数度のコールの後、コタローはようやく携帯を手に取った。

			『あ、コタロー君?僕だけど。』

			 向こうが名乗るまでもない、携帯の画面には「ネギ」と名前が表示されているのだ。出る前
			から相手が誰であるかは分かっている。それでも暫く出なかったのは、テーブルの上に「行っ
			てきます。」の一言しか残さず行ってしまった薄情な恋人へのささやかな抗議だ。

			「………名乗らんでも分かっとるわ。…で?」

			 不機嫌を隠そうともせず答えれば、少しの間を置いて躊躇いがちな声が続く。

			『……あ、うん……。あの、今朝はごめん。何も言わずに出かけちゃって……。』

			「別に。気にしてへん。」

			 「気にしていない。」と言いながらも、声は不機嫌そのものだ。それが分かっているからか、
			電話の向こうのネギの声も少しだけ怒気を孕んだものになる。

			『気にしてないとか言いながら、怒ってるじゃん。仕方ないでしょ?飛行機の時間が早かっ
			たんだから。』

			「あー、仕事やもんなぁ。そりゃしゃーないわな。そやから、俺なんか気にせんと、しっかり
			仕事してきたらええやろ。」

			『コタロー君!』

			 突き放すような言葉に、ネギは一瞬声を荒げた。けれど、すぐに思い直したのか、少しの間
			を置いて話しだした声は、既に冷静さを取り戻していた。

			『仕事が入っちゃったことも、昨夜のことも、何も言わずに出かけちゃったことも、全部謝る
			よ。ごめん、コタロー君。でも……。』

			「でもなんや?」

			『……僕だって、今回のことは不本意というか、予期してなかったことで、ホントはもっと
			ゆっくりしたかったんだ…。コタロー君とだって、数週間ぶりに会ったんだし、その、えっと、
			そ、側にいたかったなって思ってるんだよ?信じてもらえないかもしれないけど……。』

			 照れているのか、ようやく聞き取れる程度の言葉に、コタローの口元に少しだけ笑みが浮か
			ぶ。たぶん赤くなっているだろうネギの顔を想像しただけで、先までの不機嫌はどこへやら、
			現金な自分に、コタローは思わず苦笑してしまった。

			「お預けくらってる思ってたんは、俺だけやない、ってことやな?」

			『…………………う、うん……。』

			 躊躇いがちに、けれどはっきりと聞こえた肯定の声に、コタローは満面の笑みを浮かべた。

			 普段あまりこういうことを口にしないネギが漏らした本音に、嬉しさを隠せない。その証拠
			に、尻尾はさっきからぶんぶんと振られている。

			「そういうことやったら、今回は我慢したる。」

			『……うん。なるべく早く帰れるようにするよ。』

			「そやな。昨日させてくれへんかったから、もう、溜まって溜まってしゃーないねん。はよ、
			おまえに触れたいわ。ネギ。」

			『コ、コタロー君……っ!』

			 真っ赤になっているだろうネギを想像して、コタローは満足げな笑みを浮かべた。

			「おまえもそやろ?」

			『……ひ、否定はしない……けど……。』

			 そう問えば、けれど肯定の言葉が返ってきた。それに驚きながらも、嬉しさを隠せない。
			「触れたい」と思っているのは自分だけではないのだと、ネギの口から聞けたのだから。

			「そない言われたら、はりきらんとな。帰ってきたら覚悟しとき?寝かせへんからな。」

			『え、ええ……っ!?いや、あの、それは………。……あ、でも、その前に話したいことがあ
			るんだ。』

			「話したいこと?なんや?」

			『帰ってから話すよ。』

			 ネギの言う話したいことが気になったが、しかしそう言われてしまっては、それ以上訊けな
			かった。

			『あ、じゃ、もうそろそろ時間だから、行くね。』

			「おう、気いつけてな。ま、おまえなら大丈夫やろうけど。…そや。」

			『何?』

			「今度電話する時は、も少し時間考えや。」

			『え?でも、そっちは今昼間じゃ……。』

			「確かに昼間やねんけどな。今日は平日やろ?」

			『うん……。』

			「授業中やねん、今。」

			『…………………っっ!!??』

			 苦笑して告げた言葉に、ネギの動揺が電話越しに伝わってきた。きっと今頃、青くなったり
			赤くなったりしていることだろう。それを想像すると、ネギには申し訳ないが可笑しくて仕方
			がない。

			『だ、だって、コタロー君、電話に……。』

			「おまえからやったから、出たんやないか。向こう行ったら、電話もできへんやろ?俺も声聞
			きたかったし。」

			『そ、そういう問題じゃないっ!授業中なら電源切っておいてよ!!コタロー君のバカっっ!!』

			 そう残して切れてしまった電話に、コタローは苦笑して携帯の電源を切ると、そのままポ
			ケットにしまい込んだ。

			「考えたら分かるやろ。仮にも教師やねんから。ま、それだけ気になってたってことやからえ
			えねんけどな。」

			 小さく笑って顔を上げれば、教室中の視線が自分に集まっていることに気づく。授業中であ
			るにもかかわらず携帯で会話をし、剰えその内容があれでは、注目を集めるのも無理からぬこ
			とだろう。それでもコタローはそんな視線など気にした風もなく、教師に向かってひらひらと
			手を振った。

			「騒がして、すまんかったな。気にせんと続けてくれて、ええで?」

			 にっこりと上機嫌で笑うコタローに、しかし、教師以下、突っ込める者は誰もいなかった。





		 	THE END















			「SAME HERE」の続きです(笑)
			授業中に電話をしてはいけません。しかもそんな会話されたら、
			気になって授業に集中できないですよ、コタ(笑)名前出し
			ちゃったから、相手はネギ君だってばれてるしねぇ。腐女子は
			大喜びでござろう(爆)

			ちなみに、イギリスと日本の時差は「8or9時間」です。
			夏時間と冬時間ってのがあって、夏だと8時間、冬だと9時間。
			夏ということで書いたので、8時間で、イギリス午前6時ごろ、
			日本午後2時ごろという時間設定です。