「ああ、明石教授。こちらにいらしてたんですか。捜しましたよ。」 そう言って本の隙間から顔を覗かせたのは、2-A担任の高畑君だった。 「やあ、高畑君。捜したって、僕に用事かい?」 積み上げた本が雪崩を起こさぬよう、ゆっくりと立ち上がる。机を迂回するようにして高畑君のそばに 行けば、その隣に緊張の面持ちで立っている少年に気づく。年の頃、10歳、と言ったところだろうか。 さぞかし緊張しているのだろう。それが救いででもあるかのように、高畑君の服の裾をしっかりと掴んで いる様が大変可愛らしい。隣に立つ高畑君は高畑君で、緊張しきりの彼を安心させるかのように、その頭 を優しく撫でている。注ぐ視線も、ついぞ見たことがないほど優しくて、そんな彼が可愛くて仕方がない のだなと容易に理解できた。と同時に、裏にある、それ以上の感情が読み取れてしまい、思わず苦笑して しまう。 そんな僕が読み取った感情には気づくはずもなく、きっと、ネギ君の目に高畑君は「頼りになるお兄さん」 とでも映っているのだろう。信頼しきった瞳を見れば、分かるというものだ。 「君が、ネギ君だね?」 「え、あ、は、はい!初めまして!ネギ・スプリングフィールドです!」 僕の問いに、慌てて、けれどとても礼儀正しく挨拶をするネギ君。 高畑君が連れてきたこの少年が誰であるか、言われずとも分かっていた。 今日付けで、高畑君の代わりに2-Aの担任になる、彼ことネギ・スプリングフィールドが、あのナギ・ スプリングフィールドの息子であることは、僕らにとっては周知の事実だからだ。 最も、彼がこちらに来ると決まる前から、高畑君から散々彼のことは聞かされていたのだが。 話の端々に繰り返される「可愛い。」という表現と、そのあまりの熱の籠った話し振りに、 「相手は子供だということを、君は理解しているのかな?」 と聞きたくなったのも、一度や二度ではなかったほどだ。 噂に聞いていた(聞かされていたと言ったほうが正しいだろう)ネギ君を、僕は興味深く見つめた。 確かに、高畑君が言うとおり、可愛らしい顔をしている。この年頃特有の愛らしさと言おうか。まだメ ルディアナ魔法学校を卒業したばかりとあって、幼さの多分に残る、ともすれば女の子と見間違ってもお かしくないほど可愛らしい子だ。 なるほど。これなら、高畑君が「可愛い。」と言うのも無理からぬこと。ただやはり、その表現の多さ は度を越していると思うが。 それはともかく。可愛らしくも利発そうな顔立ちと、強い意志を湛えた瞳がとても印象的で、この子な らきっと、これからどんな困難が待ち受けていようと、決して挫けずに前へと進んでいけるだろうと思え た。 「初めまして、明石です。娘がお世話になります。」 笑ってそう言えば、小首を傾げて高畑君を仰ぎ見る。 「明石教授はね、2-Aの生徒、明石 裕奈君のお父上なんだよ。」 「え?!そうなの?!あ、こ、こちらこそ、まだまだ若輩者ですが、よろしくお願いします!」 高畑君の答えに、慌ててぺこりと頭を下げるネギ君。 高畑君から聞いていたとおり、本当に素直ないい子のようだ。 「うん、頼みますね。父親の僕が言うのもなんですが、根はいい子なんですよ。ただ、少々元気すぎると ころがありまして。大変だとは思いますが、頑張ってください。もし困ったことがあれば、高畑君にはも ちろんのこと、僕にも気軽に相談してくれて構わないですから。」 「あ、ありがとうございますv」 そう言って頭を軽く撫でれば、満面の笑顔で返してくれる。これがまた可愛らしい笑顔で、こちらも自 然と笑みが浮かぶ。 「うん。君は将来、美人になるね。」 「………は?」 彼に対する素直な感想を口にしたところ、ネギ君の目が点になった。隣の高畑君は、なぜか頭を抱えて いる。 「……あの、僕、男なんですけど……。」 「うん?それはもちろん、知っているよ。」 「え、でも、あの、それでどうして、その……。」 僕の言葉に、ネギ君は、頬を薄らと染めて困惑気味に言葉を紡ぐ。 「美人になる。」と言われたのが、そんなにショックだったのだろうか。褒め言葉なのに。 「明石教授。普通の男の子は、「美人になる。」と言われて、それが褒め言葉だとは思いませんよ;」 「何を言っているんだ、高畑君。「美人」とは、本来男性に対して使われていた言葉なんだよ?確かに、 昨今では女性に使うのが一般的だけれどね。」 そこで言葉を区切り、そっとネギ君の顎を掴んで軽く上向かせる。突然のことに驚いているネギ君は、 僕のなすがまま、困惑を滲ませた大きな瞳で僕を見つめた。 「ネギ君を見たまえ。大きな瞳。すっと通った鼻筋。ふっくらと柔らかそうな唇。実に整った顔立ちをし ているだろう?このまま成長したら、将来彼は、きっと美人になるよ。うん。間違いない。」 そう断言した僕に、高畑君が容赦のない一撃を放ってきた。 「何をするんだ、高畑君!?危ないじゃないか!」 辛うじてそれを避けた僕を見て、高畑君は小さく舌打ちした。 ……おいおい、それはないんじゃないのかい?高畑君; 顎から僕の手が離れたのに、ネギ君は安心したように息をついた。そうして、多分無意識に、だろう。 まるで僕から逃げるように、高畑君の後ろに隠れてしまった。 どうやら不審がられてしまったようだ。僕としてみれば褒めたつもりなのだが、通じなかったのだろう。 しかし………。 言わせてもらえば、僕などより、その高畑君のほうが、何十倍も、ネギ君にとっては危ない存在だと思 うのだが、どうやら当のネギ君は、そのことに、全くもって気付いていないらしい。そう言った意味でも、 この時点で、高畑君の懐柔策は功を奏していると言えるだろう。 「ネギ君。明石教授の言葉は気にしなくていいから。彼は数学教師でありながら、語学が趣味で、特に日 本語が大のお気に入りなんだよ。だから、少々言動が変わっているんだ。」 暗に、だが、僕を変人呼ばわりする高畑君。正しい日本語を使っているにも関わらず、なぜ変人扱いさ れなければならないのだろうか。第一、「変人」と、高畑君、君にだけは言われたくないのだが。 「そ…うなの?」 「ああ。」 確認するように高畑君に訊ねるネギ君に、彼は先の言葉を即座に肯定した。 即答かい?高畑君。語学が趣味の、どこが悪いというのだろうか?確かに、ネギ君を驚かせてしまった ようだが、しかし、君のネギ君を見る目のほうがよっぽどおかしいだろう! 「まあ、彼は高等部の教師だから、今後、あまり会うこともないと思うが。もし何かあったら、すぐに言 うんだよ?ネギ君。」 「う、うん……。」 高畑君の言葉に、困惑しながらも、こくりと頷くネギ君。 高畑君、なんだね、その言い方は。それではまるで、僕がネギ君に何かすると言いたげじゃないか。失 礼な!君と一緒にしないでくれないか!? そう言いたかったが、ちらりとこちらに向けられた視線に紛れもない殺気を感じ、僕は開きかけた口を 閉じるしかなかった。 「タカミチ……?」 ネギ君もそれを感じ取ったのか、不安げな瞳を高畑君に向ける。それに、先ほどまでの殺気は気のせい だったのかと思わせるほどの豹変ぶりで、ネギ君に笑いかける高畑君。 「どうかしたかい?ネギ君。」 「…ううん。なんでもない。」 いつもの高畑君の笑みに安心したのか、ネギ君は首を横に振ってにっこりと笑みを浮かべた。 「さて、明石教授への挨拶も済んだし、次へ行こうか。ネギ君。」 「うん。」 くるりと踵を返した高畑君が、ネギ君の手を取ってそう声をかける。それに、ネギ君はこくりと頷いた。 「では明石教授。お忙しいところをお邪魔しました。」 高畑君が、どう聞いても社交辞令にしか聞こえない声音でそう告げた。 そんな顔で言われると、まるで、邪魔をしたのは僕の方だったのではないかと錯覚しそうになる。なぜ 僕がこんな気にさせられなければならないのか、甚だ疑問なのだが。 「さあ、行こう、ネギ君。」 「あ、お邪魔しました。」 ネギ君はぺこりと頭を下げると、高畑君に連れられてこの場を去って行った。 去っていく二人の後ろ姿を見送りながら、僕は一つ、小さく溜息をついた。 「これでネギ君の、僕に対する見方が決まったということかな。」 そのこと自体に大した問題はないのだが、ただ、身近な脅威(いや、獣と言ったほうが適切な表現か?) に気づかぬ子ウサギに、いかにしてその事実を知らしめるべきか。分かっていて、食われるのを見過ごす のは忍びない。ここは高畑君の理性を信じたいところだが、今一つ信用しきれないのも事実で、今後、対 応に苦慮することは間違いないであろうことを思うとなかなか頭の痛いことだと、ため息が漏れた。 「……これを見越しての挨拶だったのかもしれないなぁ。」 流石高畑君、などと感心している場合ではないのだが、どうやら初手から下手を打ったらしい僕のこれ からを思い、もう一度溜息をついた。 THE END ふと思いついて書いてみた(と言っても、書きあげたのは1カ月以上前)明石教授ネタ。 「数学教師で語学好き。高等部の教師」というのは、当然ながら、全てねつ造。 でも、「高等部の教師」ってのは、あながち間違いじゃないかもと思ってます。 だって、ネギ君と初めて会ったのは9巻P144。同じ中等部の先生なら、知らないは ずはないと思うしね。…違うかな?(^^;) えーと、書きたかったのは「君は将来美人になるね。」のくだり(笑)それだけです(爆) 日本語って、いいよね(笑)![]()