視線その8







		「ん……。あ、れ……?ここは……。」

		 喉の渇きに目を覚ましたネギは、見慣れない風景に首を傾げた。

		「ああ、目が覚めたかい?ネギ君。」

		 声に視線を向ければ、ミネラルウォーターを持ったタカミチの姿があった。

		「タカミチ…。ここは?」

		「僕の部屋だよ。食事の時に飲んだアルコールが原因で眠ってしまったんだが、覚えてないかな。まさか、そのまま
		部屋に帰すわけにもいかないだろう?それで、ここへね。」

		 言いながら頬に触れる手が、火照った頬に気持ちいい。

		 言われてみれば、未だ熱を持った頬は、なるほど、アルコールのせいだったのかと、ネギはぼんやりと思った。





		 着替えをしている間に予約を入れたのだろう、店に着くとすぐに個室に通された。

		 料理はタカミチが、デザートと飲み物はそれぞれが選んだものを注文し、運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。授業の
		ことや修行のことなど、弾む会話にあっという間に時間は過ぎ、そうして後はデザートだけとなった。

		 ドルチェと一緒に飲み物が運ばれてくる。

		 ネギは紅茶を、タカミチはワインを頼んだのだが、グラスに注がれたそれは、ネギの知っているものと違って綺麗
		な琥珀色をしていた。

		「わあ、綺麗な琥珀色。ねえ、タカミチ。これ、ワインだよね?」

		「ああ、これはハンガリー産なんだよ。トカイワインと言ってね。世界三大貴腐ワインの一つだ。フルーティーな甘
		さと酸味、蜜のように芳しい香り。甘味が強いワインだから、デザートワインに最適なんだが、何より、この琥珀色
		がね、綺麗だろう?」

		 そう言って、タカミチは手にしたグラスを軽く揺らしてみせた。

		 グラスの中揺れるそれが、明かりを反射して、何とも言えない艶めいた色を見せる。その美しい琥珀色に、ネギは
		目を奪われた。

		「綺麗…。こんなワインもあるんだね。」

		「飲んでみるかい?」

		 どこかうっとりと見つめるネギに、タカミチはそう言って店員を呼んだ。

		「え?でも…。」

		「少しくらいなら構わないだろう。ああ、これと同じものをもう一つ。」

		「かしこまりました。」

		 ネギの躊躇いの言葉に軽く笑んで、そうして結局、タカミチは同じものを注文してしまった。

		「タ、タカミチ……。」

		「甘口だからね、ネギにも飲みやすいんじゃないかな。試しに飲んでご覧。」

		「う…うん……。」

		 そう言って勧められれば、興味も手伝ってグラスに手が伸びる。

		 ふんわりと香る果実の芳香。琥珀色の煌めきに、そっと、ネギは口をつけてみた。

		「……どうだい?」

		「…甘くて美味しい…。」

		 微笑を浮かべたネギに、タカミチも笑い返す。

		「それは良かった。気に入ったかい?」

		「うんvあ、でも、あんまり飲んじゃダメだよね……。」

		「うん?ああ、それくらいなら構わないよ。それはネギのために頼んだものだからね。」

		 タカミチの言葉に戸惑いながら、けれど「もう少し飲みたい。」と思っていたのは確かなので、ネギはその言葉に
		甘えることにした。

		 そうして、ネギはその色と香りを楽しみながら、ゆっくりとトカイワインを味わった。




		『あ、そっか。僕、トカイワインを飲んで…。』

		 そこまで思い出して、しかしその後の記憶が定かでないことに気がつき、その辺りでタカミチの言うとおり、眠っ
		てしまったのだろうと思い至る。

		 眠った自分をここまで運んでくれたとしたら、さぞかし周りの視線を集めただろう。そう思うと、申し訳ない気持
		ちでいっぱいになった。

		「あ、あの、ごめんなさい。ありがと、タカミチ…。」

		 頬を薄らと染めてお礼を言うネギに、タカミチは笑みを浮かべた。

		「どういたしまして。」

		 タカミチはそう返しながら、ベッドに腰を下ろした。そうして、手にしていたミネラルウォーターの口を開ける。

		「飲むかい?」

		「うん。」

		 ネギがこくりと頷くと、タカミチは徐にそれを口にした。

		 それをぼんやりと見ていたネギの顎と腰にタカミチの手がかかり、引き寄せられる。抵抗する間もなく重ねられた
		唇から、少し温めの水が注ぎ込まれた。

		「ん……。」

		 注ぎ込まれた水を、何とか飲み下す。

		 タカミチは、ネギが飲み込んだのを確認してから、唇を離した。

		「は……んっん……。」

		 甘い息を吐いた唇を、再びタカミチの唇が塞ぐ。

		 再び注ぎ込まれる液体。先同様飲み下したネギを、けれどタカミチは、今度は解放しなかった。

		 ゆっくりと歯列をなぞり、それから舌を差し入れる。萎縮するそれを絡め取り、思うままその甘さを味わった。

		「ふ…ん……っは、タ…タカミ…んんっ。」

		 切れ切れに零れ落ちる吐息と名に、劣情を揺さぶられる。

		 タカミチはゆっくりと、ネギの体をベッドへ横たえた。

		「は…はぁ……。」

		 タカミチは苦しげに息をつくネギの頬を、愛おしそうにそっと撫ぜた。

		 ゆっくりと開かれた瞳は、快楽に潤んでいた。アルコールのせいか、ほんのり赤く染まった頬は酷く魅惑的で、知
		らず鼓動が跳ねる。

		 頬を撫ぜながら、じっと自分を見つめるタカミチに、ネギは首を傾げた。

		「タカミチ……?」

		 淡く色づいた唇が、ゆっくりと音を紡ぐ。甘さを十二分に含んだ声。タカミチは惹かれるように、ネギの唇に自分
		のそれを重ねた。

		 深く口付けながら、徐に手をネギの背に回し、ファスナーに手をかける。そうしてゆっくりと引き下ろすと、腕の
		中、ネギは小さく身動ぎした。

		「は…っはぁ……っタカミ…チ……っんっ。」

		「熱いね…。」

		「ぁ……な、に……?」

		 耳元に落とされた声に、ひくりと反応する。

		 潤んだ瞳がゆっくりとタカミチに向けられ、視線が絡んだ。

		 暫し、その色に見惚れる。

		「………………?」

		 ただ黙って自分を見つめるタカミチに、ネギは小さく首を傾げた。その愛らしさに、苦笑が漏れる。

		 寝かせる際、かつらと上着はとってしまった。結ばず下ろした髪にワンピース姿のネギは、けれど、どう見ても女
		の子のようで、自分で着せたとはいえ酷く倒錯した気分にさせられる。清楚な印象を与える格好と幼さの残る表情に、
		しかしどこか色を含んだ瞳と濡れた唇が酷くアンバランスで、昏(くらい)興奮を呼び起こす。それが自分の手による
		ものだという事実が、それに拍車をかけた。

		「……クセになりそうだなぁ……。」

		「タカミチ……?」

		「なんでもないよ…。」

		 零れた言葉は、しかしネギの耳には届かなかったようだ。不思議そうに首を傾げるのに、タカミチは苦笑して、そ
		の唇に唇を重ねた。












		「ネギ君。これからドライブに行かないかい?」

		「ドライブ?うん、いいよ。行く。」

		 にっこりと笑ったネギに、タカミチは紙袋を差し出した。

		 ネギは差し出されたものを受け取ると、首を傾げながらも紙袋の中に視線を落とした。見覚えのある桜色に、途端、
		真っ赤になる。

		「…………っっ!!///」

		「じゃ、これに着替えて……。」

		「絶対、いやー!!!!!」

		 タカミチの言葉を遮るように、ネギの絶叫が響き渡った。

		「………残念。」

		 タカミチの口から漏れた言葉は、幸運にも、ネギの耳には届かなかった。













		 THE END







		→後書き