視線その5 電車の中は、思っていたよりも混んでいた。 ラッシュのピークとまではいかないが、それでもかなり混んでいる車内で、人の波に流されそうになり ながらも、僕とタカミチはなんとかドア付近に場所を確保した。 「大丈夫かい?ネギ。」 「うん……。」 まるで僕を抱えるようにして立っているタカミチが、心配そうに声をかけてくれた。それに、小さく答 える。 抱えられていると言えば聞こえはいいが、実際には、人混みで身動きがとれず、タカミチに体を押し付 けてようやく立っている状態だ。なんとか自分の力で立っていようとするのだが、動き出した電車が揺れ る度に、人混みに翻弄されて体がふらつく。そんな状態の僕をタカミチが支えてくれて。結局、自力で 立っていることを諦めた僕は、タカミチにギュッとしがみつくことでバランスを取ることにした。 向かい合わせで立っていたため、しがみついたことで必然的にタカミチに抱きつくような格好になる。 『周りからは、どんな風に見られてるんだろう?』 そう思うとなんだか恥ずかしかったが、この状況では、そうでもしなければ、電車の揺れにふらついて、 周り(特にタカミチ)に迷惑をかけるのは必至だったので、多少の恥ずかしさは目を瞑ることにした。 最初のうちは人目を気にして遠慮がちにくっついていたのだが、頬に感じる、ワイシャツを通して伝わ る温もりが心地よくて、そう思ったらもう周りのことが気にならなくなり、気がつけば、すっかりタカミ チに体を預けきっていた。 背に回した手に触れる、筋肉の感触。その鍛え抜かれ均整のとれた体躯を確かめるように、僕はタカミ チの体に手を滑らせた。 『わぁ、やっぱタカミチっていい体してるんだなぁ。見た目は筋肉質って感じじゃないのに、でも、 ちゃんと筋肉がついてるし、なにより均整がとれてる。いいなぁ。僕も大きくなったら、こんな風になり たいなぁ。』 そんなことを考えながら、本当に無意識に、僕はタカミチの体を撫でていた。 不意に、頭上から苦笑交じりの声が降ってくる。 「…ネギ。ここでそういうことはちょっと…遠慮してもらえるかな?」 「え?」 声に顔を上げれば、困ったように苦笑するタカミチの顔。 気がつけば、車内の視線が自分たちに集まっているのが分かる。 けれど、その視線とタカミチの言葉の意味が分からずに首を傾げ、次の瞬間、タカミチの胸を撫でてい る自分の手に気づき、慌てて引っ込めた。 「あ、ご、ごめんなさ…っあっっ!」 状況も忘れて離れようとしたのが災いし、タイミング悪く電車が大きく揺れた衝撃で、後ろに倒れそう になる。それを、タカミチの腕が支え、そのまま胸に引き寄せられた。 「急に手を離したら危ないだろう。大丈夫だったかい?ネギ。」 「う、うん。ありがとう、タカミチ。」 再びタカミチにしがみつきながら、素直にお礼を言う。 それにしても、無意識とは言え、人前で恥ずかしいことをしてしまったと、思わず項垂れてしまう。 恥ずかしくて、たぶん顔は真っ赤になっているだろう。相変わらず感じる、車内の視線がそれに拍車を かける。 そんな僕にまるで追い打ちをかけるように、タカミチが耳元に小さく囁いた。 「部屋に戻ってからなら、ゆっくり触って構わないよ。だから、それまで我慢してくれるかい?ネギ。」 「……っっっ!」 耳元で囁かれる低音に、思わず体が震える。 叫ぶように反論したかった否定の言葉は、けれど結局、口から出ることはなかった。 ここで叫んでは恥の上塗り。それに、タカミチの言葉が、食事の後に待っているだろうことを連想させ て、それどころではなくなってしまったのだ。 『へ、部屋に戻ったら触っていいって……っ。え?そ、それって、やっぱり、その……あうう〜……///』 行きついてしまった想像に、タカミチの顔をまともに見ることができなくなる。 僕はタカミチの胸に顔を埋めて、その想像をなんとか追い払おうと努力してみた。が、それは無駄な努 力だった。 一度浮かんでしまった想像は、容易に消えてはくれなくて、仕舞いには疼くような感覚だとか、自分に 触れるタカミチの熱の熱さだとか、そんなことまで思い出してしまう始末。想像は振り払おうとすればす るほど上手くいかなくて、どんどん自分の中の熱が上がってしまう。そんな状態だからか、僕を支えるた めに腰のあたりに添えられたタカミチの手の感触にまで、なんだか、その、腰が疼くような、そんな妙な 感じを覚えてしまって。 密着した状態が良くないのだと分かってはいても、人混みに離れることも叶わず、僕はただひたすら、 目的地に一秒でも早く着くことを祈った。