From The Planet With Love





		 ここ最近の寒さとは打って変わって、今日は小春日和。

		 風も穏やかで、日差しはぽかぽかと暖かい。

		 こんな日に、HONKY TONKであるかどうか分からない依頼を待つのは勿体無い。
		たまにはのんびりしよう。

		 そう言う銀次につれられて、蛮は中央公園に来ていた。

		 芝生に二人、寝転がってぼんやり空を眺める。

		 視線の先、緩やかに流れていく雲の波。

		 昨日までの寒さが嘘のように、日差しは本当に暖かい。

		 そういえば先月の今日もこんな風にいい天気だったな、と、蛮はふわりと笑
		みを浮かべた。

		「春だねぇ。蛮ちゃんv」

		「ああ、そうだな。」

		 目を閉じ、蛮は小さく返事をした。

		 穏やかな時。

		 あまりの心地よさに、このまま寝てしまいそうなほどで。

		 思わずうとうとしかけたちょうどその時。

		「こんなとこに居た。」

		 と、不意に頭上から降ってきた声に、しかし、蛮は眠りを妨げられた。

		 億劫そうに目を開ければ、上げた視線の先、卑弥呼が腰に手を当て立ってい
		る。逆行の中、少し眉を顰めた不機嫌そうな顔が、辛うじて判別できた。

		「あ、卑弥呼ちゃんv」

		「なんでこんな日に限ってHONKY TONKに居ないのよ?」

		「あ?人がどこにいよーが関係ねぇだろうが。」

		「関係なくないわよ!まったく、捜したんだからね?」

		 腕を組んで頬を膨らませる卑弥呼。

		 それに苦笑して、蛮は上体を起こした。

		「なんか用か?」

		「用がなきゃ捜さないわよ。はい、これ。」

		「あ?」

		 抛るように渡された包み。

		「?なんだよ、これ?」

		「お返し。」

		「あ?」

		 分からないと、包みを凝視する蛮に、卑弥呼がくすりと笑みを零した。

		「兄貴からの。」

		「―――――…っ!?」

		 洩れた言葉に、蛮は弾かれたように顔を上げた。

		 僅かに顰められた眉。

		 言葉を紡ごうとした口は、だが何をも発することなく開かれたままで。

		 そうして、見開かれた瞳が動揺の強さを物語っていた。

		「………邪馬人……の……?」

		 ようやく洩れた声は、明らかな動揺を含んで掠れている。

		「ええ、そう。」

		 卑弥呼のその短い返事に、蛮は再び包みに視線を落とした。

		「とりあえず開けて見ようよ。ね?蛮ちゃん。」

		「……あ、ああ……。」

		 隣で二人のやり取りを黙って聞いていた銀次が、そう声をかけた。

		 一瞬銀次のほうを見遣った蛮は、小さく返事をすると、震える手で包みを解
		き始めた。

		 沈黙の中、包みを解く音だけがやけに大きく聞こえる。

		 現れた小さな箱を開ければ、中にはシックなデザインのピアス。紫水晶の。

		「ピアスだ。きれいな色だね。蛮ちゃん。」

		 脇から中を覗き込んだ銀次の零した言葉も耳には届いていないようで、蛮は
		ピアスを見つめたまま固まっている。

		「これ……。」

		「バレンタインのお返し。確かに渡したわよ?」

		 ピアスを見つめたまま洩れた声に、卑弥呼はそう言って笑みを浮かべた。

		「バレンタイン……って、まさか……。」

		「先月渡したでしょ?兄貴に。知ってるんだから♪」

		「な、なんでオメーが知って……っ。」

		 悪戯っぽく笑った卑弥呼に、蛮の頬が薄く染まる。それに、卑弥呼は笑みを
		深めた。

		「あたしもあげに行ったの。そしたら先に置いてあるんだもの。それもハート
		のチョコが♪」

		「あ、あれは……っっ。てか、なんでそれで俺って分かんだよ!?」

		「だーって、あの場所がどんな意味を持つか知ってるの、あたしと蛮だけだも
		の。ね?答えは分かり切ってるでしょ?」

		「う…………。」

		 くすくす笑う卑弥呼と対照的に、蛮は薄く頬を染め、剰え口篭った。

		 それがおかしいのか、卑弥呼の笑みが更に深まる。

		「ま、そのお返しって言うのは冗談としても、兄貴から蛮へのプレゼントって
		言うのは本当よ?」

		「……え?」

		「それを街で見かけた途端気に入ったのか、誕生日にやるんだって、兄貴が買っ
		たものなの。その後いろいろあったからすっかり忘れてたんだけど、でも、つ
		いこの間急に思い出したのよ。それがあったことに。」

		「……………。」

		「この時季に思い出すなんて因縁よね。それとも、兄貴が夢枕に立ったかな?
		覚えてないだけで。」

		 そう言って苦笑した卑弥呼の目が僅かに潤む。

		 蛮は無言で、その小さな紫のピアスを見つめていた。

		「それにしても、こんなこと、人に頼まないで欲しいわよ。自分で渡さなきゃ、
		意味、ないのに……。……ね?蛮。」

		「……そう…だな……。でも……。」

		「でも?」

		「届けてくれて、ありがとな。卑弥呼。」

		「………うん。」

		 そう言って小さく笑みを浮かべた蛮に、卑弥呼も小さく微笑んだ。

		「蛮。兄貴がそれに込めた想い、あんたなら分かってるでしょ?だから、大事
		にして。ね?」

		「分かってる。なんたって、約束の3倍、いや、それどころの騒ぎじゃねぇお
		返しだからな。……大事にする。」

		「うん。」

		 ピアスを見つめ、面影を思い出しているのか柔らかな笑みを浮かべる蛮に、
		卑弥呼も嬉しそうに笑みを深めた。

		 そうしてくるりと踵を返す。

		「じゃ、用は済んだから帰るわ。」

		「ああ。」

		「またね。卑弥呼ちゃん。」

		 背中越しに軽く手を振って、そうして去っていく卑弥呼。

		 遠ざかっていくその後姿を見つめる蛮の目がひどく優しくて、銀次は少なか
		らず痛む胸を無意識に押さえた。

		 そうして卑弥呼の姿が完全に見えなくなった頃、銀次は呟くように蛮に問い
		掛けた。

		「……邪馬人さんにもチョコ、あげたんだね。」

		 その言葉に咎める響きはどこにもなく、ただ、事実のみを確認するかのよう
		な声音。

		 だから蛮も、ただ小さく「ああ。」とだけ答えを返した。

		「そっか。……つけてみないの?」

		「………いや。いい。」

		 銀次の言葉に、蛮は首を振って蓋をした。そうしてポケットに仕舞おうとす
		る。それを、しかし銀次の手が遮った。

		「なんでしまうの?俺、蛮ちゃんがそれつけたとこ、見たいよ?」

		「……なんでって、別に……。」

		「もしかして、俺に遠慮してるわけ?だったらいらぬお世話だよ。そりゃ、全
		然気にならないって言ったらうそになるけど、でも、そのピアス、きれいで蛮
		ちゃんにすごく似合うと思うし、だからそれをつけた蛮ちゃんが、俺、見たい。」

		「銀次……。」

		 銀次は真っ直ぐに蛮を見つめたままその手から箱を取ると、中からピアスを
		取り出した。そうしてそれを蛮に差し出す。

		「つけて?」

		「…………。」

		 蛮は差し出されたそれを受け取ると、少し躊躇いがちに、それでも銀次に言
		われた通り耳につけてみせた。

		 陽光を受け、煌く紫水晶。

		 蛮自身を表すかのような高貴なその色と輝きは、その白い耳に映え、とても
		良く似合っていた。

		「……似合うよ、蛮ちゃん。すっごく、きれい。」

		 陶然と呟かれた言葉に、蛮が苦笑する。

		「でもこのピアス、本当にきれいだね。まるで蛮ちゃんみたい。」

		「バーカ。俺はそんないいもんじゃねーよ。」

		「そんなことないよ!蛮ちゃんはきれいで、んでもって高貴で、それから……っ!」

		「わーった、わーった。しゃーねぇからそう言うことにしといてやるよ。」

		 言い募る銀次に苦笑を深めた蛮が、その言葉を遮る。

		 蛮の言いように、納得がいかないのか銀次は頬を膨らませた。が、すぐに気
		を取り直すと、笑みを浮かべて蛮に見入る。

		 そんな銀次に、蛮は苦笑するしかなかった。

		「でもホント、似合うよ、蛮ちゃんvね、この石、なんて言うの?」

		「これか?こりゃ紫水晶、俗に言うアメシストってやつだ。」

		「アメシスト?」

		「そ。水晶の中でも紫色の結晶のことをそう呼んでんだよ。」

		「へぇ。」

		「ちなみにこいつは2月の誕生石だから、卑弥呼がそうだな。」

		「誕生石?」

		「ああ。12月にそれぞれ2つないし3つの誕生石ってのがあってよ。2月は
		こいつ。ちなみにオメーの誕生月、4月はダイアモンドだ。」

		「へぇ。おもしろいね。ね、じゃあ蛮ちゃんの生まれた12月は?」

		「トルコ石とラピス・ラズリ。」

		「ふーん。どんなんだか分かんないけど、でも、邪馬人さんがくれたのはそれ
		じゃないんだね。なんでだと思う?蛮ちゃん。」

		「さあな。ま、水晶ってのは力の強い石だからよ。特にこいつは不安を取り除
		くとか、勇気や判断力を与えてくれるとか言われてる。お守りにも使われてる
		しよ。だから、もしかしたらそれでかもしれねぇな。」

		 迷わぬように、これ以上魔に魅入られぬように―――――。

		 邪馬人のことだから、だからこそ、「紫水晶」なんだろうと想像がつく。今
		となっては多分、だけれど。

		「お守り……。」

		「「誠実」「心の平和」「高貴」。これがこの石の言葉。キリスト教なんかで
		も、司教がこの石の指輪をはめた手で信者の頭を撫でて、不安を取り除くって
		言うぜ?効果の程は知らねぇが、ま、信じる者は救われるってな。気休めには
		なんじゃねぇの?」

		 そう言って笑う蛮に、銀次はひどく嬉しそうな笑みを浮かべた。

		「何笑ってんだよ?」

		「嬉しいんだ、俺。」

		「は?」

		 銀次の告げた一言に、蛮は分からないと言った風に首を傾げた。

		 それに、銀次の笑みが深まる。

		「だって、邪馬人さんはきっと、蛮ちゃんの言うとおり、そういうつもりでこ
		れを買ったんだと思う。蛮ちゃんが不安にならないように、これ以上傷つかな
		いように。ね?だから俺、嬉しいんだ。」

		 銀次はそこで言葉を区切ると、手を伸ばし、蛮の頬にそっと触れた。

		「だってこの石は邪馬人さんだから。だからきっと、蛮ちゃんのこと守ってく
		れる。てことはさ。俺と邪馬人さんが、そろって蛮ちゃんのこと守ってること
		になるでしょ?」

		「銀次………。」

		 真っ直ぐに蛮の目を見て、「それがとても嬉しいんだよ。」と笑う銀次。

		 そんな銀次に、蛮は一瞬困ったような表情を見せ、次いで俯いて、けれど小
		さく笑みを浮かべた。

		「……そうだな……。オメーがくれたクマもあるしよ。」

		 蛮はそう言ってポケットから携帯を取り出すと、小さな笑みを浮かべ、今朝
		銀次に貰ったばかりのそれを見つめた。

		「そうそう♪それって最強じゃん!もう怖いものなんかないよ♪ね?蛮ちゃんv」

		 携帯に付けられたクマのマスコットに、銀次が更に笑みを深める。それはそ
		れは嬉しそうに。

		「ま、そうは言っても、最強の俺様がこれらの世話になるこた、まずねーだろ
		うけどな。」

		「あはは。かもね。でもそれならそれでいーんだ。蛮ちゃんが傷つかないのが、
		俺は一番嬉しいんだから。邪馬人さんもきっと、そうだよ。」

		「…ああ………。」

		 蛮の面に、ふわりと浮かんだ笑み。

		 耳元を飾るピアスより、いや、今まで見てきた何よりもそれは綺麗だと、銀
		次は蛮の微笑に見惚れずにはいられなかった。

		 穏やかな風が二人の間を通り過ぎていく。

		 それは、過去に失くしてしまった温もりを思い起こさせるほどに優しくて。

		 蛮は思わず溢れそうになる涙を振り切るように、穏やかに晴れ渡る青空を見
		上げた。

		「……邪馬人、ありがと、な……。」

		 そうして、澄み切った青空に向かって、そう小さく呟いた。




		THE END









		「はてしなく青い空を見た」の続きです。
		ホワイトデーになんとか間に合いました〜(嬉泣)
		もう、終らないかと思いましたよ、マジで。
		なんか進まなくてね。いや、それは他のSSもそうなんですが、とにかく言葉が
		出てこない。それでなくても寝てる脳が、更に活動してないようです。あう〜。
		それはさておき。
		タイトルはPSY・Svと言っても曲のイメージは全くなし。タイトルを貰った
		だけです。「With Love」ってのがいいでしょ?(笑)違うか。
		んでもって銀次が蛮ちゃんにあげたと言うクマ。
		これはまた後日、銀蛮バージョンのホワイトデーネタをUPしますので、も少し
		待ってくださいね(汗)と言っても短いけど。多分・・・。