MOON VOICE




		 笑った顔が好きだった。

		 俺に全てを預けてくる、その年相応になる瞬間が好きだった。

		 おまえの嫌うその"邪眼"さえ、俺にとっては何にも代え難い宝玉に他ならな
		かった。

		 拗ねた顔も、怒った顔も、泣き顔も、"おまえ"と言う存在全てが俺を惹きつ
		けて止まなかった。

		 だから俺は願う。

		  いつまでも、おまえの幸せを―――――――。






		 瞬間の覚醒。

		 ここがどこかを認識するよりも先に、妹の窮地に、俺の体は行動を開始して
		いた。

		 俺のニセモノかよ?ったく、卑弥呼も何やってんだか。本物とニセモノの区
		別くらいつかないのかね。

		 思わず苦笑が洩れる。

		「ま、それがおまえのいいとこでもあるんだけどよ。」

		 卑弥呼が俺を呆然とした顔で見詰める。

		「そんな…。じゃあ、今まであたしが戦ってたのは…?」

		 しょーがねぇな。本気で騙されやがって。相変わらず甘いんだからなぁ。
		……ま、一年くらいじゃそうそう変わらないか。とは言え相変わらず甘いとこ
		ろのある妹に、それでもそれがなんだか嬉しかったりするんだから、俺も大概
		甘いんだけどな。

		 苦笑して、それでも卑弥呼に説明してやれば、ニセモノが思わぬ一言を口に
		した。

		 あ?俺が蛮を従えてたって?……なにをどーしたらそーなるんだ。そりゃ、
		蛮を拾ったのは俺だけどな。俺たちの間に主従関係なんてないぞ?だいたい、
		蛮が人の下につくようなタマか?それにあいつは人を統べる側の人間なんだぜ?
		ま、蛮はそんなこと、望んじゃいないだろうけどな。……しかし…そうか。傍
		から見るとそう見えるのか。俺が蛮をねぇ。まあ、懐いてはくれてたけどなぁ。

		 当時を思い出して、思わず笑みが浮かんでしまう。

		 そうか。なんかそういう言い方すると、俺って凄い人物みたいじゃないか(笑)

		 そんなことを考えている俺を他所に、ニセモノは一人でどんどん話を進めて
		いく。俺の心を映し出すとかなんとか言いながら、『姑獲鳥』のカードを使っ
		て妹の卑弥呼の姿に変化した。

		 ……こいつ……バカか?目の前に本物がいるってのに、卑弥呼に変化して。
		それで俺が攻撃できなくなるなんて本気で思ってんのかね。それとも、俺がな
		められてんのか?……そんなに甘ちゃんに思われてるなんてなぁ。これでも、
		裏の世界じゃ結構名が知られてたんだぞ?……まぁ、確かに生前、波児には
		「まだまだ甘い。」なんて言われてはいたけど。それにしてもなー……なめら
		れ過ぎ、俺(苦笑)

		 なんて言っても、これが蛮の姿に、とかだったら流石に手ぇ出せなかっただ
		ろうな。ニセモンだって分かってても、蛮にはきっと手は出せない。……波児
		の言う通り、やっぱまだまだ甘いか(苦笑)これじゃ、なめられるのも仕方な
		いなぁ。

		 でもな?もう遅いんだよ。

		 目の前で、ニセモノの体が爆発し始める。

		「そ、そんな、匂いなんか少しも…!?」

		 悪いな。しないんだよ、これが。俺にしか扱えない『爆炎香』の味、たっぷ
		り味わってくれ。

		 『爆炎香』を使ったことで、卑弥呼もようやく俺が本物の工藤 邪馬人だと
		認めたようだ。

		 しかし、バカだの、化けて出てまでイバるなだの、兄貴に向かってそりゃな
		いんじゃないか?大事な妹のピンチに駆けつけたってのに。

		 ……確かに死んじゃいるけどな。

		「ちィー!相変わらずナマイキなガキだぜ。」

		「ガキってなによ!あたしもう十六なんだから!!」

		 卑弥呼の言葉に月日の流れを知る。

		「そうか。もう十六になったか。」

		「そうよ!」

		「……そうか。十六か……。」

		 そうだな。あれから一年以上経ってるんだ。卑弥呼もそれくらいになるよな。

		 ……十六か。もう、すぐだな。その時まで。

		「こうやってツルンで仕事してるってことは、蛮とは仲良くやってるみたいだ
		な?」

		 卑弥呼のことだ。蛮のこと憎むんじゃないかとそれだけが心配だったんだが、
		それも俺の取り越し苦労だったみたいだな。蛮の性格じゃ、卑弥呼のことを思っ
		て何も言わないだろうし。……自分でなんでも背負っちまうからなぁ。あいつ
		は。俺が卑弥呼のことを頼んじまったのもあるんだろうが。

		「別に…。たまたま組んでるだけで、アイツはアイツ!あたしはあたしでもう
		カンケーないもん!!」

		 関係ないねぇ。幾ら仕事とはいえ、憎んでる奴と組めるほど器用じゃないの
		は、よーく分かってる。だからその言葉にも、俺は大して不安を抱かなかった。

		「……ね、兄貴。さっきニセモン野郎が『蛮すら従えた。』って言った時、喜
		んでたでしょ?」

		 ギク。さすが我が妹。お見通しか。

		「……もしかして、顔に出てた?」

		「バレバレ。にやけてたもん。」

		 そう言ってにっと笑う卑弥呼に、俺は頭を掻いた。

		 ……細かいとこ見てんなー。仕方ないだろ?まさかあんな風に見られてたな
		んて思ってなかったんだから。……それが本当だったらもっと嬉しかったんだ
		が……なんてな。

		「けど、噂って当てになんないわよね。兄貴が蛮を従えてたなんて。現実は逆
		だったもん。」

		 当時を思い出しているのか、卑弥呼が可笑しそうに笑う。

		 はいはい、その通りですよ。いいんだよ。別に。蛮が俺に懐いてくれてたの
		は事実なんだから。

		「……蛮、元気か?」

		 呟くように洩れた問いに、卑弥呼は小さく頷いた。

		「……元気よ。ここんとこよく怪我するけど。でも、元気。」

		 怪我……。無茶するからな、あいつも。人の心配は人一倍するくせに、自分
		のことは無頓着で。あんなに綺麗なのに、それすら分かってないのか傷つくの
		も全然平気だしな。……困った奴だ。側に居たらそんな無茶、絶対させないん
		だが……。

		 出来もしないことを考えて、思わず溜め息が洩れる。

		 もう、側に居てやれないだろ?俺は。どんなに居てやりたくても、な。

		「そうか。……笑ってる……か?」

		「……うん。あの頃みたく、笑ってる。新しい相棒、天野 銀次と。」

		 そう言った卑弥呼が微妙な笑みを浮かべた。

		 あの頃とは、俺たちと暮らしていた頃のことを言っているんだろう。毎日笑っ
		て暮らしていた、あの頃のことを。

		 蛮の笑顔が好きだった。あいつが笑うと、それだけで嬉しくなったもんだ。
		卑弥呼ともまるで仔犬みたいにじゃれあって、毎日が楽しかった。そんな日が
		ずっと続くもんだと、蛮と卑弥呼は信じて疑ってなかったろう。それがあんな
		ことになっちまって……。

		 それでも今、蛮は笑えてる。俺たちと暮らしてた時のように。それはとても
		喜ばしいことなんだが、それでもそれがひどく寂しいことでもあるのは、俺の
		我侭にすぎない。

		 ……しょうがないなぁ。俺もまだまだ子供だね。

		 けれどそれは卑弥呼も同様のようで、浮かべたどこか寂しそうな笑みがそれ
		を物語っていた。

		「そうか。良かった。」

		 俺は小さく笑みを浮かべて、そう呟いた。

		 良かった。ちゃんと蛮にとっての唯一を見つけることが出来たんだな。本当
		に良かった。俺としちゃ、それが一番気懸かりだったからな。一人で生きてい
		けるなんて顔してるけど、ホントは人一倍人の温もりを欲してるからな、蛮の
		奴。

		 ……ああ、それでもそれが俺でないのが、実は結構寂しかったりもするんだ
		よなぁ。

		「兄貴、寂しい?」

		 俺の気持ちなんかお見通しなのか、それとも顔に出ちまってたのか、不意に
		卑弥呼がどきりとする一言を洩らした。

		「寂しいねぇ。ま、全く寂しくないって言っちゃ嘘になるけどな。それでも、
		蛮が今幸せでいることのほうが俺にとっては大事だから、そうだな、嬉しいっ
		て言ったほうが正しいか。」

		 そ、俺の気持ちなんてどーでもいいんだよ。蛮が今、幸せなら。俺が幸せに
		してやりたかったなんて、そんなもん、俺の単なる我侭なんだから。

		「そう……。あたしはちょっと、寂しいかな……?」

		 お?さっき「関係ない。」なんて言ってなかったか?……やっぱ、強がりだっ
		たんだな。あんなに蛮に懐いてたもんなぁ。仕方ないか。

		「でも、蛮は変わってないだろ?あの頃と。」

		「……うん…。でも、だからかな?寂しいのは。」

		「……そうだな。おまえの気持ちも分かるよ。」

		 蛮が幸せなのは嬉しいけど、それでも、蛮があんな風に無邪気に笑うのは俺
		たちと居る時だけだって、俺たちは蛮にとって特別なんだって、そう思ってい
		たかったんだよな、おまえは。そして、しょうがないことに俺も。

		 ホントしょうがないなぁ。これじゃ、ニセモノになめられても仕方ないって、
		俺(苦笑)死んでも全然成長してないし。「バカは死ななきゃ治らない」なん
		て、ありゃ嘘だな。例え死んでもバカはバカ、俺は俺、治るわけないか。それ
		ともありゃ、いわゆる転生して違う人間になったら治るって意味なのか?ま、
		どーでもいっか。そんなこと。

		「……ねぇ兄貴。兄貴を殺したのは蛮だってニセモン野郎が言ってたけど、ま
		さか……まさか本当に……?」

		 俺の死の真相を知らない卑弥呼が、ずっと気にしていたであろう疑問を問い
		かけてきた。

		 やっぱ蛮の奴、卑弥呼に要らない心配させまいと何も言ってないんだな。そ
		れで卑弥呼に恨まれても、きっと平気な顔して見せてたんだろう。自分が傷つ
		くのも構わずに。本当に困った奴だな。少しは自分のこと考えろよ。傷ついて
		平気なんて、そんなことあるわけないんだから。

		 でも、そんなあいつだから、好きになったんだけどな。

		「そうだったらどうする?」

		「え?」

		「なーんてな。蛮が俺を殺すわけないだろ?」

		「もう!」

		 そ、蛮が俺を殺すわけない。……普通はな。だから、蛮を信じていればいい。
		蛮は絶対おまえを裏切らないから。

		 でも、まだおまえは知らなくていい。今は…な。

		「卑弥呼。この言葉だけは頭に留めておけ。――『VODOO CHILD』。」

		 今は、それだけでいい。

		「そして十七の誕生日が近づいたら…全てが…。」

		 そう、その時がくれば全てが分かる。俺が死ななければならなかった訳も、
		おまえの宿命も、何もかも。そして、蛮が必ず奪り返してくれるから。俺の代
		わりに。

		 ……ああ、でも、ごめんな?蛮。何にもしてやれなかったのに、一番大変な
		ことおまえに頼んじまって。また、おまえを傷つけちまう。ずっと一緒にいるっ
		て約束したのに。約束は守るほうだなんて豪語しといて、結局あんな別れ方し
		て……。ホント、酷い裏切りだよなぁ。それでも卑弥呼のことを頼む、なんて、
		虫が良すぎるか?蛮?

		 でも、全てが終わったら、俺のことなんて忘れちまっていい。

		 おまえの手を染めちまった俺の血はもう拭えないけれど、それでも、おまえ
		の手は綺麗だから。全て忘れて天野 銀次と幸せに……な。あの世で祈ってて
		やるからさ。

		 役目を終えた俺の体が、まるで砂漠の砂が風に舞うように消えていく。それ
		に、卑弥呼は必死になって呼びかけた。

		「あ、兄貴っ!蛮に、蛮に何かある!?」

		「蛮に……。そうだな……いつもおまえの幸せを祈ってるって、それだけ伝え
		てくれ。」

		 いつも祈ってる。おまえの幸せを。俺の手はもう、失われてしまったから、
		だから祈ることしか出来ないけれど、それでも俺に出来る精一杯の祈りを、お
		まえのために。

		「分かった!絶対伝えるから!だから、だから…。」

		「ああ、頼んだぞ?」

		 最後に浮かべた笑みも、しかし卑弥呼に見えていたかどうか、それすらも俺
		にはもう分からない。

		 元気でな。卑弥呼。蛮と仲良くやれよ?

		 そして、蛮。愛してるよ。あの頃も、今も、そしてこれからも。

		 おまえだけを、ずっと、ずっと、愛してる。





		THE END








		「神の記述編」における、私的解釈。
		と言えば聞こえはいいんですが、単なる妄想(苦笑)
		これが邪馬人にーちゃんの本来のイメージ。なんですよ(苦笑)
		最近パラレルなにーちゃんばかり書いてるので、そう思ってもらえ
		ないかもですが(^^;)(人、これを自業自得と言う(苦笑))
		カードの化身でもなんでもいいから、蛮ちゃんにも逢ってもらいた
		かったなぁ。くすん。