタンを留めるのを、僕は身動ぎもできずに黙って見ていた。 「ベストを着てないんだから、ボタンはちゃんとしないとだらしなく見えちゃうよ?はい、これでいいよ。」 「あ、ああ、ありがとう。ネギ君。」  ボタンを留め終えて満足したのか、嬉しそうに笑うのに、努めて平静を装って笑い返す。  ダメだし以上に、その行動に動揺させられる。  全て無自覚なのだから、始末が悪い。 「このスーツ、ちゃんと手入れしてる?」 「え?」  ネギ君の手がゆっくりと伸ばされ、左胸の辺りに触れてくる。思わず固まる僕を他所に、ゆっくりと指 を滑らすネギ君。緊張による息苦しさに、みっともなくも目が回りそうだ。 「スーツは着たら、ちゃんと手入れしないとダメだよ?ブラッシングして埃を掻き出して、太目の木製 ハンガーにかけて陰干しもしないと、シルエットが崩れちゃうんだから。もちろん、ハンガーにかける前 にはポケットの中のもの、ちゃんと出してるよね?型崩れ防止のために出すのはもちろん、虫の温床にな らないよう、中の埃も綺麗に掃除しないとダメだよ?既製服だからって手入れを怠ったら、すぐダメに なっちゃうんだからね?」 「あ、ああ……。」  辛うじてそれだけ答えるのがやっとだ。  僕の動揺などお構いなしに、ネギ君は僕の体に触れてくる。  そこには何の意図もないことは分かっている。それでも動揺を抑えようもない自分の未熟さに、溜息が 出る。 「ああ!」 「ネ、ネギ君!?」  突然上がった大声に、鼓動が跳ねる。  そんな僕に追い打ちをかけるように、ネギ君の手がスーツの中に入ってきた。  思わず硬直してしまった僕に構わず、ネギ君は内ポケットから煙草を取り出すと、それを僕に突きつけ てきた。 「煙草!止めた方がいいって言ったのに、まだ吸ってる!」 「あ、ああ、それは、その……。」  豪い剣幕で怒っているネギ君に、しどろもどろになる。  確かに、煙草は止めてと、以前から言われていた。けれど、ずるずると止められずに今日に至っている のだ。 「煙草は百害あって一利なしなんだよ!?肺だけじゃなく、心臓への影響もあるし、寿命だって短くなっ ちゃうんだから!第一、主流煙による自分への害だけじゃなく、副流煙による周りの人への害だってあ るんだからね!」  スーツを握り締めて本気で怒っているネギ君。  ネギ君が僕を本気で心配してくれているのが分かるから、言葉に詰まってしまう。  答えをなくして黙り込んでしまった僕に、ネギ君が表情を曇らせる。口を噤んで俯くと、僕の胸に顔を 埋めてしまった。 「僕が言ってもダメなんだ……。でも僕、煙草にタカミチをとられるの、やだよ……。」  泣きそうな声で呟かれた言葉に、思わずその小さな体を抱き締める。 「ああ、すまない、ネギ君。そうだね。これから禁煙するよう、努力するよ。」 「……ホント?」 「ああ。」 「良かった。」  本当に嬉しそうに笑うから、僕の顔にも自然と笑みが浮かぶ。 「あ、ねぇ、タカミチ。僕、タカミチの部屋に居候することになるんだよね?」 「うん?ああ、どうだろう。学園長からは何も聞いてないが…。まぁ、多分そうなると思うよ。」 「そしたら、タカミチが禁煙できるように、僕も手伝うね。」 「そうだね。頼むよ、ネギ君。」 「うん!」  学園長からは何も言われてはいないが、それが妥当だろうと思われた。男の子で先生でもあるネギ君が、 女性で生徒でもあるアスナ君達の部屋で暮らすなど、常識的に考えてあり得ないからだ。  ネギ君との同棲は、正直、多少の不安もある。それでも、自分の部屋にネギ君がいる、という至福に勝 るものはない。  これなら、禁煙もできるかもしれないな、と思ったのも束の間だった。 「このか、アスナちゃん。しばらくはネギ君を、お前達の部屋に泊めてもらえんかの?」  その学園長の一言で、ネギ君はアスナ君達と同居することが決まった。 「ネギ君がそういう子でないことは百も承知ですが、しかし、異性であるアスナ君達との同居は、教師と 生徒という関係も含めて、やはり問題があると思うのですが。」 「だから自分の部屋へ、と言うんじゃろう?お主の言いたいことも分かるがの、それはできん相談じゃ。」 「なぜです?」 「忘れとらんか?タカミチ。ネギ君の過去を。出張でしょっちゅうおらんお主と、一緒に居させられるわ けなかろう。部屋で一人になるネギ君のことを考えてみい。気の毒じゃろうが。それに、ネギ君なら心配 いらんと、奴のお墨付きじゃて、その点は心配いらんじゃろ。それもネギ君の姉である、ネカネさんの教 育の賜物かの。」 「はあ……そう、ですか……。」 「まぁ、それだけではないがの。」 「は…?」 「いや、こっちの話じゃ。」  そう言ってフォフォフォと笑う学園長には、僕の気持などお見通しなのかもしれない。  伊達に年はくっていない、ということか。  しかし、聞きようによっては、異性であるアスナ君達より僕との同棲の方が危険と判断されたようで、 腑に落ちないのだが。 「僕、タカミチと同居するんだと思ってたのに。」 「そうだね。しかし、僕は海外出張などでしょっちゅう留守にするからね。ネギ君にとっても、アスナ君 達と同居した方がいいんだろう。」 「うん……。」  酷く落胆した様子のネギ君に、もしかしたらネギ君も僕と同じ感情を抱いているのかもしれないと、淡 い期待が過る。が、それは次の言葉で見事に打ち砕かれた。 「タカミチと一緒なら、父さんの話をいろいろ聞けたのになぁ…。楽しみにしてたのに……。」 「…………話ならいつでもしてあげるよ…。」  相変わらず「ナギが一番!」なネギ君の思考に、落胆してしまうのを止めようがなかった。  それでも、1年以上の間同じ学園にいるのだから、以前よりはずっと会う機会が多くなるのだ。それを 思えば、ここで同棲できないことを嘆くことはないかと、僕は自分に言い聞かせた。  しかし、それが全くもって甘い考えであったことを、すぐに思い知るのだった。 「なぜネギ君が来る前より、出張が増えるんですか!?」 「バカもの。3−Aの担任じゃなくなったんじゃ。身軽になった分、本業に精を出さんでどうする。」 「うぐ……★」  THE END 初心に帰って(?)、1巻ネタ。 タカネギというよりは、タカミチ→ネギ君ですね。 タカミチにダメ出しするネギ君(笑)つうか、私がダメ出ししてるだけか(爆) 本当は、Yシャツにアイロンかけてるかってセリフも入れようと思ったんですが、 そこまでいくとくどくなるので止めました(笑) 若干ヘタレっぽいタカミチですが、まぁ、たまにはいいんじゃないかと。 ダメですか?