「絶ッ対ェ当たるっつってんだろ!?」

		  「宝くじなんぞで儲けられたら苦労はないって言ったの蛮ちゃんだよ!?そう
		  簡単に上手くなんて行かないよ」

		  「いや!今日の俺はツキにツキまくってんだ!絶ッッ対に当たる!!」
 
		  「じゃ、はずれたら?」

		  「何でもテメーの言うとおりにしてやらぁ!……あ、一個だけだかんな!」

		  「いいよ!じゃ、そーゆーコトで」





		  dress  

 



 
		  「っつー訳で振り袖か」

		  「そv我ながら名案でしょ?波児さん」

		   HONKY TONKは新年会の会場で、馴染みのメンバーが集まっている。

		   ご機嫌顔の銀次の視線の先には、どんよりとこの世の不幸を一身に背負った
		  ような顔つきの蛮が、口元に薄い笑いを張りつかせたまま、女性陣に囲まれて
		  為されるがままになっている。

		  「蛮さん髪下ろしたら普通にショートって感じだから、飾りだけでウィッグと
		  か無しでもいけますよね」

		  「じゃ、コレなんてどうですかー?」

		  「そーねー。でも生花で瑞々しい感じ出してもいいかも」

		  「この百合とか綺麗ですよね」

		  「あ!いい!蛮くん似合う〜!」

		  「……ふ、フフフフフフ……覚えてろよ銀次……」

		   新年早々、賭けに破れた蛮は銀次の要望通り、新年会を振り袖で参加するこ
		  とになったのだ。

		   黒地に桜をあしらったその振り袖は、蛮の白い肌によく映えた。

		   淡く施された化粧が匂い立つような艶めきを醸し出し、蛮の美貌を更なる物
		  にしている。

		  「だって見たかったんだもーんvなんでも言う通りにしてくれるっていったしぃ。
		  蛮ちゃん絶対似合うと思ったんだよね」

		  「だからって男に振り袖着せるヤツがあるかよ!?」

		  「いいじゃん!その振り袖だって男から借りたんだし」

		  「〜〜〜ッ!アイツの場合は――ッ」

		   丁度蛮が拳を振り上げた時だ。

		  「僕の場合は、なんですか?」

		   チリンチリン、とドアのベルを鳴らして、入ってきた人物は二人。

		  「あ!カヅっちゃん、振り袖貸してくれてありがと!士度も明けましておめで
		  と―!!」
 
		  「ゲッ!テメーら!!」

		   それぞれ正反対の反応に、僅かに苦笑して、花月。

		  「銀次さん、明けましておめでとうございます。それから、この度はお招き頂
		  きまして、ありがとうございました。美堂くん、言う割に似合ってるよ。ね?
		  士度?」

		   目を丸くしている士どに話を振ると、
 
		  「え?あ、ああ」

		   狼狽を、隠せぬままの返事。

		  「ほら蛮ちゃん!士度もびっくりしてるじゃん!そんだけ綺麗なんだって!」

		   蛮の角度からは見えていないが、そう言う銀次の瞳は少しも笑ってはいない。

		   明らかな士度への牽制である。

		  「うっせーな!男が綺麗なんて言われて嬉しいわきゃね―だろっ」

		  「ちょっと蛮くん!動かないでよ!最後の仕上げなんだから……と、よし!OK!
		  はーい完成!!」

		  「おおーーーっ」

		   渋々といった面持ちではあるが、確かに振り袖はよく似合っていて、蛮は美
		  しかった。

		   黒い生地は黒い髪にもよく映えたし、淡く紫がかった桃色の桜は、その瞳の
		  色とも相俟って、蛮の美しさを際立たせていた。

		  「蛮ちゃん、本当にキレー」

		  「それじゃ、主役の準備も整ったようだし、そろそろ始めるか」

		  「ケッ」

		   蛮はそっぽを向いて舌を出すが、そんな仕草すら可愛らしくなってしまうの
		  だから、装いとは重要なものである。

		  「それじゃ、新年の幸多からん事を祈って」

		   波児の音頭に、それぞれが杯をもたげた。

		  「カンパーイ」

		   杯を掲げた右手の袖が邪魔で、そっと左手で引き寄せる、そんな仕草までも
		  が色っぽくて、男性陣が蛮に釘付けになっているのを、ヘヴンは見逃さなかっ
		  た。

		  「……化けるもんよねー」

		   軽くため息をつくと、

		  「蛮さん男の人なのに綺麗すぎですよー!」

		  「そーですよ!私達だって振り袖なのに、なんか立場無いんだもん」

		   夏実とレナも賛同してきた。

		   たじろぎながらも、不本意ながらこんな格好をしている蛮としては、憤慨す
		  るほか無い。

		  「好きでやってるわけじゃねーよっ」

		  「まぁまぁ、お祝い事の席ですし」

		   宥めに入るのは、いつものとおり花月だ。

		  「ところで皆さん、年が明けた瞬間って何してました?」

		  「ゆく年来る年見ながらお茶飲んでたなー」

		  「波児……ジジ臭ぇ」

		  「なに〜?じゃ、そういうお前はどうだったんだ?」

		  「えっ?……あー……と」

		   こんな時、とっさに上手く繕えないのが、蛮の多くは無い弱点の一つで、特
		  に親しい人間との会話で顕著に現れるから、すぐに答えは知れてしまう。

		  「は〜い!俺達年が明けた瞬間繋がってまし――アイテっ」

		   元気よく何も考えずに答える銀次を思いきり殴ることでごまかそうとするに
		  は蛮の癖だ。

		  「つながって?」

		  「ツナがっついてたんだよ!なぁあ!?銀次」

		   きょとんとした夏実の問いに笑顔で答えて、そのこめかみは銀次への怒りで
		  ヒクついている。

		  「そ、そうそう!俺らに残された最後の食料のツナ缶を……」

		   なんとか誤魔化し遂せたらしく、夏実とレナは納得と同情を浮かべた瞳で頷
		  き合っていた。

		   しかし、事情を知っている側の者たちはそうもいかず、ヘヴンなどは思いき
		  り半眼で呟いた。

		  「ちょおっと苦しいんじゃない?蛮くん」

		  「ああ、非常苦しいぜ?財政がな!」

		   低く、へヴンへの牽制。

		   こめかみをひくつかせながら瞳が物語るは『余計なコト言ってんじゃねぇ!』。

		  「あぁら?今更、そんなに怖いの?夏実ちゃん達にバレるのが」

		   小声で囁くヘヴンへ返す声は、その姿には全く似つかわしくない、低くどす
		  の効いたものだった。

		  「テメーやけに突っ掛かるじゃねぇか」

		  「そーかしらー?」

		   しかしヘヴンはというと半眼のまま、何処吹く風といった様子だ。

		   だが……。

		  「はぁん?テメー俺様の美しさに嫉妬してやがんな?」

		  「な……馬鹿なこと言わないでよ!大体ねぇ、男が綺麗って言われてもうれし
		  くも何ともないって言ってたのはどこのどいつよ!?」

		  「へっ!嬉しかろうが無かろうが、勝ち負けには関係ねぇよ!」

		  「なぁんですってぇぇぇっ!!!」

		  「…………じゃあ、夏美ちゃんとレナちゃんにはお年玉をあげようか」

		   不毛な応酬を始めた二人をよそに、波児。

		  「え〜!いいんですかぁ?」

		  「ああ。二人にはいつも頑張ってもらってるからな。少ないけど、とっといて
		  くれ」

		  「わぁ!ありがとうございます!!」

		   当然、蛮がこのやりとりに気付かないわけは無く。

		  「波児っ!!俺達にはっ!?」

		   一瞬で波児の隣へと移動しているのだから、敵わない。

		   取り残された形になったヘヴンはというと、最早呆れ顔で肩をすくめている。

		  「どんなカッコしてても、やってることは何もかわんねぇな」

		  「まぁ、そこが、彼なのでしょうけど」

		   士度に花月も苦笑顔である。

		  「このお年賀を渡すのも楽しみだね」

		  「……」

		   このコメントに関しては、士度は複雑な面持ちで、そっとポケットの中の包
		  みに手を伸ばした。

		  「お前らなぁ、一体いくら借金してると思ってんだ?そんな連中にやるお年玉
		  はない!」

		  「それとコレとは話が別だろぉ!?ほら銀次!テメーもお願いしろっ!」

		  「そ、そだね。お願い波児さ〜ん!」
 
		  「波〜児〜!!」

		   二人に拝み倒されるようにせがまれて、遂に波児も苦笑顔になる。

		  「ま、そう言うだろうと思って用意はしてあるがな」

		  「波児!!」

		  「さっすが!」

		   途端、明るくなる二人の顔に、益々波児は笑みを深くする。

		  「ほらよ。この場で中身覗くようなはしたねぇ真似はすんなよ!」

		  「わかってんよ!マジ、サンキュなっ!!」

		  「ありがとう波児さん!」

		   こんな風に、お年玉を貰って喜び合う姿は二人とも年相応で、年の初めのめ
		  でたい時くらいは、こんなのもいいかもしれない、と思う。

		   ただし、そんな暖かいものとは、少しだけ違う笑みが波児の顔に含まれてい
		  たことに、蛮は気付いてはいなかった。

		   それと同種のものを、花月が含んでいる事にも。

		  「銀次さん、実は僕達からも、お年賀を用意してるんです」

		  「ホントに!?カヅっちゃん、士度、悪いね」

		  「いえ、本当にお世話になってますから」

		   さて、花月が何やら大層な包みを銀次に手渡している一方。

		  「おい、美堂。ちょっとコレ、しまっとけ」

		   士度もこっそりと、ポケットの包みを蛮に。
 
		  「なんだよ……」

		   らしくない行動に、揶揄を吹っ掛けようとしたところへ、士度の有無を言わ
		  さぬ瞳とぶつかる。

		  「いいから」

		   いぶかしみながらも、一応素直に頷き、包みをしまった。

		  「な〜にやってんの?」

		   タイミングぴったりで、銀次の顔を出す。

		  「なんでもねーよ。さ、飲もうぜ」

		  「あ、うん」

		   それぞれの思惑を織り込みながら、新年会は進行していった――。



 
		  「あ〜騒いだ〜」

		   新年会も解散を迎え、二人は路地裏を歩いた。

		   スバルは目立たないように、少し行った所に隠してある。
 
		   振り袖姿と路地裏というのはどうも不釣合いで、だけどそのアンバランスが、
		  銀次の欲情をかきたてている事に、蛮は気付いてはいない。

		  「ねぇ、蛮ちゃん。波児さんからのお年玉、見てみようよ」

		  「あ!そだな。……え〜と………………ゲっ」

		   中身を確認した蛮が、石の様に固まる。

		   波児の表情をちゃんと読み取っていた銀次は、実は中身の見当をつけていた
		  のは、言うまでもない。

		  「何だったの?」

		   白々しくもそう言ってのける辺りが、蛮をして「鬼畜」と言わしめる要因で
		  ある。

		  「……ホテルの、タダ券」

		  「ふぅん」

		   だけど銀次は、あくまで無感動に、何やらごそごそと荷物をまさぐっている。

		  「お……お前こそ、絃巻き達からの、何だったんだよ」

		   一人だけ動揺している自分が悔しくて、蛮は努めて冷静に問いた。

		   ……結局は、それが墓穴となったのだ。

		  「知りたい?」

		  「あ、ああ」

		   嘘だ。知りたくない。

		   本能は、そう告げていた。
 
		   嫌な、予感がする。

		  「実はね」

		   無邪気な銀次の笑顔。それから。

		   桃色の、香水のようなスプレー。
 
		  「オモチャセットvv」

		   直感が、ヤバイと告げていた時にはもう遅かった。

		   銀次がスプレーを押した瞬間、甘ったるい匂いが立ち込めて。

		  「あ……なん…………ぁ」

		   体がアツクなるのを感じながら、耳元に、銀次の声。

		  「ホテルまで我慢してね。割と近いから、歩いてくケド」

		   半分涙目で銀次を睨みつけながら、蛮は今年一年の自分の災難を予見したよ
		  うな気がしていた。





		  ende........?