視線その1





		「ネギ君。デートをしようか。」

		「……え?」

		 職員玄関へと続く廊下で、にこりと笑ってそう言えば、一瞬言葉の意味が分からなかったのか、ネギ君が首を傾げる。

		「デートって、タカミチと、僕が?」

		「そう、僕とネギ君が。」

		 鸚鵡返しのように訊いてきた言葉をそのまま返し、ネギ君の次の言葉を待った。しかし、ネギ君は困惑顔で、僕に視
		線を向けてくる。それでも口元に笑みを浮かべたまま、黙ってネギ君の顔を見つめれば、困ったように、けれどおずお
		ずと言葉を紡ぎだした。

		「え……と、でも、あの、男同士で、って、変じゃない?」

		「まぁ、本国ならいざ知らず、日本では珍しいかもね。」

		 そう、さらりと告げれば、前言を撤回するつもりはないとネギ君も理解したのだろう。困ったように僕を見つめてい
		る。

		「イヤかい?」

		 そう問えば、首を横に振るネギ君。僕と(デートと言う表現はともかく)一緒に出かけることに否があるわけではな
		いようだ。

		「ううん。イヤじゃないよ。分かった。行くv」

		 そう言ってにっこりと笑うネギ君に、思わず笑みが浮かぶ。

		 さて、ここからが本題だ。

		 今回の目的の一つでもあるこれを成功できなければ、ネギ君を誘った意味がなくなってしまうし、楽しみも半減して
		しまう。ネギ君が「YES」と言うか、「NO」と言うかは、これからの会話にかかっている。僕は内心の緊張を悟ら
		せないよう平静を装うと、袋を取り出し、ネギ君に向かって笑いかけた。

		「じゃ、これに着替えて出かけようか。」

		「え?」

		 袋から取り出したのは、麻帆良学園中等部の制服。もちろん、ネギ君のサイズであるのは、言うまでもない。

		 常々「着たら似合うだろう。」と思っていたというのは、ネギ君には内緒だ。3−Aの生徒よりも似合うかもしれな
		い、と思っていることも。

		「…………………………………………これ、うちの制服、だよね?」

		「そう、中等部のね、制服だ。」

		 ネギ君は何度も僕と制服の間に視線を行き来させた。そうして決して短くはない間の後、ネギ君が躊躇いがちに洩ら
		した言葉に、僕はさらりと答えを返した。

		 なぜ、麻帆良学園中等部の制服がここにあるのかという疑問はもちろんだが、僕の言葉に、「この制服を誰か(この
		場合、二人のうちどちらかだが、ネギ君が着ることを前提としているのは言うまでもない)が着る」ということに、戸
		惑いが隠せないようだ。

		 もちろん、なぜこの制服を着て出かけなければならないのか、という疑問もあるだろう。

		 暫くの沈黙の後、ネギ君は不安げに僕に視線を向けると、戸惑いがちにその疑問を口にした。

		「………………………………………えっと………これを、誰が着るの?」

		「僕が着たほうがいいならそうするけれど?」

		「なっ!!?ダメー!!それは絶対ダメ!!!!!」

		 露ほども思っていない言葉を返せば、ネギ君は即座にそれを否定した。

		 たぶん、僕がこの制服を着るということを、例え想像でもしたくなかったのかもしれない。もちろん、自分でもした
		くなどないが。

		「じゃあ、ネギ君、ということになるかな。」

		「……………え?ぼ、僕………?」

		 それが目的の一つであることはおくびにも出さず、さらりと告げれば、ネギ君の目が一瞬点になる。

		「ネギ君はさっき、僕とデートをするのはイヤではないと言ったね。でもその前に、男同士では変じゃないかとも言っ
		た。なら、どちらかが男に見えなければ問題はない、と思うんだけれど。どうかな?ネギ君。」

		「え………え、と………。あの、でも、僕、女装するのは…………。」

		 「女装する」ということに抵抗を隠せないネギ君が、俯いて言葉を紡ぐ。当然の反応と言えるだろう。けれど、ここ
		で引き下がっては、今回のためにせっかく用意した制服が無駄になってしまう。何より、それでは目的が果たせない。

		「では仕方ない。僕が……。」

		 ダメ押しとばかりに、僕が着ようかと提案しかければ、即座に言葉を遮り否定するネギ君。

		「やだぁっ!それはダメだってばぁっ!」

		「なら、ネギ君が着る、でいいね?」

		 確認の意味もこめてそう問えば、数秒の沈黙の後、ネギ君は小さく頷いた。

		「う………………………………………わ、分かった。僕が着る………………///」

		 頬を薄らと染め、恥ずかしそうに頷くネギ君に、僕は自然とにやけてしまう口元を引き締めるのに必死だった。