華火




		 ぼんやりと外を眺めていたら、突然、邪馬人に外に連れ出された。

		 何処へと問い掛けても、返ってくるのは「いいから黙ってついて来い。」
		の言葉だけ。そう言いながらも悪戯っぽく笑う邪馬人に半ば以上呆れなが
		ら、それでも右手を掴むこの手を払えなくて、結局連れられるまま、とあ
		るビルの屋上に辿り着いた。

		「…これって、不法侵入って言わねぇ?」

		「固いこと言うなって。いいもん見せてやるから♪」

		 ひどく楽しげな邪馬人に、釣られて思わず笑みが洩れる。とは言っても、
		俺の場合は苦笑だったが。

		 屋上は風があるせいか思いの他涼しくて、その心地良さに眼を細める。

		「う〜ん………。結構いるなぁ。」

		 不意に洩れた声に顔を上げれば、邪馬人の視線は周囲にいっていて、そ
		れに釣られるように視線を向ければ、なるほど、洩れた言葉の意味を理解
		できた。

		 周囲には、俺たちの他にも人が居た。それもカップルばかり。

		 なんだってこんなとこに?一体、何があるって言うんだ?

		 首を傾げた俺の肩を、邪馬人が引き寄せた。

		「蛮。始まるぞ。」

		「え?」

		 上げた視線の先、ヒューッと言う音と共に立上る光の筋。次いで、夜空
		に艶やかな光の華が咲いた。

		 一つ、二つ、次々に咲き乱れる大輪の華。そして溢れる色とりどりの光。

		 その見事な光景に、花火が上がる度、周囲からは歓声が沸き上がった。

		「これ………。」

		「綺麗だろ?蛮。」

		 問い掛けに、花火に視線を奪われたまま、俺は小さく頷いた。

		「ホントはちゃんと会場に行って見ればいいんだけどな。そこだと、人が
		多いだろ?」

		 そう言って後ろから俺を抱き締める邪馬人。抱き締められるまま、俺は
		邪馬人に凭れ掛かった。

		「だからここでと思ったんだが、今年は結構人がいやがんの。去年までは
		ほとんどいなかったのになぁ。」

		 頭上でした舌打ちに、思わず笑みが洩れる。

		「いーじゃん。いるったって全然少ないんだ。それに、ここならゆっくり
		見られるしさ。」

		「ま、おまえがいいならいいか。」

		 笑って、そうして俺を抱く手を、邪馬人は少しだけ強めた。

		「……卑弥呼も連れてくりゃ良かったのに。」

		「卑弥呼は学校の友達と見に行った。」

		 返ってきたのはどこか不貞腐れたような声音。

		 言われてみれば、浴衣を着て何処かへ出かけて行ったなと思い出す。

		「「じゃ、兄貴。行ってくるね♪」なんて、嬉しそうにさ。去年は一緒に
		見たのに、冷たいよなぁ。」

		 「おにーちゃんは淋しい。」なんて兄バカぶりを発揮している邪馬人に、
		苦笑を禁じえない。

		「ってことは、俺は身代わりって訳か。」

		「バーカ。んなことある訳ないだろ。初めから、今年の花火は蛮と一緒に
		見るって決めてたんだから。」

		「……そっか……。」

		 応えは即答だった。

		 邪馬人にとって一番大事な卑弥呼の、でも代わりなんかじゃないことが
		分かって嬉しくて、それでも素直じゃない俺はそれを伝える術を知らず、
		ただそう小さく呟くことしか出来なかった。

		 そんな俺に、それでも邪馬人は優しくて、温かくて。

		 柔らかく笑った邪馬人が、

		「ああ。この景色を見せたかったんだよ、おまえに。」

		 そう言って、俺の頭をくしゃりと撫でる。

		 いつもは嫌なはずの子供扱いなその行為も、なぜか今は心地良くて、俺
		は邪馬人にされるまま大人しくしていた。

		 そんな会話を交わしている間にも、目の前の光景は次々と変わっていく。

		 夜空を飾る美しくも儚い光の乱舞を、暫くの間、俺たちはただ黙って見
		ていた。

		「綺麗だろ……。」

		「うん。儚くて、でも、だから、綺麗だ……。」

		「そうだな…。」

		「……邪馬人。」

		「ん?」

		「……ありがと……。」

		 言葉は、意外にも素直に形になった。とは言え、少しばかりの照れくさ
		さはあったが。

		 予想外だったのか、一瞬驚いたような表情が、次いでひどく嬉しそうな
		笑みに変わる。

		「どういたしましてv」

		 耳元への囁きと共に、ギュッと抱き締められる。そうして触れてくる唇
		を、俺は素直に受け止めた。

		「おおっ!」

		 不意に上がった歓声に、視線を向ける。

		 視線の先、これが最後なのか、一際大きな花火が夜空を染め上げ、やが
		て音もなく静かに消えていった。

		「……蛮。来年も一緒に見ような。」

		「………うん…。」

		 囁くように零れた言葉に、何も知らない俺は、ただそれが現実になるこ
		とを願うだけだった。


		 一瞬の煌きを残して消えていく儚い光。

		 闇に浮かぶ幻影を、だからこそ美しいと思う。

		 邪馬人と見たこの光景を、俺はきっと一生忘れないだろう。



		 THE END










		久しぶりに邪蛮ですv
		短いお話ですが、映像から入ったせいか、言葉が出なくて大変でした;
		しかし、元は二人で花火を見に行って、お礼とばかりに蛮ちゃんから
		キスして、にーちゃんが照れるってな話だったはずなんだが・・・;
		おかしい・・・;
		どこをどう間違えて、こんな淋しげな話になったんだ?(汗)
		しかも、ラストに

		邪馬人「・・・・この後ホテル行くか?」
		蛮「・・・・バカ・・。」

		ってな会話がつくはずだったのだ。と言うか、照れるにーちゃんとそ
		の会話が書きたかったはずなのに・・・;
		う〜ん・・・・・・・。
		いやはや、自分で書いてるというのに、思うとおりにならないもんで
		すね(苦笑)
		あ、と、タイトルの「華火」ですが、もちろん当て字です。
		なんとなくこのほうが華やかだなぁと思ったので(おい)