「……これは一体、なんなんですか?」 溜息と共に零れた問いに、ナギはさらりと答えを返した。 「ウエディングドレスだろ?」 「僕はなんでこんな恰好をさせられているのかを訊いているんです!」 ネギは声を荒げてそう言いながら、ナギに鋭い視線を向けた。 ナギに改めて言われるまでもない。ネギは自分が今どんな格好をしているか、認めたくはなかったが分かっていた。 花嫁の純潔の象徴、純白のドレス――――「ローブ・ド・マリエ」。 女性なら誰でも憧れるであろうそれを、なぜ男である自分が着せられているのか。しかも、目の前に立つ父ナギは、 白のタキシードを見事に着こなしていて、その格好も何の冗談なのか、理由を問いかけてはみたが、正直、ネギは答 えを聞くのが恐ろしかった。 「お前が子供の頃にした約束を叶えてやろうと思ってな。覚えてるか?ネギ。お前、俺と結婚したいって言ったんだ ぜ?そうは言っても、本当に結婚できるわけじゃねぇし、ま、それでも気分を味あわせてやるくらいはできるだろ? お前も18になったからな。その記念に願いを叶えてやろうって、こいつらに協力してもらったんだよ。」 そう言って、横に居並ぶ面々を指さした。 居並ぶ面々は、あちらの世界では「超」がつくほどの有名人、「紅き翼」のメンバーだ。こちらも皆きちんと礼服 を着ていて、程度の差こそあれ、この茶番を楽しんでいるのが見て取れた。 激昂してみても、ナギはどこ吹く風で、全く堪えている様子はない。それどころか、しれっとそんなことを言われ ては、ネギは頭を抱えるしかなかった。 「子供の頃の約束って……;」 「忘れたのか?「誓いの口付け」までしたのに。」 にやりと笑うナギに、ネギの頬が朱に染まる。 「あ、あれは、アルにずっと一緒に居たかったら、「結婚」するしかないって、そう言われて!///」 「俺と結婚できねぇって知った時のお前の顔は、見ものだったよな。」 「父さん!」 当時のことを思い出しているのだろう。くつくつと笑うナギに、ネギの顔が真っ赤になる。 確かに、自分は小さい頃、父であるナギと結婚したいと思っていた。それが、大好きな父とずっと一緒に居るため の手段だと信じて疑わなかったからだ。ちなみに、その誤った知識は、アルによって植えつけられたものだ。しかし、 それはあくまでずっと一緒に居るために「結婚」したかっただけで、「結婚式」をしたかったわけでは決してない。 「……それで、みんなしてこんなバカげた行為に乗ったわけですか……?」 ナギと話をしていても埒が明かないと思ったのか、ネギは、その横で思い思いの表情を浮かべている面々に目を向 けた。 「さすがにサイズがなくて特注したんですが、頼んだ甲斐がありますね。似合いますよ、ネギ君。」 「馬子にも衣装ってやつだな。」 「私は止めたんだけれどね;」 「……すまない、ネギ君;」 それぞれの言葉に、ネギは溜息をついた。 いつの間にサイズを測ったのかとか、こんなものわざわざ特注で作って、この後どうするのか、というか、作らな いで欲しいとか、下着まで完璧に着せられてるのは、一体誰がやったのかとか、言いたいことはたくさんあったが、 どんな答えが返ってくるか、想像するだに恐ろしくて訊けなかった。 ナギとアル、そこにラカンが加わっては、詠春とタカミチではその暴挙を止めることなどできなかったのだろう。 それでも、「どうして止めてくれなかったのか。」と、思ってしまうのは仕方のないことで、恨みがましい視線で見 つめるネギに、詠春とタカミチは申し訳なさそうに苦笑した。 「ネギ君。そんな顔をしては、折角の美人が台無しですよ。」 「全くだ。こういう時は笑顔を見せるもんだぜ?」 「誰が美人ですか!それに、こんな状況で笑えるわけないですよ!」 ネギの尤もな意見に、けれど二人は応えた様子もない。そういう意味では、アルもラカンも、ナギと変わらぬ神経 の持ち主だと言えるだろう。 「男がいつまでもぐちぐち言ってんじゃねぇ!いい加減、腹括れ!」 「腹括れって、言ってることが無茶苦茶なんですけど!」 ネギはラカンにそう返しながら、正直泣きたい気持ちでいっぱいだった。 できることなら即刻逃げ出したいが、ナギ一人でも持て余すところに、アルとラカンまでいる(しかも、ナギの計 画の賛同者だ)この状況では、100%逃げ切れない。よしんば詠春とタカミチが手助けしてくれたとしても、逃げ 切れる確率が100%になることはないのが分かっているから、結局、ネギはラカンの言うように腹を括るしか術は なかったのだ。 「ううう、父さんのバカ……。」 息子である自分で遊ばないで欲しいと、思ってはみてもこの状況が好転するわけでは全くなく。結局ネギは、その まま教会へと強制連行された。 「んじゃ、神父役頼むぜ?詠春。」 「私は神主なんだが…。」 溜息と共に漏れた詠春の言葉は、さらりと無視された。 仕方ないといった様子で、詠春がナギとネギの前に立つ。そうして少々ヤケクソ気味に、本に書かれた文章を読み 始めた。 「病める時も健やかなる時も……。」 詠春の声が、教会に朗々と響く。 雰囲気は本物の結婚式さながらで、いっそ「ふり」もここまですれば清々しいなと、ネギは遠い目をした。 「誓いますか?」 「……誓います。」 詠春にそう訊かれ、仕方なくも、ネギはそう小さな声で答えた。 こうなったら、一刻も早くこの茶番を終わらせるのが最善の方法だと諦めたからだ。 「それでは、誓いの口付けを。」 「え?」 されるがまま指輪の交換まで終えたネギは、「これで解放される。」と思っていた。まさか「誓いの口付け」まで するとは思っていなかったからだ。 「ち、誓いの口付けって、え?ちょ、ちょっと、父さん…?」 詠春の言葉に驚いてナギを見るネギ。 動揺を隠せないネギを無視して、ナギがその体を引き寄せる。そうしてはらりとベールをあげると、そのまま唇を 重ねた。 「………っっっ!?」 瞬間見開かれた瞳は、すぐに閉じられた。驚きに緩く開かれていた口の中に、ナギの舌が侵入してきたからだ。 まさか誓いの口付けまでするとは、ましてディープキスをされるとは思っていなかったネギは、完全に油断してい た。分かっていたらその前に逃げ出していたのに、とは、後のネギの漏らした言葉だ。 予期せぬ事態に頭がついていかない。それどころか、ナギのキスに翻弄され、体の力まで抜ける始末だ。 引き剥がそうとナギの腕にかけられたはずの手は、しかしその用を成さず、逆に縋りつくことになった。 「…っん……っは、や……、と、うさ……んんっっ。」 一度離れた唇が、再度重ねられる。再び深く口付けられ、ネギの体が小さく震えた。 詠春たちは「ナギならここまでやるだろう。」と予測していたのか、呆れながらも、その表情に驚きの色は見えな い。ただ一人、タカミチを除いて。 「……ナギ!?何を…っ!」 「んっ!んん……っっっ!」 目の前の光景を茫然と見ていたタカミチは、我に返ると慌てて席を立った。そうして二人のもとに駆け寄ろうとし て、しかし、ナギのキスにびくりと体を震わせたネギの表情に足が止まってしまう。薄っすらと涙の浮かんだ瞳、朱 に染まった頬、小刻みに震える体、相手は自分ではないのに、それでもネギの見せるそんな艶やかな様態に、目が釘 付けになってしまったのだ。 ごくりと、無意識に唾液を飲み込んだ音が、静かな教会の中で、ひどく大きく聞こえた。 「……ん……ぁ……っ。」 どれくらいの時間が経ったのか。ネギにはひどく長く感じられた数分を経て、ようやく解放される。途端、力をな くしていた体がくず折れる。それを、ナギが支えた。 「なんだ、ネギ。キスくらいで腰が砕けたのか?それじゃ、この先が思いやられるな。」 小さく笑うナギに、既に赤かった頬は、更に赤くなった。 『こ、この先ってなんですかー!?』 そう突っ込みたかったが、息が上がってうまく言葉を紡げない。乱れた呼吸の下、なんとか反論しようとして、し かし、再度口付けられる。 なす術もなくナギに翻弄され、ネギは震える体を持て余した。 「は、…あ…っっ!」 離れた唇が首筋に寄せられ、強く吸われる。瞬間、びくりと体が跳ね、甘い声が零れた。 ナギに腕をとられたまま、ネギがその場にへたり込む。苦しげな呼吸を繰り返すネギに、ナギは片膝をついてその 耳元に囁いた。 「やっぱ親子だな。あいつに似てる……。」 「んっっや…ぁ……っ。」 耳元にかかる息が刺激となるのか、ネギが体を震わせる。それに、ナギが小さく笑う。 「そんな顔するな。止まれなくなるだろ?」 「と、とう…さ……?」 ナギの言葉に、不安げな視線を向けるネギ。その瞳は快楽に潤んでいて、まるで続きをねだられているような錯覚 を起こさせる。しかし、その中に怯えの色を滲ませているのに、ナギは声をたてて笑い出した。 「……冗談だ。さてと。お遊びはここまでだ。立てるか?ネギ。」 そう言って立ち上がると、ナギは小さく笑ってネギに手を差し伸べた。 「あうう……;;」 差し出された手を支えに立ち上がろうとするが、完全に腰が抜けてしまったらしく力が入らない。座り込んだまま 立ち上がることができないネギに、ナギが苦笑する。 「ったく、しょうがねぇなぁ。」 「わぁっ!と、父さん!?」 溜息と共にふわりと抱き上げられる。ナギにお姫様だっこされ、ネギは真っ赤になって手足をばたつかせた。 「自分で歩けるから、おろしてくださいっっ!!」 「ああ、ああ、暴れんな。落っことすぞ?第一、立ち上がれもしない状態で、どうやって歩くってんだ?ああ?」 「ううう……;」 図星をさされ、大人しくなるネギ。それに、ナギは満足げに笑った。 「そうだ。いい子だから大人しくしてろ。」 そう言って笑うナギに、ネギは恨めしげな視線を向けた。 一体誰のせいでこんなことになったのかと、抗議しようとして、しかしネギは口を噤んだ。言っても無駄だと分 かっていたからだ。 「タカミチ。」 「は、はい!?」 ネギを抱いたまま、視線だけタカミチの方に向けて名前を呼ぶ。突然呼ばれたタカミチは、慌てて二人のもとに駆 け寄った。 「ナギ!自分の息子に何やってんですか!?」 「キスくらいでかっかすんなよ。それより、代われ。」 「……は?」 いきなりそう言われ、きょとんとしているタカミチを他所に、まるで荷物か何かのようにネギをその腕に押し付け た。タカミチは反射的にネギを腕に抱きとめて、しかし、驚きを隠せずにナギに視線を向ける。 「ナギ!?」 「タカミチ。お前が連れてけ。」 「え?と、父さん??」 突然のこのやり取りに、ネギは困惑気味にナギを見た。しかし、ナギはその視線を無視して、真っ直ぐにタカミチ を見た。まるで射るようなその視線に、タカミチの体が緊張に強張る。それでも、タカミチはナギの視線を受け止め た。 緊迫した雰囲気は、けれどナギがタカミチから視線を逸らしたことで跡形もなくなった。小さく笑みを浮かべるナ ギに、タカミチの緊張も解ける。 「泣かすなよ?タカミチ。」 「……はい。」 静かな口調でそう言ったナギの口元に笑みは浮かんでいたが、その目は笑っていなかった。 ナギの言わんとしていることを直ぐに理解したタカミチは、ナギを見つめたまま、そうはっきりと答えを返した。 「え?何が?父さん?タカミチ?」 二人のやり取りの意味が分からず、首を傾げるネギ。ナギとタカミチに交互に視線を向けるが、しかし、答えを得 ることはできなかった。 「……着替えてこようか、ネギ君。」 「え?あ、うん。」 そう言って、踵を返して歩き出したタカミチに、ネギは少しでも負担がかからないようにと首に腕を回した。それ に、タカミチが小さく笑みを浮かべる。 「おや、新郎交代、ですか?」 「アル。」 「失礼します。」 アルの少しだけからかいの混じった声音に、けれどタカミチは立ち止ることなく教会を後にした。 「…いいんですか?」 その後ろ姿を黙って見送ったナギに、アルが静かに声をかける。 「何がだ?」 「ネギ君ですよ。タカミチ君に任せた、ということは、つまりそういうことでしょう?」 「あ〜?アル、お前何言ってんだ?そんなのは、あいつが決めることだろ?俺の知ったこっちゃねぇよ。」 肩を竦めて見せるナギに、アルが小さく笑う。 「確かに。しかし、タカミチ君も大変ですねぇ。相手がこれでは。」 「あん?なんだ、これってのは。」 「あなたのことだとは、一言も言ってませんよ。」 小さく笑ってそう言われ、ナギがむすっとした顔をする。その表情に、アルの笑いが深まった。 「……似てるのも当たり前か。」 少しの沈黙の後、ナギの口からぽつりと漏れた言葉。それに、アルが首を傾げる。 「何がですか?」 「なんでもねぇよ。」 小さく答えると、ナギはそのまま歩きだした。 「着慣れねぇもん着てたら、肩凝っちまったぜ。とっとと着替えるとするか。」 そう言って腕を上げて伸びをしながらも、歩みは止めない。そうして出入り口付近で立ち止まると、ナギは後ろを 振り返った。 「おまえら。今日は朝まで飲むぞ。付き合えよ?」 「当たり前だ。途中で潰れんじゃねぇぞ?ナギ。」 「仕方ないですね。」 「仕方ない。付き合うとするか。」 ナギの言葉にそれぞれが返事をすると、後を追うように出入り口に向かって歩き出した。 THE END この話は、パラレル設定です。以下略(おい) 「A VOW」の続きでございます(笑)10数年後、という設定です ね。 ナギネギなんだか、タカネギなんだか、よく分からない話になったのは、 「A VOW」同様。ダメじゃん。 ネギ君の着せられたウエディングドレスの描写をしようかと思いました が、イメージしきれず挫折。皆様のご想像にお任せします(^^;) この話のタカミチは、まだネギ君に何も言ってない模様。10歳に手を 出しちゃったタカミチとは大違い(待て;)ま、これからですかね。 (何がだ;) しかし、息子で遊んじゃう父って、私のナギのイメージは、やっぱどこ かおかしいですか?(苦笑)![]()