視線その7







		 カラオケボックスを出て向かったのは、レストランではなく、デパートだった。

		 少しだけ、その……汚れてしまったスカートを見て、タカミチが「服を着替えよう。」と、僕の手を引い
		てここまで来たのだ。

		 タカミチに連れられるまま、店内を歩く。向かった先は、案の定、婦人服売り場で、僕は思わず小さく溜
		息をついた。

		 いくつかの店を通り過ぎ、そうして入ったのは、レースやリボンで装飾した服がディスプレイされている
		お店だった。

		『こういう服、マスターがよく着てるなぁ。』

		 ぼんやりとそんなことを思いながら、何気なくその一つを手に取ってみた。たっぷりのレースにコサージュ
		のついたワンピース。マスターが着たらお人形さんみたいで似合うだろうな、と思いながらふと値札に視線
		を落とす。そこに書かれた金額を見て、驚きに目が点になった。

		『ろ、6万……っっ!!??えええ!!??』

		 もしかして見間違いかも、と思わず他の服の値段も確認してしまう。しかし、決して僕の見間違いなどで
		はなく、他の物も同じような値段がついていて、あまりの高さに眩暈がした。

		「タ、タカミチ……っっ!」

		 替えの服なら、他にもっと安く買えるお店があるはずだと、思わず名前を呼べば、小さく笑ったタカミチ
		が僕を引き寄せた。

		「この子に合う服を、適当に見繕ってもらえるかな?」

		「……っっ!!??」

		 僕の肩に手を置いて、そう店員さんに告げたタカミチ。その言葉に、目が点になる。

		「タタタカミチ……っ!!??」

		 驚きに、思わずどもってしまう。

		「かしこまりました。」

		「ええ!?あの、でも…っ。」

		 恭しく頭を下げた店員さんが、「こちらへどうぞ。」と言って、僕の手をとった。それに、タカミチと店
		員さんを交互に見る。

		 だって、こんなに高い服、1回しか着ないのに勿体ないよ!

		 そう目で訴えかけたけれど、タカミチはただ笑みを浮かべているだけで、前言を撤回する素振りはない。

		「タカミチ……。」

		「行っておいで。ネギ。」

		 それどころかそう言ってくしゃりと髪を撫ぜられれば、二の句が継げなくなる。

		 結局、困惑しながらも、僕は店員さんの持ってきてくれる服をいろいろ試着することになった。






		 たくさんの中から、これ、と店員さんが最終的に選んでくれたのは、この春の新作だという桜色のワン
		ピースだった。

		 ノースリーブのそれは、前面にたくさんレースが縫い付けてあって、スカートは2重になっていた。もち
		ろん、裾にもレースはたくさんあるのだが、スカートにボリュームを出すため、下に白のペチコートを着さ
		せられた。こちらも裾にはレースが縫い付けてある。その上から白のカーディガンを羽織って、更にその上
		から、同じく白のジャケットを羽織る。

		 ここの服にレースは必需品なのかもしれないと、ぼんやりと思う。ジャケットの袖や襟元、果ては裾にま
		でつけてある。襟元のレースは華やかさを出すためにか、他の部分より幅広のものが付けられていた。

		 全体的な印象は、『フランス人形』といったところだろうか。たっぷりのレースに、ふんわりと柔らかな
		曲線を描くスカートの広がり。

		 鏡に映った自分の姿に溜息をつきつつ、マスターが着ればきっと似合うだろうなと、思わず遠い目をして
		しまった。

		 用意されていたワンピースと同色の、リボンのついたサンダルを見て、また溜息をつく。それでも、履い
		ていた靴ではこの格好に似合わないだろうと思えたから、仕方なくもそれに履き替えた。

		 僕を見て、店員さんがにっこりと笑う。そうしてコサージュを手に僕の傍へ来ると、片膝をついた。「失
		礼します。」と言ってスカートを少しだけたくし上げると、コサージュをそこにつける。スカートの広がり
		を整えて完成、らしい。どこか満足げに立ち上がった店員さんに、けれど僕は今日何度目かの溜息をついた。

		「どこか合わないところはありますか?」

		 にこやかに訊いてくる店員さんに、「大丈夫です。」と小さく答える。

		 (悲しいことに)サイズは合っていた。けれど、フワフワしたワンピースは、制服とはまた違った心許な
		さを感じさせて、しかも、自分が着ている服の総計がいくらになるのか、考えただけで眩暈がしそうだった。

		「良くお似合いですよ。」

		『嬉しくない〜。あう〜;;』

		 店員さんの言葉に、思わず項垂れてしまう。

		 そして店員さんに連れられてタカミチの前に行った時には、もう、恥ずかしくて恥ずかしくて、いっそ逃
		げ出だそうかと本気で思ったほどだ。

		「いかがですか?」

		「ああ、これは。うん。良く似合ってるね。」

		 僕を上から下まで見て軽く頷いたタカミチが、なんだか嬉しそうに笑うから、余計に恥ずかしくなる。

		「ではこれを。ああ、そのままで構わないよ。」

		「はい。では、お召しになられていた服は、袋にお入れしますね。」

		 結局、これを買うことになったようだ。

		 上から下まで揃えてもらったこれは、一体全部でいくらするんだろう?

		 半ば呆然としていたら、いつの間にかレジで会計を済ませたらしいタカミチが、制服の入った紙袋を手に
		やってきた。

		「タ、タカミチ!この服の会計…っ!」

		 言いかけた途端、唇に人差し指を当てて言葉を塞がれる。

		「今日は僕が奢ると言っただろう?ネギは気にしなくていいよ。」

		「で、でも……。」

		 ワンピースだけで何万もするのに、総額を考えたら、いくら気にしなくていいと言われてもどうしても気
		になってしまう。

		「だって、この服、すごく高い……。」

		「いいから。さ、食事に行こう。お腹が空いただろう?」

		「う、うん……。」

		 笑って、けれど有無を言わさぬ強さで、僕の肩を抱くとそのまま歩きだす。タカミチの様子に、躊躇いな
		がらも僕は頷いた。