そばにいるよ


 

	「ねえ君。ちょっと良いかな?」

	 馴れ馴れしく声を掛けてきた男達に、蛮は冷めた目を向けた。

	 年齢30歳くらい、鼻の下にちょび髭をたくわえた、ひょろっと背の高い胡乱な男と、
	同じく胡乱な印象を受けずにはいられない、これも同じくらいの年齢と思われる中肉中
	背の男、そして25歳くらいの男の3人が、マイクとカメラを持って立っていた。

	「テレビ○京の『×恥・▲恥』って番組知ってる?」

	「……知らねー。」

	 にこやかに話しかけてきた男に、興味ないとばかりに仏頂面で答える。と言っても、
	蛮はその番組を本当に知らなかったのだが。

	「知らない?そっかー。ま、いいんだけど、その番組でね、クイズに答えてもらってる
	んだけど、ぜひ参加してもらえないかな?」

	 口調は「お願いしている」という感じだが、蛮を取り囲むようにして立っているその
	行動に、有無を言わせぬ感があるのを、普通の人間ならば感じたかもしれない。だが、
	蛮は相変わらずの仏頂面で、答えるのも面倒とばかりに無視を決め込んだ。

	「だめかな?『街角美少年』ってことで、参加してもらいたいんだけどなー。」

	『あ?『街角美少年』だ?バカか?こいつら。』

	 背の高い男の言葉に、蛮はあからさまに侮蔑の目を向けた。

	「あ、今「バカか。」って思ったでしょう?ひどいなー。これも仕事で仕方なくやって
	るんだよ?」

	 「でなければ誰が……。」と続けそうになって、男は慌てて口を噤んだ。

	「蛮。」

	 不意に掛かった声に振り向く。

	「邪馬人!」

	 ようやく訪れた待ち人に、蛮は顔をほころばせた。

	 男達の間に割り込むようにして、邪馬人は蛮の側へやってきた。

	「遅かったじゃねーか。何してたんだよ?」

	「悪かった。道が混んでてな。」

	 苦笑して、蛮のその柔らかな髪を撫でてやる。まるで子供に対してするような行動に、
	蛮は「子供扱いすんなよ。」と言ってその手を払いのけた。が、その態度がまた可愛く
	て、思わず笑ってしまう。

	「ところで。何もめてたんだ?」

	「聞いてくれよ、邪馬人。こいつら、テレビ○京とか言う局のクイズ番組に出ろってう
	るせーんだよ。」

	「クイズ番組?」

	「そうなんです!『×恥・▲恥』という番組なんですが、ご存知ですか?」

	 ここぞとばかりに、背の高い男は話に割って入ってくる。それに、蛮は冷めた目を向
	けた。

	「いや…。テレビなんて見ないもんで。」

	 そんなことを言われても、アパートにテレビはない。ないものはどうしようもないと、
	邪馬人は同意を求めるように蛮の顔を見た。

	「だから知らねーって言ってんのにしつこいんだよ。いーから行こうぜ?邪馬人。」

	 そう言って邪馬人の手を引いてこの場を去ろうとした蛮の手を、中肉中背の男が引き
	止めた。

	「待ってくれないかな?無論タダとは言わない。クイズに答えてくれるだけで、5万だ
	そう。どうだい?」

	「え?おい、蛮。5万だってよ、5万。クイズに答えるだけなら、そう時間もかからな
	いし、やってみろよ。」

	 『5万円』という金額に、蛮ではなく、邪馬人の方が反応を示す。それに、『どっち
	がガキなんだか。』と苦笑して、それでも邪馬人がそう言うならと、不承不承参加する
	ことに決める。

	「邪馬人がそう言うならいーけどよ。で?ホントにくれんだな?5万。」

	「もちろん。ただし、全問正解したらの話だ。いいかい?」

	「別にいーぜ。」

	 あっさりとOKを出す。

	 どんな問題が出されるのかは知らないが、それでも、全問正解するくらいわけないと、
	蛮は心の中でそう考えていた。

	「おい、大丈夫なのか?蛮。」

	 「全問正解したらもらえる。」という言葉に、これまた蛮ではなく、邪馬人の方が不
	安になっている。いくらなんでも全問正解は無理だと思っているらしい。それに自信た
	っぷりに笑いかけた。

	「まかせろよ、邪馬人。きっちり5万、もらってやるからよ。」

	 その自信はどこからくるのか。自信満々な蛮の態度に、邪馬人は苦笑を禁じえなかっ
	た。

	「じゃ、話も決まったところで、まずは自己紹介してもらおうかな。」

	 男の言葉に、蛮はあからさまに不機嫌な顔をした。クイズに答えるだけ答えて、さっ
	さと帰るつもりだったのだ。もちろん、5万円はもらって。

	「あ?自己紹介だ?なんでそんなこと……。」

	「こちらも番組として作る以上、必要なんだよ。分かってもらえないかな?」

	 宥めるように笑いかけられ、『気持ち悪ぃ。』と思いながら、それでも邪馬人に「答
	えてやれよ。」と言われれば、仕方なく、だがめんどくさそうに答えを返す。

	「美堂 蛮、16歳。」

	「学生さん?」

	「違ーよ。俺は邪馬人と奪……。」

 	  言いかけて、邪馬人に口を塞がれる。

	「そーなんですよ。たまたま今、俺のとこに遊びに来てて。」

	 蛮の口を塞いだまま、苦笑しながら蛮に代わって答える。言い終るや否や、蛮の耳に
	ひそひそと話しかけた。

	『バカ、お前「奪い屋」やってるって言いかけたろ?』

	『なんでだよ?いーじゃねーか、別に。ホントのことだろ?』

	『そーいう問題じゃないんだって。いいから。とりあえず学生で通しとけ。分かったな
	?』

	「あの、次いっていいですかね?」

	「あ、はいはい。どーぞどーぞ。」

	 声を掛けられて、ひきつった笑いを返す。蛮の方はと言うと、ひどくめんどくさそう
	な顔をしていた。

	「えーと、蛮くんだったね?それだけ可愛いと、もてるでしょう?」

	 『可愛い』の一言に、蛮はあからさまに不機嫌な顔をした。蛮とは対照的に、邪馬人
	は可笑しそうに笑っている。それがまた、蛮には気にさわったらしい。

	「なんだよ、邪馬人。笑うなよ。」

	「そーだよなー。蛮は可愛いからな。さっきも、男に声掛けられてたろ?」

	 邪馬人は言いながらにやにや笑った。その言葉に、蛮の頬が薄く朱に染まる。

	「あ、あれはその、別に……って、邪馬人!見てたんなら助けろよ!えらいしつこくて、
	追い払うのにすっげー苦労したんだぞ!?」

	「悪かった。つったって、道の反対側で信号待ちしてて気付いたんだ。仕方ないだろ?」

	 食って掛かる蛮に、苦笑しつつ宥める。

	 邪馬人としても、気付いた時点で助けに入りたかったのだ。信号さえ青なら、それこ
	そ駆け寄って助けていただろう。いや、下手をすると相手を殴り倒していたかもしれな
	い。そういった意味では、その男は運が良かったと言えた。

	「えーてことは、蛮くんは男の人にもてる……のかな?」

	「もてねーよ!!」

	「いやー、もてるもてる。女にももてるしな。うん。」

	 邪馬人は腕を組んで、納得したように頷いた。

	「邪馬人ー。」

	 恨めしげに邪馬人を見る。それがまたなんだか可愛くて、邪馬人は蛮に笑いかけた。

	「冗談だ、冗談。そんなに怒るな。」

	 ふて腐れた蛮の頭を撫でてやる。本当に、こういう反応がいちいち可愛い奴だ。

	「じゃあ、クイズに入りましょうか。」

	 じゃれあってるとしか周りからは見えない二人に苦笑し、男は先を促した。

	「ではまず一問目。『かわせ』を漢字で書いてみてくれるかい?」

	 そう言って、ボードとペンを渡す。蛮はそれを受け取ると、そこに『為替』とため
	らいもなく書いた。

	「ん。」

	「正解。ではニ問目。これはちょっと、難しいよ?『リバースモーゲージ』って、ど
	ういう意味?」

	「自分の家を担保に融資を受けて、死んだ時、そいつを売っぱらって返済に充てるっ
	てことだろ?」

	「……正解。」

	 まさか蛮がこの問題を正解するとは思っていなかったらしい。男達はひどく驚いた
	顔をしている。それは邪馬人も同様で、感心したように蛮の肩を叩いた。

	「蛮。お前そんなこと、良く知ってるなー。」

	「知ってたって役にゃ立たねーよ。家なんてねーもん。」

	 そう言ってはいるが強がっているのが見えて、邪馬人は蛮を抱き寄せた。

	「でも、俺達がいるだろ?蛮。」

	「……うん。」

	 小さく答えて嬉しそうな笑みを浮かべる。

	 邪馬人の腕は温かい。それはとても安心できて、ずっとこうして抱かれていたくな
	る。毎日が楽しくて楽しくて、ふと不安にならないこともなかったが、それでも、邪
	馬人が一緒なら何も怖くはない。そうしていつまでもこの時が続くと、蛮はそう信じ
	て疑わなかった。しかし――――――。

	「で?これで終わり?だったら約束通りもらうぜ?5万。」

	 笑顔で差し出された手に、半ば呆然としながらも、男は金を手渡した。

	 受け取った金を早速数え、間違いなくあることを確認する。と、邪馬人を満面の笑
	みで振り返った。

	「じゃ、行こうぜ邪馬人。俺、寿司食いてーv」

	「卑弥呼に内緒で食うと、後が怖いんだが……。」

	「固いこと言うなよ。俺がもらった金なんだから♪」

	 嬉しそうに笑う蛮が可愛い。

	 (蛮にとっては)簡単なクイズに答えただけで5万円という金が手に入ったのだか
	ら、蛮としては嬉しい限りだろう。また素直に喜んでいるところが年相応の幼さを見
	せていて、微笑まずにはいられなかった。

	「分かった分かった。じゃ、食いに行くか。」

	「うん♪」

	 金はもらったし、もう用はない、とばかりに男達を無視して、蛮と邪馬人は歩き出
	した。

	「しっかし、蛮。お前、あーいう知識をどこで仕入れてるんだ?」

	 歩きながら、邪馬人はひどく感心したように蛮に尋ねた。はっきり言って、自分で
	はさっきの問題に答えることは出来なかっただろう。『リバースモーゲージ』などそ
	れこそ初めて聞いた言葉だった。

	「あ?別に、本に載ってんじゃん。あとは新聞か。そんなとっかな。それが?」

	 蛮の答えに、思わず我が身を振り返る。新聞など、このところついぞ読んだことが
	ないし、本もまた然りだった。蛮の知識の豊富さには、感心せざるをえなかった。

	「いや。俺には無縁のものだと思ってな……。」

	「おもしれーぜ?本とか読んで、自分の知らねー知識仕入れんのは。」

	 蛮の言葉に偽りはないのだろう。しかし、裏を返せば人間の友人がいかに少ないか
	を証明しているようで、邪馬人は蛮に柔らかく笑いかけた。

	「蛮。そんなこと知らなくたって人間生きていける。それよりもっと楽しいことを、
	俺が教えてやる。な?蛮。」

	「……例えば?」

	 蛮は、邪馬人の言葉に嬉しそうに笑って聞き返した。

	「例えば?そうだなー……とりあえず、寿司の食い方、なんてのはどうだ?」

	「なんだよそれ。」

	 その言葉に蛮は吹き出した。剰えお腹を抱えて笑い出す始末だ。

	「蛮!お前何そんなにうけてんだ!人が真面目に答えてやってんのに!」

	「だ、だって、そんなん、真面目に……」

	「だから笑うな!この、こうしてやる!」

	「うわっや、邪馬人やめっあはははははっ」

	 お腹を抱えて笑っている蛮の脇腹を、邪馬人はくすぐりだした。そのあまりのくす
	ぐったさに、蛮は目に涙さえ浮かべて笑い転げた。

	 邪馬人に拾ってもらってからこちら、よく笑うようになったと蛮は自分でも思って
	いた。

	 卑弥呼も生意気なところはあるが妹のように可愛いと思うし、何より、邪馬人の手
	は温かい。忘れていた温もりを取り戻したような安心感に、いつもならどこか冷めた
	自分を常に残し、不安とも言える漠然とした危機に警戒を怠ることのない蛮も、その
	あまりの心地好さに気が緩んでいたのかもしれない。

	 そうして時は足早に過ぎ、その時は刻一刻と近づいてきていた。



	THE END




	一度はやってみたいTVネタ(笑)伏字にしても、この番組が何か
	もうお分かりですよね?(笑)
	作中出てきた問題は、実際番組で使われたものです。TV見ながら
	問題と回答をメモしていたのですが、この回のテーマが「お金に
	関すること」で、思わず笑ってしまいました(笑)蛮ちゃんらし
	いと言うかなんと言うか…(苦笑)実にタイムリー(笑)
	邪×蛮はとにかく甘く!でも先が見えているので、切ないですけ
	ど…(泣)
	実はこの続きがあるんですが(続きは銀×蛮)、見たい方、いま
	す?(笑)