3 「俺の正式名はNBC PC2198AX・開発コード番号BCP3001。 商品コード名(ネーム)はBAN。とは言え、これは形式名だからな。名前 はオメーが後で適当につけてくれ。」 「うん。」 「俺の体の中には、中央演算装置(C・P・U)が2台入ってる。メインの CPUはバイオタイプのペンタクル481。胸にはサブCPUのメカニカル タイプNBV3010。この中には片側32テラバイト容量のハード・ディ スク・ドライブ。ちなみに、都合上ハードディスクと呼んでるが、金属ディ スクを回転させて読み書きするタイプじゃねぇからな。」 「ふんふん。」 「……って、ちゃんと理解してんのか?」 彼の言ってることの半分以上分からなかったけど、とりあえず俺は頷いて 見せた。でも、彼には俺が理解してないって分かってるみたいで、溜め息混 じりにそう言った。 「え?え〜と…半分くらいは………。」 「あはは。」と笑った俺に、彼がもう一度溜め息をつく。 だって仕方ないじゃん。パソコンを、欲しくてようやっと手に入れたとこ なんだから。 ………とは言え、思い描いてたのとは全然違ったんだけど……。 「半分?……しょーがねぇな……。とりあえず説明を続けるぞ?」 「うん。」 「で、俺の記憶は15秒ごとに、頭のほうにあるサブメモリーからお腹のほ うにあるメインメモリーへと自動的にセーブされる。そんでもって24時間 経つと、メインCPUは、必要な情報とそうでない情報とを選り分けて、 ハードディスクに記録する。」 「分かった!それって胸に収めるって事だよね?!」 彼の言ってることがようやく理解できて、俺は思わずそう叫んだ。 「ま、そういうことだな。」 得意げな俺の様子に、彼が小さく笑みを浮かべる。 やっぱ、笑うときれいだ。それに、なんでかな?すごく嬉しい気持ちにな る。 そんな気持ちになるのも彼に惹かれてるからだってこと、この時の俺はま だ分かってなかった。 「それから、俺の口の中にはリセットスイッチがある。これを押すと、押す までの24時間以内の記録が全て消えることになる。このリセットスイッチ はもう一つある。」 「もう一つ?」 「ああ。おへそがそれだ。」 「おへそが?ふーん……。あれ?でも口のリセットスイッチで、24時間以 内の記録が消えるんでしょ?じゃあ、そのもう一つのリセットスイッチ押す と、どうなるの?」 24時間以内の記録が消えるスイッチがあるなら、もう一つリセットス イッチなんて作る必要、ないよね? 素朴な疑問に、彼は少し間を空けて、それからゆっくりと答えをくれた。 「オメーが俺を手放す時に使うスイッチだ。」 「……え?手放す?」 「そう。へそのほうはマスターリセットで、これは俺の初期化スイッチなん だ。これを押すと、全ての記録、全ての設定が消えて、白紙状態に戻る。 “天野 銀次”をご主人様(オーナー)と認識している俺は消えて、ただの NBC PC2198AXになる。」 「……か……買ったばっかりなのに、手放すなんてそんなこと!するわけな いだろ!?」 反射的に、そう俺は叫んでいた。 目の前の彼が俺の前から消える。そんな想像をしただけで、なぜだか無性 に嫌な気持ちになった。なんでだかはよく分からない。でも、側にいて欲し いと、俺は本気で考えていた。 「……それなら、俺はオメーの側にいるよ。」 そう言って小さく笑った彼に、俺もつられたように照れ笑いを浮かべた。 「そうと決まればこれをはめてもらわねぇとな。」 そう言って彼が俺の目の前に差し出したのは、箱の中央に置かれたリング。 「これをはめる?」 「ああ。これは俺がオメーに仕える2198型として、オメー以外の人間の パーソナルデーターの書き込みを禁止するプロテクト・リングだ。これを俺 にはめてもらわねぇと、他の人間のデーターの書き込みが出来ちまうからな。」 「ふーん?で、どうすればいいの?これ。」 「左手の薬指に入れてくれ。」 指輪を手にした俺に、彼は自分の左手を差し出した。 それを手にとって、言われるまま薬指にはめる。なんだか結婚式でやる指 輪の交換みたいで、訳もなくドキドキした。 「これで俺はオメーのもんだ。よろしくな。」 「こ、こちらこそ、よろしく。」 にっこりと笑った彼に、俺もそう言って笑い返した。訳もなくドキドキし ながら。 「さて、んじゃ早速メモリーを増やしてもらうか。」 そう言って立ち上がった彼は、いきなり着ていたシャツを脱ぎだした。そ うして、こともあろうに俺を押し倒すと、その上に馬乗りになった。 「!?な、何……!?」 「口で説明するより実践したほうが理解するだろ?」 小さく笑みを浮かべたその顔は、何か企んでる、としか言いようのない表 情だった。 →4