「何回だって祝ってやるさ!大事な蛮の誕生日だもんな。」

	   そう言って笑った邪馬人。

	   出逢って初めて迎える誕生日も、そして来年も再来年も、毎年盛大にお祝いしよう。

	   そうしてした約束は、けれど一度も果たされることはなかった。

	  「俺は約束は守るほうだから安心しろ。」

	   なんて言ってたくせに。

	   嫌いだった自分の生まれた日が、これで少し好きになれるかも、って思ってたのに。

	   ただの一度でさえ、祝ってなんてくれなかった。

	   盛大なお祝いなんていらない。

	   ただ「おめでとう」って、邪馬人と卑弥呼がそう言ってくれるだけで良かったんだ。

	   なのに。

	   それすらも望むことは、贅沢なことだったのかな?

	   なぁ、邪馬人?








  15番目の月




	   時計の針が午後11時59分を指している。

	   もうすぐ日付が変わる。

	   そう、あとほんの少し。
 
	   ほんの少しで、俺は18歳になる。

	   邪馬人と出逢って、亡くして、初めての誕生日。

	   本当なら、邪馬人と卑弥呼が二人して祝ってくれるはずだった。

 	   それは、永遠に叶わぬ願いになってしまったけれど。

	  「……月…綺麗だなぁ………。」

	   夜空に浮かんだまあるい月。

	   今夜は満月。

	   冷えた空気と晴れ渡った空に、その青白さが冴え冴えとして美しい。

	   そんな月をぼんやりと見つめながら、俺は冷えた手を無意識に擦り合わせた。

	   12月も半ば、それも今まさに日付が変わらんとしているこんな時間にこんな薄着で
	  公園のベンチに座り込んでいる自分は、他人からはどんな風に見えるんだろうか。ま
	  あ、酔狂な奴だと思われるのは間違いない。
 
	   そう考えて、思わず小さな笑みが洩れた。

	  自分でもなんでこんなとこにいるのか分からない。でも、あそこには居たくなかっ
	  た。

	   あそこには銀次が居るから。

	   あいつの側には居たくなかった。いや、居られなかった。

	   "理由"は分かってる。

	   ――――― 多分。

	   でも本当にそれが"理由"なのかは、自分にだって分かってやしないのかもしれない。

	   それでもとにかく一人になりたくて、こうしてパジャマに上着を羽織っただけの薄
	  着でベンチに座り込んでいる。
 
	   いい加減、寒い。

	   体は冷え切っているし、多分このままここに居たら、十中八九風邪を引くのは目に
	  見えている。でも、動けないでいる。帰れないでいる。銀次の元に。
  
	   午前12時。

	   時計の針が日付が変わったことを指し示す。

	   もう、少し、過ぎているけれど。とにかく17日になった。

	   今日が誕生日。
 
	   今日で18歳。

	   邪馬人と卑弥呼が二人して祝ってくれるはずだった俺の18回目の誕生日。

	   今年だけじゃない。来年も再来年も、永遠に果たされることのない約束。

	   思わず、小さな溜め息が洩れた。

	  「……邪馬人…今日は俺の誕生日だぜ?約束したろ?祝ってくれるって。…そう…言っ
	  たじゃねぇか……。………嘘つき……っ。」

	   小さく呟いて、唇を噛み締める。

	   楽しみにしてたんだぞ?邪馬人と卑弥呼が、二人で俺の誕生日祝ってくれるって言
	  うから、すっごく。自分の誕生日なんて嫌いだったけど、でも、これで好きになれる
	  なって、そう思ってたんだぞ?分かってんのかよ?邪馬人。

	   浮かんだ言葉の数々は今の気持ちを十二分に表していると思ったけれど、でも、本
	  当に言いたいのは、伝えたいのは、こんな言葉じゃない気がした。

	   でもそれがどんな言葉だったのか、俺は思い出せないでいる。

	   とても大切な言葉だったはず。

	   でも、思い出せない。

	   それはなんと言う言葉だったんだろうか ――――― ?

	   天空の月を見上げたまま、ほとんど無意識に冷えた体を両腕で抱き締める。

	   自分で自分を抱き締めても、ちっとも温かくなんてならなくて。俺は寒さに、ふる
	  りと体を震わせた。

	  「さみぃ……。」

	   小刻みに震える体。

	   俺は暖を求めて上着のポケットに手を突っ込んだ。

	   ポケットに手を入れていれば少しは温かいだろう。きっと、そう考えての行動だっ
	  たんだと思う。決して意識してした行動ではなかったけれど。

	   ポケットに突っ込んだ指に触れる固い感触。

	   上着は銀次のものだったから、その手に馴染む感触に違和感を覚える。

	   ライター?でも、銀次は煙草なんて吸わないのに、なんでこんなとこに?

	   疑問に思いながら、それでもマッチ売りの少女よろしく、これで火でも点ければ少
	  しは温かいかもしれないと思い、俺はポケットからライターを取り出した。

	  「――――……っっ!」

	   目に映るそれに、俺は言葉を失った。

	   見覚えのあるZIPPO。邪馬人の愛用していたそれ。

	   なぜこれが銀次の上着のポケットに?だってこれは……。

	   呆然と凝視したそれに、月光が反射した。

	   その煌めきに瞬間目を細めた俺の体を、どこか懐かしくて温かい空気が包み込んだ。

	  「え…………?」

	   その覚えのある気に、俺は目を瞬かせた。

	   体を包むそれがふわりと舞って、次の瞬間、目の前にありうべからざる姿を形作る。

	   懐かしい笑顔。銜え煙草に、髪を軽く立てさせた ――――。

	  「や……まと………?」
  
	   知らず零れ落ちた名に、幻は嬉しそうに笑みを深めた。そうして触れる、温かな邪
	  馬人の気配。

	  「やま…と……。」

	   柔らかく抱き締められて、俺はただ呆然と、その名を呟いた。

	   なんで、邪馬人がここに?これは、夢?それとも、幻?俺が逢いたいって思ったか
	  ら、だからこんな幻が見えてるのか?

	   ただただ呆然と、俺は目を見開いたまま、邪馬人の気配に抱き締められていた。

	  『蛮。誕生日、おめでとう。』
 
	   不意に零れ落ちた、耳を擽る柔らかな言葉。

	   驚いて上げた顔のすぐ前、邪馬人の笑顔。

	   幻が、もう一度言葉を繰り返す。

	  『誕生日おめでとう。蛮。今日で18歳だな。』

	   笑って、頭を撫でられる感触。

	   俺は目を見開いたまま、ただ呆然と邪馬人を見つめるしか出来ないでいた。

	  「なんで……?」

	   ようやく零れ落ちた疑問に、邪馬人は笑ったまま、言葉を紡ぎだす。

	  『約束したろ?おまえの誕生日祝ってやるって。盛大に、じゃなくて悪いんだがな。』

	   そう言った邪馬人の笑みが苦笑に変わる。それに思わず、俺は頭を振っていた。
 
	  「……なこと…ない……っ俺……っ…邪馬人………っっ。」
  
	   言葉にならなくて、俺は俯いて唇を噛み締めた。
 
	   いつの間にか溢れ出した涙が止まらない。
 
	   あの日から何度流したか分からない、でも枯れることのない涙が後から後から溢れ
	  出て、音もなく静かに頬を伝い落ちる。

	   涙の止まらない俺を、優しい気配が抱き締めるように包み込んだ。

	  『泣くな、蛮。俺はおまえを泣かせたくてここに居るわけじゃないんだぞ?おまえと
	  の約束を守りたくて、おまえの誕生日を祝ってやりたくて来たんだからな?』

	   苦笑混じりの声が、涙に拍車をかける。

	  「だ……ってっ……邪馬人……っっ。」

	   まさかこんな風に逢えるとは思っていなかったから。もう願いは一生叶わないと、
	  諦めていたから。

	   夢でも幻でも構わない。

	   俺は泣きながら、邪馬人に縋りついた。

	  「邪馬人…っ邪馬人ぉ……っ。」

	  『だから泣くなって、な?蛮。』

	   泣きじゃくる俺の頭を、背を、邪馬人は何度も撫でた。まるで子供をあやすように。

	  『いつもおまえの幸せを祈ってるよ。蛮。な?来年はきっと、俺の代わりにあいつが
	  祝ってくれるさ。』

	   両手で俺の頬を包み込んで、口付けで涙を拭った邪馬人が、そう言ってどこか寂し
	  げに笑みを浮かべた。

	   あいつって………?
 
	   そう尋ねようとした俺の視線を、邪馬人の指が導く。

	   導かれるままに振り返ったその指の先に、あいつの姿。

	   俺の、今の相棒 ――――― 天野 銀次。

	   瞳を不安げに揺らして、俺をただ見つめている。

	  『HAPPY HAPPY BIRTHDAY DEAR 蛮!幸せに!』

	   言葉と共に、頬に優しく口付けが落とされる。
 
	  「邪馬人……っ!?」

	   慌てて振り返った視線の先、その姿が白く霞み始めて ―――― 。

	   そうして最後に見たのも、笑顔だった。

	   ふわりと風が舞い、邪馬人の姿はその風に紛れて消えた。

	  「邪馬人…っっ!」

	  「蛮ちゃん…っ!」

	   思わず叫んだ俺の声に、銀次の声が重なった。

	   まるで何事もなかったかのように、後には静寂だけが残っていた。ただ足元に落ち
	  ていたZIPPOだけが、あれが夢ではないことを物語っているだけ。

	   暫し呆然と、邪馬人が居たはずの空間を見つめていた俺を、背中から銀次の両腕が
	  包み込む。さっきの邪馬人のように。
  
	   温かい腕。
  
	   邪馬人も、温かかった。幻とは思えぬほどに。

	  「……蛮ちゃんの体、冷たい……。」

	  「……………。」

	  「冷え切っちゃってるよ。一体どれくらい、ここに居たの……?」

	   言葉に咎めるような響きは微塵もない。それでも背中に感じる銀次の温もりが、ま
	  るで言葉の代わりに俺を責めているようで。

	   俺は言葉もなく俯いてしまった。

	  「……蛮ちゃん……?」

	   俯いたままの俺の顔を覗き込むようにして、銀次が首を傾げた。

	  「……ごめん………。」

	   思わず洩れた言葉。

	   なぜか謝らなければならない気がして、気がつけば口を付いていた。

	   銀次からの返事はなく、だが言葉の代わりにとでも言うのか、俺を抱く腕に更に力
	  が込められる。

	   しばらくそうして、俺は銀次にされるまま抱き締められていた。ただ無言で。

	   静寂を破ったのは銀次のほうだった。

	   更に俺を強く抱き締めて、耳元に静かに問いかけられる。
 
	  「……ねぇ蛮ちゃん。それは、俺に対しての「ごめん」?それとも……今の人に対し
	  て?」

	   その問いに、俺は目を見開いた。

	   誰に対して?そんなこと考えもしなかった。ただ、なぜか分からないが謝らなけれ
	  ばならない気がして。でもそれは銀次に対してだったのか、それとも、邪馬人に対し
	  てだったのか。

	   問われてみれば、自分にも、よく、分からない。

	   でも、多分、二人に対しての言葉だったんじゃないだろうか?

	   そう、思う。

	  「…ね、蛮ちゃん。それが俺に、だったら、なんで蛮ちゃんが俺に謝るのか、俺には
	  分からないよ?だって俺、蛮ちゃんに謝られなきゃならないようなこと、された覚え
	  ないもん。覚えもないのに謝られても、俺、困るよ。それに、あの人にだったら……
	  それもきっと違うと思う。こういう時は「ごめん」じゃなくて、「ありがとう」って
	  言うんだと思うよ?俺。」

	  「………っっ!」

	   俺をきつく抱き締めたまま、銀次はそう静かに言葉を紡いだ。

	   その言葉に、俺は再び言葉を失った。

	   思いがけず与えられた、失くしてしまっていた大切な言葉。

	   ああ、そうか。それだったんだ。
 
	   そうして俺は、自分の探していた言葉を思い出す。

	   忘れてしまっていた、

	   邪馬人に伝えたかった、
 
	   単純で、

	   だけどとても大切な言葉。

	   本当に言いたかったのは「ごめん」じゃなくて、そのたった一言。


	  「ありがとう」―――――― 。


	   ありがとう。
  
	   ありがとう、邪馬人。

	   もう遅いけれど、でも、こんな奇跡の起きる夜ならきっとこの言葉も届くよな?届
	  いてるよな?な、邪馬人。

	   この声が邪馬人に届いていることを願って、俺は静かに目を閉じた。

	   力を抜いた俺を抱き締める銀次の腕。触れ合ったところが温かい。

	   冷え切っていた体に徐々にその熱が伝わって。

	   そうして、いつの間にか頬を濡らす涙は止んでいた。

	   回された腕にそっと指で触れてみる。

	   温かい。

	   ああ、そうだな。邪馬人の言うとおり、こいつならきっと、俺が生まれた日を祝っ
	  てくれる。俺を、受け入れてくれるだろう。

	   邪馬人のように ―――― 。

	   そう思ったら、ひどく安心できた。

	   だから。

	  「銀次……ありがとう……。」

	   本当に素直に、言葉が零れ落ちた。

	   その言葉に、銀次は俺を抱き締めたまま、ただ静かに頷いた。




	  THE END












	  蛮ちゃん、誕生日おめでとう!
	    と言うわけで、誕生日ネタです。
	  MY設定で、邪馬人は蛮ちゃんの誕生日より前に亡くなっていることになって
	 いるので、こんな話に。
	  イメージ(と言うかもとネタですね)は、波津さんの「雨柳堂夢咄」の「月夜
	 の恋人」と「紫煙の夢」。話的には「月夜の恋人」ですけれど。
	  タイトルはkyoから。さすがに「月夜の恋人」とつけるのは躊躇われたので(苦
	 笑)いや、それでもいいんですけれど(笑)
 	  ちなみに、17日に満月だった夜は、過去9年間で一度もありませんでした。(←
	 図書館で調べた暇な奴(苦笑))たいてい下弦で(しかもかなり欠けてしまった
	 状態)、一番近くて確か18夜くらいだったかな?今年も違うし。でもいつかはそ
	 んな夜もあるだろうで、書いちゃいましたvいーよね?所詮フィクションだし。
	  ・・・ダメ?(苦笑)