「ネギ。」

			 コタローの呼びかけに顔を上げれば、目の前にカップが差し出される。それを、ネギは反射的に
			受け取った。

			「あ、ありがと。」

			「だいぶ疲れとるみたいやな。さすがにオーバーワークか?」

			「……うん…そうかも。」

			 ぽつりと答えながら、渡されたミルクティーを口にする。

			 ほんのりとした甘さが疲れた体に沁みるようで、ネギはほっと息をついた。

			「仕事はね、いいんだけど、それ以外がね…。」

			 思わず溜息をついたネギに、コタローは苦笑するしかなかった。

			 あの英雄「ナギ・スプリングフィールド」の息子というだけでも注目される十分な理由なのだが、
			当人も魔法世界を救った英雄であるのだから、向こうの人々の関心は半端ではない。どこへ行って
			も注目の的となれば、流石に根を上げたくもなるだろう。

			「向こうじゃ、超のつく有名人やもんな。ファンクラブの会員、今どんだけやったっけ?」

			「……知らないよ…。」

			 揶揄交じりのコタローの言葉に、ネギは僅かに眉を顰め、素っ気なくそう返した。

			「ま、でも、これで暫く休めるんやろ?」

			「……の、予定だったんだけど……。」

			 言いにくそうに呟かれた言葉に、コタローの眉が顰められる。

			「けど?」

			「急に仕事が入っちゃって、また明日、向こうに戻らなきゃならないんだ。」

			「……期間は?」

			「2週間くらい……。」

			「……。」

			「…………。」

			 押し黙ったコタローに、思わずネギも黙り込む。

			 二人の間に気まずい空気が流れた。

			 沈黙に耐えきれなくなったのはネギの方だった。

			「あ、の、ごめん、コタロー君。僕も暫く休めると思ってたんだけど、その、どうしてもって頼ま
			れちゃって、それで、あの……。」

			 申し訳なさそうに言葉を紡ぐネギに、けれどコタローは黙ったままだった。

			「あの、コタロー君……?」

			 黙ったままのコタローに、ネギは不安げに首を傾げた。

			 暫くの沈黙の後、コタローがゆっくりと立ち上がる。ネギはそれを黙って目で追った。

			 コタローは無言で自分の持っていたカップをテーブルに置くと、次いでネギの手にあったカップ
			を取り上げ、それもテーブルに置いた。そうして緩慢な動作でネギに向き直ると、右手をネギの左
			肩にかけた。

			「コタロー君?」

			 呼びかけに、けれど答えはなく、代わりに肩にかけられていた手に力がこめられる。傾いだ体が、
			重力に従ってゆっくりとベッドに倒れた。

			「え……?」

			 状況が把握できず目を瞬かせたネギに、コタローが口元を笑みの形に歪めた。

			「疲れてそやから、流石に今日は休ませたろ思っとったんやけどな、時間がないんじゃしゃーない。
			ま、1回くらいなら付き合えるやろ?」

			「は?え?1回?何が……?」

			 コタローの言葉の意味が分からず、ネギは首を傾げた。それに構わず、コタローはネギの顎に手
			をかけると、そのまま唇を塞いだ。

			「…………っ!?」

			 ここに至り、ようやくコタローの言葉の意味を理解したネギは、慌てて抵抗しだした。じたばた
			と暴れてみるが、上から押さえられていて、思うように動けない。そうしている間にも、不埒な手
			はシャツのボタンを外し、肌に触れてくる。

			「んんっっんん………っっ!!」

			 抗議の声も、唇を塞がれたままでは、言葉にならない。コタローは、ネギの抵抗など物ともせず
			に滑らかな肌の感触を楽しんでいる。ようやく口付けから解放された時には、既にネギの息は上
			がっていた。

			「は……っコタロ…くん…っやめ…。」

			「何日お預けくらってると思っとんのや。」

			「そ、なこと…言われ……ても…。」

			「もう限界や。おまえに触れたくてしゃーない。ネギ、おまえはちゃうんか?」

			 耳元に落とされた声に、ネギは小さく体を震わせた。

			 コタローの言葉にネギは戸惑い気味に視線を向け、けれどそれには答えなかった。

			「……明日も、早いんだってば……。」

			 そう小さく漏らして、ネギはコタローを押しのけようと肩に手をかけた。その手を、コタローが
			掴んでベッドに押し付ける。

			「コタロー君!」

			「もう限界やって、言ったはずや。」

			「で、でも、明日も仕事が……。」

			「だから1回って言うたやろ?それで、我慢したる。」

			「が、我慢してやるって、コタ…っあ、や…っ!」

			 耳をぺろりと舐められて、肌が泡立つ。

			「やめ、ダメだってば!コタロく…っ……やぁ…っ。」

			 ネギの制止の言葉など聞く耳持たないとばかりに、コタローの手が、舌が、肌のあちこちに触れ
			てくる。急激に上がる体温に、ネギは焦燥感を募らせた。

			「ちょ、コタ…っっ!……も、やめろって言ってるだろ!ラス・テル・マ・スキル・マギステル 
			aer et aqua , facti nebula illis somnum brevem . NEBULA HYPNOTICA(大気よ、水よ、白霧と
			なれ、彼の者等に一時の安息を。『眠りの霧』)!」

			「うお…っ!?」

			 瞬間、目の前が霧で覆われる。それが何であるかを理解した時には、既に遅かった。猛烈な睡魔
			に襲われ、意識が朦朧とする。

			「ひ、きょうや…で……ネギ……。」

			 コタローは朦朧とする意識の中、それでも睡魔に抗おうとした。けれど抗いきれず、結局意識を
			手放すと、そのままネギの上に倒れ込んだ。

			「はぁ……。」

			 ネギはコタローが完全に眠ってしまったことを確認すると、その体をどけて起き上がった。そう
			して、大きく溜息を吐く。

			「もう、ホントに自分勝手なんだから……。」

			 もう一度溜息を吐くと、ネギはコタローの頭を軽く小突いた。

			「言っとくけどね。触れたいと思ってるのはコタロー君だけじゃないんだよ?僕だって、これで暫
			くゆっくりできるなって喜んでたんだから。それなのに仕事が入っちゃって……。もう……。」

			 三度目の溜息を吐いて、ネギはコタローの横にごろりと体を横たえた。

			「あーあ。また2週間、離れるのかぁ……。……コタロー君の言うように、1回くらいしても良
			かったかなぁ……。」

			 そう漏らして、慌てて頭を振る。

			「いや、ダメダメ。明日も早いんだから、そんなことしてたら朝起きられなくなっちゃうよ。」

			 漏らした本音を否定するように、ネギは数度頭を振ると、体を横向きにし、コタローの顔を見つ
			めた。

			 先ほどの魔法のせいか、コタローは気持ち良さそうに眠っている。この分では、コタローが目を
			覚ますのはネギが部屋を出ていった後だろう。

			「短気起して、魔法なんてかけなきゃ良かったかな。でも、あの勢いだと、抗い切れなさそう
			だったし……。」

			 コタローを止める方法が他になかったとはいえ、眠りの魔法をかけたことを、ネギは後悔し始め
			ていた。

			「この分だと、コタロー君が目を覚ますのは、僕が出かけてから、かな。また2週間会えないのに、
			このまま出かけるのもヤだなぁ。でも、起きないだろうし……。」

			 ネギは小さく溜息を吐くと、コタローの頬にそっと触れた。

			「……帰ってきたら、ちゃんとコタロー君に言おう。いつまでもこの状態が続くのは、僕だって嫌
			だもん。」

			 ずっと言いたくて、でも「NO」と言われるのが怖くて、ずっと言えなかった一言。

			 コタローが「YES」と言ってくれるかどうかは分からない。けれど、いつまでもこの状態が続
			くのは、流石に避けたかったし、現状を打破するには、それしか方法がないように思えた。

			「『YES』って、言ってくれるといいんだけどな……。」

			 唇をそっとなぞる。記憶と狂いない少しかさついた唇の感触に、思わず安堵してしまう。そんな
			自分に、ネギは苦笑いを零した。

			「とりあえず、向こうに着いたら電話するよ。ほっといたら、コタロー君、絶対機嫌悪いまんまで
			しょ?そんなんで2週間後に会うの、こっちも嫌だしね。」

			 苦笑して告げた言葉に、もちろん応えはない。が、ネギは構わずに続けた。

			「それと、2週間の予定だけど、出来るだけ早く帰ってこられるように努力する。だから、ごめん、
			もう少しだけ待っててくれる?コタロー君。」

			 コタローの右手を取り、指先にそっと口付ける。そうして、そのまま指を絡めた。

			「さ、明日も早いからもう寝なきゃ。お休み、コタロー君。」

			 言いながら、コタローに向かって柔らかく微笑みかける。そうしてネギは、明日に備えて眠るべく、
			明かりを落とすと静かに目を閉じた。






			THE END





























			15歳設定のコタネギでございます。
			ここのところ、この話(と原作パロ)がぐるぐる頭を回っていたので、
			忘れないうちにと形にしてみました。
			久しぶりにSSを書いたので、言葉が出てこなくて困りましたが、楽
			しかったです(笑)
			ちなみに、「当人も魔法世界を救った英雄」というくだりは、原作の
			展開を先読みしたものです。今後の展開次第では、大変間抜けな一文
			になりますが、まぁ、その辺はご愛嬌ということで(^^;)

			今回使用の呪文は、23〜25時間目学園都市大停電大作戦!(3巻
			収録)を参照しました。
			複数の人を眠らせるのに有効な呪文のような気もしますが、他にな
			かったのでこれに(^^;)
			「月見乃夜桜」じゃダメだしな・・・。